かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:インキネンと日本フィルハーモニー交響楽団によるシベリウス交響曲全集1

東京の図書館から、今回から4回シリーズで、府中市立図書館のライブラリである、ピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団によるシベリウス交響曲全集を取り上げます。

日本フィルハーモニー交響楽団は日本のプロオーケストラで、小澤征爾との確執などで知られていることが多いのですが、そもそも日本に於いてシベリウス交響曲を広めた役割のほうが大きいオーケストラです。渡辺曉雄の指揮によるシベリウス交響曲全集はかつては日本におけるシベリウス交響曲全集としてスタンダードでもありました。

japanphil.or.jp

ja.wikipedia.org

そして日本フィルは、府中の森芸術劇場どりーむホールで年4回ほど公演を行っており、実は府中市とも縁があるオーケストラです。ゆえに府中市立図書館に全集が収蔵されていると言えましょう。こういう例は各地の図書館で結構あります。以前「神奈川県立図書館所蔵CD」のコーナーでも横浜のアマチュアオーケストラである港北区交響楽団のCDを取り上げたことがありますが、そのような例は意外とあるものなのです。府中の場合は府中市交響楽団さんがCDなどを出していない関係で、プロオケで市内で公演を行っている日本フィルのCDが選択されたと言えるでしょう。

さて、その日本フィルはフランチャイズ杉並公会堂大ホールですが、それ以外で拠点として使っているホールがサントリーホールです。この全集は3つがサントリーホールでの公演、そして一つが横浜みなとみらいホール大ホールでの公演が収録されています。意外なんですが日本フィルのCDでフランチャイズである杉並公会堂大ホールでのCDは少ないのが現状です。杉並公会堂大ホールに足しげく通っている私としては杉並公会堂大ホールでの公演もCD化してほしいところです・・・

今回の第1集には、交響曲第1番と第3番が収録されており、いずれもサントリーホールでの公演を収録したものです。いずれも2013年のツィクルスからの収録です。シベリウスとなると確かに祖国フィンランドのオーケストラで聴きたくなりますが、実は日本フィルもステディかつ情熱的な演奏をすることで有名です。そのため、借りたと言うわけでした。

交響曲第1番
シベリウス交響曲第1番は、1898年に作曲が着手され、1899年に完成した作品です。通常作曲家の最初の交響曲は明るいものが多いのですが、シベリウスの第1番は何処かくらい表情に支配されているのが特徴で、第4楽章もフィナーレが暗くあっけなく終わるのが特徴となっています。

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チャイコフスキーボロディンブルックナーの影響が随所にうかがわれる。」とウィキペディアでは記述がありますが、特にこの曲に於いてはチャイコフスキーの影響が強いと私は見ています。それが強力に感じられるのが最終第4楽章の終わり方。これは明らかにチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」を想起させます。

指揮するインキネンもそれを感じているのか、徹頭徹尾美しさと力強さのバランスに配慮している印象で、特に最終第4楽章の最後は、かなり悲劇的に終わらせる演奏も多いのですがむしろ烈しさの中にも哀愁が漂う印象を受ける美しさが支配しており、ふわっと終わります。聴いていてこれはいいなと思います。当時のシベリウスが酒浸りで自堕落な生活をしていたのは、恐らく幼少期の心の傷が、当時の社会情勢によって再びえぐられた結果だと、対人援助の仕事の経験がある私は見ており、インキネンもその視点で作品を解釈しているように思うのです。そして、その解釈に対し真摯に応え表現する日本フィルの演奏も情熱的で素晴らしい!

ホールもサントリーホールであるということもいい方向に働いていると思います。日本でもトップクラスの響きを持つサントリーホールはベルリンのフィルハーモニーを模範として作られましたが、そこでシベリウスと取り上げたのが評価が分かれるヘルベルト・フォン・カラヤンカラヤンベルリン・フィルハーモニー管弦楽団シベリウス交響曲を広めるのに果たした役割は大きく、日本フィルハーモニー交響楽団もその精神を付け次いで、日本でシベリウスの演奏をするならばサントリーホールということもあったかと思います。勿論第一は観客動員数だとは思いますが、それでも収支という点では民間のホールなので杉並公会堂大ホールでの公演に比べてどうなの?という所はありますから・・・それでもサントリーホールでやるということは、明らかにカラヤンの功績というものが念頭に置かれていると個人的には感じるところですし、またその心意気が演奏に現われているようにも思います。気合も十分ですし何よりも団員が作品の魂に共鳴や共感している様子すら、音だけなのに随所に感じるのです。本当に力強いフォルティシモがあると当時にそれは美しく、それはピアニシモでも一緒。その技法がしっかりと表現となり表情となっているんです。

シベリウスが第1番から自分の個性や魂を表現しようとしたことに、指揮者もオーケストラも共感している様子がわかるんです。こういう演奏が日本のプロオケで聴けるわけですから、海外オケは高くて聞けないからと言って悲観する必要はないんです。

交響曲第3番
シベリウス交響曲第3番は、1907年に作曲された作品です。都会の刺激的な生活や社会情勢により自堕落な生活に陥り健康を害していたシベリウスが郊外へ引っ越して健康を取り戻した後に着手された作品でもあり、その精神性が如実に反映された作品だと言えます。

ja.wikipedia.org

この第3番は三楽章制になっていますが、第3楽章はスケルツォとフィナーレが一緒になっていると言われ、私もそのように感じていますがかといって事実上の4楽章なのかと言えば個人的にはそう考えてはいません。確かに通常スケルツォが第3楽章で別途フィナーレたる第4楽章があるのでそれをただ連結しただけという解釈も成り立ちますが、それならシベリウスは第2番のように献血していても別の楽章にしたはずです。それをなぜこの第3番では一つの楽章としたのかが、この曲の魂を示していると考えるからなんです。

以前にも言及したかと思いますが、この曲は健康を回復するということが喜びであり、それは祖国フィンランドの独立ということとオーヴァーラップするため、「自由」ということで三楽章になっていると考えるのが適切だということです。特に第3楽章では短調長調が入り乱れ、まるで精神の回復のようにらせん状。近代精神医学が反映されているとすら言える構造になっています。勿論シベリウスがこの曲を作曲した時はまだ「らせん状の回復」などと言う、精神医学の見地は発展途上で知られていないはずなんですが、恐らくシベリウスが自らが回復する過程を振り返ってみた時に、らせん状だと感じたのだろうと個人的には解釈しています。

その解釈をインキネンもしているように感じます。それがどこかもどかしくとも最後の頂点へと至る演奏に現われています。また第1楽章も回復の喜びを表すかのような明るさと美しさ、そして力強さ。第2楽章はその回復へと至るまでのさみしさを表現しているかのよう・・・

そんな近代医学の見地からのような解釈にしっかりと応え、表現しているのが海外オケではなく日本フィルだという事実。これは私たち日本人は誇りに思うべきだと思います。これだけのオーケストラが普通に公演を行っているということがいかに幸せなのかということなんです。

クラシック音楽以外のジャンルは確かに新しい曲にあふれています。それはそれで楽しいですが反面刹那的でもあります。一方クラシック音楽は長い歴史の中で残ってきている普遍性を持つ作品たちばかりだと言えます。勿論クラシック音楽でも新しい作品は生み出されておりそれらの作品も今後演奏されるべきでそうじゃないとクラシック音楽は残って行かないと思いますが、かといって古いからと言って罵倒したり批判するのはいかがなものかと思います。なら避難している人自身がどんどん新しい「惹きつける魅力」にあふれる作品を書けばいいわけで、魅力さえあれば人気が出て演奏されるわけですから。この演奏は「新しいものを追いかける事だけが正義なのか」という問いかけにもなっているように感じます。

その意味でも、日本フィルが歩んできた歴史というものは貴重ですし、その歴史がまた近代的な解釈でもしっかりと表現できるだけの土壌を培ってきたと言えるでしょう。歴史や伝統というものはそういうものだと個人的には思いますし、その大切さをいきなり第1集から演奏で示してきたと言えるでしょう。

