LIFE LOG(今日の夢はどんな夢?)

今日の夢はどんな夢?

記憶から消えない夢達を現実に追ってみた・・・

― アワヒメを追って 193話 ―

— 宗像大社 中津宮 

 むなかたたいしゃ なかつぐう

 

新年あけましておめでとうございます‼ 本年もよろしくお願いいたします。

 

2024年9月9日 10:00 御参拝

福岡県宗像市大島1811

 

御祭神  湍津姫神 たぎつひめのかみ

 

宗像大社は、沖ノ島沖津宮 筑前大島中津宮 宗像市田島の辺津宮 三社の総称と

なっており、天照大神素戔嗚命の誓約で生まれた三柱の女神 〝宗像三女神〟 をお祀

りする神社の総本宮であります。

 

やっと御参拝することができました…

 

最初に向かったのは 〝中津宮〟 神湊ターミナルより旅客船にて向かいます。

 

最初に見えてきた島は大島ではなかったようです。



大島が見えてまいりました。

 

 

大島港渡船ターミナルに到着。


大島港から徒歩で5分くらいだったでしょうか?すぐに鳥居が見えてまいりました。

 

二の鳥居。

 

二の鳥居を過ぎて神池の太鼓橋を渡ります。

 

手水舎と御由緒。

 

 

この登って行く感じは大好きです。

 

神門の向こうは明るく見えますね。

 

神門の前に狛犬様がおられます。

 

 

本殿前で手を合わせました。

 

 

初めて見るのですが、円形と四角の鰹木が三本束ねてありました。

どんな意味があるのでしょう…

 

 

日本各地に七千余ある 宗像神社 厳島神社 そして宗像三女神をお祀りする神社の総

本社と聞いていたのですが、想像していたよりもこじんまりとしており素朴な感じを受

けるのでした。

 

境内社

 

 

境内社にも御参拝した後、天ノ真名井へと向かいます。

 

 

 

こちらが〝天ノ真名井〟

ありがたくいただきました…

 

参拝を終え神門をくぐると、海へと向かう参道に出会えます。


宗像三女神は〝道主貴〟 みちぬしのむち とも呼ばれているのですが、この〝貴〟むち 

という尊称を持つ神は三柱の神…

三柱の神とは、伊勢神宮天照大神が〝大日孁貴〟 おおひるめむち 

出雲大社大国主大神が〝大己貴〟 おおなむち

そして、宗像三女神が〝道主貴〟 みちぬしのむち だけなんだそうです。

 

 

田心姫神〟をお祀りする沖津宮沖ノ島全体が御神体とされており女人禁制の禁足地

となっています。

なので沖ノ島へ渡ることが出来ない為、大島にある遥拝所へ向かいました。

 

次回へ。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 192話 ―

— 平泉寺白山神社 

へいせんじはくさんじんじゃ

 

2025年9月10日 11:00 御参拝

福井県勝山市平泉寺町平泉寺56-63

 

主祭神 伊奘册尊 いざなみのみこと

 

かねてより訪れたかった場所であります…

 


一の鳥居…ポツポツと雨が降り始めました。

 

手水舎。

 

手水舎で身を浄めたら落ち着きのある参道へと…大粒の雨も一瞬でした。

陽の光が参道を照らしてくれています。

 

参道の右手に八幡神社


八幡神社を過ぎ左手には御手洗池。

 

— 白山を開山された泰澄大師は養老元年(717)白山登拝の途中にこの林泉を発見

され、大師の祈念に応じて泉の中の影向石に白山の大神が出現され、「神明遊止の地な

り」とのお告げがあったため、当地に社を建てて白山の神を奉斎されたと伝える。当社

発祥の地であり、「平泉寺」や「平清水」(平安時代の当社の呼称の一つ)の名の由来は

ここにある。神泉は今もって絶える事なく湧出ている。 —

 

 

池の真ん中に見える石が〝影向石〟です。

 

美しく神秘的な池…

〝影向石〟の上に女神が現れるのではと思ってしまいました。

 

神泉。

 

泰澄大師御手植の御神木です。

 

二の鳥居へと向かいます。

 

拝殿が見えてまいりました!

