奇形卵について模索する(2023年末) - 2024.05.02 Thu


こんな、コーヒービーンズが楕円のサークル状に並んだような模様の卵。
ネットで検索してもこんな種類の奇形卵は見つかりません。
ということで、珍しいし、きれいだったので取っておくことにしました。
中身は食べて、殻だけ神棚のところに飾っておきました。
それから2年半ちょっとの年月が経ち・・・。
えーっとですね、殻が脆くなってきました。
これは宿命でしょうか、乾きすぎて劣化してきたみたいな。
そして、致命的なことに、年末に嫁さんが掃除機でうっかり吸うという事故を起こし、小破。
このまま取っておいてもなあ。
崩壊するのは時間の問題だよなあ。
でも、もしかして、とっても珍しい卵だったらどうしよう?
世界でもまれにみるような??
世界初のような??
最先端の科学をもってしてもそのメカニズムを解明できないような??
ノーベル卵賞候補になれるような??
もし、そのような貴重な卵だったとしたらこのまま崩壊するに任せるのはもったいないです。
しかるべき専門家に相談し、しかるべき専門機関で保管してもらった方がいいかも。
なんてことを考えながら、「さて、誰に相談しようか・・・?」という模索が始まったわけです。
次回に続く・・・。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
そんなわけで、更新ペースの低下と、
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というか、そういうことを相談できる専門家を探します。
どういう専門家??
分かりませんがな(笑)
やっぱり養鶏に強いような、畜産関係の大学の先生だろうか?
いやいや、鶏の品種改良をしているような研究機関?
生物学者?
いまいちパチッと嵌まるような専門家がどういうところにいるのか、判然としません。
でも、大丈夫です。
僕には強い味方がいます。
そうです、時代の最先端を行く僕はなんとネット検索ができるのです(笑)
ということで、ググって。

正確にはヤフー検索ですが、「鶏卵 研究」と打ち込んで、とりあえずこんな風に出てきました。
そうだよなあ。
鶏卵といっても、その切り口はとんでもなくたくさんあるよなあ。
一番上は料理的な切り口だから、とりあえず2つ目をクリック。
そしたらこれが、ドンピシャでした(死語)
「鶏卵研究室」というのは莫大な規模のHPの一カテゴリに過ぎず、その大元を辿ると「たまご博物館」というページにたどり着きました。
http://takakis.la.coocan.jp/index.htm
ここのHPはインターフェイスはとても懐かしい古典的なもので、まさにインターネット黎明期!という感じがしますが、まさにその通り。
それだけの歴史と伝統を持ったHPになります。
どれだけの情報量をもったやばいページかについては、こちらを見ると大体わかると思います。
http://takakis.la.coocan.jp/annai.htm
設置者は高木伸一という方で、HPの「館長室」に詳しい経歴が載っていますが、とにかく多趣味で興味の幅が広い方です。
そして、多様な職歴を持っていらっしゃいますが、とりあえず「鶏卵関係者ではない」ということははっきりわかります。
あくまで鶏卵関係は趣味なんですね。
しかし、趣味が昂じてこのような莫大な規模のHPを運営するようになり、さらには『たまご大辞典(現在は三訂版)』というのを出版するに至りました。
まあ本当に、この高木という方の功績と、HPの事を書いていたらキリがありません。
直接HPに飛んで読むことをお勧めします。
テレビでもやっているような、いわゆる「沼にはまってみた」みたいな感じですが、とにかくこういう市井の人が「好き!知りたい!」を積み重ねていく力というのは侮れません。
時には「プロ裸足」の域にまで到達してしまうことさえあります。
「古民家沼」にいる僕なんてまだまだですね(笑)
で、そのHPに奇形卵のコーナーもあったので調べてみたのですが、やはり我が家のタイプの奇形卵については見つかりませんでした。


一昨日も載せた写真たち。
ということでいよいよ、館長の高木さんにコンタクトを取ってみることにしたのですよ。
続く・・・。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
そんなわけで、更新ペースの低下と、
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奇形卵の正体が判明!(2024年1月) - 2024.05.06 Mon


