スラムの片隅から世界を、、【YUMEKAKE/JOHN's diary】

国際協力活動のなかでのマジメな話からゆる~い話まで/海外から日本から

「ずっとそばにいるよ、、、」 ~飢えに苦しむフィリピン・セブ島のスラムでの支援活動より、、

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#SDGs #海外ボランティア #国際協力NGO #新型コロナウィルス #緊急支援 #子どもの貧困

今日は、山岳スラムの、このあいだとはちょっと違う、隣の部落での炊き出しです。
隣といっても、峠をちょっと越えます。
NGOでは、週に1、2回、このような炊き出しを行っています。

(もしよろしければ、その様子を編集した動画をご覧下さい。)

youtu.be

ここフィリピンでは、ロックダウンにより外出制限がされ、仕事も失ったスラムの貧困層の人々は、深刻な飢えに苦しんでます。

気が付いてみたらもう三ヵ月になろうとしています。既にもう限界です。(※この日記は2020年6/6に書いたものです。現在の様子・支援については、ブログの最新記事やボランティア募集サイト等をご覧いただけましたら幸いです。)

activo.jp

また、地域の封鎖と移動制限により、日本でいう県境どころか、何丁目という区画からも自由には出られません。
この炊き出しも許可を得て、現地のフロントライナーと協力して行っています。

このあいだ、この山岳スラムに住む高校生の女子が、facebookに、

「もう塩は飽きた!」

と笑えない冗談を投稿していました。

いえ、、本当は冗談ではないのですが、、、

自分がそれを見て、「大丈夫?」とメッセージを送ったら、

「大丈夫。ありがとう。冗談よ」と強がってくれた、というだけです。

配給されたお米を、うすいおかゆにして、味付けは少量の塩で、
それが毎日の、いつもの食事です。

そんな 思いやりと強さを持った彼女と出会ったのは、
自分が、この地域を支援し始めた頃でした。

彼女はまだ4歳でした。

そして、今ではもう高校生です。

自分らがこの山岳スラムを訪れて、支援活動をするといつも手伝ってくれます。

あの頃は、自分を見ると怖がって、いつも泣いてた子が、
今では、将来のことを、一緒に、語りあったりします。

彼女は言います。

「私も、周りの困った人たちを、助けられる人になりたい」

と。

今日は、そんな高校生のボランティアや、

そして、仲良しのおかまちゃんも一緒です。

活動を続けて行くうちに、
そんなふうに、
何人かの有志が、フロントライナーとして、炊き出しを手伝ってくれるようになりました。

ほんとにありがとう。

今日のメニューは、ご飯とチキンです。

だけ、です。

、、、

それだけ?と思いますか?

でも、これが、今、この子たちにとって、ものすごいご馳走なのです。

だって、、、

みんな嬉しそうでしょう?

甘いジュースもあります。

みんな、大喜びです。

久しぶりのちゃんとした食事に、興奮する子どもたちに、
とりあえずソーシャルディスタンスもやらせて、食事を配ります。

いつもはみんなほとんど裸なのに、
今日は、NGOの支援で配った服を、わざわざ着てきてくれています。

みんな、家からお皿を持って集まるのですが、
スプーンとかは持ってこないで、

子どもたちは、その辺に座って、普段通り、手掴みで食べています。

骨とかの食べ残しをもらおうと、犬が寄ってきます。

きっと犬にとっても、久しぶりのご馳走なのです。

外出禁止のなか、久しぶりにあった友だちと、話すことも忘れて、

子どもたちは、一心不乱に、ご飯を食べています。

本当は、毎日毎日、お腹いっぱいにさせてあげたいけど、

ごめんね、今はこれがせいいっぱいなんだよ。

ごめんね、、、



でも、楽しそうでしょ?

炊き出しをしてる方も、食べにくる子どもたちも、

なんか、笑顔です。

だから、

やっぱり、

よかったな

って思います。

こんな小さな力だけど、

こんなささやかな助けだけど、

でも、

今できるせいいっぱいの気持ちを届けられたらいいな、、

ずっと、

そばに寄り添って

その命を、

子どもたちの笑顔を

守りたい、、

そう、思います。

これからも、ずっと、、、

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yumekake.hateblo.jpyumekake.hateblo.jp

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JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
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自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。
世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。
そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ”  

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フィリピンにおける動物保護活動

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国際協力NGOでフィリピンのスラムの貧困層の支援をしているのですが、代表の自分は、動物大好き、なこともあり、現地の動物保護施設を提携して、支援活動をしています。
山の中にあるこの施設には、たくさんの犬や猫が保護されています。多くは、通りで倒れていたりする野良や捨て犬等です。ただ、フィリピンには、昔の日本のように、そこら中に野良犬がいて、いえ、飼い犬も外でふらふらしていて、どっちだかわからなかったりもしますし、野良犬の保護ではありますが、病気やケガで動けない状態の子たちを、町をパトロールしながら保護し、ここで世話をしています。
ほとんどは成犬ですので、難しい状況ではありますが、譲渡会や広報活動をして、新しいオーナーを見つけようと活動しています。
しかし、やはり状況は厳しく、この施設には、あふれるほどの犬や猫が放し飼いで暮らしています。日本の感覚でいったら、もしかしたら多頭飼育状態なのでしょうが、でも、問題のある(攻撃性があったり病気だったり)子以外は、みんな放し飼い(もちろんちゃんとゲートのある施設内です)のためか、そういう感じはしないです。
そして、ここで治療を受けたり、食事を与えられたり、愛情をもって育てられていて、おそらく初めて訪れたら引いてしまうくらいのわやくちゃな状況なのですが、決してネガティブな雰囲気ではありません。むしろ、犬や猫たちは、安心して幸せそうです。
施設に保護されているこの状況を「幸せ」と言ってしまってはいけないとは思うのですが、少なくとも、路上で飢えたり、病気で苦しんだり、車にひかれて怪我したり、虐待されたり、ある日突然捨てられたり、そんな今までの不幸な生活に比べれば、だいぶその生活は落ちついたものになったのだと思います。

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こんな山の中にある施設です。
近付いていくと、気付いた動物たちが、大騒ぎで吠えまくり、迎えてくれます😅
自分も初めてここを訪れた時はビビりましたが、中に入ってみると、なんだか大歓迎で、たくさんの犬たちが飛びついてきます。それはそれでもう大変な状況です。次から次へと飛びついてきます。舐められて顔はベトベトです。
でも、幸せです。
もちろんずっと警戒して、吠え続ける子もいます。怯える目、、敵意ではなく警戒しているのでしょう。でも、一日、そこにいて、そろそろ帰ろうとしたら、最後の最後に急になついてきて、帰り辛くなったりもしました。(でも、次に行った時は、またうなられました😅)
運営は寄付に頼っていることもあり、資金的には厳しく、スタッフも多くは雇えず、もしかしたら劣悪な環境かもしれません。でも、そこで愛情深く育てられているこの子たちは、自らの不幸な生い立ちを受け止め、こんなわけのわからない外国人にもフレンドリーに接してくれます。
どこからか情報を辿って(自分も初めはそうでした)、ボランティアに来てくれる現地(フィリピン)人や外国人もいます。なんといっても人手が足りないので、散歩したり、洗ったり、餌をあげたりします。
犬たちも大喜びです。今まで人間からどんな酷いめにあったきたかもしれないのに、、、いえ、だからこそ余計に愛情やふれあいに飢えているのかもしれません。
NGOの現地事務所からは離れているので、あまり頻繁には行けないのですが、訪れる度に、その喧噪と純粋な愛情と澄んだ瞳と過激なスキンシップとあたたかい雰囲気に、なんともいえないような心地よい気持ちになります。
ここで暮らさざる得ない状況にまつわる、この子たちのこれまでの人生を思うと、とても切ない気持ちになります。でも、もしできることなら、新しい親切な飼い主に出逢って、幸せになってほしい、と心から思います。