 

拝殿へと歩いていると、左手に社殿が見えたので向かいます。

〝池尾明神〟

 

左から〝貴船社〟 〝今宮神社〟 〝鎮守宮〟 

 

〝辻ノ宮社〟 

 

拝殿が間近に見えてまいりました。

 

厳かな雰囲気を肌で感じます。


扁額には〝中宮平泉寺〟と…

717年に泰澄によって開山された後、平安時代以降は比叡山延暦寺の末寺となり、明

治時代の神仏分離までは仏教寺院〝霊応寺平泉寺〟だったようですね。

 

拝殿後方の本殿で、とても落ち着いた御参拝をさせていただくことができました。

 

御祭神は〝伊奘册尊〟・・・

以前御参拝させていただいた京都府南丹市美山町の〝大原神社〟を思い返しました。

 

yatutama.hatenablog.com

 

 

拝殿では〝昇り龍〟と〝降り龍〟の見事な彫刻を見ることが出来ます。

 

 

本殿左には越南知社 御祭神は〝大己貴尊〟

 

本殿右には別山社 御祭神は〝天忍穂耳尊

 

本殿を振り返ります…


白山神社といえば御祭神は〝菊理媛尊〟を思い浮かべるのですが、平泉寺白山神社の主

祭神は〝伊奘册尊〟…なのですね。

 

この鳥居の向こうには〝楠木正成公〟の供養塔と〝栲幡千々姫尊〟がお祀りされいるよ

うです。

 

境内は、瑞々しい苔むした雰囲気に包まれており空気が澄み渡っているように感じまし

た。

 

 


今年の5月に御神像が開帳されたようです。

33年に一度の御開帳なんだそうで、次は2058年…もう目にすることはないようで

すね。


— 日常から離れた雰囲気の中で特別な御参拝をさせていただいたように思います。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 191話 ―

— 吉水神社 

      よしみずじんじゃ

 

2024年6月3日 12:30 御参拝

奈良県吉野郡吉野町吉野山579

 

主祭神 後醍醐天皇 ごだいごてんのう

    楠木正成 くすのきまさしげ

    吉水院宗信法印 きっすいいんそうしんほういん

 

吉野神宮御参拝の後、後醍醐天皇南朝の皇居と定められた場所〝吉水神社〟へ訪れま

した。

 

一の鳥居です。

 

 

一の鳥居で一礼のあと少し歩くと表門が見えてまいります。


狛犬様。

 

 

表門にやってまいりました。 

 

何だか雰囲気が寺院のように感じます。

 

表門の右手に〝五大尊 金生大明神〟がお祀りされております。

五大尊とは仏教でいう五大明王のことでしょうか?

それとも、吉野山最奥の青根ヶ峰にある金峯神社の御祭神である〝金精明神〟なのでし

ょうか?

 

表門を過ぎると右手には桜の名所である一目千本が現れます。

 

桜の時期ではありませんでしたが、美しい光景でした。

 

こんな景色を見ることが出来るなら、桜の時期にまた訪れたいですね。

 

中門です。

 

中門をくぐり右手には蛭子神社

 

手水舎も趣を感じます。

 

〝弁慶の力釘〟

弁慶が釘を打ち込んだ岩であり、豊臣秀吉がその力をあやかる為に撫ぜたとのいわれが

あるようです。

 

拝殿にやってまいりました。

 

御賽銭を入れて参拝させていただこうとしたところ、目の前にこのような札がありま

す。


十七拍手・・・・少し驚きましたが、札に書いてあるように四・四・四・一と拍子をと

りながら御参拝させていただきました。

左手には楠木正成公がお祀りされております。


この後、世界遺産に登録されており日本最古の書院造建築である吉水神社書院へ向かい

ます。

院内の画像はありませんが、源義経潜居の間や後醍醐天皇玉座の間など貴重な文化財

見ることが出来ました。

その中に源義経の甲冑のような防具が展示されていたのですが、とても小さく見えたの

が印象に残っています。

 

書院を出て庭園を歩いていますと、このような門が現れました。

 

邪気祓いの作法が書かれております。

 

北闕門

邪気祓いの九字を切るそのさきは京の都であります。

 

後醍醐天皇も北闕門から京の空に向かい九字を切っておられたようですが、どのような

想いだったのでしょうか?