さて、何度も載せているこの卵でしたね。
ネット検索でも分からないので、「たまご博物館」館長の高木さんにメールで聞いてみることにしました。
高木様
はじめまして。
突然のご連絡、失礼いたします。
長野県で小規模の自家養鶏をしております、鈴木良と申します。
今回ご連絡しましたのは、我が家で産まれた奇形卵についてです。
写真で分かる通り、楕円状の規則的な模様がついています。
模様のひとつひとつは、コーヒー豆のような形をしています。
産まれたのは2021年3月30日の事でした。
当時はニワトリはまだ0歳で、卵を産み始めてから4か月ほど経ったころの事でした。
鶏種は名古屋種です。
とても不思議な卵だったので、中身をくりぬいて、神棚に永らくお供えしてありました。
しかし、3年近くそのままにしている中で、徐々に劣化してきましたので、現物があるうちに、この鶏卵の正体を確かめておきたいという気持ちになりました。
どなたか、鶏卵について詳しい方は、とネット上で探す中で、高木様のHPにたどり着きました。
念のためにHP内の奇形卵も見たのですが、やはりこのようなタイプの奇形卵は見つけることができず、連絡申し上げました。
このような奇形卵は似たような例があるような、よくある奇形の一つでしょうか?
なぜこのような規則的な凹凸模様ができたのでしょうか?
と、疑問は尽きません。
もしとても貴重なもので、また高木様の手元に置くような価値のあるものでしたらお送りしようかとも思います。
我が家にあっても、神棚において、徐々に劣化させるだけですので。
もし、さほど珍しいものでもなければ、そのまま神棚に置いておこうかと思います。
以上、突然の連絡と、質問ばかりになってしまいましたが、ご一読の上、お返事をいただけると幸いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
そしたらいただいたお返事がこちら。
あ、もちろん、ブログにメールを転載する件は了解いただいています。
鈴木 良様
ホームページ「たまご博物館」の高木です。
先日送付いただいた「奇形卵」についてですが、とても不思議な形ですね。
このような卵殻は、初めて見ました。
たまご博物館の生物学コーナーに「たまごの形成過程」という項がありますが、ここの図にある「卵殻腺部」というところで、卵殻膜(うす皮)に石灰質が沈着して殻が形成されます。
この卵殻腺部に何らかのヒダのようなものがあったのではないかと考えます。
それにしても円形に12個の模様ができていて、12支のようで縁起がいいものかもしれません。
現物は、今までどおり神棚に「お守り」として置いておいたらいいと思います。
いただきました画像につきましては、今後、「たまご博物館」の異常卵のコーナーに掲載させていただきたいと思います。
産まれたのが2021年3月30日とのこと。3月30日は私の誕生日です。
何か縁があるのかも、です。
【*追伸】
非常に珍しい卵殻なので、鶏卵のプロの方に画像を送付して、見解を聞いてみようと思っています。
何かわかりましたら、メールを入れさせていただきます。
そしてさらに数日後に、追加のメールが来ました。
鈴木 良様
「たまご博物館」の高木です。昨日、お知らせした「鶏卵のプロ」の方から回答がありました。
「ペア卵」というものでした。
その出来方などが、鶏卵のパックマシンで有名な京都市にある「ナベル」社が発行している「けんぞう先生の卵事例ハンドブック」に掲載されていました。
このメールに、該当のページを添付していますので、ご覧ください。
「たまごの不思議」ですね。
ということです。
ちょっとまあ、添付ファイルについては著作権の問題もあるので貼り付けはしませんが、確かに「ペア卵」の「扁平型」というカテゴリに、我が家の奇形卵と同じ種類のものが載っています。
以上がことの顛末なのですが、とりあえず結論としては我が家の奇形卵は「専門書に載っている」けれども、「たまご博物館の館長もご存知でなかった」という、そういうレアリティであったと。
そういう結論になるのかなと思います。
どこかに寄贈するほどのレアリティではなさそうなので、今後も我が家の神棚で静かに、ゆっくりと朽ちてく運命かなと思います(笑)
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
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リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
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リハビリ開始1カ月の途中経過(2024年3月上旬) - 2024.05.08 Wed
なにせ医者から、
「最初の1カ月で曲がらなかったら一生曲がらない」
「リハビリは最初の1~2か月が勝負」
と、脅しのような、励ましのような言葉とともに始まったリハビリです。
でまあ、僕は根はまじめで勤勉なものですから、頑張りましたよ(エヘン)
どう頑張ったかというと、毎日の成果を計測する、そして、Excelでそれを管理する。
ね。
A型っぽいでしょ(笑)
3月上旬までの結果がこちら。

まあ、自分用のメモなので見づらいですが、ざっとこういう感じだと思ってください。
2月9日にリハビリが始まって、その次の土日が浜名湖旅行で、そこから帰ってから本格的に計測が始まりました。
いろいろとデータはありますがとりあえず「自動MAX」だけ見てもらえればいいです。
つまりは、自分の指の力だけで、どこまで曲げられるかということです。
結局はこの数値が当面は一番大切になります。

本格的に計測が始まった2月12日で、136度。

今測ってみるとこれくらいですね。
「他動MAX」は右手を使ってグイっと曲げて、どこまで曲げられるかです。
痛いのを我慢して、曲げては伸ばしてをひたすら繰り返していきます。
可動域なんて急に増えるものではないので、徐々に増やしていくしかありません。
具体的には、毎日2度ずつ「他動」での可動域を増やしていくことを目標にします。
「自動」の方もそれに伴って可動域が増えてくれたらいいなあと、願いつつ。

しかし、ここで丸を打った箇所からも分かるように、「自動」の方はそんなにうまく可動域が広がるわけではありません。
普通に停滞します。
長い時は2週間とか、平気で停滞します。
この時は第1回目の停滞期。
自動の可動域が停滞するというのは、精神的にもつらいです。

124度というのは今測ってみるとこれくらい。

3月に入ると100度あたりで長い停滞期に入りました。
停滞期というのは、あとから振り返ると「停滞期」なのですが、その時、リアルタイムでは「これでリハビリの限界か?」「症状固定か?」と不安で辛いものであります。