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まだ終わったわけじゃない、、(復興までの長く険しい道のり/フィリピンセブ島の地震と台風多重災害の被災地より)

現場にいない者は、話題性が過ぎ去るとすぐに忘れてしまう
そういうものだ。仕方ない。
しかし、被災地で暮らす人々は違う。
フィリピン・セブ島を立て続けに襲った自然災害。
地震と台風の悲惨な爪痕から被災者はまだ立ち直っていない。
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被災地にまた以前のような安心した日々が戻るまで、自分らは地道な支援を続けていく。被災者の心と生活に寄り添いながら。

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山奥の村での支援活動。
政府の支援は届かず、地震で起きた目の前の山肌の地滑りも放置されている。
もちろん村人の力ではどうしようもない。
家は未だにブルーシートのテント。
「新しい家は建てる計画はないの?」
そう尋ねたら
「まだ不安でそんな気持ちになれない」
と暗い目で語る人々。
目の前で崩れたままの山、この惨状を見たら、またすぐに同じ災害が起きるんじゃないかと不安で仕方ないだろう。

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復興にはまだまだ長く厳しい道のりが待っている。
世の中の人々の記憶から風化しても、ここで生活する人々にとっての辛く困難な現実は、まだこれから。
それでも、少しでも前に進むために、被災者の手助けになるように、自分らは支援を続けていく。
いつかきっとくる、平和に包まれた村で、共に笑顔を分かち合える、そんな明日を信じて、、

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被災地ではその甚大な被害と過酷な現状により、一刻を争う状況です。また、その復興にはまだ道のりは遠く、長期的な支援が必要になります。そのような状況の中、被災者の方々の命を支え、明日への希望の灯を消さないために、現在、クラウドファンディングを実施しています。もしよろしければ、どうかお力をお貸し頂けましたら幸いです。

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地震の被災地を襲った台風の絶望のなか、、 /フィリピンセブ沖地震、台風25号TINOの被災地より

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2025年11/4、セブ島を大型台風(25号・フィリピン名TINO)が直撃し、各地に甚大な被害を及ぼしました。
そして、先日の地震の被災地はまた大きな被害を受け、被災者へ更なる厳しい試練をもたらしています。
セブ島を重ねて襲ったこれらの災害により、報告された死者は300名を超え、未だに多くの行方不明者もいる状況です。

NGOの支援地域もこの台風で、多くの家が倒壊し、また、ほとんどすべて家が冠水し、家の中は泥だらけです。
下の画像は、地震と台風で壊れた、スラムにある現地スタッフの家です。

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もうすぐクリスマス、、
「クリスマスに何を祈りますか?」
それは
「もうこんな酷いことが起きないように」
と、、、被災者は希望を見失い、途方に暮れています。
「家族で無事に新年が迎えられたらそれだけでいい」

山奥の寒村にも大きな被害がありました。
すべての壁が吹き飛んだ家に、クリスマスのためにと買ってきてあったツリーを置きました。
それはとても寂しい光景ですが、でも、もしかしたら、惨劇に疲れ果てた家族の心に、ほんの少しでも癒しの灯をもたらすのかもしれません。

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立て続けに襲った大きな災害は、貧困地域に暮らす人々に、どうしようもない絶望を与え、度重なる災害の恐怖によるトラウマに苦しみながら、それでも、なんとか這いつくばって、この困難を乗り切ろうとしています。

今はまだ、立ち上がることなんかできないけど、それでも、いつかこの逆境から這い上がれるよう、祈りを捧げ、文字通り泥まみれになりながら、なんとか生き抜こうともがいています。

そして、NGOでは、現地ボランティアの協力で、、、もちろんそのボランティアも被災者です、、台風で壊滅的なダメージを受けた地域へ、服や食糧を届け、また、炊き出しを行いました。

少しでも、被災者の心にあたたかい灯りがともるよう、そして、明日への希望を失うことのないよう、、、

心にしまった希望のメッセージをかみしめながら。

もう一度、共に立ち上がろう。
また、家族で笑顔になれる日を夢見ながら、この困難を乗り越えよう。

大丈夫。いつもそばで見守ってるから、、、

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この後、続けて発生した台風26号の進路が日本に向かう可能性があるため、日本のニュースでも、これらの台風のフィリピンの被害の様子が、ほんの少し流れていました。

日本人のニーズのために、ほんの少しだけ。

積極的に報道をチェックしてる自分でもほとんど見かけないのだから、他の日本人(というか世界)に、この悲惨な状況は届いていないのでしょう。

いや、遠く離れた国だけではありません。

被災から数日が経ち、大都市であり、海辺のリゾートであるセブシティの、市街地や観光客のやってくるビーチは、もう平常に戻ろうとしています。

語学留学のメッカでもあるセブで、とある大手の日本系語学学校が、「地震も台風も大丈夫ですよ。心配しないで、セブで楽しみにやってきて!」なんて、拝金主義丸出しでSNSで能天気に宣伝しているのを見かけました。

一方、貧困地域では、多くの家が倒壊し、食糧も水もなく苦しんでいる沢山の人がいます。

あまりに身近で、また、その被害の大きさや被災者の苦悩を知っている自分は、そんな現実に、そして日本でサラッと触れられるだけのニュースに複雑な思いを感じつつ、それでも、今できる限りの手助けをするしかないし、するんだろうな、と思います。

ごちゃごちゃ考えても仕方ない。

たとえ光ある場所や世界から忘れられていても、今そこで実際に苦しんでいる者たちがいる。暗闇の中、寄り添い、共にもがき、苦しみ、分かち合い、手を取り合い、一緒に、少しでも前に進めたらいいな、と。

祈りはきっと届くと信じて、、

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被災地ではその甚大な被害と過酷な現状により、一刻を争う状況です。また、その復興にはまだ道のりは遠く、長期的な支援が必要になります。そのような状況の中、被災者の方々の命を支え、明日への希望の灯を消さないために、現在、クラウドファンディングを実施しています。もしよろしければ、どうかお力をお貸し頂けましたら幸いです。

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「支援の届き辛い地域への草の根の手助けを」~忘れられた被災地を作らないために~/フィリピン・セブ沖地震緊急支援活動

2025年9/30夜、そして10月にかけて、NGOが支援をしているセブ島を含むフィリピン・ビサヤ地方でM6.9~M7.4の地震が発生しました。先進国に比べると耐震性が弱い現地の家屋は、震源地であるセブ島北部を中心に多くが倒壊し、大きな被害をもたらしました。また、火災の発生やインフラの破壊、地滑り等の被害もあり、多くの死傷者、行方不明者が報告されています。しかしながら、政府が現在、救出や捜査作業等の積極的な対策を行っていないため、正確な状況は未だ明らかになっていません。

