SIZO-2とは? わかりやすく解説

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SIZO-2

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/20 11:03 UTC 版)

SIZO-2
所在地 ロストフ州タガンログレニナ通り175
座標 北緯47度13分45秒 東経38度54分24秒 / 北緯47.2291度 東経38.9066度 / 47.2291; 38.9066
現況 運用中
許容人数 不明
開設 1808年
管理運営 ロシア連邦刑執行庁
所長 アレクサンドル・シュトダ
ロシア
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SIZO-2(シーゾ ドヴァ、: СИЗО-2[注釈 1]、正式名称:ФКУ СИЗО-2 ГУФСИН России по Ростовской области[注釈 2])は、ロシア連邦ロストフ州タガンログにある拘留施設1808年に青少年拘置所として建てられ、2022年に主にウクライナ侵攻で拘束したウクライナ人の捕虜、民間人を抑留拷問する施設として改築された。

SIZO-2では拷問と飢餓が常態化しており、ロシアで最も過激な刑務所であることが複数の報道機関の調査によって指摘されている。

施設の独房は過密状態で厳重な監視が行われており、囚人が外部と接触することは一切許されない。SIZO-2には他に専用の拷問室が置かれており、囚人はそこで尋問を受け、虚偽の自白書への署名を強要される。弁護士は施設内部に入ることができないため、多くの囚人は法的な支援を受けることができずにいる。

複数の囚人がSIZO-2内で死亡しており、ウクライナの記者ビクトリア・ロシチナはこの施設に拘留された後、行方不明となり死亡している。

施設概要

タガンログは南西ロシアに位置する都市で、ロシアとウクライナの国境から約40km離れた場所にある[1][2][3]。SIZO-2は、そのタガンログのレニナ通り175番地に存在し、施設は四方を壁で囲まれて、3つの監視塔を有している。柵の上部には有刺鉄線が張り巡らされ、金属製の門が設置されている[2][3]

もともとこの施設は1808年に青少年拘置所として建てられたもので、子供を連れた母親をともに収容するようなものであった[3][4][5]。しかし、2022年のロシアによるウクライナへの侵攻後、他の最低でも29箇所の拘置所と同様に、ウクライナ人を収監し、拷問する施設としての改築がなされた[1][6]マリウポリが2022年6月にロシア軍によって制圧された後(マリウポリの戦い)、都市防衛に携わった複数名がはじめてSIZO-2に移送された。これには先の戦いでロシア軍に降伏したアゾフ連隊の隊員も含まれる[6][7] 。後に撮影された衛星写真では、同2022年のにSIZO-2が改修され屋根が鋼鉄のものに置き換わったことが確認されている[6]

現在のSIZO-2の収容人数は不明である。2022年以前での最大収容人数は400人であったが、複数メディアによる共同調査プロジェクトである「ビクトリア・プロジェクト」は、衛星写真と食料の発注数から収容人数を推論し、実際の収容人数はそれを大幅に上回るものと結論づけた[5][6]

独房は3×5mの大きさで、3~5人の囚人が一緒に収監される[1] 。房内の照明が消されることはなく、各独房には二段ベッドか通常のベッド、机、そしてウラジーミル・プーチンの肖像画が備え付けられている[3][6][8]。独房のドアには覗き穴があり、中の囚人は時に看守の視界から離れることを禁止される[1][9]。 また受刑者は日中座ったり横になったりすることを禁じられ、ドアの覗き穴および房内に設置された監視カメラを通じて監視される[4][8]。またSIZO-2には尋問専用の部屋があり、そこには拷問器具が置かれている[1][9]

全ての収監者は朝6時に起床し、各々の独房の清掃を指示される。7時または7時半に朝確認が行われ、その後に朝食の時間となる。尋問は8時から始められる[4][8]。受刑者の中には、週に一度、運動として施設の庭まで走り、戻ってくることを義務付けられている者もいる[4]

囚人

SIZO-2の収監者の多くは民間人であり、正式な起訴無しに拘束・拉致された者がその大半である。収監者は外部との接触を一切禁じられ、親族がインターネットを通じて手配した食料であってもその受取を許可されない[1][4][10]。家族には収監者の逮捕事実が伝えられることもあるが、具体的な収容施設の名称は明かされず、どこに収監されているかを知るには、同じ独房を共有していた元収監者からの証言に頼るしかない[6]

人権活動家であるウラジーミル・ツバンコフは、SIZO-2やそれと同種の施設への拘留の法的根拠が欠如していることについて、「スターリンの時代でさえ刑事告発が必ず存在した。」と述べた[6]。また国連人権高等弁務官事務所のクリス・ヤノフスキ報道官によれば、捕虜を通常の刑務所に収容することは国際人道法違反にあたるとされる[2]

メディアゾナによると、SIZO-2は2022年6月から新規の見学者を受け入れていない。これはちょうど、SIZO-2に最初のウクライナ人の収監が始まった時期に当たる[4]。メディアによる共同調査プロジェクトであるビクトリアプロジェクトによれば、大半の弁護士は施設へ入ることができず、入場を試みようとすると弁護するはずの収監者によって署名された入場拒否通知を提示される[4][6]。また、実際にSIZO-2内部への立ち入りを許された一部の人々は、自身への危険や囚人の置かれた状況を目撃したことから極度の苦痛を感じたと供述している[4][6]。収監者の1人、グリゴリー・シンチェンコが自身の法廷審問の際に、ビデオ通話を介して自分がどこに拘束されているか知らないこと、看守から毎日暴行を受けていることを訴えたところ、通信が即座に切断された[7]

2024年、ロシアの人権派NGOであるメモリアル・ヒューマン・ライツ・ディフェンス・センター英語版(MHRDC)は、SIZO-2にはウクライナ人以外にチェチェンダゲスタン出身の人々も収容されていることを報告した[7][9][10]