そんな、3月7日時点での写真。

まだまだ浮腫んでいますね。

100度だと、グーを握ろうとしてこんな感じ。

挙げた状態。
あ、ちなみに、前も書いた気がしますが、普通の健康な指で60度まで曲がります。
だからこの時点ではあともう40度曲げたいところ。
この100度時点では、できることは限られてしまいます。
まあ、それでもそれなりにほとんどの事は出来ますけれどもね。
具体的には、キャベツの千切りの時の「猫の手」ができません。
そういう不安と期待の中でリハビリを頑張っていました。
不安9割、期待1割ほどで(笑)
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
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コインランドリーで洗濯物一式が無くなった件(2024年3月) - 2024.05.10 Fri
嫁さんの帰りがやけに遅いなと思って待っていると、7時近くにえらい凹んだ様子で帰宅。
「コインランドリーで洗濯物一式が無くなった」と。
で、管理会社に連絡したり、警察に行ったりで遅れたと。
ただ、管理会社に連絡しても、自動音声案内みたいなのをたらい回しにされて、解決にならず。
警察に行ったら「洗濯物を放置して離れたあなたが悪い」的な態度を取られたらしく、それもあって凹んでいる。
まあ、警察からすると「余計なトラブルを起こしやがって」というのが本音でしょうね。
そんなこんなで、凹んだ様子で帰宅。
洗濯ものは大量のタオル・ハンカチ類。
子どもたちの給食ナプキンなんかも含まれているので、無いと生活に困るし、買い直すとすると結構な金額になります。
あーあ。
凹んだ様子の嫁さんを見ていたら居ても立っても居られなくなって、行動を起こしました。
夕食は、作り置きのカレーを温めるだけだから何とでもなる。
その前に動こう。
管理会社はともかくとして、日々の管理をしている人はいるはず。
その人に「連絡ください」的な内容の貼り紙を作って、現場に行きます。
そうそう。
雪の降る夜でした(笑)
現場に着くと、なんともタイミングの良いことに、掃除のおばさんがいました。
ラッキー!
僕は昔からこういうタイミングの良さ、運の良さには恵まれています。
特に「思い立ったら吉日」的な行動を起こしたときには。
で、おばさんに事情を話しました。
でもですね、今は時代がいろいろと複雑になっているみたいで、大変ですね。
オーナーは管理会社に丸投げ。
管理会社はオートメーション管理。
電話は自動案内。
建物は時間になるとオートロック。
日々の掃除はシルバー雇用のおばさん。
というわけで、せっかく会えた掃除のおばさんはシルバー雇用なのであれこれの事情を知っているわけではありません。

それでもすごくいい人で、こうやってバックヤードまで見せてくれました。
でも洗濯物は見つからず。
「もう一人、シルバーで交代で働いている人がいるからその人に聞いてみるね」
ということになって、電話番号を交換しました。
後で連絡が来ましたが、やはりもう一人の方も何も知らないようです。
ただ、やり取りでなんとなくわかったのは、こういう洗濯物の紛失は滅多にないということ。
まして、大量のタオル一式ですから。
高級品でもなく、また女性下着とかでもないですからね。
盗むメリットが感じられません。
謎の事件です。
もう、できることは限られている感じがしますが、とにかくおばさんに許可をもらって、貼り紙を貼らせていただくことにしました。

こんな貼り紙。
もう、あとこれ以上はできることはないなあ・・・。
って諦めかけていた頃、3月14日だったかな、連絡がありました。
「間違って持って行ってしまいました」と。
電話を貰ったのですが、声の感じだと若めの男性でした。
ただ、要領を得ない。
・人から頼まれて取りに行って、間違ったのを持ってきてしまった
・自分は諏訪地方在住(車で1時間くらい?)
・今、コインランドリーにいて、該当の物を置いておくから取りに来てほしい
みたいな話でした。
非常に申し訳なさそうに話していたので、普通に常識ある方だと思います。
ただ、やっぱり解せないし、要領を得ない。
間違ったとしても、なぜ連絡まで10日近くもかかったのか。
間違ったら普通、気づいた時点ですぐに戻しに行かない??
しかも、嫁さんがピックアップしに行ったら、それはそれでまた、身に覚えのない洗濯物が混入していたそうです(連絡しました)。
という、不可解な出来事でしたが、とりあえずタオル類は無事に戻ってきました。
ちゃんちゃん。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
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41歳になりました☆ - 2024.05.11 Sat
特にめでたくもないですが、41歳になりました(笑)
えーっと、今年は本厄でして、本当にいろいろありました。
記事の方が追いついていないですけれども。
一番は怪我ですね。
これも記事が追いついていないのですが、とりあえずリハビリは進んでいます。
かなり曲がるようになりました。
まだスムーズに曲がらなかったり、横向きに力が加わると痛かったり、力を入れると痛かったり、浮腫んだり、いろいろありますが、曲がるようにはなりました。
怪我をして、リハビリがうまくいかない中で「これは、あれもこれも諦めないといけないな」と一回は思いましたが、大丈夫そうです。
とりあえず、機能的には何かを諦めないといけないほどの問題はありません。
ただ、完全に元通りというわけにはいかなそうなので、最終的残った後遺症は受け入れていくべきでしょうね。
すべてのことは無意味かもしれないし、すべてのことに意味があるのかもしれません。
無意味なものに、人間が勝手に意味を見出したり、後付けしているだけかもしれません。
何が本当かは分かりませんが、僕はなんとなく今回の件についてのメッセージを受け取っています。
勝手にね。
またその件はもう少し後の記事で書こうかな。
男性の平均寿命が81歳くらいらしいので、ちょうど人生の折り返し地点ですね。
健康寿命は70歳くらいか・・・。
まだまだやりたいことがたくさんあるこの人生ですので、残り半分も楽しみたいと思います。
怪我の件もあるから、ボチボチと。
まずは庭をきれいにすること。
果物の自給率を上げること。
何歳になっても新しい何かに挑戦するってワクワクします。
これからもそんなワクワクを大切に生きていきたいです。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
そんなわけで、更新ペースの低下と、
祝☆4000記事記念☆ - 2024.05.12 Sun
皆様にご愛読いただいて、12年目?
えーっと、4000記事までたどり着きました。
基本時に1日1記事。
繁忙期に少し途絶えたりとか、怪我をしてからは隔日になったりとか、いろいろとありますけれどもね。
もう、古民家再生のピークはとうに越してしまっていて、現在は自給的生活の方がメインになってしまっています。
だから、ブログを続けるのはどうかなと思うこともあったり。
しかし、基本的にものを書くのは好きですし、人生の大切な記録かなということで、一応は続けていますし、これからも続けていこうかなと考えています。
極まれにですが、他人様の役に立つような情報も含まれているはずです(多分)
更新ペースですが、ちょっと最近はいろいろとありまして、この隔日のペースをしばらく続けていこうかなと思います。
このまま隔日で定着させるかもしれませんし、また毎日に戻すかもしれません。
まあ、そのあたりは本当にわかりませんね。
さて、それで、毎回恒例のプレゼント企画です。
えーっと。
1000記事記念はギンギンに研いだノミ。
2000記事記念はハンドメイドのブックカバー。
3000l記事記念は名古屋コーチンの卵。
という感じでしたね。
それぞれ、応募してくださった方がすごく少なかったことは覚えています(笑)
今回のプレゼントは・・・。
はあ・・・。
やっぱり応募者は少なそうですよ(笑)
だって、僕が書いた本だもの(笑)


