2026年のはじまりに~Rubyコミュニティへの関わりを深めた2025年とこれから~

🎍あけましておめでとうございます🎍

2026年のはじまりに、2025年を振り返りつつ今の気持ちを書いておこうと思います。

 

振り返ってみると、2025年は技術そのもの以上に「人」や「コミュニティ」に何度も助けられた一年でした。

Rails Girls出雲 1stへの取り組み

2025年は、Rails Girls出雲 1stのオーガナイザーを引き受けたところからスタートしました。

正直なところ、江森さんから打診を受けた当初は「本当に自分で良いのだろうか」という気持ちが大きかったです。RubyRailsへの造詣がもっと深い人のほうが良いのでは?とか、私みたいなベテラン(オバ…)な人じゃなくてもっと若手のほうが良いのでは?とか色々思っていましたが、引き受けたからにはしっかりやろうと腹を括り、声を掛けて快諾してくれた他の3名のオーガナイザー(コミュニティで知り合った全員違う会社の女性!)と2月には東京開催の見学に行きました🗼

 

yamako-inaka.hatenablog.com

そこからは怒涛の準備期間に突入し、ああでもないこうでもないと意見を出し合いながら何とか形にすることができ、当日の運営まで目まぐるしくもとても濃い時間を過ごさせてもらいました。

他の3名のオーガナイザー、江森さん、コーチを引き受けてくださった皆さん、そして関わってくださったすべての方々に、改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

(今更ですが開催報告ブログ書けなかったことが悔やまれます。すみません…)

mruby Girls Matsue 1stとpicoruby

2025年のもう1つの大きなトピックが、mruby Girls Matsue 1stへの参加、すなわちpicorubyとの出会いでした。

正直なところ、「Lチカ、ちょっと面白そう」という直感だけで、これはもう参加するしかないと思い飛び込みましたが、大正解でした。

電子工作とは縁のない人生を送ってきた自分が、休日にLEDをピカピカ光らせて「おお…」と一人で喜んでいる。そんな時間が、純粋にワクワクして、とても楽しくて。

普段はマネージャ業が中心で、コードを書く機会は皆無(改修の見積もり時と障害が起きたときに解読するぐらい…)なのですが、picorubyと向き合っていると、新人時代のように「書いたコードが動く」面白さを改めて体感しています。

今の自分にとって、とても大切な癒しの時間になっていて「プログラミングって楽しい」と思い出させてくれる存在です。私の刺激的な2025年に彩りを与えてくれたpicoruby。もちろん、2026年も続けて行くつもりです。

mruby girlsについては、以下の記事でも詳しく書いています。

 

yamako-inaka.hatenablog.com

 

本業での変化と支え

本業では7月から、これまでと比較してもう一段上の、責任のある職責を拝命しました。慣れない立場での仕事に四苦八苦する毎日でしたが、同僚の皆さんに助けられながら、なんとか年末まで駆け抜けることができました。

そしてもう一人(?)欠かせない存在が、相棒のChatGPT(時にはgeminiやClaudeも)です。考えを整理したり、壁打ちをしたりと、日々の仕事の中で本当に助けられました。働き方そのものが大きく変わった一年だったように思います。

家族への感謝

私には小学校4年生になる一人娘がいます。最近は休日になると友達と遊ぶことも増え、私が土日の昼間出かけても別に何も言われなくなりました。数年前と比べると明らかにフットワークが軽くなり、自分の時間が取れるようになりました。

そうは言ってもまだまだママっ子で甘えん坊な娘…東京に行ったりRWCで松江に宿泊したりしたときはとても寂しそうでした。2026年も泊まりのイベントはまだもう少し控えめにしたいと思います(とは言え年に何回かは行かせてもらうつもりです。ごめんね娘。年に362日は一緒にいるから、3日ぐらいだけは許してね)。

その都度、娘と一緒に過ごしたりフォローしてくれる夫にも非常に感謝しています。同業者かつコミュニティ活動には興味がない人のため、お陰様で私が外に出られています。ありがたや。

2026年のはじまりとこれから

今年は、年明け早々、2月に開催される出雲Ruby会議01でLT登壇することが決まっています。早くも大ピンチですが、このお正月も準備期間にあてて、少しずつ形にしていきたいと思っています。目下、picorubyのソースコードを相棒(ChatGPT)の解説付きで解読しているところです。

それにしても、40代にもなって、一年後の自分が想像できないというのは、なかなかエキサイティングで贅沢な人生だなぁと思っています。この仕事向いてないなぁと今でも年に何回かは思うことがあるのですが、飽きっぽい自分が同じ業界で20年以上続けてこられたのは、やはり多少は向いている分野なのかなあなんて思ったりもしています。

そんな人生を歩ませてもらっていることに感謝しつつ、まずは健康第一で、2026年も楽しんでいきたいです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします!

mruby Girls Matsue 1stを振り返って

こんにちは、yamamoto(@yamako_inaka)です。

 

2025年11月8日に開催された世界初のmruby girlsに、何とGirlsとして参加しました!

