superstition
「superstition」とは、「迷信」「根拠のない信仰に基づく行為」といった合理的な根拠に基づかずに信じられている信念やそれらに係わる習慣のことを意味する英語表現である。
「superstition」とは「superstition」の意味
「superstition」は「迷信」「盲信」という意味の英単語である。科学的根拠に基づかない、理性的でない信念や信仰を指すことが多い。また、それらに関連して「迷信に基づく行為・儀式」「迷信から来る恐怖心」という意味も持っている。品詞は名詞となり、文脈に応じて可算名詞・不可算名詞のどちらかで使用される。可算名詞となる場合、複数形は「superstitions」となる。また、形容詞形は「superstitious」である。「superstition」の発音・読み方
「superstition」は「sùːpərstíʃən(スーパースティション)」と発音する。最初の「s」は無声の子音で、唇を少し開いて空気を出すことで発音する。「u」は「uː」という長い母音になる。口を丸くして発音するのがポイントである。「p」は無声の子音である。この音は唇を閉じ、その後突然口を開放するイメージで発音する。「e」は「ə」という中立母音になる。「曖昧母音(シュワ)」とも呼ばれる音で、口を半開きにして、やや力を抜いて発音するのがコツである。続く無声の子音「r」は、舌の後部を上げて、空気を振動させることで発音する。「st」は、無声の子音である「s」と「t」を続けて発音する必要がある。舌を口の上部に近づけて「s」を発音し、そのまま「t」に移行する。「i」は短い母音で、日本語の「イ」とは少々異なり、口を半開きにして発音する。また、ここには強勢が置かれるので、やや強めの発音を意識する。「tion」は「ʃən」という発音になる。「ʃ」という音は、日本語の「シャ行」と異なり、舌を口の上部に近づけて発音するのがポイントである。再び「ə」が来た後、「n」という子音で終わる。「n」は鼻から空気を出す要領で発音する。
「superstition」の語源・由来
「superstition」の語源は前1世紀のラテン語「superstitio」に遡る。これは、主に信仰や宗教的な儀式に関連して使われた。「superstitio」は、「superstes」という言葉から派生しており、「superstes」は「生き残る」という意味である。この時期、多くのローマ人は神々や魂、亡霊を恐れ、彼らの機嫌を損ねることを避けるためにさまざまな儀式を行っていた。4世紀から5世紀になり、キリスト教がローマ帝国で広まり公認されるようになると、「superstitio」は異教徒の信仰や習慣と関連づけられるようになった。中世になると、「superstitio」は古フランス語の「supersticion」へと変化した。この言葉は、非合理的な信念や不安に基づく行為を意味し、また、魔女や悪魔の力に関連する信念を指すようになっていった。16世紀から17世紀になると、英語でも「superstition」が一般的に使用されるようになる。科学や合理主義が浸透し始めると、迷信を信じることは無知や未開の証拠とされた。現代でも「superstition」は「迷信」という意味で使われることが一般的である。
「superstition」の類語
「superstition」の類語には以下のようなものがある。「myth」は「神話」という意味で、ある文化や宗教において語り継がれている物語や信仰を指す。神話にはしばしば神々や超自然的な力が登場するため、「superstition」と重なる部分がある。「omen」は「前兆」という意味で、何か大切なことが起こる前に起こるとされる事象を指す。人々はしばしば、特定の出来事や行動が幸運や不運をもたらすと信じるため、「superstition」と関連がある。「belief」は「信仰」「信念」を意味する。「superstition」と違い、「迷信的な信仰」というニュアンスはない。「taboo」は「禁忌」のことで、特定の物事や行動を禁じる文化的な規範を指す。例えば、ある種類の食べ物や場所に入ることが禁じられることがある。これらの禁忌はしばしば、迷信的な信念に基づいている。「superstition」の使い方・例文