こんなの、誰が欲しがるんでしょうか(笑)
一応説明しておきますと、主題の『時間泥棒』というのは僕が2017年春に書き上げた小説です。
で、この本にはその後に書いた短編3つも入っています。
『時間泥棒』は永らく書いたまま放置で、時々希望者にはA4でプリントアウトして渡したり、PDFで渡したりしていました。
まあでもせっかくなので、2022年秋に文庫本として2冊製本。
それを学校の生徒や同僚に回し読みしてもらっていました。
そしたら、裏表紙に書いた通りなのですが、生徒から「これ、欲しいです」っていう声が聞こえてきて。
卒業の記念に、希望者だけに渡すことにしました。
ということで、10冊新たに製本。
10冊あれば足りるだろう、って。
そしたら、生徒からの希望が思いのほか多くて、10冊では足りない事態に。
また追加で10冊製本。
つまり合計で22冊。
で、卒業式の日に希望者に配ったら、結局その場で他の生徒や保護者からも「欲しい」の声が上がったので、配布。
いやいや。
読んでくださる方は神様です。
喜んでお配りします。
そんなこんなで手元に残ったのが2冊。
1冊は読んだ保護者から注文が入りました。
「先生から貰ったのは息子用にするので、自分用にもう一冊欲しい」とのこと。
ものすごくうれしかったですよ。
そんなわけで、残りは1冊。
1冊だけ手元に残っています。
あ、自分用は生徒に回し読みされてボロボロになった1冊があるので大丈夫です。
残った新品の1冊を今回のプレゼントとしてお出しします。
一応、今まで読んでくださった方、50名だか、100名だか、それくらいいるのですが、ご好評はいただいています。
素人が書いた割には、良く書けていると自画自賛もしています。
『モモ』の勝手な続編です。
日本の農村部にすむ若い女性2人が時間を盗まれ、時間泥棒とたたかう話です(ざっくり)。
このブログを読んでいる方の大部分が僕と面識のない方だと思いますが、これを読んでいただけると、多分僕という人間と会う以上に、「ああ、野人ってのはこういう人間か」と、僕の考えていることを分かってもらえるのではないかと、そういう作品です。
抽選で1名様にプレゼントしますね。
応募される方はコメント欄か、あるいは
[email protected]
のメールまでご応募ください。
ブログの感想などを添えていただけると嬉しいです。
〆切は5月19日(日)にします。
こんなプレゼントですが、たくさんのご応募をお待ちしています☆
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
そんなわけで、更新ペースの低下と、
井浚いと燃料運び(2024年3月10日) - 2024.05.14 Tue

この日は地域の井浚いでした。
井浚いというのは縁がない人には全く分からないと思いますが、用水路の整備です。
毎年この時期に、用水路の使用が本格化する前にいったん水を止めて、泥やごみを浚ったりするのです。
しかし、この日は僕が井浚いに参加するようになってから始めてと言っていいくらいの寒い朝でした。
ご覧のように凍っています。
これはある意味ラッキーでした。
浚うべき泥や落ち葉や小石が凍り付いて浚えない(笑)
という不可抗力で、みんなで「こりゃ、仕方ないね」と言い合いながらスルーしていきます。

さっきの写真のような深みは表面に薄く氷が張っているだけなので、そういうところだけはちゃんと浚います。
ちゃんと働いていますよ(笑)

毎年、井浚い中に家を撮影するのが好きです。
数年分まとめると、我が家の変化を追っていけると思います。

帰宅後は薪運び。
以前も書きましたが、この薪の区画は2列目以降が崩れてしまっていたので、こんな変則的な使い方をしています。

続いて、ウッドボイラーの燃料。

ここから一次置き場に運び出して。

これで当面は持つでしょう。
井浚い、薪運び、燃料運び。
どれも地味で大して生産性もない作業ですが、怪我をしている僕にとっては一つ一つ「これもできる」と、自信をつけていける大切な機会となりました。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
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薪割りとネズミ対策(2024年3月10日) - 2024.05.16 Thu
怪我をしたときに最初に思ったのが「古民家暮らし、どこまでできるんだろう?」ということ。
古民家再生はもう大体のことはやったし、やり残したことについては、別にやらなくても困らないことが多いので、大丈夫そう。
一方でこういう古民家暮らしというか、自給的な暮らしについては日々のルーティーンとして、季節のルーティーンとして、やるべきことがたくさんあります。
その中で最も困るかなと思ったのが、薪割り。
両手で斧を持って、力いっぱい割っていくわけですから。
まあでも、薪割りが無理になったら薪割り機を使えばいいだけの話ですけれどもね。
ただあの、薪を割ったときのスカッという感じが味わえなくなるのは寂しいです。