 


聴いている音源
ジャン・シベリウス作曲
交響曲第1番ホ短調作品39
交響曲第3番ハ長調作品52
ピエタリ・インキネン指揮
日本フィルハーモニー交響楽団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

バッハカンタータ全曲逐語訳63 カンタータ第64番「見よ、いかほどの愛を我らに父は示したもうたかを」BWV64 Sehet, welch eine Liebe hat uns der Vater erzeiget BWV64

1. 合唱Coro
Cornetto e Violino I col Soprano, Trombone I e Violino II coll' Alto, Trombone II e Viola col Tenore, Trombone III col Basso, Continuo    

Sehet, welch eine Liebe hat uns der Vater erzeiget, dass wir Gottes Kinder heißen.
見よ、いかほどの愛を我らに父は示したもうたかを、われらが神の子と呼ばれるために。
      
2. コラール合唱Choral
Cornetto e Violino I col Soprano, Trombone I e Violino II coll' Alto, Trombone II e Viola col Tenore, Trombone III col Basso, Continuo    

Das hat er alles uns getan,
彼は全てを我らにされたもう、
Sein groß Lieb zu zeigen an.
大いなる愛を示さんがため。
Des freu sich alle Christenheit
喜ぶなりそを全てのキリスト教徒は
Und dank ihm des in Ewigkeit.
そして感謝を捧げん彼に対し永遠に。
Kyrieleis!
キリエライス(主よあわれみたまえ)!
      
3. レチタティーヴォ(アルト)Recitativo A
Continuo    

Geh, Welt! behalte nur das Deine,
行け、世よ!保てただ汝のもののみを、
Ich will und mag nichts von dir haben,
我は望まぬなりそして好まぬなり汝より奪うことを、
Der Himmel ist nun meine,
天は今や我がものなり、
An diesem soll sich meine Seele laben.
ここにてそをわが魂は安らぎとせんとす。
Dein Gold ist ein vergänglich Gut,
汝の金銀ははかなき財産なりて、
Dein Reichtum ist geborget,
汝の富は借り物なり、
Wer dies besitzt, der ist gar schlecht versorget.
そを持つ者は、全く養うには悪なりし。
Drum sag ich mit getrostem Mut:
ゆえに言うなりわれは毅然とした心持ちでかくのごとく。
      
4. コラール合唱Choral
Cornetto e Violino I col Soprano, Trombone I e Violino II coll' Alto, Trombone II e Viola col Tenore, Trombone III col Basso, Continuo    

Was frag ich nach der Welt
何を気に掛けるなりやわれがこの世や
Und allen ihren Schätzen
全てのその財宝に
Wenn ich mich nur an dir,
われがただ汝、
Mein Jesu, kann ergötzen!
わがイエスをば、喜ばせ能うなる時!
Dich hab ich einzig mir
汝を我はひたすらにわが
Zur Wollust vorgestellt:
喜びとして想像してきしなり。
Du, du bist meine Lust;
汝、汝はわが安らぎなり。
Was frag ich nach der Welt!
何を気に掛けるやわれがこの世に!
      
5. アリア(ソプラノ)Aria S
Violino I/II, Viola, Continuo    

Was die Welt
世界が
In sich hält,
その内に抱えしものは、
Muss als wie ein Rauch vergehen.
煙の如く消え去るらん。
    Aber was mir Jesus gibt
 しかしわれにイエスが与えたもうもの
    Und was meine Seele liebt,
 そしてわが魂が愛するものは、
    Bleibet fest und ewig stehen.
 維持す固きことをそして永遠に変わらぬなり。
      
6. レチタティーヴォ(バス)Recitativo B
Continuo    

Der Himmel bleibet mir gewiss,
天はあり続けるなりわれに確かに、
Und den besitz ich schon im Glauben.
そしてそを保持するなりわれはすでに信仰の内に。
Der Tod, die Welt und Sünde,
死、この世そして罪、、
Ja selbst das ganze Höllenheer
しかり全ての地獄の軍勢自身も
Kann mir, als einem Gotteskinde,
われ、神の子なるより、
Denselben nun und nimmermehr
そと同様絶対に
Aus meiner Seele rauben.
わが魂より奪うこと能わず。
Nur dies, nur einzig dies macht mir noch Kümmernis,
ただこれ、ただこれのみがもたらすなりわれにさらに苦悩を、
Dass ich noch länger soll auf dieser Welt verweilen;
そはわれがさらに長くこの世に留まるべしなることなり。
Denn Jesus will den Himmel mit mir teilen,
イエスは望むなり天をわれに分かつことを、
Und darzu hat er mich erkoren,
そしてその結果イエスはわれを選ばれ、
Deswegen ist er Mensch geboren.
それゆえにイエスは人間として生まれたり。
      
7. アリア(アルト)Aria A
Oboe d'amore, Continuo    

Von der Welt verlang ich nichts,
この世に求めしをわれはせぬなり、
Wenn ich nur den Himmel erbe.
われがただ天国を相続せば。
    Alles, alles geb ich hin,
 全て、全てを捧ぐなりわれは、
    Weil ich genung versichert bin,
 なぜならわれが十分に確信せしがため、
    Dass ich ewig nicht verderbe.
 われが永遠に身を滅ぼさぬことを。
      
8. コラール合唱Choral
Cornetto e Violino I col Soprano, Trombone I e Violino II coll' Alto, Trombone II e Viola col Tenore, Trombone III col Basso, Continuo    

Gute Nacht, o Wesen,
眠れ、おお営み、
Das die Welt erlesen!
この世が選びしよ!
Mir gefällst du nicht.
われを好むことを汝はせぬよう、
Gute Nacht, ihr Sünden,
眠れ、そが罪よ、
Bleibet weit dahinten,
留まれ遠いあの向こうにて、
Kommt nicht mehr ans Licht!
来なこれ以上光へと!
Gute Nacht, du Stolz und Pracht!
眠れ、汝高慢と華美よ!
Dir sei ganz, du Lasterleben,
汝には完全に、汝悪習なる生活には、
Gute Nacht gegeben!
眠れという言葉を与えしなり!

 


※原語歌詞は

https://webdocs.cs.ualberta.ca/~wfb/cantatas/64.html

を使用しました。ここに感謝の念を表明たします。

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

東京の図書館から~府中市立図書館~:湯山昭 お菓子の世界、こどもの国

東京の図書館から、5回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、湯山昭のピアノ作品、今回はその最後としてお菓子の世界とこどもの国を収録したアルバムを取り上げます。

「お菓子の世界」はすでに取り上げておりますが、その時のピアニストは堀江真理子さんでしたが、今回は「こどものせかい」を弾いた上田晴子さん。お二人とも湯山さんと関係あるピアニストです。上田さんだとどのような演奏になるのかも興味があって重複ですが借りてみました。そのうえで「こどもの国」も収録されており、湯山さんの創作がいかなるものなのかも知れるアルバムになっているのも、借りてきた理由の一つです。

①お菓子の世界
「お菓子の世界」をもう一度説明しておきましょう。1973年に作曲された、エチュードと言っていい作品です。子供が興味を引きやすいような作風にするため、あらゆる手法、和声、旋律が使われていることが特徴です。その意味ではまさしく「20世紀音楽」だと言えるでしょう。

enc.piano.or.jp

上田さんの演奏は、堀江さん以上に「お菓子のベルトコンベヤー」という印象を与えつつ、その甘美さも表現しているものになっており、楽しさがさらに増えています。堀江さんにせよ上田さんにせよ、楽しそうに弾いているのは共通していますが、それはまさに作品の魂を掬い取った結果だと言えます。上田さんの演奏も楽しくそして甘く、お菓子好きで目がない私はすでによだれが垂れてきそうです・・・じゅるり。