都市部を除いては避難所も設置されず、また、食糧などの配給もなく、被災者は続く余震の恐怖に怯えながら、空腹のまま野宿を余儀なくされました。

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被災地であるフィリピン・セブ島に現地事務所を置く私たちのNGOでは、食糧配給等の初期支援から継続して、未だ混迷の中にある被災地へ緊急支援活動を行っています。

NGOでは、地震直後に、被災地に調査チームを派遣し、NGOの現地スタッフにより、災害被災における初期支援・被災状況に沿った支援を始めました。そして、継続して、食糧や衣類、医薬品、生活必需品(生理用品や乳幼児用品含む)等の配布を行っています。また、今後、生活再建のための(子どもの通学支援・文房具、倒壊・損傷した家屋の修繕に伴う支援等)支援を行っていく計画です。

もちろんやみくもに被災地で無秩序な支援活動を行っているわけではありません。被災地(San Remigio, Cebu)にNGOの現地スタッフの実家があり(被災し家が倒壊しました)、そのコミュニティや繋がりを被災地の基地とし、現地自治体や住民との連携を活かし、協力し合い、その時々の状況にあったニーズに沿う草の根の支援活動を実施しています。

日本でもニュースになったように、今回の地震は大きな報道となり、政府や諸外国、大きな団体等も支援に乗り出すと思われます。そのような支援の状況をも鑑みつつ、私たちは、政府の支援が届かないような小さな村落や山間部等、忘れられた被災地を作らないために、被災者の方々に直に寄り添い、話を聞き、対策を話し合い、「現地に根差したNGOだからこそできる」きめ細かな支援を行っています。

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また、現在、国際的なニュースになるほど大きな地震にもかかわらず、一ヶ月もしないうちに世界(もちろん日本も含めて)の人々の記憶からは薄れ、そして、国内的にも、都市部の一部地域においては公民共に行われている支援さえも、熱しやすく冷めやすいフィリピンの国民性故、しばらくすると被災地は忘れられ、いつしか家や生活を失ったままの被災者が取り残される状況がやってくると思われます。NGOでは、その時をも見据えた長期的・継続的な支援を視野に入れ、今後も復興支援活動を続けていきます。

というか、もう既にそれは起きており、地震から抜本的には何も解決に向かっていない被災地においても、支援の波はすっかり薄れてしまっています。NGOが支援している都市部から離れた集落や山間部では、避難所も用意されず、政府からの支援物資も満足に届きません。そして、被災者は崩れた家の近くにNGOの支援物資のブルーシートを使い、自らで作ったテントで暮らしながら、未だ、困難な生活を強いられています。

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むしろ、語弊を恐れずに言えば被災地へのその「ボランティアブーム」が終わろうとしている今からが、本当の支援活動なのかもしれません。

地震により一瞬で家も生活も失った被災地では、食糧も医薬品も何もかもが不足しています。そして地震の恐怖におびえ、不安な夜を過ごしています。

その状況は未だ大きく変わっていません。

NGOでは、今後も、被災地と密な連携を取り、被災者の方々に寄り添いながら、共に手を取り合い、心ある支援をその状況に即した支援を行っていきます。

おそらく、復興には長い道のりが必要です。

それでも、なんとかこの厳しい現実に負けないで、被災者の方々と一緒に、少しづつでも前に進んでいけるように、未来への希望を失わないように、復興への手助けを続けていきます。

被災地に少しでも早く平和な日々が訪れるよう、そして、また家族で一緒に安心して我が家で過ごせるように、、、

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雨に煙る心

雨季に入った。

突然のスコール。フィリピン・セブ市の繁華街。

街行く人々は、モールで雨宿りしたり、タクシーに乗り込んでいく。

そのどちらも許されない人々がいる。

濡れた歩道で、ホームレスは静かに眠る。

傍には相棒の犬が寄り添う。

この街のいつもの風景であり、誰も気に留める人はいない。

家路を急ぐカップルが足早に彼らの脇を通り過ぎる。

降り続く横殴りの雨。

みんな自分のことでせいいっぱい。

いつものように渋滞の車のテールライトが雨に煙る。

そしてそれは、人々の心までも煙らそうとする。

闇の中からかすれた声が聞こえる。

心の声が。

「じゃあ、お前はどうなんだ?」

それが答えなのだろう。

どうしようもなく自分の無力さを感じた、

そんな雨の夜、、、

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今日も一日が終わります。スラムの人々とふれあいながら、ローカルな生活の一部になって、ただただ地道に、草の根の活動をしています ~「NGO活動の日常の、とある一日とスラムの風景」その③

今日は午後から寄付して頂いた支援物資の服を、近所のスラムで配ります。
昨夜から準備を手伝ってくれた現地ボランティアと合流し、お礼にお昼ごはんを一緒に食べようと、スーパーに食材の買い出しに行きました。
彼女たちが「これが食べたい!」と選んだ冷凍食品の星形のフィッシュフライと、チキン、あと、「食べてみたい、、」と買ってみたお寿司のパック。
現地ボランティアの家で、狭い空間にみんなで集って、ダンボールを敷いて、ごはんタイム。
お寿司に付いてきた箸の使い方を教えて、楽しくみんなで食卓を囲みます。
ちなみにそのパック寿司は、なんというか、見た目通り、、、美味しくはなかったです( ̄▽ ̄;)

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そのままその家の軒先を借りて、服を配ります。
狭い路地に人があふれてパニックになってましたが、みんなとても喜んでいました。
そして、寄付をくれた支援者の方々に、本当に感謝します。
ありがとうございました。
支援物資はこうして、直接、手渡しで、スラムの人々の生活を支え、笑顔と希望の輪を広げます。

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そして、またスラムを歩きます。
さっき買い出しの時に買ったキャンディを、挨拶してくれた子どもにあげたら、すぐにわらわらと子どもが集まり、あっという間に無くなっちゃいます。

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この日、今日が誕生日の子どもがいたので、ちょっとしたギフトを届けに行きました。

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そんなこんなしてるうちに日は暮れ、最後に家庭訪問に行った家で、そのまま夕食に招待されます。空腹と好意に応える気持ちと家の経済状況と、様子を見てバランスも考えながら、ご馳走になります。
そして、家を訪れれば、集まった近所の子どもの世話もやっぱりすることになります😅

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といっても、そんなに長居はできず、気持ちだけの食事を家族と共にして、「もっと食べれ」という誘いを背にして、家路につきます。
このままゆっくりカラオケ(屋外です)でも一緒にしたかったのですが、今日中に片付けなきゃいけない仕事がまだ残っているのです。
NGO活動は無償で行っているのですが、もちろん生活してかなければならないので、また、支援活動の資金のためにも、普段は日本で仕事をしており(NGOとは関係のない)、Webでできる仕事を現地(フィリピン)に持ってきていて、帰宅後は深夜までその仕事です。
小腹がまだすいていたので、帰り道の屋台とサリサリで、パンシットカントンとコーラを買いました。
カントン(焼きそばみたいな)もコーラもビニール袋です。カントンも袋に穴を開けて食べるので、箸いらずです😅😁

。。。

そんな、フィリピン・セブ市の外れの、スラムのローカルな日常の風景と、とある一日、NGOの活動のひとコマでした、、

JOHNです。ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。
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「着る服がもうないの」山の村の天使からのメッセージ

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NGOで支援しているフィリピンの山奥の村の少女からメッセージが届いた。

「古い服があったらちょうだい」

ん?なんだろ?