現状、指はそんなに曲がらないけれども、斧を持てなくはない。
試しに割ってみよう。

案外割れちゃった(笑)
でもまだ、リハビリ開始丁度1カ月の時期なので、無理しちゃいけないだろうから、ほんのお試し程度ですけれどね。
薪割りができたことで、より一層自信が持てましたよ。

続きまして、雑事を片付けていきます。
年末からずっと続いているネズミの害。

またも米袋(ニワトリ用の古米)に穴を開けられている。

しかも見てみると、中身だけきれいに食べられて、残っているのは籾殻状態です。
器用に食べるものなんですね。

もうこんな風に何度も米袋に穴を開けられては片付けてを繰り返しています。
ちょっとは学習しようぜ、自分。
まあでも、手が使えなくてあれこれ出来なかったというのもありますけれどもね。
今回考えた新しい作戦。
もうね、古米は茶箱で保管します。
ついでにライムギも。
これなら食べられない。
茶箱、優秀です。

そして、代わりに罠を設置。
この罠、一時期屋外で使っていた時は面白いように捕獲できたんだけれどもなあ。
今季は一回も活躍できていません。
あ、そして、ネズミとの戦いはこれを書いている今も続いています。
今回のネズミはなんか、しつこいんですわ(笑)
ご来訪ありがとうございます。
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砂利敷きとネズミ対策(2024年3月10日) - 2024.05.18 Sat
えーっと、この日は朝からいろいろやってますねえ。
地区の井浚いに、薪運びに、ウッドボイラーの燃料運びに、ネズミ対策に。
更には嫁さんから「庭に砂利を敷いてほしい」と、遠回しに頼まれたような気がしまして。
いいですよ。
やってみましょう!

家の入り口付近。
まあ、砂利ってのは敷いても、長期的に見ると車がよく通る部分は沈みますからね。
たまに敷きなおす必要があります。

ここは敷地を出た市道ですが、ここも実質うちしか通らないので、敷いちゃいます。
こういうことは市役所も承知済みです。

砂利はずっと前、2018年くらいだったかな。
庭に積んであった砂利山を土嚢に入れて、それがまた敷地の隅に積んであります。
土嚢が劣化して砂利が漏れていますが。
これをどんどん敷いていきます。
土嚢1つでどうだろう、2~30キロくらいあるような気がします。
リハビリ中の身でこんな作業をしていいのだろうか?
という疑問が頭をよぎりますが、医者からは「手はどんどん使ってください。それがリハビリですから」的なことを言われているので、やっちゃいます。
どんどん使ってくださいとはいえ、薪割りをしたり、重い砂利を運んだりするのは流石に拡大解釈な気もしますが(笑)


ということでアフター。

ここもこのうちにきれいにしたいな。
劣化した土嚢がマイクロプラスチックみたいになって、嫌な感じです。
あと、夏は雑草だらけになっちゃうし。
砂利を敷く分は敷いて、残りはUV耐性のある土嚢に入れて、どこかに保管するかな。

午前中最後の作業ですが、屋根裏に上ります。
これも怪我後は初めて。
上れましたよ。
そしてネズミ対策。
超音波式のネズミ除けを設置し直しました。
何度も書いていますが、このような一つ一つ、あれもできるこれもできるっていうのが心と体のリハビリになっていきます。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
そんなわけで、更新ペースの低下と、
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【4000記事記念】プレゼント企画当選者の発表 - 2024.05.20 Mon
応募締め切りは昨日でしたよね。
ということで今日は、当選者の発表をします。
当選者はsnさんです。
えーっと。
・・・。
抽選はしませんでした(ボソ)
毎度のことですが、応募者は少ないですから。
特に今回は景品が景品なので、なおさら応募者が少なかったみたいです。
ゼロでなかっただけ大丈夫!
ゼロだったらさすがに悲しいですよ。
というわけで唯一応募くださったsnさんに感謝を込めて、プレゼントを発送させていただきます。
到着まで今しばらくお待ちくださいませ☆

ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
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【まだまだやるよ!】包丁研ぎとパンク修理(2024年3月10日) - 2024.05.22 Wed
この日は本当にたくさんの細々した作業をこなしました。
地区の井浚いに、薪運びに、ウッドボイラーの燃料運びに、ネズミ対策に。
さらに、駐車場の砂利敷きと、屋根裏に上がってのネズミ対策。
でもですね、まだまだ続きます。

それが包丁研ぎ!!
なんで手が不自由な時に包丁研ぎなんてするの??
って感じですが、長女に頼まれたのですよ。
そりゃまあ、「包丁を持ってきなよ。研いであげるから」って言ったのは僕ですが、それを言ったのは年末の事。
怪我する前の事。
それが怪我をしてリハビリ中なのですが、長女が当然のような顔をして「包丁を持ってきたから研いで☆」なんて言うものですから。
まあでも、それがうれしくもありました。
僕が怪我をしようと、地球は普通に回っているんですね。
よろしい。
研いでみせましょう。
あ、一番下の1本が長女ので、あとはうちのです。

ということで、庭で1時間ほど包丁研ぎ。
うん。
問題なくできました。

これでいよいよ作業終了かと思いきや、今度は長男が、「自転車がパンクした」と。
今度はパンク修理ですか?!