 

セーマン ドーマン…陰陽道と関わりがあるようですね。

 

 

南北朝時代に想いを馳せながらの御参拝でした。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 190話 ―

— 吉野神宮 

      よしのじんぐう

 

2024年6月3日 10:30 御参拝

奈良県吉野郡吉野町吉野山3226

 

主祭神 後醍醐天皇 ごだいごてんのう

 

明治22年 明治天皇により創建された神社であります。

 

 

天気にも恵まれた御参拝となり、鳥居の向こうには解放感を感じさせる青空がひろがっ

ていました。

 

鳥居前の狛犬様なんですが、向って右の狛犬様は空に向かっておられました。

 

こちらの狛犬様はどこを見ておられるのでしょう。

 

手水舎で身を浄めました。

 

なんとも涼しげであります。

 

大鳥居から神門へと向かう途中、抜けるような青空を狛犬様と同じように仰ぎ見るので

した。

 

 

神門で一礼、拝殿へと向かいます。

 

拝殿にて御祭神であられる後醍醐天皇へ手を合わせました。

 

武士政権から天皇中心の政治を取り戻すために鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇はその後、

鎌倉幕府滅亡に足並みをそろえた足利尊氏と政治的な思惑や価値観の違いからか対立す

ることになり争います。

結局湊川の戦いで敗れた後醍醐天皇はこの吉野の地に逃れて南朝を開きましたが、その

想いはかなうことなく1339年に崩御となるのです。

 

明治時代になると政府は南朝を〝正統〟と認め吉野神宮が創建されたようです。

 

こちらは幣殿。

よく見ると本殿の鰹木と千木が幣殿の屋根上に見えていますね。

後醍醐天皇の想いを示すかのように、吉野神宮の本殿は京都の方角北向きとなっており

ます。

 

摂社です。

 

南朝の忠臣がお祀りされているようです。

 

手水舎の水の上に浮かんでいました〝折鶴〟がこちらでは宙に浮かんでいます。


厄を落とせる〝厄割玉〟が拝殿の授与所に用意されていたようです。

 

後戻りするまでもないか…と。

 

何故か〝吉野〟 〝南朝〟 という響きに誘われ御参拝させていただきました。

 

後醍醐天皇の最後の言葉

〝玉骨は縦令南山の苔に埋まるとも、魂魄は常に北闢の天を望まんと思ふ〟


次は南朝皇居へと向かいます…

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 189話 ―

— 六甲山神社 

      むこやまじんじゃ

 

2024年3月20日 11:30 御参拝

兵庫県西宮市山口町船坂

 

主祭神 菊理媛命 きくりひめのみこと

 

神戸の背後に広がる六甲山の最高峰から少し離れたところに鎮座します神社。

 

鳥居の扁額には〝白山の宮〟…

御祭神の菊理媛命加賀国白山の神であります。

 

鳥居をくぐると、左側横道にそれるように参道が見えてきます。

 

少し歩くと赤い鳥居が見えてまいりました。

鳥居の向こうは、〝蛤稲荷〟そして右手には〝山之地大神〟です。


細い参道の先には観世音菩薩が待っておられます。

 

加賀国の霊峰白山を開山した泰澄大師は、白山にて妙理大菩薩を感得し白山妙理大権現

と称して祀り、霊峰白山を神仏混合的な信仰の場として崇めました。

その白山妙理大権現の化身する前の姿は十一面観音といわれており、この六甲山におい

ても白山姫観音として祀られているのでしょうか。

 

白山姫観音の前で手を合わせた後、さらに奥へと…

 

十柱の神々がお祀りされているようです。


御神木の家族杉が出迎えてくれました。

 

拝殿に入ると気持ちが引き締まります。

 

二礼二拍手一礼。

 

拝殿より奥には立ち入ることが出来ませんが、こちらが本殿となるのでしょう。

〝石の宝殿〟と呼ばれている石祠が少し見えています。

 

