大阪夕陽丘
2025年の #中秋の名月(10月6日)は、ほぼ真東から月が上り #四天王寺 の伽藍の真上を通り、明け方にほぼ真西(#石鳥居)に月が沈むという珍しい現象を見ることができました。#月光環 目次 月の出 月の入 本文 月の出 2025年10月6日(月曜日)は 中秋の名月 …
「#暑さ寒さも彼岸まで」ご先祖様たちはうまく言ったものですね。日中はまだまだ暑い「夏」ですが、朝夕はすっかり涼しく、いつの間にか周囲や足元には「秋」がやって来ていました。#四天王寺 目次 四天王寺の日の出(2025年秋の彼岸ごろ) 朝の光 秋めく境…
2025年9月23日は #秋分の日。#秋のお彼岸の中日 になります。#四天王寺 では夕刻から #西門の石鳥居 に落ちる夕陽を遥拝しながら西方極楽浄土を観想する #日想観(じっそうかん)の法要が行われました。#サイノカミ信仰 #神仏習合 #聖徳太子 #推古天皇(豊御…
仁徳天皇 #難波高津宮 の所在地考察の2回目。#仁徳天皇 の御世より600年前(紀元前200年頃)の弥生時代中期、現在の近鉄上本町駅周辺 #高津(こうづ)は #下照姫と #アメノワカヒコ 夫妻が宮を置き #葦原中國(古事記)のクニづくりに関わった「聖地」であ…
今では謎となった #仁徳天皇 #難波高津宮 があった場所。先日 #近鉄上本町駅 周辺(大阪市天王寺区上本町駅)ではないかというお話を書きましたが今回は少し詳しく。#東高津宮 #仁徳天皇社(現存せず)#古代河内湖 #古代河内のウォーターフロント 目次 大阪…
難波の高津宮 に宮殿を置いたとされる古墳時代中期の #仁徳天皇(第16代)。#難波高津宮 は難波宮公園あたりにあったというのが定説ですが、私は現在の #近鉄上本町駅 周辺ではなかったかと考えて(妄想して)います。#東高津宮 #元高津 目次 所在地不明の難…
暑中お見舞い申し上げます。私は涼しい夏の早朝出勤中で #上町台地 のドラゴンの背 #熊野街道 を歩いて# ニャンコ たちに元気をもらっております。まだしばらく暑い日が続きますが、皆様も無理せず、どうぞご自愛ください。 目次 暑中お見舞い申し上げます。…
下照姫の謎解き3回目。これまでのまとめをした上で、この古代妄想の起点となった #磐舟山の碑 の真東に #天照山 が位置することの意味を考察。碑から見ると、春分・秋分の日には #天照山 山頂から朝の太陽が昇ります。#葦原中國 #八十島 #古代河内湖 目次 …
大阪市内 #上町台地 の崖上、ひっそりとたたずむ #磐舟山の碑 に触発されて #古事記神話 #葦原中國 神話の考察・3回目。作者 #太安万侶 が神話に例えた史実はどのようなものだったのでしょうか? #古代河内湖 #味原 www.zero-position.com 古代河内湖(弥生…
「#古事記 の例え話(#日本神話)は読み手の解釈が重要」という作家 #太安万侶 の言葉に従い #葦原中國 について考察しました。結論から言うと葦原中國とは #古代河内湖 であった可能性が非常に高いと推理 #下照姫 #アメノワカヒコ 目次 「葦原中國平定」神…
日本の正史の一 #古事記 の作者 #太安万侶 は出雲王家を祖とする人で晩年、島根県松江市の #意宇(おう)に居を構え地元の古老に『古事記の例え話(日本神話)は解釈が重要と語っていた』と出雲口伝は伝えます。#アジスキタカヒコネ #産湯稲荷神社 #玉之井 …
摂津国風土記の「#高津(こうづ)」で伝えられる #アメノワカヒコ(天稚彦) と #アメノサグメ(天探女)の伝承。#古事記 #葦原中國の平定 には 二神が揃って登場します。 #磐舟山の石碑 近くの #産湯稲荷神社、境内の #産湯玉之井 の由緒は高津伝承と繋がっ…
大阪市内を南北に走る #上町台地。台地特有の高低差が見える崖上の住宅地の中にひっそりとたたずむ #磐船山の碑。江戸期の国学者は、ここを日本神話(#古事記)の舞台と考えていたのでしょうか。 目次 磐船山(いわふねやま)の碑 摂津国風土記「高津」 アメ…
前回の続き。大阪市街の地下に眠る縄文時代 #森ノ宮遺跡(#森ノ宮貝塚)。人骨の栄養状態はよく食生活が豊かであったことがうかがえます。#亀ヶ岡式土器 #糸魚川ヒスイ勾玉 なども出土。広大な交易圏とともに栄えた所と推定されています 目次 森ノ宮に人が住…
大阪市内で唯一の縄文遺跡 #森之宮遺跡。年に数回、春の一般公開に合わせて #森ノ宮ピロティホール 地階の展示室を見学。大阪市内の博物館や歴史館で一部散見される程度ですが、発掘された人骨や土器などをまとめて見ることができました\(^o^)/ #マダムモ…