小学校3年生の双子の女の子。

「チョコレートちょうだい」
「アイスちょうだい」
「おもちゃちょうだい」

じゃなくて、古着?
きれいなドレスじゃなくて?

なんだろう、、と思ってたら、その子のいとこの大学生から写真と一緒にメッセージが。

昨日の豪雨で地滑りが発生して、家の上に大木が倒れてきたとのこと。

周辺の数軒の家が被害にあった。

幸い怪我人はいなかったが、この子たちの家も破壊された。

シングルマザーで、長男は知的障害があり、その双子と、またその下にも幼児の弟と生まれたばかりの赤ちゃんも。

連絡をくれたいとこ(その被災者のママの妹)の家は実家で近所にあり、大家族が暮らしており、助け合って生活してる。

今回被災にあった家は、数年前にフィリピンに大きな被害をもたらしたスーパー台風オデットにより倒壊し、もともと崖に建っていたこの家は、あとかたもなく瓦礫となり崖下に落下した。

その後、家族の助けを借りながら、ママは実家に幼い子どもたちの世話を頼んで、働きに出かけ、借金をしながら、少しずつ家を建て直し、昨年からやっとまた家族で暮らし始めた。

その矢先にまたこんな不幸が家族を襲った。

実家は山の村の最奥にあり、ネットも通じない場所。災害により我が家を失い、家族はまた、ここへ避難してきた。

子どもたちは疲れ果て、居間で雑魚寝する。

写真の向かって左端の子はこの家の子で、隣と右端が被災に遭った双子、もう一人は、やはりこの家の娘(被災したママの妹)の子どもなのだが、結婚し町で暮らしている彼女の家で育てるのが(経済的に)困難なため実家に預けてる。

山奥の村で、ネットも通じないような場所で、素朴に暮らす子どもたちの、天使のような寝顔を眺めながら、いつも思う。

この子たちの未来を、かけがえのない笑顔を、守ってあげたい。

画像

山の村の天使からメッセージが届いた。

「古い服でいいの。あったらちょうだい。」

「着る服がもうないの」

豪雨と地滑りにより倒れた大木に潰され、ある日突然、家を失った。

嵐の中、家族は何も持たずに避難した。

壊れた家の中は一晩中、豪雨にさらされた。

雨がやんだ後、家に帰ると、ボロボロになった我が家の残骸と壊れた家具が散らばっていた。

着ていた服はびしょぬれで泥だらけ。着替える服もない。

瓦礫を化した我が家を前にして、どうしようなく、少女は自分に悲痛なメッセージを送った。

「助けて」と、、

、、、

自分はNGOとして地域の支援活動をしている。

その目的は自立支援のために、未来へと繋がるもの。

ただ、気が付いてみると、このような災害や事件への対応に追われてたりもする。

台風、火事、疫病、貧困、犯罪、目の前の様々なネガティブな事項に翻弄され、奔走する日々。

でも、仕方ない。

だって、今を生き延びなきゃ、未来も、明日も、何もない。

だから、祈り、共に戦う。

今日を、目の前の困難を乗り越えていくために。

いつかまた安心して家族の家で眠れるよう、

次々と襲い来る逆境の中、懸命に生きる、何の罪もない天使たちが、また安らかに日々を送れるよう、

ずっと寄り添っていきたい、、

JOHNです。ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。
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海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
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自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは上記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

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【「卒業パーティーのドレスが欲しいから腎臓売っちゃおうかな」たとえ冗談でも、女子高生の口からそんなセリフが出る、それがこの国の紛れもない現実】~臓器売買が事件ではなく日常として身近にある国、フィリピン、、

「お金がないから、腎臓いっこ売っちゃおうかな」

現代日本人的には「え?」というセリフだが、それは、ついこのあいだ、なんてことはないチャットでの会話。

相手は、フィリピンの女子高生。

べつにヤバいことしてるとかギャングとかではない。

ごくふつうの、ただ、お金に困ってる貧困層というだけ。

NGOで支援しているフィリピン・セブ島のスラムに住み、その支援で公立高校に通っている、ほんとにふつうのかわいい女子高生。

現地的にいうなら、Grade12、またはハイスクール6学年(フィリピンの小中高校は、6・4・2制で、エレメンタリー6年にハイスクール6年。で、ハイスクールはジュニアハイ4年にシニアハイ2年なんだけど、ハイスクール終了まで義務教育で、小学校からの12年間を続けて年次に数えるのが一般的。)、日本的に言えば高校3年生。

そんな、なんてことのない女子高生が、会話の中で、なんてこともなく「臓器売買」を口にする。

「もうすぐ卒業なんだ。でさ、卒業パーティーがあるんだけど、お金がなくてドレスが買えないの。」

「あーあ、、腎臓でも売っちゃおうかな」

大マジではなくて、どこか冗談めいた口調ではあったけど、彼女の、ティーンエージャーの女子なりの悲嘆が伝わってきた。

ドレスって言ったって、そんな豪華なものが必要なわけじゃないけど、いつものTシャツにビーサンはやっぱり嫌。揃えたってマーケットや古着屋で買えば1000円もかからないけど、一生に一度のイベントだけど、でも、そのお金がない。

それが現実。

たぶん、親戚や近所とかから借りるんだと思うけど、やっぱり着たいよね、自分好みのきれいなドレスを、、😢

それは、ここスラムでは、どこにでも転がってる、ありふれた話。

そして、改めて思った。

臓器売買なんていう、日本で言ったらめっちゃ闇の話が、

やはりここスラムでは、とても身近にあるということ。

女子高生がお金を得る選択肢として、何気に思いつくくらいに。

ほんとに、

やりきれない、でもあきらかにそこにある悲しい現実。

また、貧困と共に、その要因としてあげられるのは、

フィリピンでは臓器売買が政府から公認(もしくは黙認)されているということ。

その臓器売買と直接つながるのが、臓器移植である。

そして、その流れの中で、日本と違う大きな点は、臓器売買から臓器斡旋のブローカーが存在し、市場原理が働いていることである。

フィリピンでは年間数百件件におよぶ腎臓移植が 行われており、その大半を占めるのが「生体腎移植」で ある。そしてその約8割が「非血縁者間腎移植」であり、また、外国人レシピエント(臓器提供を受ける人)がその多くを占めている。

そう、フィリピンは世界的な臓器移植のメッカであり、執刀を重ね経験値を上げたドクターの移植技術は高く、また、安価である。臓器提供数はインドと並び世界トップであり、人口を考えると実質的に1位である。

数年前の調査(あくまでも自分の知る限りのもの)なので、今はもっと高価になっているだろうが、外国人が腎臓移植手術の値段は約700万(円)、フィリピン人200万、腎臓30万、ちなみに先進国保険なし手術代1600~2000万、日本国内では、医療保険その他の制度適用でだいぶ安くはなるがそもそも血縁者間移植が主な日本、ドナー待ちの長い列や制度の煩雑さに世論も相まって、臓器移植手術そのものが受けること難しい。

