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光のやくそく
いつかの約束をつい記憶のなかに探してしまうひとつだけ点滅する光暗い川のむこうからサインを送ってくれたのは誰だったか光はことばだった魂だった妖怪だったレコードの古いキズに立ちどまったり躓いたり麦わらみたいな乾いた空気を吸いながら吐きだすときはみんな湿ったフルートだったね夕焼けと枯葉の道背中の風がどんどん冷えていまは痩せた背骨にも届かないんだ光に魂があるならば瞬きするものにも言葉があるかもしれない小さ...
秋の葉書
とおい歳月の向こうから1枚の葉書が届いたまだ文字を知らなかった3歳の娘がいつか手紙のまねごとで落書きしたものだったこの秋古い机の引き出しからそれは枯葉のように手元におちてきた文字にならない文字いつか読み解くかもしれない誰かのために言葉は遅れてやってくるようだつぶやきのまま文字にならなかった文字を言葉にならなかった言葉をいまだ私は文字にできないけれど言葉にもできないけれどその葉書をふたたび引き出しの...
その林檎をかじったのは誰か
ひと口だけ齧られたリンゴがある。そのリンゴを齧ったのは誰か。小さなガレージのネズミ(マウス)だったのだろうか。それとも、ひとりの天才だったのだろうか。2011年の10月、米アップルの創業者スティーブ・ジョブズが56歳で世を去ったとき、Apple社は公式サイトでコメントした。「アップルは、明確なビジョンをもった創造的な天才を失いました。そして、世界は素晴らしいひとりの人間を失いました」と。天才は去った。だ...
さよならは寒い
朝顔が終わった。最後に、小さな花が咲いた。小さな口で、さよならと告げるように。それで、夏も終わった。秋をとびこえて、冬がきた。いや、小さい秋はあったのかもしれない。朝顔が咲き続けていたので、いつまでも夏だと思っていた。それほどに、今年の夏は長かった。花のタネだけはストックして、さよならする。夏と、朝顔と、風の旅人たちに。寒くなった朝、パソコンがとつぜん起動しなくなった。猛烈な夏の暑さに耐えたあとで...
朝顔の花が終わるとき
これが最後、これが最後と、いつまでも最後がつづいていた朝顔だが、いよいよ最後の一輪になった。ぼくの勝手で、咲きつづけるかぎり水をやり、新しい花が咲くのを待っていたが、朝顔にとっては辛いことだったかもしれない。真夏に咲いていた大きな花が朝顔姫だったとしたら、きょう咲いた花は、すでに幼児がえりした老婆かもしれない。小さくなってすこし萎んでいる。花も老いた姿はあまり晒したくなかったかもしれない。そんなこ...
秋色の向こうに
10月は母の命日で、天王寺のお寺にお参りに行った。お墓は九州にあるのだが、なかなか帰れないので分骨して大阪のお寺に納めた。それで秋は母の、春は父の法要をしてもらうことになっている。九州の秋がだんだん遠くなる。最後に母に会ったのはいつだっただろうか。記憶力がすっかり衰えていると聞いていたが、ぼくのことはまだ覚えていた。久しぶりで会ったのに特に驚いたふうもなく、自然にぼくの名前が母の口からでてきた。それ...
川の声が聞こえる
目をつむると、暗がりの底をいつも一本の川が流れている。かつて、ぼくの生活の、いちばん身近かにあったのは川だった。春と秋は、川の浅瀬を渡りながらキラキラ光る魚を追った。夏は終日、湧水の冷たい流れにもまれながら、ゆるくなった四肢で魚を真似して泳いだ。上流では山が晴れたり曇ったりするので、川は濁ったり澄んだりした。冬は背中を陽に温めながら、岩陰で動かない黒い魚の背中をじっと見つめていた。川の流れのように...