ジャーナリストビクトリア・ロシチナは、2023年にSIZO-2に収監された後、激しい拷問の末2024年に死亡した[1]。ロシチナの遺体がウクライナに返還された際、遺体からは眼球などが摘出されており、死因の証拠隠滅を図った可能性が指摘されている[1][9]

SIZO-2での拷問

SIZO-2において、ウクライナ人の収監者は頻繁に拷問を受ける。国連拷問問題特別報告者英語版アリス・エドワーズ英語版によると、ロシアの戦争中の拷問行為は組織的であり政府高官によって容認されているという。エドワーズは、実際に脅迫強姦、性的暴行に加え、模擬処刑英語版、あらゆる種類の殴打、性器を含む身体各部への電気ショックウォーターボーディング水責めの一種)が拷問として存在していると指摘する[1][3][6]

SIZO-2の元受刑者は、SIZO-2をロシアで最も過激な刑務所であると表現する。彼らの証言によると、施設では日常的に暴行が行われており、元受刑者のうち全員が拷問を受けたことがあるという[1][6][7]。SIZO-2についての調査を行ったビクトリア・プロジェクトによれば、2022年春にロシア連邦刑執行庁(FSIN)の職員は受刑者への暴力行為を奨励されていたという[6]。人権活動家のオレグ・オルロフ英語版は、反体制派の強制失踪は以前から行われてきたものの、タガンログでの拷問の規模はロシア基準でさえかなり極端であると述べた[6]

新たに収監された囚人は到着直後に殴打され、これは「プリョムカ(приёмка)[注釈 3]」と呼ばれる[1][2][4][6]フェイスマスクを被った看守は暴言や身体的な虐待を行い、1日2回の点呼時には受刑者を廊下で壁に向かって両足を広げて立たせ、背後から殴打やテーザー銃による電気ショック、首絞めを行う[1][5]。一方、尋問中の拷問はロシア連邦保安庁とFSIN特殊部隊の覆面工作員によって行われる[2][6][11]。工作員による尋問後、受刑者は虚偽の自白調書に署名させられ、これは裁判での不利証拠として利用される[2][3][6]。上述のように、全ての看守は素顔を明かさず行動し、また個人名ではなくコールサインを使用する[6]。看守は地方出身者から選ばれるが、FSINの工作員はロシア国内の他都市・他地域から派遣され数週間ごとに交代する[5][8]

ウクライナを象徴する刺青を入れている、ウクライナ語を使う等、ウクライナへの愛国心を示したと見做された囚人や、刑務官への抵抗を試みた者は、逆さ吊りのまま殴られる、浴槽へ沈められるといった、より過酷な拷問を受ける[1][2][4][6]。これの他に、身体の拘束、電気ショック(プーチンへの電話英語版[注釈 4]電気椅子)、身体負荷の大きい姿勢の強制、強姦といった身体的拷問や、強姦脅迫、裸体の強制といった精神的拷問も存在する[1][4][6]。またイスラム教徒の囚人は、礼拝やイスラム教に関連する用語の使用が禁じられる[7][10]。拷問中に受刑者が失神した場合は、看守が嗅ぎ塩で意識を回復させ拷問を再開する[4]。SIZO-2にいた元受刑者の1人は、拷問中の他の囚人の悲鳴を聞くことが収監中で最も悪質な体験の1つだったと述べている[3]

また元収監者によれば、SIZO-2の囚人は笑うことを禁じられ、ロシアの愛国歌や国歌を暗唱させられたという[1][6][8][11]。囚人はほとんど飢餓に近い状態で収監され、食事は1日1度、水っぽいスープやパスタが数匙分が与えられる程度で、カビが生えていたりゴキブリが浮いていたりすることもある[1][2][4][6][7]。水を飲むことも頻繁に制限されるか、まったく与えられないことがあり、それに加えて水道の水も緑色によどみ悪臭を放っている[9][11]。このような環境のため、収監者はSIZO-2にいる間に著しく体重を減らす[3][6]。また医療処置は基本一切行われず、受刑者が重篤な状態に陥った場合のみ常駐の救急救命士救急車を手配する。しかし医者の到着には数時間、場合によっては1日以上かかることもあり、少なくとも15名の捕虜がSIZO-2で死亡している[2][6]。これは拷問による死亡例(特に「プリョムカ(приёмка)」による死亡)もあれば、自殺した者もいる[1][2][3]

2025年初めの時点では、SIZO-2施設内の環境が改善されたとする報告もある[4][6]。その報告によれば、SIZO-2は現在は他施設に収容されている捕虜や拘禁者を脅す目的で主に使用されているという[4]

組織

所長[6]

  • ?年~2022年:ゲンナジー・ボドナー
  • 2022年以降:アレクサンドル・シュトダ中佐[4]

2025年にジャーナリストから取材を受けた際は、所長のシュトダを含むSIZO-2の現職・元職員の殆どが取材に応じなかったか、施設における勤務を否定した[6]。他2名は取材に応じ、SIZO-2で働いていることを認めたものの、受刑者の環境が劣悪であることは否定した[6][9]

脚注

注釈

  1. ^ Следственный изолятор(拘置所の意。)
  2. ^ 直訳:ロシア連邦刑執行庁 ロストフ州支局 連邦政府機関 予審拘置所第2号
  3. ^ レセプション、歓迎会の意。
  4. ^ 耳たぶ、性器に電気ショックをあたえる拷問方法。ロシアの警察で用いられるスラングである。

出典

参考文献

座標: 北緯47度13分45秒 東経38度54分24秒 / 北緯47.2291度 東経38.9066度 / 47.2291; 38.9066




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