2026年1月、世界の半導体産業は新たな地殻変動の只中にある。中国政府が国内の半導体メーカーに対し、新たな生産能力を構築する際に「少なくとも50%の製造装置を国産で賄うこと」を事実上義務付けていることが明らかになった。
この措置は公式な規制として文書化されていない「影の掟」でありながら、その強制力は絶大だ。これは、米国主導の輸出規制に対する中国の回答であり、長年続いた西側技術への依存を断ち切り、サプライチェーンを完全に国内で完結させるための「国家的プロジェクト」が新たなフェーズに突入したことを意味する。
「文書化されない」規制の実態と強制力
Reutersの報道によると、この新たな要求は公式な法規制としては公表されていない。しかし、ここ数ヶ月の間に工場(ファブ)の新設や拡張のために政府の承認を求めた中国の半導体メーカーは、当局から厳格な指示を受けている。それは、「調達入札を通じて、設備支出の少なくとも半分が中国のサプライヤーに向けられていることを証明せよ」というものだ。
許可制を用いた事実上の強制
このプロセスの核心は、政府による認可権限の行使にある。関係者によると、この50%という基準を満たさない申請は、通常却下される仕組みとなっている。つまり、中国国内でビジネスを拡大しようとする半導体メーカーにとって、国産装置の採用はもはや選択肢ではなく、生存条件となったのである。
さらに驚くべきは、当局がこの50%をあくまで「最低ライン(ベースライン)」と位置づけている点だ。ある情報筋は、「当局は50%をはるかに上回る数値を望んでおり、最終的な長期的目標は、工場内の装置を100%国産化することにある」と証言している。
柔軟な運用と「例外」の存在
ただし、この規制には現実的な柔軟性も持たされている。すべてのプロセス技術に対して一律に適用されるわけではない。
- 成熟プロセス(Mature Nodes): 最も厳格に適用される。国産装置の代替が存在する領域では、外国製装置の導入は極めて困難になる。
- 先端プロセス(Advanced Nodes): 一時的な免除(Waiver)が認められる場合がある。これは、リソグラフィ(露光)装置など、中国国内の技術では代替不可能なボトルネックが存在するためだ。
この「硬軟織り交ぜた」運用こそが、産業を崩壊させずに国産化率を強制的に引き上げる北京の巧みな戦略といえる。
米国規制が招いた「国産化ブーム」という皮肉
2023年に米国が強化した対中半導体輸出規制は、皮肉にも中国国内の装置メーカーにとってかつてない追い風となっている。
かつて、SMIC(Semiconductor Manufacturing International Corporation)のような中国の大手ファブは、品質と信頼性を重視し、米国のApplied MaterialsやLam Research、日本の東京エレクトロンといった海外製装置を優先的に採用していた。国内メーカーであるNaura Technology(北方華創科技集団)などは、「機会さえ与えられない」状況にあったと元従業員は語る。
しかし、米国の規制強化により、先端装置の輸入が途絶えたことで状況は一変した。中国のファブは「好むと好まざるとにかかわらず」、国内サプライヤーと協力せざるを得なくなったのである。この強制された協力関係が、結果として国内メーカーの技術力を急速に引き上げる結果を生んでいる。
急成長する中国装置メーカー:NauraとAMEC
この政策の恩恵を最も受けているのが、中国最大の半導体製造装置メーカーであるNaura Technologyと、その競合であるAMEC(Advanced Micro-Fabrication Equipment)だ。
- Naura Technology:
- 売上高: 2025年上半期の収益は前年同期比30%増の160億元(約22億ドル)に達した。
- 技術革新: SMICの7nm(ナノメートル)プロセスラインでエッチング装置のテストを行っているほか、300層以上の3D NANDフラッシュメモリ製造向けのエッチング装置でも実績を上げている。
- 特許: 2025年の特許出願数は779件に達し、2020年や2021年の実績から倍増している。
- AMEC:
- 売上高: 2025年上半期の収益は44%増の50億元を記録した。
特筆すべきは、NauraがLam Researchなどの米国製装置の交換部品(例えば、ウェハを固定する静電チャックなど)を開発し、規制によってサービスを受けられなくなった既存の外国製装置の延命にも貢献している点だ。これは、中国が単に新しい装置を作るだけでなく、既存のインフラを維持するためのエコシステムを着実に構築していることを示唆している。
「50%の壁」とその内訳:リソグラフィというアキレス腱
「国産化率50%」という数字は、洗浄装置やエッチング装置などの特定分野ではすでに達成、あるいはそれ以上の水準にあると分析されている。しかし、半導体製造の心臓部である「リソグラフィ(露光)装置」に関しては、依然として巨大なギャップが存在する。