でもよだれをたらしそうになってしまうということこそ、上田さんのピアニズムのすばらしさです。さぞかし子供たちは嬉々としてピアノに向かいそうですね。え?それよりも練習後にお菓子を下さいって?あー、色気より食い気なんですね・・・私と同じですねw

②こどもの国
こどもの国は、19767年に作曲された子供のためのこれもエチュードと言っていい作品です。「こどものせかい」よりは高度な技術が必要になる作品ですがかといって先人たちよりは易しい作品となっています。

enc.piano.or.jp

基本的にはこれまでの作品の中ではご本人が「実用的」とはっきりと語っている作品です。それゆえにこの曲でもさまざまな手法が取り入れられ様々なジャンルの音楽が聞こえてきます。

最近の若い演奏家クラシック音楽に限らず興味を持っていることが多くそれが演奏技術の向上やバラエティーの広がり、そして広範なファンの獲得へとつながっていますが、その種をまいたのは湯山さんだったのかもしれません。この作品も上田さんが楽しそうに弾いています。こちらも楽しい気持ちになってきます。こういったピアニズムはとても大事だと個人的には感じています。

音楽は芸術ですがその前に楽しむものでもあります。そして味わうものでもあるでしょう。ピアニストが作品を楽しんだり味わったりしていないで聴衆を感動させることは難しいと思いますが、それもまた作品に共感していることが前提です。湯山さんの作品はその共感のしやすさという点ですぐれていますし、また先人たちへのリスペクトにあふれてもいます。弾いている上田さんもそのリスペクトにたいしてリスペクトしている演奏になっていて、味わいそして楽しんでおり、その表現の一つとして繊細なピアノもあります。それは聴いているほうがほっこりしますし、感動もします。

こども向けだから感動なんてないだろうという向きもあるかもしれませんが、それは多分作品の表面あるいは題名だけを見ての判断だと思います。実際聴いてみれば作品の魂の気高さ、慈愛に満ちた和声や手法に驚くはずです。それを日本人が作曲しているという事実・・・これは素直に誇りに思うべきだと思います。このような日本人の精神に感動したのが、例えばコダーイだったわけで、日本の音楽も世界に影響を与えていることを忘れるべきではないでしょう。

 


聴いている音源
湯山昭作曲
ピアノ曲集「お菓子の世界」(全音楽譜出版社版)
ピアノ曲集「こどもの国」(音楽之友社版)
上田晴子(ピアノ スタインウェイ

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

コンサート雑感:中央大学混声合唱団第61回定期演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和7(2025)年12月22日に聴きに行きました、中央大学混声合唱団の第61回定期演奏会のレビューです。

中央大学混声合唱団は中央大学の学友会、つまり公認サークルで、「音楽研究会」に所属しています。正確には中央大学音楽研究会混声合唱部ですが、長ったらしいので中央大学混声合唱団と呼ばれています。

c-konsei.lolipop.jp

www.chuo-u.ac.jp

ちなみに、私は中央大学OBですが混声合唱団ではなく史蹟研究会で、かつては公認ではありませんでしたが現在は公認サークルとなっており、学芸連盟傘下です。混声合唱団は文化連盟傘下です。

さて、その混声合唱団は定期演奏会を年1回開いています。基本的には年末に行われることが多く、今年も年末と相成りました。そのため12月はたいてい混声合唱団と同じ音楽研究会である管弦楽団定期演奏会とを聞きに行くことが多くなっています(その管弦楽団もこの先取り上げます)。

今回のプログラムは以下の通りです。結構渋い曲が並びました。

①ドゥランテ 聖母マリアの連梼
②ヴィヴァルディ クレド
③L.モーツァルト ミサ・ブレヴィスK116/90aよりキリエ
メンデルスゾーン 私の願いを聞いてください
シャルパンティエ 真夜中のミサ

部長さんにお聞きしたところたいてい指揮者の飯坂さんの選曲とのことでこのプログラムも飯坂さんの選曲だと思いますが、いやあ、シャルパンティエはあり得ますけれど、まさかの父モーツァルト(正確にはレオポルトの可能性が高い)というのはなかなかないです。こういうところは飯坂さんに指揮者が代わって変わったところです。

さらに今回の特徴は、アマチュア合唱団だと選択しがちなルネサンスの作品がなく、全てバロックから古典派、前期ロマン派と言った時代の、さらに管弦楽が付く作品が選択されているということです。この辺りは飯坂さんが何かをたくらんでいるように感じました・・・

①ドゥランテ 聖母マリアの連梼
ドゥランテはイタリア後期バロックの作曲家です。イタリアバロックの大家がずらりといる中では見劣りするとされていますが、教育者として活躍した人でもあります。

ja.wikipedia.org

教会音楽が最も多いのですが世俗曲も書いています。ただその比率は後述するヴィヴァルディとは正反対です。その意味では、イタリア後期バロックに於いて宗教音楽を多く書いた大家と言ってもいいかもしれません。

そのドゥランテが書いた「聖母マリアの連梼」は、ロレートの連梼を合唱曲にしたものです。ネット検索してもなかなか情報がヒットしませんが、どうやらバロック期の作曲家であったことから声楽のみではなくアンサンブルもついているようです。実際今回の演奏でも弦楽四重奏にオルガンという編成と合唱で演奏されています。このところ声楽のみの作品を飯坂さんは中央大学混声合唱団では取り上げてきていますがここにきてアンサンブルを入れるというのは多少風向きが変わってきているような気がします。

連梼なのでいくつかの歌詞群が続いて演奏されていきますが、全体の流れとしては流麗で美しいものです。如何にそれ以外の作曲家がすごすぎるのかを聞いていて実感します・・・おそらく団員にそんな意識を持たせることも、飯坂さんがこの曲を選択した理由の一つなのではと思います。

発声もOB・OGが入っているとはいえほとんどは現役学生ですし新入生もいる中でしっかりとしたものでしたし、表現も豊か。ソプラノの高音での美しさも素晴らしい!そこにはOGが入ってはいますが、それを邪魔しないだけの実力を現役生が持っているからこそです。この辺りは素晴らしかったです。いきなり全体的にレベルの高さを見せつける演奏でした。

②ヴィヴァルディ クレド
ヴィヴァルディはイタリア後期バロックの巨匠と言ってもいい作曲家でしょう。ドゥランテとほぼ同時代を生きていますが、ヴィヴァルディが司祭であったにも関わらず宗教曲は全体の割合の中では少ないと言う、ドゥランテとは正反対となっています。

ja.wikipedia.org

ですがその中でもミサ通常文を歌詞に使った作品は現代でも合唱団の主要レパートリーとなっており、ドゥランテとはこれまた正反対となっています。その中でも通常アマチュア合唱団だと選択されるのが「グローリア」なのですが、今回はクレドが選択されました。イタリアはカトリックでしたがこういったミサ曲の中の一つを単独で演奏することもありました。まるでプロテスタントのドイツ・バロックのようですが、この辺りはカトリックプロテスタントとで相互で行っていたことだと言えます。それゆえにドイツ・バロックにも影響を与えたと言っていいでしょう。

pietro.music.coocan.jp

この辺りの選曲に、飯坂さんの姿勢がみてとれるんです。グローリアを演奏すれば聴衆は知っている作品で安心しますが、やはり「文化連盟」傘下の混声合唱団です。私の出身サークルである学芸連盟傘下の史蹟研究会がアマチュアとして優れた論考を、例えば織田信長が建てた安土城で行いそれが歴史学に於いて評価を受けたように、混声合唱団もヴィヴァルディであれば通常グローリアとなるはずをあえてクレドを持ってくることで、バロック期の宗教音楽がいかなるものだったのか、ドイツとイタリアとの関係、はたまたカトリックプロテスタントとの関係を知り、考えさせるプログラムになっているのです。この辺りはほんとに素晴らしい選曲です。