「superstition」は以下の例文のように使用することができる。「Superstition has no scientific basis and can lead people to make irrational decisions.」(迷信は科学的な根拠がなく、人々が非合理的な決定をすることにつながる可能性がある。)
「Many athletes have their own superstitions, such as wearing the same socks for every game.」(多くのアスリートは、毎試合同じ靴下を履くなど、自分なりの迷信を持っている。)
「Superstition can be harmful if it causes people to avoid seeking medical treatment or other necessary actions.」(人々が医療治療や他の必要な行動を探すことを避ける原因になる場合、迷信は有害になる可能性がある。)
「Despite advances in science, some people still cling to superstitions passed down through generations.」(科学の進歩にもかかわらず、何世代にもわたって伝えられた迷信に固執する人々がいる。)
「Superstitions about black cats and broken mirrors are common in many cultures.」(黒猫や割れた鏡に関する迷信は、多くの文化で一般的である。)
「Belief in superstitions can be comforting for some people, providing a sense of control in uncertain situations.」(迷信を信じることは、不確実な状況で自己コントロール感を与えることができ、ある人にとっては心の支えになる。)
「Some people may use superstitions as a way to explain events they cannot understand or control.」(自分で理解やコントロールできない出来事を説明するために、迷信を使う人もいる。)
「Superstitions can be deeply ingrained in cultural traditions and can be difficult to overcome.」(迷信は文化的伝統に深く根付いており、克服するのは難しいことがある。)
「Superstitions can sometimes lead to humorous situations, such as avoiding stepping on cracks in the sidewalk.」(迷信が歩道のひび割れを避けるような滑稽な状況を引き起こすことがある。)
「Despite being educated and rational, some people still hold on to superstitions out of habit or tradition.」(教育を受け、合理的な人でも、習慣や伝統から迷信を信じ続けることがある。)
迷信
(superstition から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/05 20:11 UTC 版)
迷信(めいしん、英: superstition)とは、人々に信じられていることのうちで、合理的な根拠を欠いているもの[1]。一般的には社会生活をいとなむのに実害があり、道徳に反するような知識や俗信などをこう呼ぶ[1]。様々な俗信のうち、社会生活に実害を及ぼすもの[2]である。
概説
人々に信じられていることのうちで、合理的な根拠を欠いているものは多くあるが、一般的には、そのなかでも社会生活を営むのに実害があり道徳に反するような知識・俗信を「迷信」と呼んでいる。
何が迷信かという判定の基準は常に相対的で、通常は話者の理性による判断から見て不合理と思われるものをこう呼んでいる[3]。
古来、人々は様々なことを信じており、その中には今日に至るまで受け継がれているものも多く「古代信仰」と捉えることもできる。ある人から見て、合理性を欠いていて社会生活に害があったり道徳に反している、と思えるものを「迷信」と呼んでいるのである。
