関西オフ会2プラス1、パート4は富山編に続いて群馬編。
おやじSP.こと社長との再会について論じようー。
社長ともおよそ10か月ぶり、17時間強行合宿以来となる。
当日は納車をかねての関西入り、7~8時間超におよぶ深夜のロングドライブに加え、
ピークを迎えている花粉症がかなりキツそうであった。
しかしそこは歴戦の社長。たもやん邸、NOBさん邸、ついでに我が家と、
音が鳴るやいなや目がランランと輝き始めた。
オデオ猛者としての抗えぬサガなのだろう。
とりわけアナログ、カートリッジを盤面に下ろす瞬間の凛とした雰囲気は、武道の流儀さながら。
かの大王も、同じ所作において一種、独特の雰囲気を醸し出すのだが、
あちらはやや変質者的(爆)ムードかも。
いやいや、どちらもカッコいいですよ(笑)
武道の流儀、、、実際に空手の心得をお持ちの社長ではあるが、
同い年のわれわれ、長年オデオのラストサムライのつもりでいた。
70年代中盤から90年代半ばまでのオデオ黄金期に、多感世代を過ごしたんである。
毎月のように登場するあまたの新機種、
FM誌を中心に情報もあふれかえっていたし、
何よりも電器店、専門ショップが相当にぎやかだった。
小中学生の分際で電器店によく通い詰めた。
店舗に出入りする口実として必ず「カタログくださーい」と声を掛けるのが決まりだった(笑)
きっと当時からの住宅事情の違い、差なんだろうと思う。
当方は本格オデオを構築する前に、ひたすら音源の蒐集に励んだ。
結婚前に処分しなければ、LP、CDとも軽く現在の2倍は所蔵していただろう。
学生時代、京都・烏丸のタワレコがLPを撤収する最後のセール、
バイト代を握りしめて2、3日、買い溜めに通った。
当時住んでいたのは、家賃2万円の自治体が運営する学生寮。
CDラジカセにフォノイコ+フルオートプレーヤーを繋いで聴いていた。
一方の社長。
学生時代からバイトで稼いだ金は高級機購入につぎ込んでいたという。
JBLはじめアキュフェーズ、はたまたTADなど、
自分の部屋にシステムアップしてる高校生なんて、とりあえず聞いたことがない。
親のカネ当てにしたのでなく、自分の稼ぎ、小遣いをひねり出して揃えたというのだから、
まったく恐れ入ってしまう。機器に対する愛情の掛け方、それに伴う圧倒的な情報量、、、
だからもう正直、かなわないなー、と思わせるのである。
同世代とはいえ、音楽、オデオに対するスタート、アプローチにも、これだけの差がある。
昨年の群馬遠征は、オデオ趣味はかくあるべき、を当方に身をもって知らしめることになった。
明らかにその反動なんである。
我が家の貧相な住宅環境では到底使いこなせない高級機種、ブランドに対する期待、
はたまたオデオに対する見栄のようなものが、いっさいすっ飛んでしまった。
特にムダに思えたのが、ハイパワーの大型パワーアンプ。
迷いはしたが、放出を決めた後の迷いはいっさいなかった。
群馬遠征から帰った後は、ここでナニを使えば環境に見合った、
周辺にメイワクを掛けない、ギリギリのイイ音が出せるか、、、
そればかり考えていたよう思う。
今もその過程ではあるけど、納得、妥協の水準にまでは来たのかなー、とも。
あえて個性を打ち出そうという意思はなく、後面開放バコの発展型や、
メジャをはじめとするガレージメーカー製品の選択については、
偶然の中の必然だったようで、出会いはラッキーだったようだ。
長年「演奏家論」を提唱なさっているオデオ評論の第一人者のセンセイが、このほど復帰なさった。
言葉とニュアンスは違えど、当方も「楽器論」なる考え方を、
かのセンセイが誌上でお書きになる前から、あちこちで吹いていた。
社長のオデオスタンスは、演奏家論、楽器論にたいへん近いもので、
機器そのものを巧みに操り、己がモノにしている。
電源がどうこう、インシュがどうこう、、、そんな小細工がない。感じさせない。
よって社長の音を聴きに出かけた者は、きまって
豪快なサウンドとともに爽快なカタルシスをもって、群馬を後にするのだ。
当方世代がラストサムライを自覚している一方で、
たもやんやだいちゃんように、少しだけ年齢下のご両人が、
ガツンとした本格オデオを構築しているさまはたいへん心強いかぎり。
この趣味を続ける以上は、やはり社長のスタンスを大いに見習うべきで、
たもやんもだいちゃんも、この時期、社長と出会えたラッキーを
ありがたく享受してもらいたいもんである。
当方宅でのプラス1は、ごく短時間であったけど、
なんとなく、この10か月間の悪戦苦闘とオデオ的哲学? を感じとってもらえたのではないか。
当方のオデオスタイルは、まずフォロワーが現れることはないが(笑)、
社長の場合、多くの若い世代にスピリッツを継承してもらいたい。
その意味では、社長のオデオ的一挙手一投足、責任は重大なのです(笑)