みんなに怒られ日記

怒られ 静と動 身近な日の日記

2025年の振り返り|気づけば過ぎていた一年

2025年を振り返ると、「あっという間だったな」という言葉しか出てきません。

年明け早々、我が子が産まれまして。
そこからはもう、毎日がドタバタ。
時間の感覚も曜日の感覚もなくなって、気づけば一日が終わっている、そんな日々でした。

正直、ブログどころじゃなかったです。
書きたい気持ちはどこかにあったけど、
それ以上に「今やること」が常に目の前にありました。

少し落ち着いてきたかな、と思った頃にはもう年末。
不思議なもので、そのタイミングでふっとブログ熱が戻ってきました。

久しぶりに文章を書いてみると、
「ああ、これ好きだったな」と思い出す感じがあって。
うまく書こうとか、ちゃんとまとめようとか、そういうのは一旦どうでもよくて、
ただ考えたことをそのまま言葉にするのが楽しかったです。

今年は生活が大きく変わった一年でした。
思い通りにいかないことも多かったけど、
その中でも、なんだかんだで書き続けられている場所があるのは、悪くないなと。

来年も、更新頻度とか内容とか気にせず、
思いついたときに、思いついたことを。
そんな感じで続けていけたらいいなと思っています。

野球が別物になる

 


先日、久しぶりに親父とゆっくり野球の話をする時間がありました。
特別なきっかけがあったわけでもなく、テレビを見ながら、自然と話題が高校野球へ。

そこで出たのが、最近よく耳にする7回制野球の話でした。

私から
「7回制、いよいよ現実味あるみたいだね」
と振ってみたところ、親父は少し考えてから、ぽつりとこう言いました。

「……それ、野球が別物になるぞ」

 

xwinp.hatenablog.com

 

xwinp.hatenablog.com

 

「9回制でしか身につかない体力がある」

親父の一番最初の意見は、とてもシンプルでした。

「9回制を戦い抜く体力が、そもそも身につかなくなる」

これは、投手だけの話ではありません。

野手も、ベンチも、9回を想定して身体と気持ちを作るのが、

これまでの高校野球でした。

  • 暑さに耐える

  • 集中力を切らさない

  • 終盤まで脚を残す

そういった“地味だけど大事な力”は、

試合時間そのものの長さの中で、

自然と鍛えられてきた部分もあると思います。

7回制になれば、もちろん負担は減る。

でも同時に、「9回を戦い切る前提」

で積み上げてきた体力や感覚が、育ちにくくなる。

親父は、そこを一番気にしているようでした。

序盤・中盤・終盤という「流れ」が薄れる

もう一つ、印象に残った言葉があります。

「序盤・中盤・終盤の“配分”ができなくなる」

9回制の野球には、はっきりとしたリズムがあります。

  • 序盤:探り合い、我慢の時間

  • 中盤:流れを引き寄せる勝負どころ

  • 終盤:ミスが許されない、本当の勝負

この時間の使い方、戦術の配分こそが、

野球の面白さでもある。

7回制になると、
「ここから勝負」という中盤以降が、一気に圧縮される。

結果として、

最初からフルスロットルの野球になりやすくなるのではないか。

そんな感覚がある、

と親父は言っていました。

確かに、

1点の重み

1アウトの価値

采配のタイミング

すべてが、今とは違う形になるかもしれません。

「悪い」と言い切れないからこそ、難しい

話していて感じたのは、

  • 暑さの問題

  • 選手の安全

  • 学校現場の負担

そういった事情があるのも、

理解はしている。

ただ、

大人の事情

「野球そのものが変わってしまう」

その覚悟が、ちゃんと共有されているのか。

そこが一番の疑問なんだと思います。

回数を減らす前に、考えられることはないのか

個人的には、今回の親父との話で、改めて思いました。

7回制は、“野球を軽くする”方向の解決策です。
一方で、

  • 投手分業

  • 登板間隔

  • チーム全体での役割分担

こうした「運用」で守れる部分も、まだあるのではないか。

回数を減らす前に、

9回制のままでできる工夫を、

もう少し突き詰めてもいい。

そんな余地は、まだ残っている気がします。

おわりに

話の最後に、親父はこんなことも言っていました。

「大人の事情で、子どもの夢の機会やチャンスを削っていくのは、本当に良くないよな」

少子化、暑さ、働き方改革

どれも無視できない現実で、

向き合うべき課題なのは間違いありません。

ただ、その“調整役”を

すべて子ども側に

押し付けてしまっていないか。

親父が言いたかったのは、

そこだった気がします。

野球は本来、

「もっと上手くなりたい」

「最後までやり切りたい」

そう思う子どもたちの気持ちから始まるものです。

 