一方でヴィヴァルディはアマチュアでも演奏しやすいことを念頭に置いていた作曲家でもあるため、今回の演奏は各員が伸び伸びと歌っているのが印象的。生き生きとした歌唱が本当に「信仰告白」となっているのがまた素晴らしい!人数が少ない(OB・OGを合わせても総勢14名)ことを感じさせないしっかりとした発声と歌唱が、作品が持つ魂を掬い取ることに成功しています。本当に練習きつかったことと思いますが、見事な演奏でした。

レオポルト・モーツァルト ミサ・ブレヴィスK.116(90a)よりキリエ
レオポルト・モーツァルトは有名なヴォルフガング・アマデウスモーツァルトの父です。「おもちゃの交響曲」で知られている実はヴォルフガングが生きた時代ではちょっとした有名人でした。

ja.wikipedia.org

「おもちゃの交響曲」はどうやらレオポルトの作ではないと言われているように、作曲もしましたがどちらかと言えば才能を発掘したりプロモーションをしたりというほうに才能があったようです。かと言って作曲者として才能がないわけではなくそれなりの作品も書いています。ただレオポルトが生きた時代は彼以外に才能あふれる作曲家が数多くいて、さらに息子が彼以上に才能ある天才だったこともあり、レオポルトが埋もれていったのは間違いありません。つまりはその程度の作曲家だったということです。とはいえ、では全く作品がくだらないのかと言えばそうでもないわけで、この辺りいかに当時のオーストリア楽壇が華やかでレベルが高かったかを物語ります。

そんなレオポルトですが、息子の作曲を手伝っていた可能性も指摘されています。実はそれが今回取り上げられたミサ・ブレヴィスK.116です。実はこの作品、ケッヘル番号がついている通り最初はヴォルフガングの作曲とされていたのですが科学的分析と研究により偽作がほぼ確定しています。ですが作曲者は確定しておらず、最有力なのが父レオポルトなのです。なぜなら筆跡にレオポルトのものがあるからと、構造的に同時期のヴォルフガングより保守的であるからです。となると該当する人物はとりあえずレオポルトしかいないということになります。今回の演奏会ではレオポルトの作品として取り上げられていますがあくまでも現在の研究だとということを念頭に置いてください。

everplay.jp

そのミサ・ブレヴィスはとても短い作品なのですが、仮にレオポルトが書いたとするならば、コロレド神父との関係も想像され、短い差曲を書いた可能性があります。保守的であるとしてもそれだけ凝縮した作品を書くことが出来た才能を持っていたことになります。あるいはこれはヴォルフガングへの教唆だったのかもしれません。このように書けば短くても行けるはずという親心。ですが証拠となる史料がないため断定はできません。ですが保守的であるからこそむしろ可愛さもある曲です。

その内のキリエのみ今回演奏。確かに和声としては保守的ですがその古めかしい和声も楽しんで歌っているのもいいですね~。それでいてしっかりと一定のレベルをたたき出し、聴衆を楽しませ喜びに満ち溢れさせるのはアマチュアとして優れています。もっと新入生が入ってほしいところですね~。

メンデルスゾーン 私の願いを聞いてください
メンデルスゾーンピアノ曲管弦楽曲で有名ですが、合唱曲も数多く作曲しておりそのなかには宗教曲もあります。有名なのはオラトリオ「エリア」ですがもっと小さなモテットも作曲しています。この「私の願いを聞いてください」もそんなモテットの一つで、作品番号がついているものもありますが今回は作品番号ではなくMWVがつけられておりB49となっている「讃歌」です。イギリス滞在中に作曲されその後イギリスで大流行した作品で、もともと英語とドイツ語で歌詞がついています。今回はドイツ語が選択されています。そしてこの曲もそもそもは管弦楽版にも編曲されていますが今回はオルガン四重奏で演奏されています。

ycs.gr.jp

この曲にはソプラノ・ソロも必要で、今年も坂井美登里さんがソロを担当。伸びのある美しい歌唱にアンサンブルする合唱。なんと美しい・・・この時点でうっとりです。メンデルスゾーンは前期ロマン派の作曲家ですから甘い旋律も当然とは言えますが、それをしっかりと甘美かつ清潔感ある演奏にできるかはやはりそれなりに実力が求められます。合唱団に高いレベルが要求されるわけですから、それは飯坂さんが合唱団に成長を求めている証拠だと言えるでしょう。この曲は多少長い曲ではありますがそれもしっかりと歌いきるだけの体が出来ていることも意味しています。学生なら当たり前では?と思うかもしれませんが歌うための「体の使い方」がありそのためにはそのための体を作らねばなりません。その基礎がしっかりしていると言えるわけです。確かに若い人達ですから筋肉はあると思いますが例えば歌う時の姿勢だったりはどんな年齢であっても気を付けねばならない点で、そのあたりがしっかりしているからこその歌唱であると言えます。それも練習の一つですし。それもまた「練習はうそをつかない」ということでもあります。やみくもに練習すればいいわけではありませんが科学的アプローチをするにしてもその科学に立脚した練習をしないで成果が出ることはないため、やはり「練習は嘘をつかない」は合唱であっても正しいと言えるでしょう。その「練習」を如何なるものと捉えるかという違いだけですから。

シャルパンティエ 真夜中のミサ曲
シャルパンティエはフランス・バロックの作曲家です。バッハよりは年上であるため後期バロックとまでは言えませんが、イタリアで生日フランスで活躍した人です。なお、お菓子の「アンリ・シャルパンティエ」とは関係がありません。

ja.wikipedia.org

世俗曲だけでなく宗教曲も多く作曲しており、さらには宮廷だけでなく市民への音楽も提供していた稀有な存在です。

今回のメインである「真夜中のミサ曲」も、編成からすればそんな新しい時代を髣髴とさせるかのような気風が見られます。それは合唱だけではなくアンサンブルもしっかりついているということです。今回はそのアンサンブルをオルガン四重奏に、さらにリコーダーも入れた編成で演奏されています。本来は室内オーケストラ程度の編成は必要とされますが新入生も少ないため自分たちでまかなえるお金が少なくゆえに大学からの支援も少ないということになっているため、最も小さい編成で行ったと言えましょう。ですが最近はベートーヴェンの第九ですら室内楽編成で演奏される時代ですから、それでも不足を感じませんでした。管弦楽がついたそもそものヴァージョンは解説付きで以下で聴くことが出来ます。

www.classic-suganne.com

この作品がメインになったのは二つ考えられます。一つはやはりアンサンブルが付いた作品に慣れてもらうこと、そしてもう一つは演奏会のタイミング。12月22日はクリスマス・イヴの2日前。キリスト教では降誕節前ということになるため、ちょうどいいということもあります。なぜならこの曲は、「ノエル」と言ってクリスマスの曲が採用されている作品だからです。

つまり、この「真夜中のミサ曲」は、クリスマスを待ち望む夜中に演奏される曲である、ということなのです。まさにタイムリーな選曲だったわけです。

上記説明文には、旋律としては親しみやすいと書いてありますが意外とソプラノの高音が難しいと思います。高音が続きしかも安定して美しくと言うのは本当に体がしっかりしていないと出ないためです。低い音もそうなんですが高音と低音はともにしっかりと体を使わないとすぐ発声がぶら下がり気味になります。ソプラノ以外はぶら下がり気味ということはなかったんですが、ソプラノはすんでで踏みとどまっているという感じで最高音だとかなり苦しそうでした。それでもぶら下がることなく歌い切ったのはさすが。ソプラノ4名のうち2名はOBで私も顔を知ってしまった方ですが、引っ張りつつも一人だけ目立ってはいけないわけでそのあたりのコントロールが難しそうでした。それでも歌いきるわけですから本当に高いレベルを持っていると思います。是非とも中大だけではく他の合唱団でも歌ってほしいところ。例えばMAXさんだとか、CVPさんだとか、コール・ミレニアムさんとか・・・あとおすすめは、稲見里恵さんが指導されているコア・アプラウスです。是非ともご検討を・・・と言っても、かなりお痩せになっていたのでそのあたりはちょっと心配ですが。