やって進ぜよう!
手が不自由でも、あれこれ全部できることを証明してみせよう!
あ、実際には一通り調べても穴は見つからず、虫ゴムの劣化でした。
あるあるですね。
でも、虫ゴムの劣化も、見てすぐにわかるレベルのと、今回のように見た目上は大丈夫でも、実は劣化していてかすかに漏れ続けているというパターンがあります。
繰り返し何度も同じようなことを書いていますが、やはりこういう一つ一つをこなすことが、心と体のリハビリです。
自分がいろんなことができるんだという、自信を取り戻すということにつながります。
リハビリって確か原意は「名誉の回復」みたいな感じでしたよね。
まさにそんな感じです。
6時半くらいまでやって、この日の作業は終わりとなりました。
お昼休憩をかなり長くとったとはいえ、終日の作業をしたというのは怪我後は初めてじゃないかな。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、しばらく療養とリハビリの日々を送っています。
作業はほとんどできなく、またタイピングの速度も下がったため、いったん記事の更新ペースを2日に1回に半減しております。
リハビリを頑張って、いずれは以前くらいに作業できるようになりたいです。
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壊れていく心(2024年2月下旬~) - 2024.05.24 Fri
そして、ここから先のブログはしばらくこういう話題が続きます。
2月下旬から心を壊しております(笑)
笑い事ではないんですけれどもね。
笑うしかありません。
はっはっは。
やっぱりね、リハビリって大変なんですよ。
痛いですし。
どこまで治るか分からないですし。
毎日毎日、暇があればずっとリハビリです。
いや、むしろリハビリをするための時間を頑張って作らなければなりません。
だからブログの更新頻度も隔日に減らしました。
そしてまあ、医師のネガティブな声掛け。
医師がどういうタイミングでどういう声掛けをしたのかということについて、たくさん言いたいことがあるのですが、この場でどこまで書くかについては躊躇します。
その気になればどの医師かということは、ある程度までは特定できる人もいるでしょうし。
なにせ誰が読んでいるか分からないブログです。
そういう場に、事実としてあったこととはいえ、一方的にこちらの立場での記述を連ねることについては、躊躇はあります。
しかしまあ、一応、心を壊した決定打となった部分だけは書きますよ。

以前に載せたこの表でみて、2月26日(月)の時点。
リハビリ開始から2週間半。
4回目のリハビリの日です。
この頃はどういう状態だったかというと、表を見ての通り、日々のリハビリは一応は進んでいます。
自動での可動域も小規模な停滞はありながらも、まだ進んでいる時期です。
しかしこの時、実は表には見えませんが、問題がありました。
第一関節が全く動きませんでした。