大人の都合を優先するあまり、

・試合の舞台が減る

・挑戦できる場が縮む

・経験できたはずの9回の景色が失われる

もしそうなってしまうのなら、

それは本当に“子どもたちのため”の改革なのか、

立ち止まって考える必要があると思います。

変えること自体が悪いわけではない。

でも、変える理由の中心に、

「子どもが何を得て、何を失うのか」

この視点だけは、

置き去りにしてはいけない。

 

親父のその言葉は、

7回制か9回制かという議論を超えて、

高校野球を誰のために守るのか」を、

静かに問いかけているように感じました。

サンデードライバーは「悪」じゃない。でも…


いちばん怖いのは「直前判断」

先日、交通事故に遭いました。

場所は高速道路の料金所レーン手前。

相手の車が直前で車線変更を行い、

こちらの右後ろタイヤ付近に接触する形でした。

幸い大事には至りませんでしたが、

事故そのものより、強く感じたことがあります。

「ああ、完全に年末の空気だな」と。

関越自動車道でもものすごく大きな事故がありました。

 

 

年末年始は、運転の“質”が一気に変わる

年末年始の高速道路は、普段とは別物です。

  • 帰省

  • 旅行

  • 久しぶりの遠出

  • 家族を乗せた運転

こうした理由で、

普段あまり高速を走らない人たちが一気に増える

 

いわゆる「サンデードライバー」。

 

決して下手なわけでも、乱暴なわけでもない。

むしろ慎重な人も多い。

ただ一つ、決定的に違うのが――

 

判断のタイミングが遅いこと。

サンデードライバーがやりがちな“直前ムーブ”

今回の事故は、料金所手前。

  • 「あ、ETCじゃなかった」

  • 「一般レーン、こっちじゃない」

  • 「隣の方が空いてる」

この気付きが、全部遅い。

そして、

「今なら行けそう」
「ちょっとだけなら…」

という、

直前の車線変更が発生します。

料金所付近は、

  • 速度が不安定

  • 車間が詰まりやすい

  • 後続車が逃げにくい

つまり、

一番「行けちゃダメ」な場所

 

年末年始の事故は、

このパターンが本当に多い。

間違えたこと自体は、事故じゃない

ここ、強調したいところです。

レーンを間違えること自体は、事故ではありません。

  • ETCレーンに入れなかった

  • 一般レーンに並んでしまった

これ、全部あとでどうにかなります。

でも、無理に修正しようとした瞬間、事故になります。

恥ずかしさや焦りでハンドルを切ると、

その代償は一気に大きくなる。

年末年始は「正しさ」より「予測」が大事

この時期の運転で必要なのは、

自分が正しい走りをしているかどうかより、

周りが急に動く前提で走れているか

  • ウインカーが遅い車

  • ふらっと寄ってくる車

  • やたらキョロキョロしている車

全部、
「急に動くかもしれない車」です。

料金所手前では特に、

  • 車間を多めに

  • 並走を避ける

  • 横に車を置かない

これだけで、

避けられる事故はかなりあります。

サンデードライバーは「悪」じゃない。でも…

誤解してほしくないのは、
サンデードライバー=悪、ではありません。

ただ、

慣れていない人が、混雑・焦り・判断ミスを重ねやすい時期
それが年末年始、というだけ。

だからこそ、

  • 早めにレーンを決める

  • 間違えたら諦める

  • 無理をしない

この3つを、

いつも以上に意識してほしい。

まとめ:年末年始は「行けそう」を封印しよう

  • 年末年始はサンデードライバーが急増

  • 判断が遅れ、直前行動が増える

  • 料金所手前は特に危険

  • 間違えたらそのまま進むのが正解

  • 周囲が急に動く前提で距離を取る

年末年始の運転で一番大切なのは、

早さでも、上手さでもなく、無事に帰ること。

「行けそう」より、

「行かない」を選べる人が、

一番安全です。

どうか事故のない年末年始を。