ゆめはやなり-------------------------------------------♡

血糖値の不安をかかつつ居酒屋を愛し絵を描いていますが完成作ではなく敢えて描画の初期段階や製作途中の苦労や楽しみを記録しています

明けたと思ったらもう10日

これが怖いんだよな。ドンドン時間だけが過ぎていく。その間諸々をどれだけ積み上げられただろうか。あまりそういうことに神経質になることは良くないと思うが、古い過去には家電メーカーに勤めていて、日々片付くことが片付かないと問題が蓄積される、そのことの恐怖感みたいなのが残っているのだろうか。


もしそうだとしたら絵など放置してしまえば良いのにと、そんな逡巡とともに生きている。なんだか生きていること自体が矛盾だなとか思ってしまう。もう少し気持ちをゆっくり持った方が良いと言い聞かせよう。

なのに、普段は居酒屋を徘徊したりしている。ああ、なんということだろう。こういう状態でよいのか、迷うばかりの日々だ。

迷いつつも絵を描いている。絵はもう何に繋がるわけでもない。だから、若い時分に描いていたのとは全然心境が違う。絵をどうにかしようとか他と比べてどうのこうのではなくなった。若いころってなんであんなにエネルギーがあったのか。エネルギーだけはあった。下手くそのエネルギーなんてない方がましか。まあそういう時代があるから今があるともいえるけど、今ってなんだとか思ってしまうのも事実。これが歳を食うってことなんだな。

それでいて絵を描いている時はもろもろを忘れる。そして、過去にはどうにもならなかった部分を扱えるようになっている。これが嬉しい。それは極めて個人的な領域で他人にはわからないが、実はこういう部分でも絵画芸術の不思議を感じている。ここは初期段階だけを置いているが、それでも過去とは明らかな違いがある。

そこを喜びとして受け止められるうちは絵は描き続ける。

色々と忙しい

昨年の暮れからあまり落ち着かない。色々やっていることがある。Windows10のサポ切れに伴い使い道のないマシンができてしまった。これがあまりにももったいないので他のOS(Linuxなど)を入れてみたりしているが、実は世間で言っているほど当家ではうまく行かない。


うまく行かないのがうまく行くよりも実に曲者でやたら入り込んでしまうのだ。元々家電メーカーにいたので機械いじりは嫌いではないから厄介だ。昔に比べると動かしやすくはなっているがそれでもかなりの種類のハードウエアをカバーしているのでそんな理由もあるのだろう、当家ではなかなかうまく行かない。入れたてのスッピンだとしばらくは調子がいいけどちょっと他をインストールすると変になる。で、インストールを何度もやり直してまだ落ち着かない。パソコンというのはbootの関係が少し難しいのだな。

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新年もなにも

当家はすっかりそういうものとは無縁になった。家族と一緒だったころは蕎麦くらいは作って新年を迎えたけど今はそれもない。だいいち蕎麦は血糖値の関係でもう食べなくなっている。


上京してひとり暮らしをしていたころは帰省ということがあった。だから盆暮れは一応の個人的な区切りでもあった。家族と一緒に住むようになってもそれなりに新年を迎える支度をした。それ自体が楽しくもあった。しかし一人になるとほぼ無関係になる。今気になるのはあの居酒屋はいつから営業だったかな、とか精々そんなことだ。

これが、生活がすさんできたとかは別に思わない。そういうことではない。日々坦々として、それであれば平和ということだ。絵も坦々。

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この絵は何に見える。何に見えても良い。本来は別角度で描いていたがこの方が良いと思った。出足が冴えない方が意外に良かったりする。うまく進まないときは多少がっかりもするが、そのようなことにさえもう坦々。行ったり行かなかったりが当たり前。それでも総じて眺めるとそれなりのものがある。

何事もそれで良いのだ。ここへきて今更慌てても。

ハードロック

岩。かったい。大きい。年末年始と言っても自分にはほぼ何もない。家族がいた時はそれなりにあったがひとりではとくに何をするでもない。ずっと昔、兄と一緒に大晦日に神社に並んで年を迎えたことがあった。えらく寒くていきなり風邪を引いてしまった。


そんなこともあったが、ひとりではなにもない。昨日は居酒屋を回ってそれぞれ簡単に飲んでご挨拶。良いお年をと。大いに談笑して楽しむ。帰宅してすることはいつもと同じ。多少の掃除はしたかなと言う程度。家にいてすることはネットで動画を眺めたり絵を描いている。絵も特に季節とも関係ない。

岩を描くのが好きだ。得意ではないがそれでも岩を描くことが多い。何故かは知らない。絵を描いて固い意志、などというものもない。人と逆だろうが、なるべくそういうものは持たないようにしている。人生だって似たようなもの。あまりご立派なことを唱えないようにしている。きっと来年もそんな感じで過ぎていく。あと何度繰り返すだろうか。

 

ラフな感じを活かしたいが

これもなかなか難しい。ラフに描けるようになるにはかなりの練習が必要だということを痛感する。若い頃は緻密を求めたりするが、何故か自分は拒絶感を持っていた。理由はしれない。考えたこともない。きっと生まれつきだ。


これも古い絵の修正。筆使いなどはもう全然違ってしまっている。でもこの雰囲気のまま進めたい。成功するかどうかなんてこの際無視。絵を描くってのはそういうことだ。誰かの望むようなものを描いているわけじゃない。

だいたい描きだしというのはどんよりしているのが普通だ。どんよりというより最明部と最暗部が初期にはないのでそれでよい。ここから双方へ広げる。概ねは明るい色が乗っかる。ガッシュや油彩で描く不透明はしっかりした明るいパートが乗っかるのが快感だ。最初からびっしりと描きこむ方法もあるが人の好みだ。自分はそれを避けた。

人にはそれぞれ探っているものがあるし方法もある。その一々は他人にはわからないし説明する必要もない。

なにが面倒って…

はてなは使いやすいブログだけどpingが打てない。それくらいはまあ、と思っていたのだけど他にやることが沢山あるときはそれでも面倒になる。絵を描いていてそれ関係に登録しないのはそれなりに理由があるが、だからどこへ置いても同じということで今のようになっている。実際はどこで何をやってもそんなに変わらない。


でも一応はということでピント外れだけど登録サイトへpingを打たねばならない。しばらくやっているとこれが徐々にボディーブローみたいに効いてきたのだ。

そういう時は時々休んでみる。そういうことで続けるしかないが、続けるほどの理由も実はない。事実上どうでもいい感じで以後は継続。わざわざ閉じる必要もないしね。放置すればよいのだ。

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段々面倒になってきた

絵を描くことじゃない。ネットごとが面倒になってきた。過去にいくつも作っては消しを繰り返したけど、嫌らしい粘着さんに絡まれただけで何も残らなかった。


ということでここも成り行き。もともと大した意気込みでやっているわけじゃない。この頃は特にどこへアクセスしてもやたら広告が多くなって気分的に煩わしく感じている。はてなは少ない方だが、ここは二つ目ブログなのでどうしても身バレがあって、それも気分的にはややこしい。しないと思ってたけどね。なにかと難しいものだ。

しかしながら絵だけはタンタンとやっている。日々描いてどこまで行けるのか、それもちょっと興味どころだ。現状もたいしたことないがそれでも再開したころとはかなりな違い。練習と習熟と思考の積み重なり。その辺だろうかな。