記憶が新しいうちに、振り返り記事を書きたいと思います。

 

mruby Girlsについてはこちら

(Matsue1stトップの江森さん作?のAIイラストが可愛い!)

mrubygirls.github.io

 

集まり良すぎるGirls

前日までのRubyWorld Conferenceの疲れがピークに達していましたが、出雲から松江へ向かう足取りは意外と軽かったです。
体はぐったりしているのに、心だけはウキウキしていました。
初めて触る技術というのは、何歳になっても楽しみだし、それが触ったことがある人がまだ少ない技術なら、尚更。

受付開始は10時。松江駅前に9時50分ごろ着き、コンビニで少し時間をつぶして10時5分ごろ会場に行くと、すでに残り2席。みなさん着席済みでした。集まりの良さにびっくり。さすがアンテナの高い方々。
10時10分には最後の1人も到着し、定刻10時半を20分も前倒ししてスタートしました。集まり良すぎ!

 

 

初めてのLチカ!

まずはchobishibaさんの講義を受け、案内されたガイドを開いて環境構築を開始しました。
Rails Girlsのような形式でガイドページが整っていて驚きました。これがあれば、どこでも開催できるのではと思いました。

席はMacWindowsで分かれており、私はWindowsの席へ。
ガイドもOSごとに分かれていて、とてもわかりやすかったです。
そのガイドに沿ってもくもくと作業を進め、無事「PICORUBY」の表示に成功!irbも動きました!

 


そして昼前には、ドキドキしながらAtom Matrixを初開封し、PCに接続して実行。
初のLチカが成功して、「やったー!」とテンションが一気に上がりました。

 

Atom Matrixには5×5=25個のLEDがついており、それぞれを指定して光らせたり色を変えたりすることができます。

 

 


ガイドに「ボタンを押すと…」と書いてあったので探していたところ、間違えてリセットボタンを押してしまい、一瞬焦りました。まさか液晶がボタンになっているとは。これ絶対言われないと分からないやつ!

光らせる場所を変えたり、色を変えたりして遊んでいるだけで、とても楽しかったです。まさに情操教育(いい大人だけどやっぱり楽しい)

 

ランチ

お昼休憩では、はす向かいにMatzが座っておられてとても緊張しましたが、隣の松江のエンジニアさんが普通に話しかけておられて、「松江の人は、やっぱりMatzとの距離感が近いんだな~」と勝手に感心していました。(違ったらすみません)

スポンサー様にご支援いただいた、美味しいエビフライランチのおかげで元気が回復し、午後も頑張ろうという気持ちになりました。

発展編

午後はさらに発展編に入り、各自ガイドを飛び出してオリジナルのアプリづくりに挑戦しました。

 

私は、

・「HELLO」を3回表示するアプリ

・じゃんけんの3手を模したLチカが0.1秒で切り替わり、押したところで止まるアプリ

の2つを作りました。

 


シンプルですが、自分の書いたコードどおりに動くのは本当に嬉しく、プログラマとしての原点に戻ったような気持ちになりました。

最近はマネージャ業が板についてきて、実務でコードを読む機会すらほとんどないのですが、「趣味で電子工作をやってみたいな」と思えるほど心が動く一日でした。

 

これから

PicoRubyと出会って、プログラマとしてもう一度技術に触れたい気持ちがふつふつとわいてきました。まだ触ったことがある人が少ないこの技術なら、RubyRailsの習熟度がそんなに高くない私でも、みんなよりも少しだけ詳しくなれる可能性があるのでは…なんて思ってみたりしてます。

 

技術書典で購入した hachi さんの書籍も読み込んで、もっといろいろなアプリを作っていけたらいいなと思っています!