桜の季節前、毎年三月は近所でいろいろ花見。今年は梅が遅く満開が待ち遠しかったですが、梅(高津宮)のあと #ミモザ(末吉橋) #モクレン(浄春寺)も咲き、見頃が一気に来てあっという間に過ぎて行ってしまった印象 大阪 #上町台地 目次 ミモザ(大阪市中…
引っ越して四天王寺さんに行きやすくなったこともあり #春の彼岸 の夕陽が名残惜しく、#四天王寺 西門(さいもん)に連日参拝。あの世とこの世の境 #石鳥居 の夕景を舞台にした謡曲 #弱法師(よろぼし)を紹介します #サイノカミ信仰 目次 彼岸の四天王寺が…
春の #お彼岸 の中日 #春分の日。この日の太陽は、朝に大阪 #四天王寺 の東大門を正面から照らし、夕に西大門を正面から照らします。沈む夕日を遥拝しあの世(極楽浄土)を観想する #日想観 の法要が行われます。#石鳥居 目次 お彼岸の中日(春分の日)日の…
三月の満月は #ワームムーン(イモムシ月、3月15日)。アメリカ先住民族の農事暦、暖かくなって地面からミミズがでてくる様子がその名の由来だそう。日本古来の # 二十四節気 の #啓蟄(2025年3月5日)と同じ観点であるのが面白いですね。 目次 三月の満月。ワ…
大阪城天守閣広場、石垣の上から日の出を遥拝。春分の頃は #生駒の大鳥 が日の出のポイント。日の出タイムの #大阪城梅林 も見学。例年よりも約二週間遅い満開を楽しんで来ました。#メジロ 目次 大阪 春の日の出 朝の光で輝く梅林 一心不乱に蜜を吸うメジロ …
大阪平野は北の淀川、南の大和川が運ぶ土砂が堆積し形づくられました。古墳時代以降、飛鳥〜奈良時代には、古代河内湖の南北がさらに縮小し、東西に長い #草香江 に変化します。#日下 #ひのもと #万葉集 目次 飛鳥〜奈良時代の草香江(くさかえ) 草香江の由…
引っ越しの荷物を整理中、出てきた色紙。「梅花千里に香ばし」。少し早いけど梅が見たくなって #大阪城梅林 に。黄色い #蝋梅(ロウバイ)が満開でした。 目次 引っ越し整理中 大阪城 梅林 本文 引っ越し整理中 二月上旬の引っ越しに向けて、荷物を整理中。 …
大阪のくすりの街 #道修町 の真ん中。田辺三菱製薬本社前の広場に #南北地蔵菩薩 の祠。江戸期に近くの薬商家の土蔵から掘り起こされた「一物」が祀られています。昭和に一時離れていましたが三年前にこちらに戻って来られたそうです 目次 大阪 くすりの街 …
正月三が日の初詣参拝客数が毎年200万人を超える摂津国一ノ宮・住吉大社。インフルエンザが流行中の昨今、三が日は家でと思い一足早く参拝。境内を歩きながら御祭神・海神の住吉三神が西向きに直列する意味をあらためて考えました。 目次 住吉大社参道 反橋…
大阪市内 #上町台地 周辺に「ひめこそ」の名の神社史跡が三か所。「こそ(許曽、古曽)」は尊称で、今風に言うと「ひめさま」になるでしょうか。いずれも出雲の #下照姫 を祀る社ということになります 目次 大阪市内「ひめこそ」の神社・史跡 高津宮境内の比…
千五百年にわたり #住吉大社 神主家であった #日本三家のひとつ #津守氏 の居館があったところに #アラハバキ 的な陽石(石棒)と陰石(胎内石)。住吉さんに残る子孫繁栄・五穀豊穣を祈る南北ラインと関係か。#仁徳天皇陵 目次 住吉の南北を繋ぐライン 出雲…
住吉大社の歴代神主であった #津守氏 居館があったところ。今は史跡保存されている住吉行宮跡・正印殿跡(二回目)。域内には小祠がいくつか。そのうち #結の神社 のそばに #陽石(石棒)と #陰石(丸石)。#アラハバキ信仰 目次 住吉さんの南。古代「住吉の…
大阪市の(超)高級住宅街、帝塚山(てづかやま)の閑静な住宅地の中に #帝塚山古墳。市内4ケ所の古墳史跡のうち #前方後円墳 の原型をとどめているのはここだけ。隣接していた #大帝塚山 は消失し現在は #小帝塚山 だけが残されています #大伴金村 #鷲住王…
大阪市阿倍野区という地名の起源となった #阿部王子神社。#仁徳天皇 の古墳時代、ヤマト桜井から移住した#阿部氏 の #難波津 拠点でした。境外末社 #安部清明神社 境内には #海人族 としてのこん跡 古代船の錨 #鎮石(孕み石)が残されています 目次 古代の…
京都伏見から淀川を下り、天満の八軒家浜に上陸。大阪市内を南北に縦断する #上町台地 を南に下る #熊野街道。遠い紀伊路への休憩と遥拝のために設けられた熊野九十九王子の一社。#阿倍王子神社 前半 目次 熊野街道(大阪市内) 阿倍王子神社 遥か熊野へ。導…