全体的にはクリスマス・イヴの楽しさが表現されている曲を全力で楽しみ味わっている印象です。発声は伸び伸びとしていますし美しい~。それはほんとに素晴らしいと思います。またアンサンブルのリコーダーもささえたり目立ったりと大活躍。リコーダーが入るだけで素朴さが入ります。この辺り編成を最小限にするために飯坂さんがかなり苦労した後が見られました。

ただ一つだけ残念だったのは、この時代のミサ曲ではグローリアとクレドにおいては、グローリアにおいてはGloria in Exselsis DeoとクレドではCredo in unum Deumはソロで歌われた後にその後の歌詞を合唱が歌うのですが、今回そのソロの部分はごっそり削除されていました・・・終演後部長さんにお聞きしたところ、そのあたりは難しく団員では賄えなかったとのこと。確かにそこは私も宮前フィルハーモニー合唱団「飛翔(はばたき)」時代にモーツァルトの雀ミサをやった時にさんざん迷った経験があります。結局は団員がやりましたが、それはタレントに恵まれていたからこそ。ただ団長さんも含め今の中央大学混声合唱団なら団員でソロを出すことは可能だとは思っていますので、たとえば来年はモーツァルトのミサ・ブレヴィスに挑戦して学生ソロをということもしてみていいと思います。そのあたりはまた来年もOB・OGが入るのならば先輩に甘えてもいいかも、です。

会場はそれほど響くホールとは言えないセシオン杉並で、昨年から定番となりつつあります。ですが小さいホールであるため思い切った発声が出来ているように思います。また今回は全てオルガン四重奏という編成になったことから、今後中央大学で大きな合唱作品に取り組む可能性があるのかなと思いました。毎年秋にはOB・OGが主体の演奏会もありますが今年はなかったようで・・・ですが来年は何かあるのかなと思ったりもしています。

その点では、実は2025年では見送ったのですが多摩市民第九の動きが気になるところです。多摩市民第九は毎年多摩市にゆかりのあるアマチュアオーケストラが担当しますが、実は中央大学管弦楽団も大学創立125周年の時に定期演奏会を第九にして多摩市民第九でも担当オケになったことがあります。そういったイベントが来年は控えているのかなと・・・そこに市民合唱団に助っ人として中央大学混声合唱団が現役生およびOB・OGも参加すると言ったことがすでに多摩市第九を歌う会などと話し合いがもたれているのかなと・・・もちろんこれは推測に過ぎませんが、仮に当たるとなると、来年末はすさまじい予定になりそうです・・・来年の定期演奏会がどうなるのか、また2026年も注目していたいと思います。

 


聴いて来たコンサート
中央大学混声合唱団第61回定期演奏会
フランチェスコ・ドゥランテ作曲
聖母マリアの連梼
アントニオ・ヴィヴァルディ作曲
クレド RV591
ヨハン・ゲオルグレオポルト・モーツァルト作曲(?)
ミサ・ブレヴィスK.116(90a)よりキリエ
フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ作曲
讃歌「私の願いを聞いてください」MWV B49
マルカントワーヌ・シャルパンティエ作曲
真夜中のミサ H.9
坂井美登里(ソプラノ)
矢野里奈(オルガン)
飯坂純指揮
アレクテ四重奏団
中央大学混声合唱

令和7(2025)年12月22日、東京、杉並、セシオン杉並

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

コンサート雑感:宮前フィルハーモニー交響楽団第55回定期演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和7(2025)年12月21日に聴きに行きました、宮前フィルハーモニー交響楽団の第55回定期演奏会のレビューです。

宮前フィルハーモニー交響楽団川崎市宮前区を中心に活動するアマチュアオーケストラで、市民オーケストラにカテゴライズされるオーケストラです。このブログでも何度も取り上げているアマチュアオーケストラの一つです。

miyamae-phil.jimdofree.com

かつて私はその姉妹団体である、宮前フィルハーモニー合唱団「飛翔(はばたき)」に所属していましたが、現在は退団しさらに合唱団も解散しています。ですが様々な縁でまだオーケストラとは繋がりがあり、現在もできうる限り定期演奏会には足を運ぶようにしています。しかも現在私は東京在住なのでむしろ東京のアマチュアオーケストラの演奏会を中心に足を運んでいますがそれでもかつての姉妹団体は大事にしたくて現在も定期演奏会に足を運ぶようにしています。

殆どの市民オーケストラは自分たちのテリトリーで定期演奏会を開くことが多いですが、宮前フィルハーモニー交響楽団の場合、本拠は川崎市宮前市民館ですが6月あたりに開催する定期演奏会は隣である多摩市民館で、冬の12月頃に開催する定期演奏会を本拠である宮前市民館で開催することが多くなっています。今回も前年同様、宮前市民館大ホールでの開催でした。昨年はヴァイオリニストの東さんをソリストとして迎えましたが、今年はオーケストラ単独となっています。プログラムは以下の通りです。

ベートーヴェン 「献堂式」序曲
モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」
チャイコフスキー 交響曲第4番

交響曲2つはおなか一杯の感がありますが、なかなか中間のプログラムを作るというのはアマチュアオーケストラにとっては簡単ではありません。特に宮前フィルハーモニー交響楽団の場合、選曲は団員の総意が重視されますが当然その実行にはコストがかかります。アマチュアオーケストラにとって2プロを選択する場合、そのコストと自分たちの意思とのバランスをどうとるのかが重要で、協奏曲を選んでしまうとソリストの分コストアップしてしまいます。ですが交響曲ならそれほどコストがかからないという点もあります。

マチュアオーケストラが交響曲を2つ演奏する場合、大抵はそのコストと自分たちの気持ちとの両立を図った結果であることが多いのです。特にある程度実力が備わってきたオーケストラの場合、たとえ交響曲が二つであっても十分な練習時間が取れるため、コストを考えて交響曲を2つ選択し一方は古典派の比較的短い作品を選択することもあるわけです。宮前フィルハーモニー交響楽団の場合、かなり実力があがってきていることからコスト面も考えてモーツァルトの「ハフナー」を選択したと思われます。

ベートーヴェン 「献堂式」序曲
ベートーヴェンの「献堂式」序曲は、1822年に作曲された祝祭劇の序曲です。ウィーンのヨーゼフシュタット劇場のこけら落としのために劇音楽そのものはわずか1ヶ月という、ベートーヴェンとしてはあり得ないほどの早さで作曲されました。それもそのはず、実は半分程度が旧作である「アテネの廃墟」からの転用なのです。

ja.wikipedia.org

内、序曲は新たに作曲されていますが、それでも1ヶ月という期間は推敲をじっくりと行うベートーヴェンにとってはかなりのスピードで仕上がっています。ただ、ほとんどが「アテネの廃墟」からの転用で劇音楽自体を賄っているわけなので、新たに序曲だけは簡単だったかもしれません。そもそも序曲は本体の音楽から抜粋するわけなので・・・

とはいえ、「アテネの廃墟」にも序曲がつけられているわけですがそれとはまったく別な音楽になっています。この辺りはベートーヴェンバロック音楽を研究した過去がありますからバッハなどの先人たちの仕事を参考にしたと思われます。近くではモーツァルトバロック的な手法を採っていますから・・・