 


 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

 

 

RubyWorld Conference 2025とmrubyGirlsを振り返って~初日編

今回で3回目の参加、そして3回目のブース出展でした。

思い返せば、私のRWC2025は今年の6月から始まっていたのかもしれません。
オーガナイザーとして参加した「Rails Girls出雲 1st」当日、羽角さんの発表で

mrubyGirls開催を知ったのがきっかけでした。

mrubyには触れたこともなく、組み込みの世界とは無縁の人生を送ってきた私ですが、
そのとき直感的に「参加したい!」と強く思いました。


目の前でピカーと光るLチカに強く心を惹かれ、世界初の試みというワードに

ワクワクしたのを覚えています。

今振り返ると、あの瞬間すでに私は情操教育されていたのかもしれません。

 

朝5時半スタートの初日

RubyWorldカンファレンス初日は、朝5時半起きでスタート。
ブース設営部隊として現地8時半入りを目指し、新人と2人でくにびきメッセへ向かいました。

現地合流組2名と合わせ、設営が終わったのは9時頃。
会場はまだ人もまばらで、1階の大きなモニターに何やら映像が流れており、
「なんだかんだ生配信残ってたんだ、よかった~」と安心していたのですが…それが大きな勘違い。

気付けば10時を過ぎ、オープニングセレモニーをまんまと見逃していました。
そのままブース対応に突入し、午前中の講演は一つも聞けずに終了……。

ほぼ何もしていないのに、しっかり1,500円のお弁当を完食し、
ブース対応をしつつショートプレゼンを楽しみ、午後の講演へ。

 

午後の講演メモ

スケールする組織をモジュラーモノリスで制する
プロダクトのスケールとともに組織もスケールする。
これはまさに、これからの私たちの課題。とても参考になりました。
「プロジェクト型ではなく、プロダクトとして継続する」——そんな意識を持ちたいと強く感じました。

DXを加速させる“Ruby人材育成の鍵”
新卒9割超の開発組織を支える育成ノウハウを徹底解説。
まさに“ライザップ式プログラマ育成”とでも言うべき内容に感嘆。
新卒育成マニュアル、有料で配布してほしいくらいです。
うちにはあの体力はない……羨ましい。

事業継続マネジメントを支えるRuby
川上さんのお話に心を揺さぶられました。
「今からでもRubyの勉強、遅くないかな…?」と素直に思いました。

この思いをPicoRubyにぶつけてみようかな。今がグッドタイミング。

 

(午後はブース対応のため、ここまでで終了)

 

レセプションにて

 

3回目のレセプション。
コミュニティ活動を続けてきたおかげで、見知った顔が年々倍増している感覚です。
たくさんの方にご挨拶できて、本当に嬉しかったです。

えんじぇるさん経由で笹田さんにも初めてご挨拶でき、
松江Ruby会議からXで繋がっていたしおいさん(Matzが3人→4人のくだり)にも初対面できました。

そして驚きの出会いも。
私が新卒で入社した会社の出身の方が永和システムマネジメントにいらっしゃって、
話してみたら、なんと私の仲良い同期がOJT担当だったことが判明!
他の永和の方々との共通の知り合いも多く、昔いたビルの話などで大盛り上がりしたのがハイライトでした。いやーびっくりした。
まさかRubyの世界でそんな繋がりがあるとは…びっくりでした。当時私はJavaの人だったので。

 

佐香やでの二次会

 

Rubyistが集まる居酒屋」として江森さんに聞いていた佐香やさんへ、地元エンジニア3名で突撃。
満席で入れずどうしようかと思っていたら、すぐ後ろに松田さんご一行が!!

松田さんが店主さんとお友達らしく、交渉の結果、なんとお店の外で立ち飲みすることになり、なんとなく自然に?合流。

松田さんとは、今年2月のRailsGirls Tokyo 17th見学のときに初めてお話しし、
恵比寿で隣の席で飲んだご縁から覚えていただいていました。
これもRailsGirlsが繋いでくれたご縁です。

その後、席が空いて奥のお座敷へ。
松田さん、youchanさん、nekoさん、あとからstanさん、ぺんさん、小崎さん…という錚々たるメンバー。
英語が飛び交う中、私と新人はただただ「ほえー」と聞くばかり。

小崎さんの新人時代のエピソード、
「テレビ画面で動くブラウザを作った」が規格外すぎて、理解の上限を軽く突破しました。

 

体力の限界のため23時半ごろに失礼し、ホテルにチェックイン。

学びと縁と驚きの詰まった初日が終了しました。

 

長くなってしまったので、続きは別記事にします!

 

最後まで読んでくださりありがとうございました!