六甲山の石の宝殿には、神功皇后三韓征伐の際に持ち帰った神の石を納めたという伝

承があります。

また、神功皇后が石の宝殿の傍の三葉空木の根本に黄金の鶏を埋めたとも伝えられてお

り、毎年元旦の夜明けには埋められた黄金の鶏の鳴き声が六甲の山々に響き渡るのだそ

うです。

 

六甲山の石の宝殿は神功皇后の御廟なんだとか・・・

 

2018年に一度御参拝させていただいてはいるのですが、六甲山神社に磐座があるの

を知らずにいたのです。

yatutama.hatenablog.com

 

今回はその磐座に辿り着くとことが出来ました。

 

この磐座の前はそんなに広くないので、全体像を写す事が出来ません。

 

磐座に手をあわせ振り返った見晴らしの良い景色、遠くに海が見えています。

 

陽の光が何とも気持ちよく感じました。


拝殿を通り過ぎ細い山道をおりたところに不動明王をお祀りしている場所があるらしい

ので向かいます。

向かう途中の磐座群。

 


こんな感じの山道。

 



六甲山石宝殿 白水不動です。

 

六甲山全域が廣田神社社領であったことと、六甲山がかつては向津峰と呼ばれていた

ことから、廣田神社の御祭神である〝撞賢木厳魂天疏向津媛命〟の奥宮なのではと云わ

れているようですね。

 

 

yatutama.hatenablog.com

 

前回行けなかった場所に辿り着けたので、とても満足のいく御参りでした。

でも磐座の前で青い空を仰いだと思ったら大粒の雨が突然降ってきたりと山の天気が突

然変わるのには驚きましたね。

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 188話 ―

— 河上神社 

    かわかみじんじゃ

 

2024年2月24日 10:50 御参拝

兵庫県多可郡多可町加美区轟797番地

 

主祭神 弥都波能売命 みづはのめのみこと

 

兵庫県多可郡には気になる神社が多くて、過去に何度か足を運んでおります。

 



 

yatutama.hatenablog.com

 

yatutama.hatenablog.com

 

yatutama.hatenablog.com

 

yatutama.hatenablog.com

 

yatutama.hatenablog.com

 

そして今回も見つけてしまいました。

水の神を祀る場所…

 

 

鳥居の前に手水舎がありました。

 

鳥居で一礼。

こじんまりとした神社ですので、階段を上がるとすぐに拝殿です。

 

木立の中に佇む拝殿には威厳を感じます。


そして拝殿に近づくと、今まで見た事が無い異形の狛犬様がおられました。

 


向かい合うことなく、真正面の少し上を見ておられます。

 

後方から… 何というか、異国の雰囲気が漂っています。

 

拝殿にて手を合わせました…

 

拝殿の中には色鮮やかな絵馬が飾られています。

 

 

本殿の屋根はかなり傷んでおりました。


本殿の左右の境内社…御祭神は不明。

 


本殿裏の磐座。

 

 

こちらの神社も異空間でした。

 

 

そして、神社の近くに流れる杉原川のほとりに祭祀場ではないかと言われている場所が

あります。

 

それがこちら…

 

すぐ近くにはこんな磐座?もあります。


一説によると〝川裾神〟が祀られているとの事です。

 

川裾神とは川濯神や川下神とも呼ばれているようで、以前お詣りした事がある石川県の

白山比咩神社では北参道の大鳥居の側に〝河濯尊大権現〟としてお祀りされておりまし

た。

 

〝河濯尊大権現〟とは水神であり祓い浄めの女神であられる瀬織津姫命であるとも聞い

ております。

 

それがこちら…

河濯尊大権現 2018年8月8日 御参拝。

 

 

兵庫県多可郡多可町加美区に鎮座します、水の女神をお祀りする〝河上神社〟でした。

 



本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 187話 ―

— 大神神社 

     おおみわじんじゃ

 

2024年2月8日 12:00 御参拝

奈良県桜井市三輪1422

 

主祭神 大物主大神 おおものぬしのおおかみ

 

 

大神神社とは、式内社大和国一宮・二十二社であり、旧社格官幣大社で現在は神社

本庁の別表神社です。

 