ちなみに、公的な臓器売買だったら、ドナーへの術後経過に対する報酬もあるようだが、闇ブローカーによる貧困層からの売買にはそんなものは存在しない。腎臓の場合、ひとつ5~30万(状況やドナーの生活水準によって大きく異なる)その場で支払って、サクッと売買成立だ。

フィリピンでの臓器売買について認識はこのようなものである。臓器売買は合法化され、死刑囚からの臓器売買も行われており、特に政府は反対していないようだ。

例えば日本の有名なプロレスラーであるジャンボ鶴田さんも、フィリピンで肝臓移植手術を受けた。日本は論外として、オーストラリア等でも手術の可能性を探ったが、なかなかドナーが見つからず、肝臓癌が既に進行しており、手術に急を要する状態だったこともあり、結局、フィリピンで手術を受けることになった。しかし、残念ながら、手術中の大量出血でお亡くなりになられた。(手術の失敗ではなく、癌が既に血管に転移していたためだと言われている。)

ここで勘違いしてはいけないのは、移植手術自体はもちろん合法(日本でだって)であり、そこに費用が生じるのも当たり前だ。重病になって大金を払って臓器移植を受けるのは別に悪いことではない。

ただ、そこに、闇ブローカーが介在し、臓器売買を公然と行っていることによって裏社会的でネガティブな問題が生じる。

お金のために安易に腎臓を売り、それはその後の人生に何らかの悪影響をも与える可能性もある。貧困層の足元を見た低価格での取引で、もちろんその後の保障もない。

また、たとえそのようなものでも、ドナーが望んだ積極的な臓器売買ならまだしも、中にも人身売買が絡むことだってある。

日本では移植手術に際し、脳死判定が問題になっている。

しかし、フィリピンでは、「生体肝移植」が主で、ようするに、生きた人間の臓器の売買によって、どこかのお金持ちへ「非血縁者間腎移植」が行われるのである。

日本ではまず手に入らない子どもの臓器だって、もし、オファーがあれば、フィリピンでは手に入る。貧乏人の子どもの臓器を親が売ることだってある。家族がその日を生きていくために。

臓器売買が身近にあるフィリピン。

とある海辺の小さなスラムのおいちゃんが言う。

「ああ、この船はおいらの腎臓で買ったんだよ。体調?べつにたいして変わりはないかな。疲れやすくなった気はするが、年のせいだろうし。」

また、同様に腎臓を8万ペソ(日本円で現在20万円程度)で売った港湾労働者は、そのお金をテレビ購入と住宅修理などに使った。

「家にはテレビがなく、娘2人は隣の家のテレビを毎日のぞき見するのが楽しみだった。だが、隣家はある日、扉を閉め切った」

それがドナーになる決意を固めた理由という。

この程度のことなのだ。

貧困に苦しむ人々が世界中にどれだけいるかを考えると、心臓などと異なり、2個ある腎臓の売買を根絶することが、簡単にできるとは思えない。

事件としての臓器売買ではなく、生きるための日常のひとつの手段という現実。

安易な臓器売買、そこには貧困層の生活の苦しさと同時に、無知・教育水準の低さが原因でもある。

もしかしたらフィリピン人の「今が良ければそれでいい」という国民性もあるかもしれない。

そして、子どもの臓器移植の延長線上にある人身売買。

闇臓器ブローカーの存在と当たり前に存在する負の市場原理。

知ってか知らずか、しかし背に腹は代えられず(?)、そのシステムを利用する外国人。

そう、結局、この国を壊しているのは、我々、先進国のエゴなのだ、、

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    「NGOの支援地域での麻薬摘発報道に思う @フィリピン・セブのスラムにて」  ~ここでは、犯罪が日常化し過ぎて、事の重大さに対して感覚が麻痺している。そしてそれは子どもたちにも、、

    NGOの活動地域のど真ん中(Basak San Nicolas, Cebu city, Philippines)で麻薬の密売人の摘発がありました。
    また、このBasak San NicolasというBarangay(バランガイ・日本でいう「市町村」)において、アジトがあった、Sitio Ipil という地域(日本でいう「町」みたいな)は、自分がいつも滞在しているアパートがある場所でもあります。
    まあ、あれだけヤク中がいれば、売人ももちろんいるわけで、驚くことでもないのですが、記事によるとふだんはe-bike(バイクタクシー)の運ちゃんをしてたらしい。
    ほんとうに身近に触れ合ってるんだよなあ、とあらためて実感しました。
    近年、麻薬による犯罪が増えています。
    このあいだ、子どもの親が首つり自殺したのですが、そも麻薬中毒者で、クスリの影響じゃないかと言ってます。
    近所の教会でもめた末に銃で撃たれた事件も、クスリ絡みだったそうです。
    薬物中毒者によるレイプ事件も増えています。
    そのような事件を、大人も、そして子どもたちも、サラッと話します。
    事件そのものと同時に、そういう状況が当たり前になってしまっていることが、このフィリピンという国の、この地域のとても深刻な現実でもあると思います。

    《以下、引用記事の原文と訳(AI翻訳)》

     

    Three individuals were arrested during an anti-illegal drug operation launched by the Philippine Drug Enforcement Agency (PDEA)–Cebu Provincial Office at a drug den in  Sitio Ipil, Barangay Basak San Nicolas in Cebu City.
    The area had only recently been declared drug-cleared. The operation took place at 7:50 p.m. Friday, May 23, 2025.
    PDEA Central Visayas Acting Director Alex Tablate identified the primary suspect as alias Jonathan, 60, a resident of Basak San Nicolas, who was the target of the operation and reportedly managed the drug den.
    Jonathan had previously completed the barangay’s Community-Based Drug Rehabilitation Program but returned to his former trade and vices.
    Also arrested were two men caught inside the drug den -- alias Jino, 39, an e-bike driver, and alias Vincent, 31, a welder. Both are residents of the area.
    Authorities seized seven sachets of shabu weighing a total of 15.08 grams, with an estimated market value of P102,408, along with various drug paraphernalia. | via AYB
     
    フィリピン麻薬取締局(PDEA)セブ州事務所がセブ市バランガイ・バサク・サン・ニコラスのシティオ・イピルにある麻薬密売所で開始した違法薬物取締り作戦で、3人が逮捕された。

    この地域は、つい最近、麻薬の除去が宣言されたばかりだった。作戦は2025年5月23日(金)午後7時50分に行われました。

    PDEA中央ビサヤ局長代理のアレックス・タブレートは、主な容疑者をバサック・サン・ニコラスの住民である別名ジョナサン(60歳)と特定し、彼は作戦の標的であり、麻薬の巣窟を管理していたと伝えられている。

    ジョナサンは以前、バランガイの地域に根ざした薬物リハビリテーション・プログラムを完了していましたが、以前の商売と悪徳に戻りました。

    また、麻薬の巣窟に逮捕された2人の男、別名ジノ(39歳)は電動自転車の運転手で、別名ヴィンセント(31歳)は溶接工だった。どちらもこの地域の住民です。

     