現代の民俗学者は「迷信」という用語をあまり使わない。今日的な“善悪”の価値判断は、古来の民間知識同士の相互関係や、民間知識の社会や集団での役割などを分析するに際しては、不適切だからである。“迷信”という語は、あくまで現代人の知識を基準とした分類(レッテル)である。公権力が検閲などの言論統制をおこなって規制した事例もあった[4]。
歴史
日本の迷信として挙げられるもののひとつに《狐持ち》の迷信がある[2]。この考え方は、近世の中期のころ、出雲地方で現れ、やがて伯耆・隠岐島前地区に伝わっていった[2]。《狐持ち》の迷信とは、「狐持ちの家系の人はキツネの霊を駆使して人を呪う」と信じている迷信のことである。「狐霊というのは人に憑いて憎む相手を病気にしたり、呪いをかけたりすることができる」と信じられてきた。《狐持ち》とされてしまった家系の人は、この迷信のため差別され、自由な結婚も認められないなどの苦痛を味わった。この迷信は根強く、現在でも忌み嫌われている地方があるほどである。これは国際人権規約 2条に抵触している[要出典]。
明治維新後の日本では天社禁止令により陰陽道などが迷信として認定され、陰陽寮が廃止された。
大正時代の文部省制定教科書においては以下のようなものが迷信として列挙されていた[5]。
迷信は地方により種々雑多にて、四国地方の犬神のごとき、出雲地方の人狐のごとき、信濃地方のオサキのごときは、特にその著しきものなり。
(一)狐狸などの人をたぶらかし、または人につくということのなきこと。
(二)天狗というもののなきこと。
(三)祟ということのなきこと。
(四)怪しげなる加持祈祷をなすものを信ぜぬこと。
(五)まじない、神水等の効の信頼すべからざること。
(六)卜筮、御鬮、人相、家相、鬼門、方位、九星、墨色等を信ぜぬこと。
(七)縁起、六曜日柄等にかかわることのあしきこと。
(八)その他、すべてこれらに類するものを信ぜぬこと。
世には種々の迷信あり。幽霊ありといい、天狗ありといい、狐狸の人をたぶらかし、または人につくことありしというがごとき、いずれも信ずるに足らず。また、怪しげなる加持祈祷をなし、卜筮、御鬮の判断をなすものあれども、たのむに足らず。およそ人は、知識をみがき道理を究め、これによりて加持祈祷、神水等に依頼するがごとき難儀の起こりしとき、道理をわきまえずして、みだりに卜筮、御鬮等によるがごときは、いずれも極めて愚なることというべし。
1941年(昭和16年)5月末、「国民の新生活という観点から迷信を排撃すべき」という方針下、日本政府の内務省がカレンダーから六曜、九星、五行を排除する検閲を行ったが、干支と太陰暦は「迷信の実害が少ないから」という理由で許された(日本における検閲)[4]。
内山節は、1965年頃を境に「キツネに騙された」というような話が無くなったとしており、その背景として
- 高度経済成長による山村の衰退
- 戦前の精神主義がアメリカの科学力の前に完敗したこと
- テレビなど口語体の情報の普及
- 進学率向上
- 集団就職などによる家・先祖を中心とした共同体の衰退
- 自然が経済活動の場に変わったこと
といったことが関係していると考察している[6]。
迷信とは言い切れないもの
現代人に迷信だと思われているものの中には、科学的に検証してみると実は正しいものもある[7]。例えば「ネコが顔を洗うと雨」、「ヘソのゴマを取ってはいけない」などといった表現の裏には、それなりに確かな科学的根拠があり、先祖たちが言っていたことの中には、素直に信じると病気や災害を避けられるものも含まれている[7]。
時代による前提条件や価値観の変化
例えば「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という表現がある。夜に爪を切ってはいけない、というのは作法としてそうなのだとも指摘されており、儒教の教えだという[8]。これを「夜爪(よづめ)」と言い、「世詰め(よづめ)」と語呂が同じで、短命という意味と重なり忌み嫌われた、と辞書などには書かれている[9]。また夜爪は「夜詰め(よづめ)」につながるともされた(通夜のことを夜詰めとも言う)[10]。迷信とされているものの中には、確かに単なる迷信にすぎないものもあるが、現代人が見落としているような意外な根拠がある場合もあるのである[11][12]。昔は照明器具が不十分で、手元が見えず危険だった。また切った爪の行方も見えず、後でそれを踏むと痛いということもあった[8]。いずれにしても、夜に爪を切ると何もいいことが無いから、夜に爪を切ってはいけないとされたという[8]。