きっと三度目の御参拝だと思いますが、こんな大きな鳥居があったとは知りませんでし

た。

 

そして今回、隠れた一の鳥居があるのを重ねて知るのでした。

それがこちら…

 

二の鳥居…なんとなく憶えています。

 

鳥居で一礼。

 

参道を歩きます。

 

瀬織津姫神・速秋津姫神気吹戸主神・速佐須良姫神を祀る祓戸神社が左手にあらわれ

ます ので、まずは祓戸の神々に手を合わせ穢れを祓っていただきました。

 

手水舎…宝珠と樽に巻付いた蛇神様の口から水が出ています。

樽には三本杉の神紋。

 

夫婦岩主祭神である大物主大神と活玉依姫でしょうか? それとも倭迹迹日百襲姫

命なのか?

 

拝殿が見えてまいりました。

 

大神神社には本殿がありません。

拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し後方の三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝える

我が国最古の神社とされております。

 

その拝殿にて、手を合わせました。

 

御祭神の大物主大神とは、結構謎の神様のようですが調べていくと〝蛇神様〟の姿が見

えてきます。

 

こちらの祈祷殿・儀式殿・参集殿の前を通り過ぎます。 

 

 

次なる道は〝久すり道〟病気平癒の神様をお祀りする狭井神社への入口です。


進んで行くと右手に〝磐座神社〟御祭神は少彦名神…薬の神様とされているようです。

 

 

大神神社の摂社である狭井神社にたどり着きました。

 

こちらの御祭神は大物主大神の荒魂です。

 

狭井神社の境内から大神神社御神体山である三輪山への登山口があったのですが、今

回は時間がなくあきらめました。


狭井神社の拝殿と本殿の間に〝くすり水〟という井戸があり湧出る御神水は万病にきく

と信仰されているようです…

 

〝久すり道〟をすこし戻ると鎮女池という池があり、その中に市杵島姫神社が鎮座され

ておりました。

 


ここから山辺の道を歩き、元伊勢である檜原神社へ向かいます。

どれくらい歩いたでしょうか? 記憶では数十分だったような…檜原神社に辿り着きま

した。

 

神域には拝殿も本殿もなくこの〝三つ鳥居〟の前から三輪山を拝むようになります。

御祭神は〝天照大神若御魂神〟…手を合わせました。

 

こちらは豊鍬入姫命宮。

 

第10代崇神天皇の御代、天照大御神は宮中にて天皇と同じ部屋で祀られていました。

その状態を畏怖した天皇は、崇神天皇6年に皇女〝豊鍬入姫命〟に託され宮中を出て倭

笠縫邑に磯城神籬を立てて祀った。

それが、この桧原の地であり、天照大御神はその後二代目御杖代である倭姫命による伊

勢遷幸の後も檜原神社として天照大御神を引き続き祀ってきました。

元伊勢と呼ばれる由緒です。

 

山の辺の道を戻ります。


道途中にある龗神神社の看板。

 

懐かしき龍神様へ御挨拶に向かいます。

 

 

鳥居の向うに拝殿が見えています。

 

まだ十代だった頃、仲の良かった友達に誘われて大神神社へお詣りに訪れました。

記憶の中に大神神社はないのですが、こちらの龗神神社は映像として脳裏にまだ残って

いるのです。

・・・その記憶に残っている映像は変わっていませんでした。

 

その時にこの池の前で、神様ってほんとうにいるのですか?となんとなく尋ねてみると

池の真ん中あたりから、すーっと真っすぐに金色の鯉が私の方に向かってきて、すぐ近

くの目の前でくるくると回ってから池の中に消えていくのでした。

きっと偶然であろうと思いながらも、神様って本当にいるんだなと深いところで心に刻

んだ出来事でした。

 

懐かしき拝殿にて手を合わせます。

 

この場所に、次はいつ来れるのでしょうか?


最後に向かったのは、大神神社末社の久延彦神社です。

 

 

久延毘古命とは案山子を神格化した呼び方なんだそうです。

 

日本最古の神社と呼ばれる〝大神神社〟きっとまた訪れる神社であろうかと思います。

 

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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