ジュニア【junior】
読み方:じゅにあ
1 年少者。また、下級生。「—版の名作集」「—クラス」⇔シニア。
ジェー‐アール【JR】
JR
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/23 09:30 UTC 版)
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| 創立 | 1987年 |
|---|---|
| 国籍 | |
| 中核企業 | |
| 主要業務 | 鉄道事業 |
| 標章 | JRマーク |
| 前身 | 日本国有鉄道(国鉄) |
JR(ジェイアール、Japan Railways)は、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化により1987年に発足した鉄道事業者の統一的総称。6つの旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社などから構成される。全体としてJRグループ(JR-GROUP)とも呼ばれる。
国鉄の英文字略称が「JNR (Japanese National Railways)」であったことから、「国有」を表すNを除いて「JR」とした、と説明されることもあるが、実際には「NR」(Nは日本=Nihon、Nipponの頭文字)などの案も検討されていた[1][注釈 1]。
JRグループ
JRグループには、6つの旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社、鉄道の研究機関(公益財団法人)やコンピュータシステムを担当する会社があり、旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(JR会社法)を設立根拠とする会社と、対象外の会社が混在している。そのうち旅客鉄道事業を担当する会社は、それぞれJRバスやJRホテルグループに属する会社のほか、駅ビルや飲食店などを運営する各種子会社・関連会社を傘下に収めている[注釈 2]。また、貨物鉄道事業を担当するJR貨物に関しても、臨海鉄道会社や物流会社などを傘下に収めている。また、幅広い鉄道網を抱えて、地域や日本の移動の足となっている。
| 事業領域 | 法人名 | 種別 | 通称 | コーポレートカラー | 本社 | 主な事業区域 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 旅客鉄道 | 北海道旅客鉄道 | 株式会社 | JR北海道 | 北海道札幌市 | 北海道、および青森県津軽地方の一部[注釈 3] | |
| 東日本旅客鉄道 | JR東日本 | 東京都渋谷区 | 東北・関東・甲信越、および静岡県東部の一部 | |||
| 東海旅客鉄道 | JR東海 | 愛知県名古屋市 東京都港区 |
東京都から京都府を経由し大阪府までを結ぶ東海道新幹線とリニア中央新幹線、および東海[注釈 4]・長野県南部・山梨県南部・神奈川県西部 | |||
| 西日本旅客鉄道 | JR西日本 | 大阪府大阪市 | 北信越[注釈 5]・三重県伊賀地区・関西・中国・福岡県[注釈 6] | |||
| 四国旅客鉄道 | JR四国 | 香川県高松市 | 四国 | |||
| 九州旅客鉄道 | JR九州 | 福岡県福岡市 | 九州 | |||
| 貨物鉄道 | 日本貨物鉄道 | JR貨物 | 東京都港区 | 日本全域 | ||
| 情報処理 | 鉄道情報システム | JRシステム | 東京都渋谷区 | |||
| 研究機関 | 鉄道総合技術研究所 | 公益財団法人 | 鉄道総研 JR総研 |
東京都国分寺市 |
| 事業領域 | 法人名 | 種別 | 通称 | コーポレートカラー | 本社 | 主な事業区域 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 鉄道電話 | 鉄道通信 → 日本テレコム |
株式会社 | JR通信 | 東京都港区 | 日本全域 | 2001年、JRグループとの資本関係解消。 2015年にソフトバンクモバイル(現:ソフトバンク、元は日本テレコム子会社のジェイフォン)に吸収合併された、ソフトバンクテレコムの前身(→ソフトバンクテレコム#歴史)。 |
各事業者・法人の総称としてはJRグループとも呼ばれるが、このグループは概ね以下の3種に分類される独自の資本体制に依拠した法人の総称で(次項「#民営化から現在までの状況」も参照)、なおかつ資本体制に関わらず経営はそれぞれ独立しており、グループを代表して各社を統括する持株会社および統括会社は存在しない[注釈 9]が、上場完全民営化までは鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT、分割民営化当初は、日本国有鉄道清算事業団)が株式の保有を行っている。
発足当初は会社相互間の株式持ち合い関係も存在しなかったが、後に純粋民間会社となった4社の間では株式の持ち合いが行われている。保有割合はおおむね1%未満だが、JR九州に対しての他3社からの出資は2020年以降1%を超えている[2][3]。
このような分散的なグループ体制に起因して、営業施策や経営戦略等において各社の独自性が極めて強いのが特徴であるが、一方で旧国鉄から引き継いだ鉄道ネットワークの一体性にも利用客への利便性という観点からある程度配慮されている。2社以上のJR営業エリアにまたがる列車の相互乗り入れ、運賃・乗車券制度の事実上の共通化、観光振興(国鉄時代から続くデスティネーションキャンペーン)、震災のような大規模災害時の復旧要員派遣[4]といった様々な分野で、広域的な連携・協調・協力体制も構築している。