ただし、現在では明るい照明があるし、ケガをしない安全爪切りがある。だから夜に爪を切っても安全性に変わりは無い[13]。江戸時代と現代では前提条件が異なっているので、当時は効用があった表現が今ではそうではない[13]。上の「夜に爪を切るな」のように、経験則を総合して「おばあちゃんの知恵袋」やタブーが作られたということはそれはそれで良いとしても、それを聞く人はタブーをそのまま信じてしまう前に、そのタブーができた前提条件を正しく理解する必要がある、と西村克己は指摘した[13]。
- トンネル・坑山など坑内労働への女性の参加
日本では明治・大正期にトンネル工事や炭鉱労働に女性が従事していた記録が残っていたが[14]、1928年(昭和3年)の鉱夫労役扶助規則の改正からトンネル工事や坑内労働には女性を参加させない方針(女人禁制)が貫かれており、それは「山の神を怒らせてしまう」という表現とともに継承されていた。労働基準法第64条の2は、原則として女性の坑内労働を禁止していたが(ただし、母性保護の観点からであり、具体的な内容は厚生労働省令で定めるものとされている)、男女共同参画社会の意識の浸透に伴い、そのような表現も含めて「女性差別だ」という声が上がり、「山の神を怒らせる」は迷信だと非難され、2005年(平成17年)にトンネル工事の女人禁制について規制の見直しが検討され、2006年の労働基準法改正で坑内での女性の管理監督業務が可能となった。
類義語
- 「ジンクス」- 英語圏でのジンクス(jinx)という言葉は、凶運、災難、またはそれらに見舞われた状態など、縁起の悪い事柄を限定して指す。
- 「都市伝説」- 近現代以降になって広まった実話として語られる口承。
- 「疑似科学」- 科学風な迷信。
例
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双子をめぐる迷信
双子をめぐる迷信は世界中に見られ、重大な人権侵害となるケースもある。
- タイでは双生児は忌避され、妊婦は双子が生まれないように「双子バナナ」を食べない[15]。山岳民族のアカ族では双子が生まれると殺処分を強要され、母親は村を追放される[16]。
- 西アフリカでは双生児が生まれることを穢れとして忌避する地域があり、かつては殺処分や遺棄の対象となっていた[17]。
- 日本では双子が生まれる事を「男女の双子は前世で心中した男女の生まれ変わり」「一度に二人も三人も産むのは犬猫の仲間」などの意味から「畜生腹」と呼び、忌み嫌う地域が多かった[18]。地域によっては戦前までは里子に出したり、間引きが行われ警察沙汰になることもあった。また、「黄身が2つある卵を食べると双子が生まれる」など、双子ができることを回避するための迷信も多かった。こういった双生児に対する偏見は昭和30年代ごろから薄れてきたと言われている[19]。
- もっとも、上記とは逆に縁起の良いものとして扱われる文化を持つ場合もある。例えば中国においては多胎児は縁起が良いものとして喜ばれ、中でも男女の双子は皇帝と皇后が同時に生まれたものとして非常にめでたいものとされている。中華人民共和国成立以降においては一人っ子政策により、原則として子供は1夫婦に1人とされてはいたが、本政策においても多胎児は公式に認められているため子供が多く欲しいという要望を持つ家庭においては法に逆らわずに複数の子を持つという相反する要求を矛盾無しに実現できるという背景もあった。
西欧でよく知られる迷信
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- Friday the 13th - 13日の金曜日に不吉なことが起きる。
- breaking a mirror - 鏡を割ると7年間悪いことが起きる。
- black cat - 黒猫が前を横切ると不吉なことが起きる。
- 国によっては幸運の前兆とも。
- horseshoe - 家の戸口に馬蹄をつけると魔女が入ってこなくなり、家内安全である。
- rabbit's foot - ウサギの後ろ足が魔よけのお守りになる。キーホルダーなどにして持ち歩く人もいる。
- breaking a wishbone - 鳥の叉骨を折る。鳥の二股の骨を二人で引っ張って折った時に、長いほうを持っていた人の願いがかなう。
