ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

古代上町半島・考

仁徳天皇・難波高津宮についての私説】近鉄上本町駅周辺(考察その①)

今では謎となった #仁徳天皇 #難波高津宮 があった場所。先日 #近鉄上本町駅 周辺(大阪市天王寺区上本町駅)ではないかというお話を書きましたが今回は少し詳しく。#東高津宮 #仁徳天皇社(現存せず)#古代河内湖 #古代河内のウォーターフロント 目次 大阪…

仁徳天皇(大鷦鷯天皇)の難波高津宮はどこにあったのか?

難波の高津宮 に宮殿を置いたとされる古墳時代中期の #仁徳天皇(第16代)。#難波高津宮 は難波宮公園あたりにあったというのが定説ですが、私は現在の #近鉄上本町駅 周辺ではなかったかと考えて(妄想して)います。#東高津宮 #元高津 目次 所在地不明の難…

暑中お見舞い申し上げます👍 【熊野街道】猫街道

暑中お見舞い申し上げます。私は涼しい夏の早朝出勤中で #上町台地 のドラゴンの背 #熊野街道 を歩いて# ニャンコ たちに元気をもらっております。まだしばらく暑い日が続きますが、皆様も無理せず、どうぞご自愛ください。 目次 暑中お見舞い申し上げます。…

【下照姫の謎解き3】生駒の大鳥【天照山】と並ぶ【磐舟山の碑】

下照姫の謎解き3回目。これまでのまとめをした上で、この古代妄想の起点となった #磐舟山の碑 の真東に #天照山 が位置することの意味を考察。碑から見ると、春分・秋分の日には #天照山 山頂から朝の太陽が昇ります。#葦原中國 #八十島 #古代河内湖 目次 …

兄・アジスキタカヒコネと妹・下照姫が河内でいた所【磐舟山の碑】から日本神話の謎解き(3)

大阪市内 #上町台地 の崖上、ひっそりとたたずむ #磐舟山の碑 に触発されて #古事記神話 #葦原中國 神話の考察・3回目。作者 #太安万侶 が神話に例えた史実はどのようなものだったのでしょうか? #古代河内湖 #味原 www.zero-position.com 古代河内湖(弥生…

下照姫とアメノワカヒコ【磐舟山の碑】から日本神話の謎解き(2)

「#古事記 の例え話(#日本神話)は読み手の解釈が重要」という作家 #太安万侶 の言葉に従い #葦原中國 について考察しました。結論から言うと葦原中國とは #古代河内湖 であった可能性が非常に高いと推理 #下照姫 #アメノワカヒコ 目次 「葦原中國平定」神…

古事記と太安万侶。【磐舟山の碑】から日本神話の謎解き(1)

日本の正史の一 #古事記 の作者 #太安万侶 は出雲王家を祖とする人で晩年、島根県松江市の #意宇(おう)に居を構え地元の古老に『古事記の例え話(日本神話)は解釈が重要と語っていた』と出雲口伝は伝えます。#アジスキタカヒコネ #産湯稲荷神社 #玉之井 …

【磐舟山】石碑伝承(河内国風土記)と繋がる【産湯玉之井】

摂津国風土記の「#高津(こうづ)」で伝えられる #アメノワカヒコ(天稚彦) と #アメノサグメ(天探女)の伝承。#古事記 #葦原中國の平定 には 二神が揃って登場します。 #磐舟山の石碑 近くの #産湯稲荷神社、境内の #産湯玉之井 の由緒は高津伝承と繋がっ…

【磐船山】上町台地の崖上にたたずむ【日本神話】伝承の碑

大阪市内を南北に走る #上町台地。台地特有の高低差が見える崖上の住宅地の中にひっそりとたたずむ #磐船山の碑。江戸期の国学者は、ここを日本神話(#古事記)の舞台と考えていたのでしょうか。 目次 磐船山(いわふねやま)の碑 摂津国風土記「高津」 アメ…

森之宮遺跡【2】縄文時代のOSAKA・考

前回の続き。大阪市街の地下に眠る縄文時代 #森ノ宮遺跡(#森ノ宮貝塚)。人骨の栄養状態はよく食生活が豊かであったことがうかがえます。#亀ヶ岡式土器 #糸魚川ヒスイ勾玉 なども出土。広大な交易圏とともに栄えた所と推定されています 目次 森ノ宮に人が住…