421件の注文、その実態と限界
Reutersの報道によれば、国家関連の半導体メーカーは2025年に、国産のリソグラフィ装置およびその部品に対して421件の注文を行った。その総額は約8億5000万元(約1億2130万ドル)である。
一見すると大きな数字に見えるが、Tom’s Hardwareの詳細な分析に基づくと、この数字は中国の技術的限界を露呈している。
- 単価の低さ: 合計金額を台数で単純に割ると、1台あたりの平均単価は極めて低い。ASMLの成熟プロセス向け「ArFドライ」装置でさえ平均約2790万ドル、より安価な「KrF」装置でも約1446万ドルする。対して、中国の注文総額1億2130万ドルは、ASMLのArFドライ装置わずか4〜5台分、あるいは最先端のEUV装置(1台数億ドル)の数分の一に過ぎない。
- 技術レベル: このデータは、中国国内で流通している国産リソグラフィ装置が、依然として非常に古い世代(i線やKrF、せいぜいArFドライ)の技術に基づくものであることを示唆している。液浸ArF(Immersion)やEUVといった、7nm以下の製造に不可欠なハイエンド装置の量産化には至っていない。
つまり、中国は「数」においては国産化を進めているものの、最先端チップを製造するための「質」の部分では、依然としてASMLなどの西側技術、あるいはその代替技術の開発に苦戦しているのが現状だ。
「マンハッタン計画」級の挑戦:EUVへの道
しかし、中国が手をこまねいているわけではない。習近平国家主席が掲げる「挙国体制(Whole Nation Approach)」の下、数千人のエンジニアが動員され、西側の技術封鎖を突破しようとしている。
元ASMLエンジニアによるプロトタイプ
深センの研究者たちは2025年初頭、EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置のプロトタイプを完成させたとされる。驚くべきことに、この開発には元ASMLのエンジニアたちが関与しており、流通市場(セカンダリーマーケット)から調達した古いASML製システムのコンポーネントを流用して構築されたという情報もある。
ASMLのChristophe Fouquet CEOは、中国がこの技術を習得するには「非常に長い年月がかかる」と述べているが、中国政府は2028年から2030年頃の量産化をターゲットに設定している模様だ。特にCarl Zeiss(独)が独占的に供給する超高精度光学系の複製が最大の難関とされているが、中国はその解決に国家予算を惜しみなく投入している。
この動きが意味すること
この「50%ルール」の導入は、単なる産業政策を超えた、地政学的および経済的な大きな意味を持つ。
1. 外国企業の「締め出し」と市場の分断
日本(東京エレクトロン、ニコン、キヤノン)、米国(Applied Materials, Lam Research)、オランダ(ASML)の装置メーカーにとって、中国市場は依然として巨大な収益源であった。しかし、このルールが徹底されれば、成熟プロセス向けの装置市場からこれら外国企業は徐々に、しかし確実に排除されることになる。短期的には「先端装置は売れないが、レガシー装置は売れる」という状況が続いていたが、今後はレガシー装置さえも売れなくなる未来が可視化された。
2. 「ガラパゴス化」か「独立生態系」か
中国の半導体産業は、西側の標準的なサプライチェーンから切り離され、独自の規格やエコシステムで進化する「ガラパゴス化」の道を歩んでいる。しかし、巨大な内需を持つ中国において、それは「孤立」ではなく、自己完結した強力な「独立生態系」の誕生を意味する可能性がある。NauraやAMECが十分な利益を上げ、それを研究開発に再投資するサイクルが確立されれば、技術格差は予想以上のスピードで縮まるだろう。
3. 世界的な過剰供給のリスク
中国政府の補助金と国産化推進は、国内での設備投資を過熱させている。これは将来的に、成熟プロセス(28nm以上)のチップ、特にEV(電気自動車)や家電向けの半導体が中国から世界市場へ大量に溢れ出し、価格破壊を引き起こすリスクを孕んでいる。
2026年、分水嶺を超えた半導体戦争
2026年の時点で確認されたこの「50%ルール」は、米中の半導体戦争が「封じ込め」対「迂回」の段階から、中国による「完全なデカップリング(切り離し)への能動的な移行」の段階へとシフトしたことを象徴している。
リソグラフィという最後の砦が残されているとはいえ、エッチングや洗浄工程での国産化率は驚異的なスピードで向上している。GoogleやNVIDIAなどのテクノロジー企業、そして各国の政策立案者は、中国が「作れないから買わない」のではなく、「作れるから買わない」状態へと変貌しつつある現実を直視する必要があるだろう。
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