- 666 is the Number of the Beast - 666が呪われた数字と見なされ、しばしば避けられる。これは聖書によると、悪魔の数字だからである。
- walking under a ladder - 梯子(脚立)の下を歩く。梯子の下を通ると不吉なことがおきる。(安全ではない行為であるのは事実である)。
- 家の中でかさを広げるのは不吉。
- happy bridegroom - 幸福な花婿(むこ)。新居に入る時に花嫁を抱いて敷居をまたぐと、花婿が幸せになる。
日本など
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- 夜に口笛を吹くと、蛇(または妖怪、お化け)が出る。- かつて日本で人身売買が行われていた時代、摘発されないために多くが人目のつかない夜に売買取引を行っていた。その際、売人を呼ぶ合図が口笛だったため、「蛇(妖怪、お化け)が出るから吹かないように」という子供への警告が形を変え、現代まで残っている一例とする説がある。
- カラスが騒ぐと人が死ぬ。
- 風邪は人にうつすと治る。- 風邪などの病気には潜伏期間があり、うつされた人が潜伏期間を経て発病した頃にうつした人の風邪が治ることがあることから、このような迷信が生じたらしい。
- しゃっくりが100回出ると死ぬ。
- ワカメやコンブを食べると、頭髪が増える。
- 夜に爪を切ると親の死に目に会えない(夜に爪を切ると「夜爪(世詰め)」といって早死にする)。
- 旋毛を押すと下痢になる。
- ブドウやスイカの種を飲み込むと虫垂炎になる[20]。
- 霊柩車もしくは葬式を目撃したら親指(あるいは他の指)を隠さないと親族が亡くなる。
- 靴下を履いて寝ると親の死に目に会えない。
- 丙午の年に生まれた女性は、鬼となって家族(親・兄弟・夫・子供)を苦しめる(この迷信が元で直近の丙午である1966年には出生数が前年に比べ約25%減少した。八百屋お七の項も参照)。
- 酢を飲めば体が柔らかくなる。
- 牛乳を飲むと胸が膨らむ。
- 人の名前は赤字で書くべきではない[21]。
- 牛乳を飲むと背が伸びる。牛乳に身長を伸ばす効果があるとは、科学的に認められていない。カルシウム摂取で骨は強くなるが、身長伸展には繋がらない。
- バレーボール、バスケットボールをすると背が伸びる。- バレーボールやバスケットボール選手に背が高い選手が多いのは、競技の構造上、背が高いほうが有利なので背が高い人がバレーボールやバスケットボール部に入部するケースが多いため。つまり、「バレーボールをしているから背が高いのではなく、背が高い人のほうが有利だからバスケットボール部に入部しているのである。つまり因果関係が逆である」また、背が高い人が有利なため、部員の中でも、より背が高い人が活躍してレギュラーになるという事情から、ますますそういった錯覚を引き起こす。
- 緑青は猛毒である。
- 4は不吉な数字である(日本語では、四の発音は「死」と同じであることから)[22] 。
- 9という数字は苦しむを連想させる(日本語では、九の発音は「苦」と同じであるから)。
- 3人で写真に写った場合、中央にいた人は早死にする。- カメラは中央にピントを合わせることから、中央にいた人が最も魂を吸い取られると考えられたため。また、集合写真で中央に立つのは年長者である場合が多いため、結果として中央の人が最も早く死ぬ確率が高いという傾向を生む。全くの間違いではあるが写真館などには3人写真の時に備えて人形などが用意されていることがある。
- 夜間に火遊びをするとおねしょする。
- 食べてからすぐに寝ると牛になる。- 食後胃に内容物が存在するときに背臥位や横臥位になると嘔吐することがあるが、これを牛の反芻行動と関連付けたものか。
- かかあ天下の夫婦には男の子ができやすく、亭主関白の夫婦には女の子ができやすい。
- ハチに刺されたら尿をかけると治る - ハチやアリに刺されて痛みを感じるのはギ酸という酸性成分が原因。それを中和するためには、アルカリ性のアンモニアをかけるとよいとされるが、人の尿の窒素排泄物はアンモニアから合成された尿素であるため全く無意味。尿にアンモニアが含まれているという誤解は、人の尿の中の尿素が排尿後長時間経過する間に水と化学反応を起こしてアンモニアと二酸化炭素に変化し、アンモニアの匂いを引き起こすことによる。
- 雛祭りが過ぎた後も雛壇を出し続けると晩婚になる。
- クマに出会ったら死んだふりをすると助かる。