Rails Girls Tokyo 17th見学の振り返り

yamamoto(@yamako_inaka)です。

今回の東京での日々を、忘れないうちに言語化しておきたいと思います。

以下長文失礼します(ビジネスメール風)。

久しぶりの東京

東京に来たのはほぼ1年ぶり。前回は家族旅行(1泊2日の弾丸ディズニー)だったので、1人で来たのはおそらく3年ぶり。

5年前まで東京(近郊)に住んでいたこともあり、それなりに土地勘があるつもりでしたが、久しぶりに訪れると再開発の影響もあり、過去から未来にタイムリープしてきた人みたいになりました。特に渋谷。モヤイ像も見つからないしハチ公にも会えませんでした。みんなどこ行ったの…

Rails Girls Tokyo 17thへの参加(見学)

そもそも今回東京に行くことになったきっかけは、@emorimaさんから「Rails Girls Tokyo の見学に来ない?」とお誘いいただいたことでした。

昨年末に江森さんから出雲開催を打診され、勢いよくオーガナイザーを引き受けたはいいものの、そもそも参加したこともないRails Girls を主催することが自分にできるのか…?と不安な気持ちが大きく、同じく島根でエンジニアをしている女性3名に声をかけたところ、全員が快諾してくれました。今回はその総勢4名で会場の恵比寿STORESさん本社に押しかけました。

結論から言うと、参加してみてその不安は杞憂だったと気づきました。

何より、参加者やスタッフの皆さんが本当に楽しそうで、単に技術を学ぶ場というだけでなく、そこにはRubyコミュニティの楽しさや温かさが伝わる雰囲気がありました。そこで感じたのは、「学びの場を提供すること以上に、居心地の良い空間を作ることが大切なんだ」ということ。そして「この感覚を出雲でも再現できたら、どんなに素敵だろう」と思いました。

新たなRubyistたちとの出会い

今回、初日のインストールデーから見学させていただきました。2日目は朝からアフターパーティ、さらにその後の飲み会にまで参加させていただき、たくさんのRubyistの皆さんと交流することができました。

昨年のRubyWorld Conference(炬燵ハウス)で出会ったぷぽさんやべーたさん、その少し前に松江Ruby会議で知り合ったねこさんとの再会に喜んだのはもちろんのこと、初めましての方々も皆さん優しくしてくださり、Xの相互フォローが一気に増えました。網走からやってきたフッ軽はるさんの「網走から札幌はそんなに遠くないですよ。片道6時間ぐらいです」は衝撃的でした。札幌開催が楽しみですね。

そして、Ruby&Rails界の雲の上の超すごい人@a_matsudaさんと飲み会でお隣になる(しかも最初は席が狭くてほぼ密着状態)とか、江森さんと鳥井雪さん(Rubyの絵本のあの方!!わ~有名人だ~~)が二人で会話しているのを目の当たりにするなど、普段過ごしている出雲ではおよそ味わえないような景色を普通に目撃したりしてきました。

現実に帰ってきた今では夢だったのかな…?と思うような体験でしたが、それが夢でないことは、松田さんのPayPayへの飲み代の送信履歴が私のアプリにしっかりと「受け取り依頼を送りました。」と残っていることが証明しています。

もう1つ印象的だったのが、出雲でのRails Girlsでコーチやりたい!呼んで!と言ってくださる人が何人もいたこと!!「島根はいつも冬しか行っていない。たまには違う季節に行ってみたい」とのご意見、しかと承りました。松葉ガニはご用意できないけど、美味しい日本酒をリサーチして準備しておきます。あと松田さんが出雲歴博に異常に詳しかったのも衝撃でした。残念ながらこの4月から休館なんです…すみません。

今の気持ち

これから、出雲でのRails Girls 1st開催に向けて、不安もありますが、それ以上に楽しみな気持ちが大きくなりました。開催を通じて、参加者の方々に学ぶことの楽しさを共有したり、技術だけでなく人とのつながりを大切にする場を作っていきけたらと思います。Rubyコミュニティはまだまだ新参者ですが、私なりに得た学びや気づきを、オーガナイザーの仲間たちとともに、形にしていけたらと考えています。

2024年の振り返りと2025年への意気込み

はじめまして。yamamoto(@yamako_inaka)です。

16年住んだ東京を離れ、地元に帰って早5年。
地元企業のIT部門で管理職として働きながら、小学生の娘を育てています。

私は常日頃から、若手に「コミュニティ活動すると良いよ、情報発信もおすすめ!」などと言っているのですが、そう言っている自分がやっていないのもどうかと思ったので、今さらですがブログを書いてみることにしました。
(※ただし続くかは不明。)