森之宮遺跡【1】マダム・モリコに誘われて地下の縄文世界へ【展示室、春の一般公開】

大阪市内で唯一の縄文遺跡 #森之宮遺跡。年に数回、春の一般公開に合わせて #森ノ宮ピロティホール 地階の展示室を見学。大阪市内の博物館や歴史館で一部散見される程度ですが、発掘された人骨や土器などをまとめて見ることができました\(^o^)/ #マダムモ…

【草香江】押し照るや難波の海。二都を繋ぐ光り輝く「ひのもと」の水の道【日下】

大阪平野は北の淀川、南の大和川が運ぶ土砂が堆積し形づくられました。古墳時代以降、飛鳥〜奈良時代には、古代河内湖の南北がさらに縮小し、東西に長い #草香江 に変化します。#日下 #ひのもと #万葉集 目次 飛鳥〜奈良時代の草香江(くさかえ) 草香江の由…

大阪の諏訪神社。タケミナカタと道真公が仲良く月見酒【秀吉さんの獅子】

大阪市城東区の難読地名。#放出「なはてん」の #諏訪神社。西暦800年代ごろには鎮座していた長野県諏訪大社の分社。生駒山を向く東向きの神社の境内には #菅原道真公 の #腰掛け石 を祀る腰掛天満宮。#豊臣秀吉公 が奉納した獅子が展示されていました。 目次…

【住吉三神・考】住吉大社御祭神 表筒男命・中筒男命・底筒男命が西向きに直列する意味

正月三が日の初詣参拝客数が毎年200万人を超える摂津国一ノ宮・住吉大社。インフルエンザが流行中の昨今、三が日は家でと思い一足早く参拝。境内を歩きながら御祭神・海神の住吉三神が西向きに直列する意味をあらためて考えました。 目次 住吉大社参道 反橋…

東西に並ぶ「ひめさま=下照姫」のお社(Ⅰ)【比賣許曽神社/比売古曽神社】

大阪市内 #上町台地 周辺に「ひめこそ」の名の神社史跡が三か所。「こそ(許曽、古曽)」は尊称で、今風に言うと「ひめさま」になるでしょうか。いずれも出雲の #下照姫 を祀る社ということになります 目次 大阪市内「ひめこそ」の神社・史跡 高津宮境内の比…

【枚岡神社】藤原氏(中臣氏)の血脈の謎を辿る(Ⅱ)元春日の出雲井【若宮神社】

「元春日」と云われる #枚岡神社は東の #神津嶽 を遙拝します。#天忍雲根命(あめのおしくもね、中臣氏二代目)を祀る #若宮神社 御神域の #出雲井 は鎮座地の東大阪市出雲井の由来 #春日の暗号 #真名井 目次 枚岡神社(東大阪市出雲井) 若宮神社 出雲井 春…

弥生時代と古墳時代が交差するところ。摂津住吉【住吉大社 正印殿跡(3)】

千五百年にわたり #住吉大社 神主家であった #日本三家のひとつ #津守氏 の居館があったところに #アラハバキ 的な陽石(石棒)と陰石(胎内石)。住吉さんに残る子孫繁栄・五穀豊穣を祈る南北ラインと関係か。#仁徳天皇陵 目次 住吉の南北を繋ぐライン 出雲…

【住吉大社 正印殿跡(2)】歴史的な史跡に残された古い信仰のこん跡!?【結の神社。陽石と陰石】

住吉大社の歴代神主であった #津守氏 居館があったところ。今は史跡保存されている住吉行宮跡・正印殿跡(二回目)。域内には小祠がいくつか。そのうち #結の神社 のそばに #陽石(石棒)と #陰石(丸石)。#アラハバキ信仰 目次 住吉さんの南。古代「住吉の…

【住吉大社 正印殿跡(1)】神主家・津守氏の居館、南朝仮御所が置かれたところ【住吉行宮跡】

かつて #住吉大社 神主家であった #津守氏 の居館があったところの #正印殿跡。#南北朝時代 には #南朝 #後村上天皇 の仮御所(#住吉行宮)が設けられました 目次 住吉行宮跡(正印殿跡) 住吉行宮(すみよしあんぐう) 本文 住吉行宮跡(正印殿跡) (34.60…

【帝塚山古墳】古代の海辺に築造された住吉の海人族 長の前方後円墳

大阪市の(超)高級住宅街、帝塚山(てづかやま)の閑静な住宅地の中に #帝塚山古墳。市内4ケ所の古墳史跡のうち #前方後円墳 の原型をとどめているのはここだけ。隣接していた #大帝塚山 は消失し現在は #小帝塚山 だけが残されています #大伴金村 #鷲住王…