- ゴムの長靴を履くと雷から身を守れる。
- 血液型による性格分類[23][24] - 大半の科学者は血液型と性格の関係性を、ほぼ全否定している。従って非科学的な迷信だが、一部の人間に信じられている[25]。1930年には言及されており[26][27]、日本陸軍でも調査をおこなっている[28]。その後は廃れたが、1970年代半ばあたりから2010年頃まで再燃していた。現在はMBTIブームにより廃れ始めている。
- 茶に茶柱が立つと幸運がある。ただし、茶柱が立ったことを人に言うと幸運は逃げる。
- 女房が妊娠している漁師(猟師)が漁(猟)にいくと不幸が襲うので、一緒に連れて行かない - 昔の北海道での言い伝え。かつては出産というと現代と違って産婦人科など専門の医療機関や施設がなく、時には死につながることもあったため、夫に仕事を休ませて女房の身の回りの世話や激励をさせるために暗黙のうちに広まったルールと思われる。
- 鼻の下の窪みが少し浅い 経験することによってより“女性”に近づくとき鼻の下の窪みがより深くぷっくりとする。
- チョコレートを食べすぎると鼻血が出る。
- 黒地に黄色文字のナンバープレートの車を3回見て、その度に「くーろっき」と言えば願いが一つ叶う。ただし1度目と2度目または2度目と3度目の間にタクシーなどの緑地に白文字のナンバープレートの車を見てしまうと、それまでのカウントはゼロに戻ってしまう。
- 性欲の強い男性は頭髪が伸びるのが早い。
脚注・出典
注
出典
- ^ a b 大辞林
- ^ a b c 速水保孝『憑きもの持ち迷信 : その歴史的考察』明石書店、1999年。ISBN 4750312169。 NCID BA44244662。
- ^ 広辞苑 第五版
- ^ a b 「同盟旬報第5巻第15号(通号142号) 昭和16年6月10日作成 (防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.M23070028400 p.74〔 暦の取締り決る【五.三一】 〕
- ^ 井上円了 『迷信と宗教』(青空文庫)
- ^ 内山節『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』p.34-69
- ^ a b 『バカにしちゃいけない迷信の教え: 信じる人は救われる』2004
- ^ a b c 日本の暮らし研究会 著『図解 日本のしきたりがよくわかる本: 日常の作法から年中行事・祝い事まで』p.30
- ^ 『岩波国語辞典』
- ^ 板橋作美『俗信の論理』1998 p.303
- ^ 蒲田春樹 『暮らしの伝承: 迷信と科学のあいだ』1998。
- ^ 花田健治『迷信の知惠: 縁起,タブー,ジンクスの実態をさぐる』 1981
- ^ a b c 西村克己『図解 戦略思考トレーニング』2008 p.64、第31章「失敗経験をタブーにするな」
- ^ 丹那隧道殉職碑には女性の殉職者の氏名が刻まれている。
- ^ 「タイのバナナ―その2―」在京タイ王国大使館、2015年9月28日閲覧。
- ^ 「アカ族の基礎知識」Bridge International Foundation、2015年9月28日閲覧。
- ^ 小馬徹「アフリカの人々と名付け 50 双子殺しとミッショナリーの時代」『月刊アフリカ』第39巻第2号、アフリカ協会、1999年2月、20-21頁、 ISSN 02880423、 NAID 120002739723、2021年11月24日閲覧。
- ^ “畜生腹”. デジタル大辞泉. コトバンク. 2015年9月28日閲覧。
- ^ 常光徹『しぐさの民俗学』ミネルヴァ書房 2006年、ISBN 4623046095 pp.285-299.
- ^ http://www.bioweather.net/column/kotowaza/gw36.htm
- ^ “赤字で,相手の宛名を書くのはNG”. 日経XTech. 2022年10月6日閲覧。
- ^ “Superstition or Cultural Fact? Major Unlucky Numbers To Know About in Japan | Guidable” (英語). Guidable Guidable (2018年10月12日). 2022年9月23日閲覧。
- ^ 大阪大学大学院 生命機能研究科 認知脳科学研究室血液型と性格は関係があるか?
