希有な朝ドラ、「あんぱん」から目が離せない
朝ドラ「あんぱん」を取り上げるのは3回目になります。物語は今、太平洋戦争のまっただ中、昭和19年に入っています。
先月は竹野内豊演じる寛伯父さんの「出番はまだまだある」なんて書きましたが、残念ながらあっさり亡くなってしまいました。働きすぎだったのでしょうか。その代わりというか、声のよく似た人が朝田のぶの夫、若松次郎として出ています。この人が登場したときは土佐弁をまったくしゃべっていなかったので、どういう育ちの人なんだろうと思っていたら、途中から急に土佐弁になりました。土佐弁バリバリののぶとの心理的距離が詰まったことを表したのでしょうが、びっくりしました。
ドラマの中で戦争が始まってからは泣かされることが多くなりました。先月は朝田家の住み込み職人、豪ちゃんが出征。朝田家の次女蘭子と思いを通じ合わせることができて旅立つのを見て泣き、戦死公報が届いたあと、それまでは人物造形も台詞回しも雑すぎるように見えた吉田鋼太郎の「豪よー!」という慟哭には圧倒されつつ泣き、蘭子が夏の日を回想する美しい場面で泣きました。
先週は、嵩より一足先に赤紙が届いて故郷に帰る親友の健ちゃんとの別れの場面。出勤途中に駅まで送るという嵩に健ちゃん「泣きそうになるけん、ここでよか」。それに対して無言でがしっと強く抱擁する嵩。今思い出しても涙がじんわり湧いてきます。朝ドラはほとんどが女性主人公でしたから、出征が描かれても送り出す側と送られる側の対比が主眼になることが多く、どちらもいずれは送られる側になる男同士の友情を描くのは珍しい。名場面でした。
今日は弟の千尋が嵩を呼び出して小倉の料亭で兄弟が語り合うエピソード。千尋は京都帝大の法科にいたのに卒業が繰り上がって志願して海軍に少尉として任官し、まもなく南方に向かうという状況です。もう生きて戻る可能性がないと覚悟したような台詞を次々に繰り出す千尋の心情が切なかった。それを受け止めた嵩は「死ぬな」という言葉と、やはりがしっと力強い抱擁で応えたのでした。僕は千尋を演じる中沢元紀さんの「あにき」という台詞が、高知県出身者かと思うくらいリアルな土佐弁に聞こえてすごく好きでした。
今週は嵩に対して「たっすいがー」という言葉が使われる場面が目立ちました。誤解している人が多そうですが、「たっすい」が形容詞で「弱々しい」「意気地がない」ぐらいの意味、「がー」は助詞の「が」で標準語の「の」に相当します。「がー」と伸ばすのは単に調子を整えるためで、関西弁で「の」が「のん」になることがあるのんと同じです。「たっすい」の後にいつも「がー」がくるとは限りません。ドラマではそんな感じの使われ方になっていますが。キリンビール高知支店が地元で宣伝文句に使った「たっすいがは、いかん」というフレーズに引っ張られているんでしょうか……。
その「たっすい」男だった嵩が、力強い抱擁や発声を見せるようになり、変わりつつあります。この後、おそらく主人公2人それぞれにつらい別れがあり、戦争が終わってからも、生き長らえた負い目や軍国教育の片棒を担いだ負い目に苦しんでいく様が描かれるのでしょう。それをどうやって乗り越えていくか。
また、謎の多い存在だったヤムおんちゃんが、不法移民としてカナダに渡ったあと欧州大戦で日本人義勇兵として塹壕戦を経験するというものすごい過去を背負っていることも明らかになりました。この設定が今後どう生きてくるのか。
吉田鋼太郎演じる釜じいの人物像とか、10年もパン屋をやっているのに自分たちだけではパンを焼くことができなかった朝田家の家業のマネジメントのあり方とか、不満や疑問を感じる点も多々ありましたが、その辺はツッコミ待ちというか、あえて雑なまま残してあるような気もしてきました。
いずれにしても、この先もこれまで見たことのなかった朝の連続ドラマが展開されることと思います。しばらく目が離せません。