ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【縄文海進】を契機に拡大した北海道と本州の海の交易。【円筒土器】文化

前回は中近世の #アイヌと和人の交易 をシカ皮を通して考察しましたが、今回はそれよりもはるか以前 #縄文中期の北海道と本州の交易 について。#縄文海進 #円筒土器文化 #古石狩湾

目次

本文

【前回】中近世のアイヌと和人の交易

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縄文海進(じょうもんかいしん)

地球には氷河期と間氷期のサイクルがありますが、現在は間氷期(の中〜後半?)。

氷河期(寒冷期)には最終的に赤道以外の海水が凍結する分、海は低く(遠く)なる 海退(かいたい)、 

逆に間氷期(温暖期)には南極と北極以外の氷が溶け、その分、海が高く(近く)なる 海進(かいしん)となります。

日本では、縄文時代・早期〜前期の移行期(BC4000頃)が海進のピークでした。

海の変動は全地球的な現象ですが、日本では 縄文海進 といいます。

この時期の日本列島は温暖で海が近く、例えば、青森の山内丸山遺跡(さんないまるやま)は海辺の大集落であり、人口を養うために温暖帯のクリの植林と栽培が行われカロリー源として食べられていました。

北海道埋蔵文化財センター パネルより(イエロー:冷温帯落葉広葉樹林、グリーン:温暖帯落葉広葉樹林)

縄文海進期は、現在の海岸線よりも8〜10m分ぐらい海が高かった(注を参照)と推定され、少なくとも現在の大都市部(札幌圏、仙台圏、首都圏、名古屋圏、大阪圏、北九州圏など)は 、ほとんど海の底で、

列島の形(海岸線)は今とはずいぶん違っていました。

注)縄文海進による海水位は現在よりも2〜4m高かったと推定されます。従って当時の海岸線は現在よりも−2〜4mと考えてしまいがちですが、これにプラスして「縄文海進後に堆積した川の土砂堆積分(沖積層分)の約5〜8m(地域差がある)を差し引いて考える必要があります。したがって現在よりも「−2〜4m」+「−5〜8m」の「−8〜10m」ぐらいが当時の海岸線と考えるのが一般的です。

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縄文海進期の北海道は東西に分かれた二島だった!?

例えば北海道。縄文海進の縄文早期〜中期の北海道の海岸線を、JAXAの「海面上昇シミュレーター」を使って推定してみました。(左が縄文海進期、右が現在)

左)縄文海進期(現在よりも−10mで設定)、右)現在

縄文海進期(縄文早期〜中期)、現在の札幌市街は、千歳空港あたりまで貫入した 古石狩湾 の海の底で、

海岸線を見ても当時の北海道は、広大な水域によって東西に分かれたほぼ「二島」の状態であったことがわかります。

国土地理院の色別標高図を使ってもう少し詳細です。

国土地理院 色別標高図

太古の先祖の時代、アイヌモシリ(人間界)は二つに分かれていたというアイヌ伝承があるそうです*1が、あながち荒唐無稽な物語とも思えませんね。

海の交易とともに始まった縄文の円筒土器文化

この海岸線地図を見て、本ブログでも何度か取り上げた、円筒土器の分布を眺めてみてください。特に赤のライン。

円筒土器の分布マップ。札幌市

赤の下層式は「縄文時代前期後半(紀元前4,000年代後半)」で、北海道の西半分に普及していた、

青の上層式は「縄文時代中期前半(紀元前3,000年代前半)」で、赤ラインを超え、北海道の東半分の西側に普及した

様子がそれぞれ見えます。

これはすなわち、縄文の円筒土器文化 −道南〜東北地方を自在に行き来した縄文文化− が縄文海進後の海退と河川の沖積(陸つながり)という地形変化を経て、北海道東部の西側半分に拡散していったプロセスを可視化しています。

円筒土器文化は、日本海の海上交易を通じて、佐渡や能登半島にまで南下している点もたいへん興味深いですね。

北海道埋蔵文化財センター パネルより

私が縄文(男性/移動)を「丸木舟の日本海の交易文化」と捉えている根拠です(⇒女性/定住)

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丸木舟に載せられた円筒土器が「運んだ」ものは、北海道の黒曜石、糸魚川のヒスイなどの加工鉱物資源のほか、青森ヒバなどの森林植物資源などが考えられます。

アイヌ文化期よりはるか以前の、北海道と本州の交易の姿は、

現代人が想像する以上に、経済合理的で高レベルなモノづくりをともなう取引であったことを示します。

「高度なものづくり」プラス「海上交易」という要素は、現代の日本の産業基盤に通じるものがあります。

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参考に、北海道教育委員会の資料。

縄文の円筒土器文化は、明らかに縄文海進に関連して生まれています。

北海道の歴史区分(北海道教育委員会)

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*1:本記事作成時点で一次史料にあたっていませんが