- ^ 松田薫『「血液型と性格」の社会史 : 血液型人類学の起源と展開』(改訂第2版)河出書房新社、1994年。 ISBN 430924145X。 NCID BN11119383。
- ^ “人間の血液型に據る 人物登用法は 大變な危險、學説と實際の矛盾指摘 金澤醫大古畑博士、貴重な研究發表”. Hoji Shinbun Digital Collection. Nan’yō Nichinichi Shinbun, 1932.12.21. pp. 01. 2024年11月22日閲覧。
- ^ “血液型と學業成績 歐洲人はA型が斷然多い 型と人種的優劣の關係は? 医學博士 林操”. Hoji Shinbun Digital Collection. Nan’yō Nichinichi Shinbun, 1930.05.20. pp. 01. 2024年11月22日閲覧。
- ^ “血液型と國民性 長崎醫大教授 醫學博士 淺田一”. Hoji Shinbun Digital Collection. Nan’yō Nichinichi Shinbun, 1930.07.19. pp. 01. 2024年11月22日閲覧。
- ^ “學説と一致か 松山聯隊で血液型檢査”. Hoji Shinbun Digital Collection. Nippaku Shinbun, 1932.03.17. pp. 05. 2024年11月22日閲覧。
関連書
- 住本健次、板倉聖宣『差別と迷信:被差別部落の歴史』1998
- デービッド・ピカリング『カッセル英語俗信・迷信事典』1999
- 新井孝佳『迷信シロクロ大全』2001
- 宮内貴久「屋敷地内に植える樹木の吉凶―口承・書承・知識」『比較民族研究』第16号、筑波大学比較民俗研究会、26-46頁、1999年9月30日。 ISSN 09157468。
- 井上円了〔著〕竹村牧男〔監修〕『妖怪玄談』大東出版社、2011年 ISBN 978-4-500-00745-5
- トーマス・ギロビッチ『人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか』 (認知科学選書) 1993
- 池田清彦『科学教の迷信』1996
- 『沖縄の迷信大全集1041』 むぎ社編集部 1998
- ヴァルター・ゲルラッハ『迷信なんでも百科』文春文庫、2000
- 『暮らしの中で迷信と差別を考える』差別墓石・法戒名を問い考える会、2000
関連項目
外部リンク
迷信 (曲)
(superstition から転送)
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| 「迷信」 | ||||||||||||||||
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| スティーヴィー・ワンダー の シングル | ||||||||||||||||
| 初出アルバム『トーキング・ブック』 | ||||||||||||||||
| リリース | ||||||||||||||||
| 録音 | 1972年 | |||||||||||||||
| ジャンル | R&B、ソウル、ファンク | |||||||||||||||
| 時間 | ||||||||||||||||
| レーベル | モータウン | |||||||||||||||
| 作詞・作曲 | スティーヴィー・ワンダー | |||||||||||||||
| プロデュース | スティーヴィー・ワンダー マルコム・セシル ロバート・マーゴレフ |
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| チャート最高順位 | ||||||||||||||||
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| スティーヴィー・ワンダー 年表 | ||||||||||||||||
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「迷信」 (Superstition) は、アメリカのシンガーソングライター、スティーヴィー・ワンダーの楽曲。彼が22歳の頃に発表したアルバム『トーキング・ブック』(1972年)に収録され、多くの国でシングル・カットされた。全米シングルチャートでは1位を[1][2]、全英シングルチャートで11位を記録[3]。「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」(2021年版)では12位にランクインしている[4]。
解説
スティーヴィーはこの曲を、『トーキング・ブック』のセッションに参加したジェフ・ベックへの返礼のために書いた[5]。しかし彼のマネージャーが反対したので、自らレコーディングして同アルバムに収録して先に発表した。ベックの演奏は、当時彼が結成したベック・ボガート & アピスのデビュー・アルバム(1973年)に収録された。スティーヴィーは先に発表したお詫びとして、ベックの1975年のアルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』に「哀しみの恋人達」を提供している。
