シェイメン
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/30 22:39 UTC 版)
| シェイメン The Shamen |
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オックスフォードでライブするシェイメン(1990年)
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル |
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| 活動期間 | 1985年 - 1999年 |
| レーベル |
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| 旧メンバー | コリン・アンガス ボブ・ブリークス ギャヴィン・ナイト リチャード・ウエスト ヴィクトリア・ウィルソン=ジェイムス ジョン・デラフォンズ デリク・マッケンジー キース・マッケンジー アリソン・モリソン リチャード・シャープ ウィル・シノット ピーター・スティーヴンソン |
シェイメン(The Shamen)は、イギリス・スコットランドの電子音楽バンドである。1985年に結成。1999年に解散。
歴史
1980年代
1987年にファースト・アルバム『Drop』をリリース。1960年代的なサイケデリック作品である。
1987年の中頃になると、フロントマンのコリン・アンガスはS-ExpressやM/A/R/R/Sなどのような初期ハウス・ミュージックの先駆者の音を見つけて、最新のスタジオ機器などの知識を増やしていき、1987年9月頃までにこれらの技術をシェイメンの音楽、ロック、テクノ、ヒップホップに採用し、ポップ・ウィル・イート・イットセルフやジーザス・ジョーンズ、EMFなどが影響を受けていたプロトタイプ・ロック(ダンス・ミュージック)を作るため、ラジオの音声をサンプリングした。
1980年代の末にはアシッド・ハウスが生まれ、コリンと1987年に加入したウィル・シノットは夢中になっていた。そして、1989年にセカンド・アルバム『In Gorbachev We Trust』(ジャケットはミハイル・ゴルバチョフの写真)をリリースした。
1990年代
1990年代に入ると、Mr.Cが加入し、アルバム『エン・タクト』(ジャケットには「巧」の字がある)をリリース。「ムーヴ・エニイ・マウンテン (プロジェニィ)」や「ハイパーリアル」[1]、そして「Make It Mine」がシングルでヒットした。
しかし、「Move Any Mountain」のプロモーションビデオ撮影の際、ウィル・シノットがスペインのラ・ゴメラの海岸で溺死した。
その後、1992年にアルバム『ボス・ドラム』を発表。そのうち、シングル化された「Ebeneezer Goode」は歌詞が薬物使用を促すような内容(「Ezer Goode」を繰り返して歌うが、同音異義語で「E's are good」(「Eはよい」(Eとはエクスタシーの隠語)と解釈できる)であり、BBCの音楽番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』内のトップ5・ドラッグ・ソングに選ばれてしまった。だが、全英チャート1位を4週間記録した。当時、フジテレビで深夜に放送されていた音楽番組『BEAT UK』では、「Ebeneezer Goode」だけでなく「Boss Drum」も番組内のチャートで1位を獲得した。
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メンバー
最終ラインナップ
- コリン・アンガス(Colin Angus) - ボーカル、ギター、キーボード、ベース(1985年 - 1999年)
- ボブ・ブリークス(Bob Breeks) - キーボード(1992年-1999年)
- ギャヴィン・ナイト(Gavin Knight) - ドラム、エレクトリック・パーカッション(1991年 - 1999年)
- リチャード・ウエスト(Richard West、Mr. C) - ボーカル、キーボード(1990年 - 1999年)
- ヴィクトリア・ウィルソン=ジェイムス(Victoria Wilson-James) - ボーカル(1993年 - 1999年)
旧メンバー
- アリソン・モリソン(Allison Morrison) - キーボード、ボーカル(1985年 - 1986年)
- デリク・マッケンジー(Derek McKenzie) - ボーカル、ギター(1985年 - 1987年)
- キース・マッケンジー(Keith McKenzie) - ドラム、エレクトリック・パーカッション(1985年 - 1988年)
- ピーター・スティーヴンソン(Peter Stephenson) - キーボード(1986年 - 1988年)
- ウィル・シノット(Will Sinnott、Will Sin) - ベース、ボーカル、キーボード(1987年 - 1991年)※1991年死去
- ジョン・デラフォンズ(John Delafons) - ドラム、エレクトリック・パーカッション(1989年 - 1990年)
- リチャード・シャープ(Richard Sharpe) - キーボード(1991年 - 1992年)
- コーディ・H(Cody "The Chuck" H.) - ボーカル(1991年 - 1993年)
ツアー・メンバー
- DJスティカ(DJ Stika) - ターンテーブル(1990年)
- アレクシス・ブラックモア(Alexis Blackmore、Lex Icon) - ボーカル、ターンテーブル(1990年 - 1991年)
- プラヴカ(Plavka) - ボーカル(1990年 - 1991年)
- シェリル・メルダー(Cheryl Melder) - ライブ・ボーカル(1991年 - 1992年)
- ジェリサ・アンダーソン(Jhelisa Anderson) - ボーカル(1992年 - 1993年)
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
- Drop(1987年)
- In Gorbachev We Trust(1989年)
- Phorward(1989年)
- 『エン・タクト』 - En-Tact(1990年)
- 『ボス・ドラム』 - Boss Drum(1992年)
- 『アクシス・ミュターティス』 - Axis Mutatis(1995年)
- 『ヘンプトン・マナー』 - Hempton Manor(1996年)
- UV(1998年)
コンピレーション・アルバム
- Strange Day Dreams(1988年) ※初期作品のイタリア盤
- 『ムーヴ・エニイ・マウンテン(プロジェニィ)』 - Progeny(1991年)
- On Air(1993年) ※BBCラジオでのライブ・セッション
- 『ディファレント・ドラム』 - Different Drum(1993年) ※『ボス・ドラム』のリミックス
- Collection(1996年)
- Remix Collection - Stars on 25(1996年)
- The Shamen Collection(1998年)
- Hystericool - The Best of the Alternative Mixes(2002年)
脚注
- ^ 「ハイパーリアル」のボーカルにはフィーチャリングとしてプラヴカが参加している。彼女は後にジャム&スプーンの「Right in the Night」に参加している。
外部リンク
- The Shamen's Nemeton(公式サイト)
- ShamenTV - YouTubeチャンネル(Shamen公式)
「The Shamen」の例文・使い方・用例・文例
- The Malay Times に掲載されていた、非常勤の下級アナリストの職に関する広告についてご連絡を差し上げています。
- ‘They are flying kites.' はあいまいな文である.
- 話し中です (《主に英国で用いられる》 The number's engaged.).
- 名詞相当語句 《たとえば The rich are not always happier than the poor. における the rich, the poor など》.
- 総称単数 《たとえば The dog is a faithful animal. の dog》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- 王立オペラ劇場 《the Covent Garden Theatre のこと》.
- 英国学士院 (The Royal Society)の会報.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- 『Scotish』は、『The Scottish Symphony』や『Scottish authors』、あるいは、『Scottish mountains』のような、より正式な言葉遣いの傾向がある
- STD(神学博士)はラテン語のSanctae Theologiae Doctorに由来する
- 『The boy threw the ball(少年がボールを投げた)』は、能動態を使う
- 『The ball was thrown(ボールは投げられた)』は簡略化された受動態である
- 1992年,「The Animals(どうぶつたち)」という本のために,まどさんの動物の詩のいくつかが皇后美(み)智(ち)子(こ)さまによって英訳された。
- 式典は,3Dコンピューターアニメ映画「I Love スヌーピー The Peanuts Movie」の米国公開の数日前に行われた。
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