さて、個人的には1プロが「献堂式」序曲というのは若干違和感がありました。この時点で演奏してしまっていいのだろうかと言う・・・実は会場である宮前市民館は現在は東急田園都市線宮前平駅が最寄りとなっていますが、丘の上にあるがゆえに多少不便な所にあるため、2030年度をめどに区役所を含め東急田園都市線鷺沼駅前に移転が決まっています。すでにその予定地に建っている東急ストアは徐々に閉館の準備が進んでいます。ですから「献堂式」を演奏するのであれば新しい市民館が開館した時でも良かったのでは?と思いました。ですがまあ、宮前フィルは団員さんの意思というものが最優先されるオーケストラなので・・・おそらく単に演奏したいという気持ちが団員に多かったのだと思います。それと、各地で自裁不足や人員不足で建設計画が変更あるいは白紙になっているケースもままありますので(先日名鉄名古屋駅の改築計画もほぼ白紙になっています)、今のうちに一度演奏しておこうということになったのかもしれません。実際この曲は以前宮前フィルでも演奏ずみなのですがその経験者がなんと2人・・・近い将来の市民館移転後に粗相がないように、今のうちに一度経験しておこうということのように思います。

その意味では、市民館移転オープンのいわば「予行演習」とも言うべき演奏だったように思います。今回の指揮者は田中健さん。どっしりとしたテンポながら生命力のある演奏をオーケストラに求めており、その要求にしっかりとオーケストラが応えていきます。今回私はホールに着いたのが開演10分前程度だったので、空いている席がなんとほぼ最前列しかないという状況で(これ故に府中市交響楽団と似ているのです)、最前列にて聴きましたが、団員の皆さんの気合の入りようは半端ではなかったです。アマチュアらしいやせた弦の音も散見はされますがそれほど目立つこともないことが、演奏を大切にしている証拠だと思います。また指揮者の田中さんもタクトの打点がはっきりしていてわかりやすいということも、オーケストラが安心して演奏できた要因だったのではと思います。かっこいい指揮を追及してもオーケストラがいい演奏をするわけではなく、むしろ失敗することのほうが多いのですが、若い指揮者だと経験不足からそのあたりが分からない人もいるのですが、田中さんは大学生の卒業コンサートであるリアン・フィルハーモニック・オーケストラも指揮した経験がある実は実力派。その分タクトが分かりやすいことに資力しているように見受けられました。それが演奏のレベルの高さにつながっているように思います。こういう所は若い指揮者の方は勉強してほしいところです。

モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」
モーツァルト交響曲第35番「ハフナー」は、1782年に成立したセレナードを翌年の1783年に交響曲へと編曲した作品です。

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このことから、モーツァルトのセレナードの内いくつかはそもそも交響曲ではないかとされる作品も存在し、その一つがじつは有名な「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」です。現在伝わっているのは4楽章ですが、そもそもはセレナードであればもっと楽章があったはずで、実は現在伝わっているのは交響曲としてではないかという疑惑が存在します。ただ最近他の楽章も見つかったためセレナードのままになっていますが、確かに交響曲として演奏してもそん色ない構成になっています。

「ハフナー」も同様に、そもそもはウィーンのハフナー家のために作曲したセレナードですが、翌年のモーツァルト自身の予約演奏会で新作の交響曲を発表するために時間的な都合でセレナードを改作することを思い立ち、父レオポルトが持っていた原譜を取り寄せ、交響曲に改作したのがこの「ハフナー」です。現在では交響曲として聴いてなにもそん色ありませんが、この辺りがモーツァルトの天才ぶりであると同時に、まだバロックの影響が濃い時代でもあったことを物語ります。というか、バロックの「改作」という伝統はロマン派まで連綿と受け継がれているのですが・・・

演奏はそのセレナードであったという作品の生い立ちが持つ平明さと生命力が存分に表現されていました。この辺りは真剣になりつつも演奏を楽しんでいるという印象を受けています。モーツァルトの作品は私も戴冠ミサなどを詠った経験を持ちますが実は簡単に見えて難しいんです。ですが今回宮前フィルはそれをかなり涼しい顔して演奏しているんですよねえ。この辺り本当に成長が見て取れると言うか、世代交代でモーツァルトを苦にしないという印象があります。初代音楽監督である故守谷弘が生きていたら、どれだけ喜んだことか・・・彼が「飛翔」でモーツァルトを取り上げたのはまさしく、団の実力をあげるためでしたから。宮前フィルは守谷弘を解任しましたがしかし守谷弘の精神は受け継いだと言えます。この辺り「境界線」が引けているのも、私が宮前フィルを好む理由の一つです。

チャイコフスキー 交響曲第4番
チャイコフスキー交響曲第4番は、1877~78年に作曲した作品です。ちょうどチャイコフスキーが望まない結婚をし破局して、フォン・メック夫人に出会い援助を受け始めた時期です。

ja.wikipedia.org

それゆえに、音楽はかなり起伏が激しい曲になっています。さらにはこの第4番は続く第5番とともに「運命主題」が存在し展開する作品でもあります。

チャイコフスキーは同性愛者であったことはすでによく知られていることですが、そのマイノリティとしての葛藤も作品には織り込まれています。ゆえに様々な内面性がありつつも美しい旋律にも彩られており、それはある意味誘惑や勝利などと言った言葉とも関連付けられます。調性音楽ですが複雑な内面性を持つ作品となっています。それはリズムもそうですしまた和声の重なりなども複雑な内面性を表現する材料となっています。

それだけに、指揮者の橘氏はあるオーケストラの演奏会で「難しい作品だ」と述べていましたが、その難しい作品を宮前フィルがどのように田中氏のタクトで共に料理するのかが今回注目点でした。

まず、テンポは大抵の演奏は速めが多いのですが今回どっしりとしたテンポを採用。ヴァイオリンなどはかなり動きまわるので弦楽器にとっては弾きやすかったと思いますが一方管楽器、特に唇を震わせる金管楽器は多少不安定な部分もありました。ですがアインザッツが極端に乱れるということはなく、全体的にまとまっておりそれゆえに作品の底にある感情がはっきりと表に出るような演奏になっていたのが印象的。もっと簡便に言えば「雄弁」。いやあ、ほんと宮前フィルは成長したなあと思いますが、それは単に時間が過ぎて経験を積んだというだけでなく、世代交代が進んだことも理由の一つだと思います。私が知っている人はもうクラリネットトロンボーンにそれぞれ一人だけとなっており、あとは知らない人ばかり。ですがそれがオーケストラの新陳代謝を示しておりまた演奏水準が上がった理由でもあるでしょう。

また各人が作品に感情移入しつつもどこか距離を取って俯瞰し、曲に飲み込まれることなく「情熱と冷静の間」を取ることで優れた演奏になっています。アマチュアらしいやせた弦の音が全くなかったわけではありませんがそれがアンサンブルに於いて支配していたわけではなくアマチュアのレベルとしては問題ないです。東京のいわゆる市民オケではないアマチュアオーケストラに比べればという点はありますがしかし市民オケということでいえばかなり高いレベルにあると言えるでしょう。

特に第4楽章のクライマックスではフォルティシモで終わっているはずですがそれゆえ強い音で終わることが多いですが、今回強くも美しくまるでふわっと終わったのです。いやあ、美しい・・・

ホールの宮前市民館はいわゆる多目的ホールなのでクラシック音楽の演奏には基本的には向いておらず講演や演劇に向いているホールですが、とはいえスタジオのように響かないわけではありません。その限定されたホールの響きの中で最大限の努力をして雄弁な演奏に仕上げ、最後は美しく終わるなんて、もう素晴らしいの一言です。最後万雷の拍手が沸き起こったのは単に地元民がひいきに思っているだけではなくやはり耳の肥えた聴衆が多いこともあってだと思います。この辺りは私も実家が沿線ですが東急多摩田園都市という街の特徴だと思います。それは創立時の音楽監督であった守谷弘が夢見た「わが町のオーケストラ」としてしっかり根を張ったことでもあるでしょう。

次回は来年6月に多摩市民館で創立35周年記念の第56回が行われる予定で、ブラームス交響曲第2番とフンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」を演奏会形式の抜粋で演奏するとのこと。これもまた宮前フィルらしいチャレンジだと思います。そして続く第57回・・・がなく、実は!来年のかわさき市民第九は宮前フィルが担当オケであると発表されました!これで私は次回の府中市民第九も足を運べることが決定しました!ぜひとも来年のかわさき市民第九にも足を運びたく思います。創立35周年の宮前フィルがどんな演奏を第九で聴かせてくれるのか、楽しみです!ただ通年だと12月第2日曜日なのですが、来年は本当に年末の12月27日とのこと。そうなると、いろいろと他とバッティングしそうな気配です・・・まあ、そうなればかわさき市民第九を優先すると思います。またまた来年も楽しみです!

