「西武多摩川線」は、東京都武蔵野市の「武蔵境駅」と府中市の「是政駅」を結ぶ、延長8km、6駅である。
多摩川河原で採取した川砂利を運搬する目的で、1910年8月に設立された鉄道です。

ここの所は所用が有ったり、また雪が降ったりし非常に寒かったので、引きこもり状態であった。
そろそろ行動しないといけないなぁ~と思い、自己満のポタ、「駅舎巡り」の続きをする。
今日は、「西武多摩川線」を巡ってみる。
では、9時過ぎとなり、先ずは「是政橋」に向け出発します。
10時頃に「是政橋」に到着する。
「富士山」が奇麗だ。

「多摩川CR」に入って写真を撮ります。

「是政橋」を撮ってから、堤に出ると、「是政渡し」の碑がある。

「是政渡しは、是政と対岸の大丸(現稲城市)とを結んでいた稲城道(川崎街道)筋の渡しで、是政村が経営したことからその名があります。
新編武蔵風土紀稿(幕末の地誌)の「是政村」の項には、「多摩川(中略)此処に渡船あり、大丸村への往来を渡す、冬は土橋を架して渡船を出さず」と誌されています。
渡し賃は、明治十五年で平水時、(二尺五寸)旅人通行(一人)八厘、一人乗人力車(一輌)一銭六厘、大八荷車(一輌)二銭五厘でした。
この是政渡しも、昭和十六年に是政橋(木橋)が完成し、その姿を消しました。」と、記されている。
「多摩川の渡し跡」も沢山あるから、「渡し跡めぐり」も面白いかもです。
では「是政駅」に行きます。
駅名の由来は、この地域を開墾した「井田摂津守是政」の名に由来する。

線路沿いを走って行くと、「競艇場前駅」前に出る。

駅名の由来は、多摩川競艇場の最寄駅であることによる。
「北口」は競艇場に直結している。

例の「丸型ポスト」があった。

「南口」は商店街であった。

さて、次に向かいます。
ほぼ線路沿いを走って、勾配8%の陸橋の上に行くと、「富士山」が奇麗に見える。

くねくねと住宅街を走って行くと、「白糸台駅」だ。

駅名の由来は、古くは白糸村と呼ばれており、白糸台の地名はそれによる。
「車両基地」がある。

また住宅街を走って行くと、「多磨駅」に出る。

駅名の由来は、旧称の「多磨墓地前」は開業当時の多磨霊園にちなむ。多磨墓地は1935年に「多磨霊園」に改称した。その後、駅名から「墓地前」の3文字が消え、「多磨駅」となった。
次の駅に向かいます。

「東八道」を越えると「武蔵野公園」の「野川」に架かる「二枚橋」に出る。
ここで電車が来れば良い写真が撮れそうだけれど待ちません。

「新小金井駅」に到着です。

小金井市内の駅としては最も歴史の古い駅であるが、すでに小金井駅が東北本線にあったため「新」を冠した。
後は一駅だけだ。
なるべく線路沿いを走って、「武蔵境駅」に着く。

駅名は、境駅(さかいえき)として開業し、後に武蔵境駅に改称された。
「南口」

「北口」


を撮る。
あっという間です、これで「多摩川線」は「おしまい」です。
時間は11時40分です。
頼まれた「メンチカツ」を買うため、「吉祥寺」に向かいます。
井の頭通りを通って、吉祥寺に到着です。
自転車を転がし、「ハーモニカ横丁」界隈を歩きます。
やはり、自転車は邪魔になるので駐輪しよう。
駐輪場に行き停めます。
では、「肉のさとう」に行って「元祖丸メンチカツ」を買います。
相変わらずの行列だ、並びます。

回転が早いからそんなに待ちません、10数分程度かな。
1個、220円のところ、5個以上買うと180円になる。
当然ながら「5個」を購入です。

用事が済んだので帰ります。
新青梅街道から伏見通りを通って、途中はコンビニで、「肉まん」と「おにぎり」で昼食を済ませ、自宅着13時45分でした。

当然、「メンチカツ」は、今日の夕飯のおかずとなります。