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ソアッソン 【Soissons】

フランス北東部小都市一三世紀創建大聖堂があり、司教座がある。一〇九二年と一一二一年に神の性格について会議があった。

Soissons


ソワソン

(Soissons から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/23 22:23 UTC 版)

ソワソン


行政
フランス
地域圏 (Région) オー=ド=フランス地域圏
(département) エーヌ県
(arrondissement) ソワソン郡
小郡 (canton) 2小郡庁所在地
INSEEコード 02722
郵便番号 02200
人口動態
人口 29,453人
1999年
人口密度 2,390人/km2
地理
座標 北緯49度13分31秒 東経3度11分33秒 / 北緯49.2254度 東経3.1925度 / 49.2254; 3.1925座標: 北緯49度13分31秒 東経3度11分33秒 / 北緯49.2254度 東経3.1925度 / 49.2254; 3.1925
標高 平均:55m
最低:38 m
最高:130m
面積 12.32km2
ソワソン
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ソワソンSoissons)は、フランス共和国オー=ド=フランス地域圏エーヌ県の市。パリの北東60マイル、エーヌ川流域に位置し、フランス国内で最も古い都市のひとつ。面積12.3平方キロ、人口約3万人(1999年)。日本語でソワッソンソアソンとも表記する。

歴史

ソワソンはラテン語スエッシオSuessio)が訛ったものであると思われる。これは古代にはガリア人のスエッシオネス族(Suessiones)が領有していたことに由来している。

ローマ帝国の城塞都市であり、末期にはキリスト教司教座が設置された。西ローマ帝国の衰亡の中でガリア北部は帝国の飛び地となり、ローマに任命された将軍であるアエギディウスが治める事実上独立した地域になった(ソワソン管区)。

一般に西ローマ帝国が滅亡したとされる476年以後も、アエギディウスの子であるシアグリウスの下でローマ人による統治が続いたが、486年クローヴィス1世がシアグリウスをソワソンの戦いで破り、支配領域を拡大した。

メロヴィング朝フランク王国の王となったクローヴィス1世はソワソンでブルグント王国の王女クロティルドと結婚し、王女の勧めでソワソンで洗礼を受け、カトリックに改宗している。ソワソン王の王位は五男のクロタール1世が継ぎ、ソワソンはネウストリア地域の一つとなったが、次の末子キルペリク1世の治世では(在位561年 - 584年)内戦も発生した[注釈 1]

カロリング朝期には、サン・メダール修道院フランス語版がソワソンの宮廷として用いられた。

1175年に建設が始まり、1475年に献堂式が挙行された大聖堂は、フランスゴシック建築の傑作とされており、北フランスにおける、シャルトル大聖堂と並ぶ大聖堂建築のモデルとなった[1]

中世初期から盛期にかけてこの地は聖俗の教会会議・王主宰の会議の開催地になった[2]

ドイツ中世を代表する叙事詩人ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ の『パルチヴァール』には、タイトルロールと一騎討ちを行うオリルス公の武装の様子が叙述されているが、彼の着けていた胸甲(中高ドイツ語原文で“plate”、現在のドイツ語で“Panzerbrust”)は、ソワソン(中高ドイツ語による原文で“Sessûn”、古仏語で“Sessons”)で製作されたとされている [3]

第一次世界大戦中はドイツに占領されたが、大戦末期の1918年7月、アメリカ軍がソアソン近郊に展開してドイツ軍と激しい白兵戦を展開した。同月20日前後には、アメリカ軍がソアソン市街地の奪取に成功した[4]

脚注

注釈
  1. ^ こうした中世の紛争は叙事詩ニーベルンゲンの歌」にも描かれている。
出典
  1. ^ Lexikon des Mittelalters. Bd. VII. München: LexMA 1995 (ISBN 3-7608-8907-7), Sp. 2025 (Beitrag zu „Soissons“).
  2. ^ Lexikon des Mittelalters. Bd. VII. München: LexMA 1995 (ISBN 3-7608-8907-7), Sp. 2026 (Beitrag zu „Soissons“).
  3. ^ Wolfram von Eschenbach, Parzival. Nach der Ausgabe Karl Lachmanns revidiert und kommentiert von Eberhard Nellmann. Übertragen von Dieter Kühn. Frankfurt am Main: Deutscher Klassiker Verlag 1994 (ISBN 3-618-66083-9), Bd.II. Kommentare zu 261,26 “Sessûn”und “plate”, S.597. - ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ『パルチヴァール』(加倉井粛之、伊東泰治、馬場勝弥、小栗友一 訳) 郁文堂 1974年 ISBN 4-261-07118-5、改訂第5刷 1998年、137頁上、261詩節では「セスズーン」と表記。
  4. ^ 「米軍強力、ソアソン奪回」『東京日日新聞』1918年(大正7年)7月23日(大正ニュース事典編纂委員会『大正ニュース事典第3巻(大正6年-大正7年)』本編p.399 毎日コミュニケーションズ刊 1987年)

外部リンク



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