【阿倍王子神社(2)】安部清明神社に残された海人・阿部氏のこん跡

大阪市阿倍野区という地名の起源となった #阿部王子神社。#仁徳天皇 の古墳時代、ヤマト桜井から移住した#阿部氏 の #難波津 拠点でした。境外末社 #安部清明神社 境内には #海人族 としてのこん跡 古代船の錨 #鎮石(孕み石)が残されています 目次 古代の…

【阿倍王子神社(1)】導きのヤタガラスの社【熊野街道】

京都伏見から淀川を下り、天満の八軒家浜に上陸。大阪市内を南北に縦断する #上町台地 を南に下る #熊野街道。遠い紀伊路への休憩と遥拝のために設けられた熊野九十九王子の一社。#阿倍王子神社 前半 目次 熊野街道(大阪市内) 阿倍王子神社 遥か熊野へ。導…

【飛鳥の大鳥】お釈迦様の頭から生まれた聖徳太子と飛鳥時代

古墳時代に続く #飛鳥時代。事実上 #聖徳太子 の誕生によって生まれた新時代。斑鳩、白鳳、朱鳥…数々の神鳥が生まれた時代でもありましたが、どうして「あすか」と呼ばれたのでしょうか。誕生現場からの報告です 目次 飛鳥を「あすか」と呼ぶ理由 明日香から…

【布施戎神社】日本一の「えべっさん」に釣り上げられる「ぐるぐる目玉」の大鯛

摂津河内(大阪)と大和(奈良)を結ぶ古代のウォーターフロント・ものづくりの中心地であった #古代河内湖 の南岸。大阪市内からほど近い #布施(ふせ)の #布施戎神社 を参拝 #足代 # 網代笠 #菅笠 目次 布施戎神社 布施戎神社 境内 886年創建の都留彌…

【生國魂神社元宮(お旅所跡)】生駒の大鳥を眺めながらアラハバキ信仰を考える

大阪城公園南西入口そば #生國魂神社 元宮跡(お旅所跡)。ここから大阪城外堀の向こうに #生駒の大鳥 を眺めることができます。弥生の人々は日本最古級の祭祀場から、#クニウミ #子孫繁栄 を祈ったと考えています #アラハバキ 目次 大阪最古の祭祀場 生國魂…

日出づる、飛び立つ鳥の高揚感。神鳥が相次いで生まれた飛鳥という新時代

はじめに 遣隋使 #小野妹子 に #聖徳太子 が託した #隋の煬帝 への親書『#日出る処の天子。書を日没する処の天子に致す。恙なきや』…にじみ出る #飛鳥時代 を迎えた高揚感。神の鳥が次々と羽ばたきました #白鳳 #斑鳩 #白雉 #朱鳥 目次 大阪四天王寺。飛鳥と…

【深江郷土資料館】笠縫氏の伝統技術 大嘗祭・伊勢式年遷宮の笠細工

はじめに 深江稲荷神社に隣接する #深江郷土資料館。深江の鋳物師(人間国宝)#角谷一圭氏(故人)鋳造品、#深江笠縫保存会 の菅細工、各地の人間国宝級の工芸品が展示されています #大嘗祭 #伊勢神宮式年遷宮 #笠縫の島 目次 深江郷土資料館(大阪市東成区…

【深江稲荷神社】大和の笠縫氏が摂津に移住。すげ笠づくりで栄えた街

はじめに 古代の大和 #笠縫氏。おそらく古墳時代、摂津国・笠縫島(大阪市東成区)に移り住む。子孫は湿潤な地に水路を引きスゲを栽培。江戸期にすげ笠づくりが盛んに 目次 深江稲荷神社(大阪市東成区) 深江稲荷神社 摂社 末社 すげ笠づくりの街 本文 深江…

【生国魂神社お旅所跡】天照山(生駒の大鳥)を見晴るかす 太古 クニウミ祭祀の聖地

はじめに 大阪城外堀 南西に #生国魂神社お旅所跡。ここは生國魂神社(天王寺区)の元宮。太古、海に囲まれたこの地は #クニウミ祭祀 の聖地。ここから #天照山(#生駒の大鳥)を見晴るかすことができます #十種神宝 #生玉 #足玉 #生島大神 #足島大神 目次 …

【石山の謎】大阪城 豊臣石垣公開プロジェクト【豊臣期天守と徳川期天守】

はじめに 現在の #大阪城 は昭和〜平成に、ほとんど再築された鉄筋コンクリート製。その前には #豊臣期天守(約40m)#徳川期天守(約50m)が存在しました。昭和時代に発掘された豊臣期天守の古い石垣遺構を恒久的に見学できる施設が建設中 目次 大坂城の歴…