    当局は、推定市場価値102,408ペソ、合計15.08グラムのシャブ7袋と、さまざまな麻薬道具を押収した。

    PDEAセントラルビサヤの情報担当官であるレイア・アルカンタラ氏によると、容疑者が違法行為を再開したという報告が浮上した後、麻薬密売場は1週間にわたる事件の蓄積にさらされ、それが作戦につながったという。

    ジョナサンは、週に10〜20グラムのシャブを売ることができたとされています。

    容疑者は、共和国法第9165条(2002年包括的危険薬物法)第2条第5条、第6条、第7条、第11条、第12条に違反したとして起訴されることになる。(AYB)

     
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    国際協力とかNGOとか支援活動とか海外ボランティアとか、大層なことを言ってるようだけど、結局は、人と人との絆や繋がりのもとに、おたがいが助け合う、ということ。それ以上でもそれ以下でもない。 ~「NGO活動の日常の、とある一日とスラムの風景」その①

    国境なんていうただの線引きを無くしてしまえば、

    人種だの肌の色だの宗教だの、そういうものにネガティブなこだわりを無くしてしまえば、

    わかりやすくなるかもしれません。

    自分は国際協力NGOの代表として、とはいえ日本で他の仕事をして生活しながら、現地と行き来して、支援活動をしています。

    国際協力とかNGOとか支援活動とか海外ボランティアとか、大層なことを言ってるようだけど、結局は、人と人との絆や繋がりのもとに、おたがいが助け合う、ということ。

    それ以上でもそれ以下でもありません。

    NGOで運営している児童養護施設や現地事務所での事務作業、また、一般参加の海外ボランティアプログラムやチャリティーイベント等の表題が付けられそうな活動がないときは、支援地域のスラムを歩き回って、今後の支援活動のための様子を見たり、家庭訪問をしたりのフィールドワークをしています。

    常夏の強い日差しの下、汗だくになりながら、、

    現地の人(スラムに住んでいない一般のフィリピン人という意味)さえも足を踏み入れるのを嫌がる地域、貧困が蔓延し、生活環境も酷く、クスリや銃や賭博も当たり前、ギャングのアジトもある、そんなこのスラムで、人々と深くふれあい、信頼関係を築き、現地の方々を協力しながら、今できる限りの支援をしています。

    かけがえのない命のために。

    子どもたちの未来を支えるために。

    その純真な笑顔を守るために、、

    スラムを歩く日常の中で、様々な生活の断片に出会います。

    彼女たちは今、シャワー中。

    水道なんて通っていないので、水はすべて外の井戸です。

    井戸での水浴びは、やはり素っ裸ではなく服を着たままです。男子もパンツ履いてます。

    そして、この井戸のすぐ脇にあるトイレ、、

    あまりに開放的なこれは、果たして現役なのか、

    そうじゃなかったらなぜここにあるのか、

    それは不明です😅

    そして、たくさんの笑顔に出会います。

    水はけが悪く、雨が降るとすぐに。水没する地域の家の多くは高床式になっています。

    ゴミにまみれた汚染された池になります。

    貧困と危険と犯罪が日常的に存在するスラムに、子どもたちのにぎやかな声がこだまします。

    朝からもう照り付ける日差しの中、ほこりまみれに、汗だくになりながら、今日もたくさんの時間を、このスラムの人々と共に過ごします。

    そこにあるすべての現実を受け止めながら、ゆっくりと歩きます。

    窓から手を振る子どもにあいそをふりまきながら、

    群れてくる子どもたちと笑顔をかわしながら、、、

    yumekake.hateblo.jp

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    activo.jp

    フィリピン・セブ島のスラムの子どもたち

    youtu.be

    フィリピン・セブ島でのNGO活動。 自分の行っている活動は、おおげさな箱もの支援ではなく、地域密着のソーシャルワークのようなもので、基本、支援地域のスラムを歩き回っています。

    用事があって歩いていると、たくさんの人たちから声をかけられるのですが、子どもの呼びかけに立ち止まると、なかなか進めなくなるので(^^;)、挨拶だけしてそのまま歩いていくようにしています、、、が、目的地の家で用事を済ましているうちに、やはりそこでも子どもにつかまり、結局、しばらく相手をするはめになります。

    おんぶしろだの、ちょっとこっちへこい、だのと付き合っているうちに、いきなり踊りだす子どもたち。 やっぱりこの笑顔を守ってあげたいな、とあらためて思います。

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    「ランドセルはどこへ、、」~善意の行方/ゴミ山の子どもたちに届けられたあたたかい思いとその後のこと

    これはおそらく、支援を受け入れる側が言うことではないのだろう。

    でも、ひとつの現実として、記しておきたいと思う。

    新聞記事にも取り上げられた、とある日本の自治体が主体となり、現地(フィリピン・セブ)の団体を通して、小学校の子どもたちから、ゴミ山に届けられた数十個のランドセルのその後について取材した(2022年12月)時のこと。

    きっかけは、ネット記事で見たその美談の記事に、自分の知っている子どもが映っていたから。笑顔でランドセルを背負って、、。

    自分らのNGOの支援地域ではあるが、といっても、このランドセル寄付の経緯にはまったく関わっていない(ネット記事で見ただけ)ので、あくまでも、少なからずの人たちが感銘を受けた美談の新聞・ネット記事と、実際に現地を取材した、客観的なレポートである。

    そしてそれは、何かに対する是非ではなく、ただひとつの、ある意味典型的な、現実を物語ったレポートとして、ゴミ山の子どもたちに届けられた「善意の行方」を辿りたい。

    もちろん、自らのNGOの活動に際して、他人事ではないし、あらためて、今後の活動への自分自身への戒めの意味もこめて、、

     

    ** ** ** **

     

    フィリピン・セブ島。セブシティのイナワヤンという地域に広がるゴミ山。ここはダンピングサイトと呼ばれ、セブシティ中のゴミがここへ集められ、その名(ダンプdump)の通り捨てられる。

    長年に渡って積み上げられたゴミの山の向こうには、セブシティの高層ビルの街並みや大型ショッピングモールが眺められる。まさしく光と影。そして、それら文明の発展により消費され、ゴミと化したものもまたここへ運ばれる。華やかな世界と暗闇の光彩の格差はどんどん広がっていく。

    ここには、ゴミを拾って生活する人々がいる。子どももゴミ拾いを手伝っている。彼らはスカベンジャーと呼ばれ、ゴミの中に村を作って暮らしている。トラックで運ばれてくるゴミの中から、アルミ缶やペットボトル等の、リサイクルできるものを集めて、リサイクル業者に売って生活している。大人も子どもも、一心不乱にゴミを拾う。困難な今日一日を生き抜いていくために。

    そう、物にあふれた贅沢な環境で、何も意識をしていない人々には、ただのゴミでも、ここでは紛れもなく、生活の糧であり、それはゴミではない。

    次の写真は村の入り口。ゴミ山に集う人々が、ゴミを切り開いて村を作った。ゴミから立ち昇る煙はゴミが化学反応を起こし自然発火したメタンガスだ。それ故に過去には首都マニラにはスモーキーマウンテンと呼ばれる地域もあった。あらゆる廃棄物がある。病院からの使用済み注射針も見たことがある。ゴミ山の子どもたちの遊び場はやはりここ。危険なものもあるゴミの中を裸足で走り回る。感染症の恐れもある。もちろん環境は劣悪だが、それでも生きるために、ここで生活するしかない。