これ、今撮影した写真ですが、110度だとこれくらいの曲がりですね。
で、第二関節が110度まで曲がると、それに伴って自然と第一関節もこの程度曲がります。
しかし、2月下旬の時点では全く曲がらずに、爪が定規にほぼついているような状態だったのですよ。
そしてその第一関節が、どうやっても曲がらない。
力が入らない。
そのことを2月26日(月)のリハビリ時に医師に言うと、「ああ、もう曲がらないかもね」と言われました。
さらっと言われました。
何故ですか?
と、問い返しました。
だって、怪我したのは第二関節であり、第一関節は関係ありません。
そして断裂したのは指を伸ばす方の伸筋腱であり、曲げるほうの屈筋腱ではありません。
なのに第一関節が曲がらない。
解せません。
しかし、返答は「PIP関節(第二関節)が破壊されているから」と、それだけ。
そして、今までも何回もそうしてきたように、僕に手術中の血だらけの写真を見せ、「あなたはこんな怪我をしたのだから、指の動きは元には戻らない。残された機能で生活していってください。それが前提だったはずだし、その前提は今も変わっていません」と説明。
これはリハビリ中、僕が医師から繰り返し繰り返し繰り返しかけられた言葉です。
そのたびに血だらけの写真を見せられながら。
そしてリハビリというのは、診察とセットなんですね。
リハビリ担当の理学療法士さん(作業療法士さん?)はとても良い方で、いつも寄り添い、ポジティブな言葉をかけ続けてくれました。
しかし、リハビリが終わったら必ず医師に会ってから帰らないといけない。
医師に会うたびに僕の心の具合はどんどん悪くなっていきました。
そして、この2月26日(月)が引き金で、いよいよ心の具合が悪くなりました。
「もう第一関節は曲がらない?」
本丸である第二関節は、痛みに耐えてグイグイとリハビリさえがんばれば、どんどん可動域が広がっていました。
しかし第一関節はもう曲がらない?
ちょっと長くなったので、次回に続きます・・・。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、ついでになんか心の具合も悪くなりまして(笑)、しばらくそういう内容の記事が続いています。
ブログにはあまりネガティブな内容や、読者にご心配をかける内容は書きたくないのですが、あえて書くことで誰か参考になるかもしれない、そんな思いで書いています。
今は指も心も絶賛回復中ですので、あまりご心配なさらず(笑)
「はは、そんなことあったんだ」程度に読み流してもらえると嬉しいです。
ただ、あまり無理をしたくないのと、仕事が忙しくなってしまったのとで、隔日の更新頻度はまだ続けています。
当ブログについて、引き続きのご愛顧をよろしくお願いします。
壊れかけた心、そして卒業式(2024年2月下旬~3月2日) - 2024.05.26 Sun
ちょっと暗い内容の記事になっちゃいますが、そんなこともたまにはありますわ(笑)
医師から決定打となった声掛けをされたのが2月26日(月)。
そこから心の具合がみるみる悪くなりました。
一昨日の記事でも書いたように、リハビリというのは痛みと不安に耐えながら、とても時間と根気を使って進めていくものですから大変です。
辛いものです。
だからそれまでも、多少は胃がキリキリしたり、食欲が無くなったりはしていました。
しかし、26日からはそれが一気に加速。
胃はずっとキリキリ。
喉はカラカラ。
朝ご飯はほんの少しを、無理矢理食べる。
そんな状態。
明らかに自律神経が壊れていて、交感神経が働きっぱなしです。
職場に行っても、デスクで座っているのがやっと。
会議中は心がぞわぞわ。
そして何よりも大問題なことに、その週末が自分のクラスの卒業式だったのです。
3年間大切にしてきたクラスの、最も大切な日。
なのに担任の僕はというと、心のエネルギーのコップは空っぽ。
感情のコップは後悔と不安でいっぱい。
僕の心には大切な生徒のことが入る余裕が、もはやどこにもありませんでした。
これはまずい。
こんな状態では卒業式を迎えられないし、一生後悔する。
じゃあどうしたかというと、信頼できる同僚に話を聞いてもらったり、友達にも電話して話を聞いてもらいました。
でもそれで解決するような状態ではありませんでした。
ということで、29日(木)に心療内科を受診。
30分くらい話を聞いてもらって、アルプラゾラムという薬を処方してもらいました。
これが小さい薬なのですが、交感神経を鎮め、不安感を減らし、睡眠を改善し、胃の状態を良くするという、僕にピッタリな高性能な薬でした。
すぐに飲むと、1時間後には大分効きました。
こういう心の薬ってあまり効果が無いというか、そういう風に効くことが多かったのですが、僕の場合はよく効きました。
悪化する前にさっさと受診したのがよかったかもしれません。
皆さんも、心にいつもと違う変調を感じて、それが数日続いたら、我慢せずに受診することをお勧めしますよ(経験者は語る)。
こうして受診をしたのが木曜日。
翌、金曜日は生徒最後の登校日。
卒業生を送る会、最後の学年集会、部活の送別会など、やることがたくさん。
薬のおかげでそれらをちゃんとこなせました。
さらに翌日の土曜日がいよいよ卒業式。
薬のおかげでちゃんとこなせました。
ただ、心がボロボロだったので、たくさん泣きましたけれどね。
なぜか入場から泣いている担任。
生徒から見ると、3年間ひたすらへらへら笑っているだけの担任だったと思うので、泣きまくっている僕の姿に生徒はキョトン。
唖然としたり、もしかしたら引いていたかもしれません(笑)
最後のHRでもたくさん泣きました。
精神的にボロボロだったこともあるけれども、生徒が受験で一番大変な時期に入院していたことや、いろいろな思いが出てきてしまって。
いろんなことを話したし、伝えたかったけれども、一番は「心を大切にしてください」ということ。
心は目に見えないし、一つしかないし、壊れるとなかなか直らないから。
だから自分の心と、周囲の人の心と、壊れないように大切にできる人に育っていってほしいです。
3年間「勉強しろ」ばかり言ってきた担任の最後のメッセージでした。
自分自身が心が壊れかけた標本になりながら(笑)
まあ、いろいろとありましたが、とりあえず3年間の担任業の一番の山場であった卒業式は乗り越えることができました。
精神的にもちょっと、やれやれ。
一息ってところです。
ご来訪ありがとうございます。
1月8日に指を怪我しまして、ついでになんか心の具合も悪くなりまして(笑)、しばらくそういう内容の記事が続いています。
ブログにはあまりネガティブな内容や、読者にご心配をかける内容は書きたくないのですが、あえて書くことで誰か参考になるかもしれない、そんな思いで書いています。
今は指も心も絶賛回復中ですので、あまりご心配なさらず(笑)
「はは、そんなことあったんだ」程度に読み流してもらえると嬉しいです。
ただ、あまり無理をしたくないのと、仕事が忙しくなってしまったのとで、隔日の更新頻度はまだ続けています。
当ブログについて、引き続きのご愛顧をよろしくお願いします。
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【爆笑】そしてまた入院(2024年3月13日~21日) - 2024.05.28 Tue
えーっと。
あれです。
前にもちらっと書きましたね。
人類が二足歩行を始めたときから始まった、宿命的な病です。
というと、何名かの方が「腰痛?」と反応してくれたのですが、腰痛ではありません。
流石に終日の作業とかしていると腰は痛くなってきますが、僕はいわゆる腰痛もちではありません。
えーっと。
はっきり書きます。
痔です。
あー恥ずかしい。
なんで痔って恥ずかしいんですかね?
腰痛でヘルニアですとか、そういうのは恥ずかしくないのに。
でも痔って、かの俳聖の松尾芭蕉も患っていた、風流な病なのですよ。
いつ頃から痔なのか?
ということについては、医師の問診でも問われるのですが、判然としません。
二十歳くらいからかなあ・・・。
気づいたらなっていて、常態化していました(笑)
初めての受診は26歳で、教員になった初日。
あ、初日というのはたまたま出すけれどもね。
辞令交付を受ける前に受診したので、たまたま覚えているだけです(笑)
別に教員になったことと、痔の受診には因果関係はありません。
ただ、この時点では「強力ポステリザン軟膏」というのを処方されただけ。
その後も、14年に渡り、時々受診。
痔の市販薬って高いんですよ。
10回分で1000円はします。
1回分で100円ですよ!
だから同じような薬でも処方してもらった方がはるかに安いからそういう理由で。
結局は受診しても軟膏を処方されるだけです。
あとは、「ミヤBM」のような腸内環境を整える薬。
これは酪酸菌ですね。
あとは、自分で調べて「乙字湯」という漢方薬も処方してもらいました。
乙字湯は結構よかったですよ。
しかしこれがよかったのが、生薬として入っている「大黄」のおかげ。
大黄って下剤みたいな作用があるのです。
だから、排便しやすくなりました。
でも、これなら最初から下剤を飲んだ方がはやいです。
というわけで結局は良くならずに、徐々に悪化していったのですよ。
いよいよ悪くなってきたのが2020年の暮れ。
クリスマスイブの朝。
肛門が「メリークリスマス☆」しました(笑)
そこから頑張って治したのですが、また数日後の2021年元日には肛門が「ハッピーニューイヤー☆」しちゃって、もう限界。
立っても座っても寝ても痛い。
正月休みが明けてすぐにいつもの病院を受診して症状がすごく悪化していることを告げたのですが、お医者さんは肛門を見もせず、「あなたの場合はまだ手術する段階ではないよ」と、いつもの軟膏を処方。
せっかく病院に行ったのに、手持ちの軟膏が増えただけでした(笑)
ここ、一応、痔の治療については力を入れている風に謳っているんですけれどね。
結局僕が行きついたのは、酸化マグネシウムを飲むこと。
これは市販されているし、安いです。
医薬品の方はそこそこの値段がしても、サプリメントの方はさらにさらに安いです。
同じ成分なのに医薬品の許可を得ているかどうかで、値段が倍以上違います(笑)
まあ、これを毎日飲んで、これは軟便剤なので、それで排便するという、そういう日々。
あ、なんか話題がどんどん恥ずかしい具体的な内容になっている(笑)
どうでもいいのですが、とにかく、僕はこのブログを始めてからの11年半くらい、ずっと人知れず、痔と戦っていたというわけです。
そういうわけです。
本当にどうでもいいですね。
さて、そんなこんなで、痔が悪化してからさらに3年が経ちました。
状況は一進一退。
毎日軟便剤を飲んで、軟膏を使っての一進一退ですからね。
全然よくありませんよ。
で、2月の中旬だか、下旬だかだったのですが、いよいよ違う病院を受診しました。
丁度3年間の担任業が終わって、一息つける春だったので。
松本まで行って。
ざっと、下道で1時間半、高速で1時間くらいの距離です。
そこに肛門専門のクリニックがあって、有名なので。
で、そこを受診。
指を入れられて、肛門鏡で見てもらって。
「これは手術が必要」と即答。
「入院日程は最短でここ」
「入院日程はすぐに埋まっちゃうよ」
ということで、すぐに職場に連絡して、入院日程の調整と了解を貰いました。
3月13日から21日まで、8泊9日の入院。
なんか、予期しない形で人生3回目の入院が決まってしまいました。
厄年ってすごいですね(笑)
ご来訪ありがとうございます。
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入院初日の話(2024年3月13日) - 2024.05.30 Thu
入院が決まってから実際の入院まで1か月くらいありましたが、なんだかんだその間も毎週受診して、いろいろ検査したり経過観察したり、そういうことがありました。
で、いよいよ3月13日(水)に入院。
この日は朝からまず指の方を受診して、リハビリ。
これでしばらく受診もリハビリもないですからね、最後にもう一回だけ済ませておきました。
で、帰宅して、昼食を食べて、出発。

