気功を学ぶ方の
何かの参考になれば。
「中国道教協会」さまより紹介
所谓万法归宗,这里指的是道教的全部教义和经教、科教、法派、教戒、炼养方法等都要归宗于信道修道,真思志道。
凡为学道务道之士,无任是属哪个道派或擅长哪种教化,如言教、身教、科教等,其信仰追求和基本教义都应是一致的。从道派来说,道教有正一全真两大派,但两派的信仰体系和经教体系却都是一致的,皆以太上真常之道为最高信仰、宗奉三清道尊,并以三洞四辅真经宝典为经教之本。正一以真一不二,伐诛邪伪为内涵,全真倡积真功、践真行为本真,所要体现和倡导的都是太上之真道。而修炼虽有丹鼎符箓之分。但核心内容都是为度己度人。对一个道士来说,无任是正一还是全真,都应是心身与道法同修,不能偏废。三十代天师张继先曾说:此身身外本无法。也就是说,修炼道法,首先要修炼心身,积累道功,凝炼神气以合道,达到度己(修炼心身,合道成真)度人(以己之道功,济度他人)的目的。科教与教戒。教戒是为规范学道务道者言行以符合修道的要求,如三皈五戒:三皈要求道教徒皈依道经师三宝,以明确信仰;五戒,戒杀生以自娱、戒邪淫、戒偷盗、戒妄语、戒嗜酒,则都是为提高道德修养。科教则是要通过诵经斋醮,清静心神,使自我之心神与神明相亲,证悟道真。同时,也是宣扬道教教义,行教布化的重要形式。
总之,道教所行的教法和形式,都是以“道”为核心宗旨的。作为道士。当以道德为务。龙虎山祖庭天师府中曾有联曰:道高龙虎伏,德重鬼神钦。
簡単な訳
万法帰宗とは、道教の全教義と経典、科教、法派、戒律、養生法などがすべて「道を信じ修道し、真に志を道に置く」ことに帰結することを指す。
道を求めて学ぶ者は、どの道派に属し、どのような教化(言教・身教・科教など)を得意とするかにかかわらず、その信仰の追求と基本教義は一致すべきである。教派の観点から見ると、道教には正一派と全真派という二大派閥があるが、両派の信仰体系と経典体系は一致しており、いずれも太上真常の道を最高の信仰とし、三清道尊を奉じ、三洞四輔真経宝典を教典の根本としている。正一派は「真一不二」を本質とし、邪偽を伐つことを内包し、全真派は「真の功を積み、真の行いを実践する」ことを本真とする。いずれも体現し提唱すべきは太上の真の道である。修練には丹鼎(錬丹の器)と符箓(呪符)の区別があるが、核心内容は自らを救い人を救うことにある。道士にとって、正一派であれ全真派であれ、心身と道法を共に修め、偏ることは許されない。三十代天師・張継先はかつてこう述べた。「この身は身外に本法なし」。すなわち、道法を修めるには、まず心身を修め、道功を積み、神気を凝練して道に合わすことで、自らを救う(心身を修め、道に合わして真となる)と人を救う(自らの道功をもって他人を救済する)という目的を達成するのだ。科教と教戒。教戒とは、修道を求める者の言行を規範化し、修道の要求に適合させるためのもの。例えば三帰五戒:三帰は道教徒に道経師の三宝への帰依を求め、信仰を明確にする。五戒は、自己満足のための殺生を戒め、邪淫を戒め、盗みを戒め、虚偽の言葉を戒め、酒を嗜むことを戒める。これらは全て道徳的修養を高めるためである。科教は経文の誦読や斎醮を通じて心神を清浄にし、自己の心神を神明と親和させ、道真を証悟させるものである。同時に、道教の教義を宣揚し、教化を広める重要な形式でもある。
要するに、道教が行う教法と形式は、すべて「道」を核心的な宗旨としている。道士として、道徳を実践すべきである。竜虎山の祖庭である天師府にはかつて「道高ければ竜虎伏し、徳重ければ鬼神も敬う」という対聯があった。