    ノートやファイル等の紙を集めて分別しているスカベンジャーがいた。聞いてみると、白い紙を色のついた紙を分けて売ると、お金になるのだと言う。

    ゴミ山の中に小屋を建てて暮らす家族。小屋の中には、子どもたちと遊ぶ子犬の家族もいた。劣悪な環境の中、こうして人も動物も共存し、せいいっぱい生きている。

    数年前(コロナ前)。西日本のとある小学校が、卒業生に呼びかけ、使い終わった(でもまだ使える)ランドセルを、ゴミ山の子どもたちに寄付をした。

    こんな過酷な環境の中でも、がんばって学校に行くゴミ山の子どもたちのために。

    新聞やネット記事にもなった。特に探さなくても目に入るくらいの感じで記事を見かけたので、それなりに拡散されていた。日本の子どもたちがフィリピンのゴミ山の子どもたちを助ける美談として。

    この記事の写真を見て、見覚えのある光景や、というか、知ってる子どもも映っていた。すぐに、NGOでも支援をしているセブのダンピングサイトだとわかった。

    ただ、ふと思った。

    その後、どうなったのだろう、と。

    単純な話、フィリピンの学校ではランドセルは使わないし、例えば、継続的に全校生徒が使えるくらいの規模での寄付ならみんなで活用できるのだが、数十個の寄付をもらった、クラスで数人の子どもたちは、それを使うのだろうか、と。

    と言っても、自分らのNGOでも、ランドセルの寄付を受け、現地の子どもに渡したことがある。

    ただ、少数であったし、フィリピンの学校文化とも異なっているのはわかっていたので、はじめから、通学に使ってもらうというより、丈夫で便利で個性的(フィリピンでは)なリュックとして、子どもや親とあーだこーだと使い勝手を考えながら、そのランドセルをあげて、有効に使ってもらった。

    その時にも、文化の違いを尊重した上での「支援って難しいなー」って自分自身思った。

    そして、コロナ後。

    その記事からはもう3年の月日が経っている。

    ランドセルを渡され、笑顔の子どもたちが映った、ネット記事をプリントして、ダンピングサイトを訪れ、「善意のその後」を取材してみた。

    使われているなら美談が継続的な支援として受け継がれているということだし、使われていないなら、それはそれでひとつの現実として、受け入れなければならない。

    記事の画像を見せて、住民に尋ねてまわる。

    すぐに「この子たち知ってるよ!」と何人かの子どもや大人が集まってきて、その子の家に案内してもらう。

    しかし、「覚えてるよ!」とは言ってくれても、「でも、どこかにいっちゃった」という反応が返ってくる。

    その後も数軒の家を、子どもを訪ねたが、やはり同じだ。

    「どこにいったかわからない」と。

    「学校には持っていかなかった」

    と、、。

    周りはゴミ山だし、、なんていう想像はしないでおいて、取材を続ける。

    炎天下のゴミの中を汗だくになって歩き続ける。

    そんなこんなで、ゴミ山の村を歩き回り、最後に出会ったひとりの女の子。

    やっと、

    ここにあった。

    家の奥から、赤いランドセルを持ってきて、その場で背負ってくれた。

    「しょうじき、使ったことはないけど、もらったものだから大切にとっておいた」

    そう少女は真剣な表情で言ってくれた。

    「どうもありがとう」

    と、、

    それは、やはり「支援」としては成り立っていない事例だとは思う。

    でも、だからといって無駄ということはない。

    少なくとも、子どもたちは、日本の子どもたちからの心のこもったギフトに喜び、そのあたたかい思いやりに感謝した。

    それだけでもとても尊い

    ただ、難しい。

    「やらないよりやった方がいい」

    それは確かだ。

    そして、おそらく日本から寄付をして頂ける方たちは、あくまでも善意であり、それが現地の状況の中、どのように役立っていくのかわからない。

    例えば国内での災害支援への物資寄付でさえ、その時々のニーズに即した支援は難しいのに、わけのわからない海外でのことに、想像力は追いつかない。

    この日本の自治体やメディアを巻き込んでの支援には、もちろん現地の団体(日本人が運営するNGO)が仲介に入っている。

    善意の支援がこのようにいびつな結果になってしまったことに対して、もし問題があるとしたら、それは、その仲介者だとは思う。

    だって、彼らは現地の状況を把握していて、その上でこの美談に乗っかったのだから。

    ただ「あげる」だけではなく、その先まで責任を持った上で、支援を受け入れるべきだったと思う。

    これでは、よくある「建てっぱなしの学校」や「掘りっぱなしの井戸」がその後放置されて廃墟になってる状況と同じ。

    自分らも「仲介者」としての立場であり、あらためて、この難しい現実に考えさせられ、責任を痛感した。

    なにほともあれ、誤解してしてほしくないのは、寄付や支援はまったく否定されるものではなく、まぎれもなく尊いものであり、どんなささやかな支援でも無駄なものはなく、生かされるべきもので、生かすことができるはずで、生かさなきゃいけなくて、すべてが感謝され、有難いものだということ。

    自分らのNGOも基本的には寄付は何でも受け入れている。そしてそのすべてを活かすために、支援地域の人たちと常に深く関わり、地域に根差した草の根を支援を続けている。無駄にした寄付などひとつもない。たとえ日本と少し使い道は違っても、何かしら役に立ってる。その文化や風習は違っても、少なくとも同じ種族(人間)なんだし。

    尊い寄付を受け入れ、困難な状況の中にいる支援地域の人々のために責任を持って役立てること、それが自分らのひとつの使命なのだから。

    そして今、あらためて自分自身、戒めよう。

    また、わかってほしいのは、

    ここで自分がレポートしたのは、寄付や支援に対する是非ではなく、ただのひとつの現実ということなだけ。

    そして、もうひとつの現実として、

    子どもたちはあの時、ランドセルという見たこともない日本からの贈り物に目を輝かせ喜び、そして今も記憶に刻まれ、感謝してる。

    それだけは確かだ。

    「善意のその後」の取材のため、ゴミ山を歩き回った。

    いろんな話をし、触れ合いがあった。

    こんな過酷な環境の中でも、たくさんの笑顔に出逢えた。

    ずっと案内をしてくれた子どもたちに、最後にアイスを買ってあげた。

    「ここが私の家なの。雨が降ると中もびちょびちょよ!」

    アイスを舐めながら、友達と一緒に野ざらしのハンモックに揺られ、笑顔で少女はそう言った、、、

    ** ** ** **

    🍀国際協力NGOのブログです。

    JOHNです。よろしくお願い致します。 海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅 もしよろしかったら、読者登録、シェアお願い致します🙂

    自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)

    あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

    このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。

    そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。 今後ともよろしくお願い致します。

     

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    【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

    ” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ” 

    【絵画で紡ぐ虹の架け橋🌈】~国際子ども絵画プロジェクトより

    国際子ども絵画プロジェクト(代表・中山ゆりか)様のご協力により、NGOの支援地域であるフィリピン・セブ郊外の貧困地域(スラム)において、子どもたちに絵画教室を開催しました。