あ、そうそう。
出発前にもう一仕事。
薪をめいっぱい運んでおきます。

入院患者用の駐車場が無い医院なので、電車で行きます。
ということで、駅まで30分ほどかけて徒歩移動。
入院グッズを持っているから重いです。

駅まで行く途中の風景。
やっぱり上伊那の景色は美しいです。

2時15分。
病室に到着。
大部屋がいっぱいということで、初日だけ個室です。
でもこの個室、追加料金がかかるんですよね。
病院都合での個室でも、追加料金。
これって、厳密にはダメな気がするのですが、ごねても仕方ないので「ああ、そうっすか」って受け入れます。

ちなみに、今回の入院ではノートパソコンを持ち込みました。
暇つぶしと、あとブログも書けますから。
しかしLANが繋がらず。
結局、業者さんを呼んでもらって、業者対応。
原因は結局分からなかったけれども、どうにか復活しました。

小さな医院だからか、病院食はなく、3食ともお弁当です。
それにしても半分残せとは・・・。
食べ物を残さないように生きてきた僕としては、予想外の指令です。

「病院食はお弁当」ということを知った時点で、野菜不足になるだろうことは確定。
ということで、トマトジュースを持ち込みました。
入院中の食数分持ち込んだので、つまりはほぼ1箱です(笑)

夜はやることがないので、ブログを書き溜めました。
今回が計画的な入院なので、ブログは続けることができます。
しかし、なんだかんだでこの日のうちに、退院までの分をすべて書き溜めてしまいました。
これが大正解。
実はこの後、僕はブログが書けなくなるのです(意味深)

食後のデザートは下剤です(笑)
ぬるくて、酸味の少ないスポドリみたいな味。
つまりは不味いです(笑)
そしてすごい効果。
まあこんな風に、入院初日は終わりました。
これから後に、予想外の苦難が待っているとも知らず・・・(意味深2回目)
ご来訪ありがとうございます。
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今は指も心も絶賛回復中ですので、あまりご心配なさらず(笑)
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