すでに年が明けて2025年。新年を迎えて早3日が経過していますが、まずは昨年の振り返りから始めたいと思います。

2024年を振り返って

この1年は、例えて言うなら高速道路を休みなしで90キロで走り続けたような1年だったなぁ…(白目)という感想です。全速力で駆け抜けた1年でした。

具体的には、目の前には常に何かしらの課題(※ほぼ仕事)が迫っており、その迫りくる課題に必死で取り組み続けた1年…といった感じでした。

その結果、気づいたら「あれ? もう年末だ…ところで今年、私1年何してたっけ?」と
呆然としているうちに年を越していました。

一言でいうなら、とても大変な1年でした。

でも、とても大変だったけれど、得たものも多い1年でした。

公私ともに喜怒哀楽が多い1年だったけれど、
周りからは私にはもったいないほどのチャンスを与えていただいたし、それに応えようと必死で成長すべくもがき続けていました。

だけど、今思うと、もうちょっとどこかのタイミングで振り返りや軌道修正、自分を俯瞰するような時間があっても良かったのかもしれないとも思います。

稼働時間は、そんなに多くなかったはず。
むしろ、毎日子どもを学童まで迎えに行くという制限付きでの稼働だったので、ほぼほぼ定時で強制終了 → 帰宅、という流れでした。
(弊社は基本的にはリモートではなく出社です。田舎のため、車で10分の距離なのが最高。)

たまには持ち帰り仕事もあったけど、正直それほど多くはなかった。時間的な余裕はあったはずなのに、それをしなかったのは、今思うともったいなかったなと思います。それこそブログに書くとかしておけば良かった…。

この1年、いろいろなことがありすぎて、1個1個の細部を本当に覚えていないので。
(年齢のせいもあります。間違いなくあります。確信。)

あとは、その時々で自分が知っているべきこと、学ぶべきことが多すぎて、手当たり次第に情報を得ようともがいた結果、なにを学んだのかよく分からないまま次に進む(時間切れ)…ということも多かったです。

去年は今までにない立ち位置や視座で動く場面も多くて、「yamamotoさん、これどうしたら良いですか?」と部下に聞かれても、「さあ、どうすれば良いんだろうね…?」(心の声。なるべく言わないようにはしていたけど結構出てたと思う)と思うことも正直しばしば。。

そんなとき、ChatGPTには本当に助けられました。有料会員になっといて本当によかった(ただし会社のお金)。私の無知による「こんな時どうしたら良いんだ…」は、ほぼほぼChatGPTがカバーしてくれました。
GeminiやCopilotなどもいろいろ試したけど、今のところ私の相棒はChatGPTです。
去年の私の救世主。

仕事の情報収集から娘の行き渋りの相談まで、何でもかんでも相談してきました。
(若干依存症)

もちろん、このブログ記事の誤字脱字チェックもしてもらいました。今年もAIを使いこなして、アウトプットに活かしていきたいです。

2025年はどんな年にしたい?

年末に、また1つ大きなチャンスをいただきました。仕事でもなければプライベートでもないような、その中間みたいな感じです。楽しみだけど、不安も大きい。今はそんな気持ちでいます。

会社的にも、経営層と関わっていく機会がますます増えそうです。自分の目標(ヒットするプロダクトを出したい、経営に関わりたい)の実現の
ためにも、引き続き頑張っていきたいなと思います。
あと、経験しっぱなしではもったいないので、ちゃんとブログを書きたいです。

あとは、仕事と家庭とのバランス……永遠の課題。ママっ子な娘の心のケア最優先で、できる範囲で仕事をする、というスタンスは変わらないです。

泊まり仕事を嫌がる娘(隣で寝たいらしい)とはいえ、出張もたまにあるので、その頻度をいかに少なくできるか、というのがここ数年のテーマ。

片道3時間までは日帰りしつつ(しんど)、たまにはビジネスホテルの広いお布団でのびのびさせてもらいながら(普段は娘に押されてベッドの隅っこで小さくなっているので)、その時々でバランスを取っていきたいです。
いつも協力してくれる夫と夫の上司には感謝しかないです。

去年の健康診断では「食べ過ぎと運動不足」により引っかかってしまったので、今年は健康に気を付けながら過ごしたいなと思います。

良い一年になりますように。