    また、物品の支援は、「国際子ども絵画プロジェクト」を通して、つくば市茨城県)全小中学校の子ども達から集められたものです。

    今回の絵のテーマは、「子どもたちの虹の架け橋」です。

    国境や人種、宗教や文化の壁を越え、世界の子どもたちが、夢を紡いで、素敵な虹の架け橋でつながるように、、。

    絵の先生が、日本からたくさんの寄付の絵画セットを持ってきてくれて、子どもたちに絵の基本的な描き方や絵画の世界の素晴らしさを教えてくれました。

    水彩画ということもあり、幼児は対応が難しいので、小学生から、また、絵画に興味のあるNGOのサポートチャイルド(日本人のスポンサーが学費を援助しています)が集まりました。

    日程的にタイミングが合わず、開催場所がなかなか見つからず、現地ボランティアの家を借りて(今をかたずけてもらい)、ものすごく密集状態で、また、照明も暗く、それでも、子どもたちはとても興味を持ち、真剣に絵を描くのを楽しみました。

    また、日本からの海外ボランティアツアーで現地を訪れていたメンバー、そして、NGOのサポートチャイルドの高校生や大学生は、小さい子の面倒を見ながら、時には手を添えて、一緒に絵を描きながら、手伝ってくれました。

    絵画教室が終わると、フィーディング(給食)を行い、帰りには、絵具や筆のプレゼントをしました。この機会に、より芸術に興味を持ってくれ、未来へ繋がっていくことがあったらいいな、と思います。

    絵画セットは日本の学校の子どもたちからの寄付です。

    たくさんの絵画セットを有効に利用するため、支援地域にある公立小学校へ寄付しました。

    全校生徒分はありませんが、学校で保管し、クラスで共有しながらシェアして使います。この日は、知り合いの先生が担任を務める小学校4年生のクラスを訪れ、寄付をともに、絵画教室を開催しました。

    ちなみに、この公立学校で子どもがふだん使っている水彩の道具は、下の写真のようなものです。筆を濡らして絵具を着けて塗ります。もちろん大きな画用紙に思いっきり塗りたくる、なんてことはできません。

    ですので、日本の小学4年生の子どもが当たり前に知っている、パレットやバケツを使うのも初めてで、まずはその説明からです。

    フィリピンの一般の子どもたちにとっては、初めての経験となる、日本では当たり前の水彩絵画体験に、みんな興奮し、熱中しながら、絵を描きました。

    子どもたちが、笑顔で真剣に、夢中になって新しい体験をする。そんな素敵な場を提供することができて、とても有意義な活動でした。

    寄付をしてくれた日本の子どもたち。SNSでの繋がり・紹介で、自分らのNGOとの協力をしてくれ、子どもたちへ絵画教室を開いてくれた絵の先生。本当にありがとうございました。

    こんな素晴らしい繋がりが、日本とフィリピンの子どもたちの虹の架け橋となり、未来への夢を紡いでいってほしいと思います。

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    「怖くて眠れないよ」と夜中にメッセージを送ってくる子どもたち、、/スラムの火災への復興支援活動

    新年が開けてすぐ、NGOの子どもの施設(Day care center)の近くのスラム(Basak Pardo, Cebu city)で火災がありました。NGOの支援地域の中心であり、現地事務所や宿舎の近くなので、自分も現地に滞在中は毎日のように様子を見にフラフラしている場所です。もちろん友人も多く居り、昨夜から片っ端から安否確認をしているのですが、たかが自分の個人的な知り合いの中でさえ、何人もの人々が被災して、途方に暮れていました。
    「避難所として公立の小学校の利用の準備をしてる」と学校の世先生から連絡ありましたが、被災地から少し遠いこともあり、ほとんどの人々は、燃え尽きた家の跡で、野宿をしています。焼け跡で何か使えない物がないかと探す人々。子どもたちが座り込んで焼けた土を掘っています。焼け残ったコインをひとつひとつ拾って、バケツに入れています。今となっては、とてもとても貴重なコインの小銭を、丁寧に大切に、、

    災害に対して初期対応が大切なのは日本と同様で、とりあえず夜が明けた今日、NGOでストックしてある、皆さまから寄付して頂いた衣服の配給をしました。また、現地ボランティア(そのうちの何人かは自らも家が焼け、被災しています。)の協力のもと、スラムの子どもの施設(デイケアセンター)、また、被災地に設けられた仮設テントにて、支援物資の配布を行いました。
    実は現在、NGOの活動としては能登半島地震への支援の準備(現地への災害ボランティアの派遣も含めて)に集中していたのですが、良きせぬ災害の発生により、大わらわな状態になっていますまた、金銭的にも余裕がなく、能登半島地震への義援金の準備により、今回の家事への支援がままなりませんもちろんできる限りのこと、被災地の様子を見ながら、その時々に必要な支援を行っていこうと思います。
    現在のところ、死者の報告は入っていませんが、一日も早く被災者の人々に安心できる日々が戻ることを祈っています。(2024/1月記述)

     

     

    NGOで行った災害初期対応として配布した衣服。火事ですべてが焼け、明日着る服もなく、火事や焼け跡での作業で汚れた服を着たままの被災者の方々は、とても喜び、大変辛い状況の中、束の間の笑顔が見られました。
    そして、学校に避難している子どもたちを先生が、NGOの施設に連れてきてくれて、給食や文房具、衣服等を配りました。やはり不安気な表情がはがれない子どもたちも、スタッフのあたたかいもてなしと安心できる場所に、いつしかその表情も和らぎ、笑顔が見られるようになりました。
    継続的で地道な支援、また、何よりも被災者の方々の負けない努力により、少しずつではありますが、またそこで暮らせる環境が築かれてきています。
    しかし、復興にはまだ長い時間がかかります。多くの方は避難所の小学校で寝泊まりし、また、中には焼け残ったトタンや支援物資のブルーシートでむりやり小屋を建て、焼け跡で暮らす家族もいます。
    迫ってくる火事の恐怖がフラッシュバックし、怯え、PTSDにより夜眠れずに、メールを送ってくる子どもも多くいます。
    今後も長期間、厳しい生活が続きます。NGOでは、その苦しい日々の生活や、今後の復興への道のりを少しでも手助けできるよう、できる限りの支援活動を続けていきます。
    被災地となったスラムに家族がまた安心して暮らせる日がくるよう、スラムの子どもたちに元通りの純真で明るい笑顔が戻るよう、、(2024/4月記述)


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    そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。 今後ともよろしくお願い致します。

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    最後の悪あがき

    そんなこんなで今日も仕事でオールだ。
    夜勤じゃなくて朝から働いてる。
    でもってとりあえずなんとか間に合った😅
    (一部あきらめたのはあるけど😭
    郵便料金値上げ前の悪あがき😝
     ネット社会の昨今、ほとんどの人にはたいした問題じゃないんだろーけど、うちのNGO的には大打撃だ。(支援地域のスラムの子どもからサポーターへ手紙を送るので)
    というわけで、もう外は明るくなってきた。
    明日(今日)も、ちょい寝たらまた朝から仕事だけど、まあ、がんばったんじゃないかと&明日もがんばろう。
    おやすみ、また明日🥱😴🌙
     
    05:12AM, 9/30, 2024