前々作に当たるアルバム『青春の軌跡』(1971年)から顕著なように、彼は当時、モータウン・ポップからの脱却を模索していた。特に『トーキング・ブック』には、一般的に彼の新しい音楽スタイルが認められた。
この曲の歌詞は、幾つかの迷信に言及してそれらを否定する内容を持つ[6]。スティーヴィー自ら演奏するドラム・ビートから始まり、続いてリフがクラビネットにより入ってくる。曲中至るところでバス・ドラムが目立つように構成されている。トントズ・イクスパンディング・ヘッド・バンドのマルコム・セシル(Malcolm Cecil)とロバート・マーゴレフ(Robert Margouleff)がモーグ・シンセサイザーでゲスト参加している[6]。
スティーヴィーは1972年に子供向けテレビ番組『セサミ・ストリート』に出演して、この曲を演奏した。チャック・マンジョーネがトランペットで参加した[7]。
カヴァー・ヴァージョン
この楽曲は様々なアーティストにカヴァーされている。以下に、主なものを記述する。
- ベック・ボガート & アピス - アルバム『ベック・ボガート & アピス』(1973年)に収録[8]。原曲ではクラビネットで演奏されたリフが、ギターで演奏されている。日本ではシングルカットされ[9]、同年5月の日本公演での演奏が『ベック・ボガート & アピス・ライヴ・イン・ジャパン』(1973年)に収録された。
- スティーヴィー・レイ・ヴォーン - アルバム『ライヴ・アライヴ』(1986年)に収録[10]。シングルカットされ、ビルボード・メインストリーム・ロック・チャートで11位を記録している[11]。
- クインシー・ジョーンズ - アルバム『You've Got It Bad, Girl』(1973年)に収録。スティーヴィー、ビル・ウィザース、ビリー・プレストンが演奏[12]。
- アリシア・キーズ - 楽曲「カルマ」(Karma)のリミックスで、そのまま使用されている。
- コブクロ - 2010年発表のアルバム『ALL COVERS BEST』に収録[13]。
脚注
- ^ Dean, Maury (2003). Rock N' Roll Gold Rush. Algora. p. 276. ISBN 0-87586-207-1
- ^ FM Fan編集部『ミュージック・データ・ブック 1955年-95年ビルボード年間チャート完全収録』共同通信社、1996年。 ISBN 978-4-7641-0367-2。
- ^ “ChartArchive - Stevie Wonder - Superstition”. 2012年6月28日閲覧。
- ^ “The 500 Greatest Songs of All Time” (英語). Rolling Stone (2021年9月15日). 2021年12月21日閲覧。
- ^ “Superstition: Stevie Wonder”. Rolling Stone (2004年12月9日). 2010年2月28日閲覧。
- ^ a b 英「MOJO」誌編・著、中山啓子・訳『ロック不滅の100曲』廣済堂出版、1999年。 ISBN 4-331-50696-7。
- ^ “Sunday Cinema”. JamBase (2013年8月4日). 2015年6月28日閲覧。
- ^ “Beck Bogert & Appice - Beck, Bogert & Appice : AllMusic”. allmusic. 2012年6月29日閲覧。
- ^ “Discogs”. 2024年9月4日閲覧。
- ^ Huey, Steve. “Live Alive - Stevie Ray Vaughan / Stevie Ray Vaughan & Double Trouble”. allmusic. 2015年6月28日閲覧。
- ^ “Live Alive - Stevie Ray Vaughan / Stevie Ray Vaughan & Double Trouble - Awards”. allmusic. 2015年6月28日閲覧。
- ^ “You've Got It Bad Girl - Quincy Jones : AllMusic”. allmusic. 2012年6月29日閲覧。
- ^ “コブクロ「ALL COVERS BEST(完全生産限定盤A)」”. Warner Music Japan. 2013年8月10日閲覧。
関連項目
| 先代 カーリー・サイモン 「うつろな愛」 |
Billboard Hot 100 ナンバーワンシングル 1973年1月27日(1週) |
次代 エルトン・ジョン 「クロコダイル・ロック」 |
| 先代 ビリー・ポール 「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」 |
Best Selling Soul Singles ナンバーワンシングル 1973年1月6日 - 1月20日(3週) |
次代 ティミー・トーマス 「かなわぬ想い」 |
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