 


聴いてきたコンサート
宮前フィルハーモニー交響楽団第55回定期演奏会
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
劇音楽「献堂式」序曲作品124
ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト作曲
交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲
交響曲第4番ヘ短調作品36

ヨハン・シュトラウス2世作曲

ワルツ「美しく青きドナウ」(アンコール)
田中健指揮
宮前フィルハーモニー交響楽団

令和7(2025)年12月21日、神奈川、川崎、宮前、宮前市民館大ホール

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

バッハカンタータ全曲逐語訳62 カンタータ第63番「キリスト教徒らよ、彫り刻めこの日を」BWV63 Christen, ätzet diesen Tag BWV63

1. 合唱Coro
Tromba I-IV, Tamburi, Oboe I-III, Fagotto, Violino I/II, Viola, Continuo    

Christen, ätzet diesen Tag
キリスト教徒らよ、彫り刻めこの日を
In Metall und Marmorsteine!
金属と大理石に!
    Kommt und eilt mit mir zur Krippen
 来たりて急げ我と共にイエスの厩の像へ
    Und erweist mit frohen Lippen
 そして表わせ喜びの唇にて
    Euren Dank und eure Pflicht;
 汝らの感謝と汝らの責務を。
    Denn der Strahl, so da einbricht,
 なぜならばその光、そこに差し込むは、
    Zeigt sich euch zum Gnadenscheine.
 指し示すが故汝らに恵みの輝きをば。
      
2. レチタティーヴォ(アルト)Recitativo A
Violino I/II, Viola, Continuo    

O selger Tag! o ungemeines Heute,
おお、祝福されし日よ!おお、この驚くべき今日、
An dem das Heil der Welt,
この日、世界の救いなりて、
Der Schilo, den Gott schon im Paradies
シロ、神がすでに楽園にて
Dem menschlichen Geschlecht verhieß,
人類に約束せしが、
Nunmehro sich vollkommen dargestellt
今や自らの姿を現し
Und suchet Israel von der Gefangenschaft und Sklavenketten
そして努るなりイスラエルを囚われの幹と奴隷の鎖、
Des Satans zu erretten.
サタンのより救わんと。
Du liebster Gott, was sind wir arme doch?
汝最愛なる神よ、なんと我らは貧しき存在なりや?
Ein abgefallnes Volk, so dich verlassen;
堕落せし民なり、そは汝を見捨てしがゆえ。
Und dennoch willst du uns nicht hassen;
そしてそれでもなお望むなり汝はわれらを憎まぬことを。
Denn eh wir sollen noch nach dem Verdienst zu Boden liegen,
なぜならわれらが功績により地面に伏されるべき前に、
Eh muss die Gottheit sich bequemen,
むしろ神は自ら進みて、
Die menschliche Natur an sich zu nehmen
人間の本性を受け入れ
Und auf der Erden
そして地上にて
Im Hirtenstall zu einem Kinde werden.
羊飼いの小屋にて子供となられんがゆえ。
O unbegreifliches, doch seliges Verfügen!
おお、理解しがたき、しかし祝福に満ちた御心!
      
3. 二重唱アリア(ソプラノ、バス)Aria (Duetto) S B
Oboe solo, Continuo    

Gott, du hast es wohl gefüget,
神よ、汝はそを良きに計られし、
Was uns itzo widerfährt.
われらに今起こりしことを。
    Drum lasst uns auf ihn stets trauen
 ゆえにわれらに彼を常に信頼させ
    Und auf seine Gnade bauen,
 そして彼の恵みを頼りにさせたもう、
    Denn er hat uns dies beschert,
 なぜなら彼は我らにもたらしたが故、
    Was uns ewig nun vergnüget.
 われらを永遠にただ楽しませるものを。
      
4. レチタティーヴォテノール)Recitativo T
Continuo    

So kehret sich nun heut
ゆえに変わるなりまさに今日
Das bange Leid,
不安な悲しみ、
Mit welchem Israel geängstet und beladen,
イスラエルを怯えさせそして重荷を背負わせしは、
In lauter Heil und Gnaden.
大いなる救いと恵みへと。
Der Löw aus Davids Stamme ist erschienen,
獅子、ダヴィデの一族なる(キリスト)が現れ、
Sein Bogen ist gespannt, das Schwert ist schon gewetzt,
その弓は引き絞られ、その剣はすでに研がれり、
Womit er uns in vor'ge Freiheit setzt.
彼がわれらを自由へと連れ行くがため。
      
5. 二重唱アリア(アルト、テノールAria (Duetto) A T
Violino I/II, Viola, Continuo    

Ruft und fleht den Himmel an,
呼びかけそして願え天に、
Kommt, ihr Christen, kommt zum Reihen,
来たれ、汝らキリスト教徒ら、来れ列へと、
Ihr sollt euch ob dem erfreuen,
汝らはゆえにそを喜ぶべきなり、
Was Gott hat anheut getan!
神が今日なさりしことを!
    Da uns seine Huld verpfleget
 われらを神の慈しみが賄い
    Und mit so viel Heil beleget,
 そして非常なる多くの救いを与えり、
    Dass man nicht g'nug danken kann.
 そは人が十分に感謝し能えぬほどなり。
      
6. レチタティーヴォ(バス)Recitativo B
Oboe I-III, Violino I/II, Viola, Fagotto, Continuo    

Verdoppelt euch demnach, ihr heißen Andachtsflammen,
倍増させよ汝をそれゆえ、汝らが意味する敬虔の炎を、
Und schlagt in Demut brünstiglich zusammen!
そしてうち震えよ謙遜に於いて熱烈に共に!
Steigt fröhlich himmelan
昇れ喜ばしく天へ
Und danket Gott vor dies, was er getan!
そして感謝せよ神がこのために、なしたことを!
      
7. 合唱Coro
Tromba I-IV, Tamburi, Oboe I-III, Fagotto, Violino I/II, Viola, Continuo    

Höchster, schau in Gnaden an
至高なる方よ、ご覧あれ恵みに満ちて
Diese Glut gebückter Seelen!
この情熱、伏し願う魂のを!
    Lass den Dank, den wir dir bringen,
 感謝、われらが汝へ捧げしを
    Angenehme vor dir klingen,
 心地よく汝の御前にて響かせん、
    Lass uns stets in Segen gehn,
 われらを常に祝福のうちに歩かせ、
    Aber niemals nicht geschehn,
 しかし決して起こることなきよう、
    Dass uns der Satan möge quälen.
 われらをサタンが苦しめるというようなことが。

 


※原語歌詞は

https://webdocs.cs.ualberta.ca/~wfb/cantatas/63.html

を使用しました。ここに感謝の念を表明たします。

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

新年のご挨拶~今年は動き回ります!

皆様、明けましておめでとうございます。

2026年も、このブログをどうぞごひいきにお願い申し上げます。

さて、毎年元旦は新年のご挨拶をさせていただいております関係で、バッハのカンタータ全曲逐語訳のコーナーは明日に掲載いたしますのでご了承ください。

今年は新しいコーナーを設けるとか、掲載曜日を大幅に変更するなどの予定はありません。月曜日と水曜日は「東京の図書館から」、火曜日と木曜日は「バッハカンタータ全曲逐語訳」、土曜日を「コンサート雑感」もしくはコラムというのは変わりありません。金曜日と日曜日を予備日とするのも勿論変更なしです。ゆえに年の最初からその予備日を使うという形なので変更したわけではありません。

では全く変更がないのかと言えば、そうでもないんです。実は今年から少しずつですがプロオケにも足を運びたいと考えています。何分予算の関係もあるのでひと月に何度もということは考えていませんが、ちょうど3月までにプロオケ二つのチケットを確保しています。今回は項目ごとに分けていきたいと思います。

①年が明けたのに第九のコンサート連発!プロオケもあり!年末には九州へも!
さて、ベートーヴェンの第九と言えば年末の風物詩となっていますが、最近状況が異なってきており、年末に限らず演奏するケースがふえてきています。3月までにすでに4つのコンサートに足を運ぶことにしており、うち2つはすでにチケット確保済みです。

1.1月31日 オーケストラ・フォルチェ ミューザ川崎シンフォニーホール
まずは1月31日のオーケストラ・フォルチェさん。アマチュアオーケストラですが第25回の記念にベートーヴェンの第九を演奏されます。合唱団も特別編成ということで、さらには世界初演の合唱曲も披露されるということで、それも期待がふくらみます。毎年かわさき市民第九の会場にもなっているミューザ川崎シンフォニーホールでどのような演奏をされるのか、楽しみです。

2.2月23日 大阪フィルハーモニー交響楽団 ザ・シンフォニーホール
プロオケ第1弾が大阪フィルハーモニー交響楽団です。昨年10月5日に京都コンサートホールで行われた京都シンフォニカさんの定期演奏会で共演された大阪フィルハーモニー合唱団さんが、姉妹団体である大阪フィルと演奏するのがこのコンサート。ザ・シンフォニーホールにおけるベートーヴェン・ツィクルスの最終回で第九が演奏されます。このチケットはすでに11月末に確保済み。ついにプロオケのチケットを確保しました。このブログでもバッハ・コレギウム・ジャパンは取り上げていますがそれ以外のプロオーケストラのコンサート評をあまり取り上げていないため、今回チケットを取った次第です。在京オケのほうがいいかもしれませんが、地方オケを勇気付けるという意味合いもあります。大阪フィルハーモニー合唱団さんの素晴らしい合唱に感動してチケットを取ったという側面もあります。

3.3月8日 戸塚区民オーケストラ ミューザ川崎シンフォニーホール
3月8日に第九を演奏されるのが、横浜のアマチュアオーケストラである戸塚区民オーケストラさん。実はこの演奏会は最初ロストしておりまして、合唱団がコール・ミレニアムさんということで検索していたらヒットした次第。実はそのコール・ミレニアムさんの第22回定期演奏会の担当オケがクレセント・フィルハーモニー管弦楽団。クレセント・フィルハーモニー管弦楽団さんを検索していたらコール・ミレニアムさんがヒットし、さらにコール・ミレニアムさんを検索していたら戸塚区民オーケストラさんにたどり着いたというわけです。戸塚区は横浜市ですが、みなとみらいホールではなくミューザ川崎シンフォニーホールでどのような響きをコール・ミレニアムさんと聞かせてくれるのか、今から楽しみです。なおこのコンサートはまだチケット未確保です。

4.3月28日 群馬交響楽団 高崎芸術館
プロオケ第2弾が、群馬交響楽団。映画「ここに泉あり」からずっと聴きたいと思っていたオーケストラで、フェスタ・サマーミューザで第九を演奏する予定だったのが新型コロナで中止になり変更されたことでチケットを取らなかったオーケストラでもあります。そのためせっかくの機会だからと考えたのですが、実はこの翌日に東京芸術劇場でも公演がありメンバーも一緒。ですが私は鉄道旅行系YouTuberカコ鉄さんのメンバーでもあり、ならばカコ鉄さんの故郷高崎での公演をと考えて、高崎公演を選択しました。そもそも群響さんは高崎芸術劇場を本拠としているわけですから、せっかくならそっちをと考えました。

ここまで第九は全て響きのいいホールでの公演となっています。

5.12月20日 九州交響楽団 J:COM北九州芸術劇場
いきなり年末の予定になりますが、小倉での九州交響楽団の演奏会に足を運ぶことを予定しています。どのような響きなのか、残響時間までホールのウェブサイトに記載がないのでわかりませんが、Facebookのグループ「クラシックを聴こう!」でも九州在住の方から九州交響楽団はおすすめをいただいているため、門司港観光を絡め足を運びたいと考えています。なので今年はプロオケだけで3回ベートーヴェンの第九を聴くということになりそうです。

②バッハの作品も目白押し!受難曲にミサ曲、はたまた一族のモテットまで!
3月までは受難節も来ることからバッハの作品を取り上げるコンサートにも足を運ぶ予定です。現在は以下を考えています。

1.1月25日 コア・アプラウス 杉並公会堂大ホール
まずは1月25日に杉並公会堂大ホールで行われる、コア・アプラウス2026演奏会です。今回はバッハのミサ曲ロ短調。師匠からタクトを受け継いだ稲見里恵さんがどのように料理するのか、楽しみです。なおこの団体はかつて私も大田区民第九合唱団時代に助っ人で共演した団体でもあり、仲間たちがどのようなパフォーマンスをするのかもたのしみです。

2.3月15日 佐々木正利バッハコア すみだトリフォニーホール
続いて3月15日にはバッハ・コアさんがバッハのマタイ受難曲を。FBFの女性が参加されるのですでに行くことはほぼ決定済みです。難しくまた長いマタイ受難曲をどのように料理するのか、たのしみです。

3.3月21日 セタガヤ・クォドリベット 横浜みなとみらいホール小ホール
3月21日には、久しぶりにセタガヤ・クォドリベットさんを。バッハ一族のモテットが取り上げられます。大バッハたるヨハン・セバスティアン・バッハはよく演奏されますがそれ以外はなかなか演奏機会がありません。この珍しい機会を逃さないようにしたいと思っています。なお横浜みなとみらいホールの小ホールはかつて宮前フィルハーモニー合唱団「飛翔」が定期演奏会で使ったホールでもあります。大ホールだけでなく小ホールも素晴らしいホールなので、どのような響きを聴かせてくれるのか、楽しみです。

4.5月3日 CVP ミューザ川崎シンフォニーホール
5月3日、ゴールデンウイークに昨年も足を運んだCVPさんがバッハのミサ曲ロ短調を。コア・アプラウスと聞き比べのかたちとなります。コア・アプラウスが小さめの杉並公会堂大ホールに対して、CVPさんは大きいミューザ川崎シンフォニーホール。その差が演奏にどのような差となって現れるのかも注目です。

③そのほかアマチュアの演奏会も!
そのほかも、ひいきにしているアマチュアオーケストラの演奏会に足を運ぶ予定です。2月1にはオーケストラ・ダスビダーニャ2月11日には合奏団ZERO3月1日にはカラー・フィルハーモニック・オーケストラ3月7日にはオーケストラHALなど、ひいきのアマチュアオーケストラの演奏会に足を運ぶ予定です。また合唱団も3月2日に新都民合唱団さん(東京文化会館にてベートーヴェン ミサ・ソレムニス)9月22日に女声合唱団サーナ・テクセレ(ミューザ川崎シンフォニーホールにてヘンデル メサイア女声合唱版)なども予定しています。

今年はこのように、コンサート行脚で変更を予定しており、地方にも出かける予定を立てています。アマチュアの活動としては東京が最も盛んでそれに引っ張られるように首都圏で盛んですが、地方でも一定の活動がなされていますし、またプロも地方オケが頑張っています。今年から地方の公演にも予算の許す範囲内で足を運び、レビューしていきたいとおもっています。もしかすると予算の都合上あきらめる公演もあるかもしれませんが、できるだけ実現させて、皆さまの参考あるいは勇気付けになれればと考えておりますので、昨年同様ごひいきのほど、よろしくお願い申し上げます。新しき年が皆様にとって素晴らしい年になりますよう!

 


地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。