JRの駅などに掲示されるデスティネーションキャンペーンや青春18きっぷのポスター、そして交通新聞社発行の『JR時刻表』には、「JR-GROUP」のロゴが使用されている[注釈 10]。ただし、この場合のJRグループは旅客鉄道各社を意味し、貨物・総研・システムは含まれない[要出典]。ただし、2017年12月に実施された国鉄民営化30周年記念ツアーの企画には、寝台特急「カシオペア」を牽引する機関車を提供する形でJR貨物も参加している[5][6]。
JR東日本・東海・西日本・九州が、鉄道ノウハウ(とりわけ高速鉄道)の国際進出を目的に一般社団法人国際高速鉄道協会(IHRA)を2014年(平成26年)4月1日に東京都港区に設立した。こちらは出資したJR大手4社の他、JR総研、さらにJR方式の高速鉄道を採用した台湾高速鉄路公司なども会員としている(のちにJR北海道も加盟し、四国を除くすべての旅客会社が参加している)。
JR系の社員の健康保険組合は、概ね「JRグループ健康保険組合」の加入となる。
JRグループ各社傘下の吹奏楽団が加盟する「JRグループ音楽連盟」は、JR北海道音楽クラブ(休部中)、JR東日本吹奏楽連盟(JR東日本東北吹奏楽団・JR東日本東京吹奏楽団)、JR東海音楽クラブ、JR西日本バンド連盟、JR四国吹奏楽部、JR九州吹奏楽団が会員。2016年11月から定期演奏会を開始した。各楽団は国鉄時代からの各管理局ごとの吹奏楽団が前身。
JRグループ7社のうち、JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本の4社はACジャパン(旧:公共広告機構)の正会員企業である[7]。
民営化から現在までの状況
JRグループ各社は、日本国有鉄道改革法(昭和61年法律第88号)(第6条第2項(旅客会社)、第8条第2項(貨物会社))の規定により、1987年4月1日に発足した。運営等については、旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(JR会社法)に定められた。「JR」という呼称は、同年2月20日に決められたものである。
JR発足当初は、国鉄から移行した日本国有鉄道清算事業団(JNRSC)が全株式を保有する特殊会社であった。なお、同事業団解散に伴い1998年10月22日以降日本鉄道建設公団(JRCC)国鉄清算事業本部、2003年10月1日以降独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が株式を継承した。
2001年6月27日にJR会社法が改正され、本州の旅客3社(JR東日本、JR東海、JR西日本)が同法の対象から外され、純粋民間会社(非特殊会社)化が実現した。それに伴い、一部経営に関する部分の認可制から解放され、いわゆる「普通の会社」になったが、その一方で、国鉄改革趣旨に則った事業運営が行われるよう「本州3社が配慮すべき指針」の公表、事業経営への指導及び助言、勧告及び命令を国土交通大臣が行うことができる旨が、改正附則に明記された。
その後、本州3社の株式については順次民間への売却が行われ、2002年6月にはJR東日本、2004年3月にはJR西日本、2006年4月にはJR東海の全株式の売却が完了し、上場している本州3社は名実ともに「完全民営化」が実現した。
一方、いわゆる三島(さんとう)会社と呼ばれる本州以外の旅客3社(JR北海道、JR四国、JR九州)およびJR貨物はJRTTが全株式を保有する特殊会社であり、また、もともと採算の厳しい路線が多く、経営努力だけでは限界があることが当初より想定されていたため、固定資産税の減免および三島会社に関しては経営安定基金の運用(主にJRTTへの高金利による貸付であり、実質的な補助金)により損失補填しているが、バブル崩壊以後は低金利状態の基金運用が続いている等経営環境は厳しい状況にあった。
2015年6月10日にJR会社法が改正され、2016年4月1日よりJR九州が同法の適用から除外された。これにより同社は法令上は特殊会社から民間会社に移行した。同社の株式は2016年10月25日に東京証券取引所に上場[8]、JRTTが保有していた同社の株式は全て売却された。これにより、同社は経営が厳しいと見られていた三島会社からは初めて「完全民営化」を果たすこととなった[9]。なお、同社の経営安定基金の取り扱いについては、借入金の返済や新幹線設備使用料の一括前払いなどに充てられ、国庫に返納せずに全て取り崩された[10]。固定資産税の軽減措置は改正JR会社法の施行から3年後の2019年度に廃止された。
なお、2016年時点でその他3社(北海道、四国、貨物)については依然として厳しい経営状況が続いており、上場や民間への株式売却の目途は立っていない。
社名表記について
「鉄」の字について、ロゴ文字に限り「鉃」(金偏に矢)という字を採用した[11][注釈 11]。JR四国を除き、JRグループでは各社とも社名ロゴに「鉃」(金偏に矢、本来は「鏃(やじり)」の意)を使用している[注釈 12]。これは「金を失う」に繋がる「鉄」の字を避けるためのゲン担ぎであり、背景にはJRは国鉄の赤字が原因で発足したという経緯がある[12]。かつては、近畿日本鉄道等にも同様の例があった。
JRグループにおける各社の略称は、分割民営化前の国鉄時代に原案が作られており、それらをもとに決定され、1987年2月20日に発表された。1987年4月1日の新体制の発足に際し、呼称としての「JRグループ」・「JR○○」を前面に押し出した結果、「JR」の定着はスムーズに進んだ[注釈 13]。
コーポレートカラー
JRグループにおける各社のコーポレートカラーは、分割民営化前の国鉄時代に原案が作られており、それらを元に決定され、1987年(昭和62年)2月20日に発表された。ロゴを含むCIデザインは日本デザインセンターが手がけている(後節も参照)。
- 北海道旅客鉄道 - ライトグリーン。真白な雪の大地から一斉に芽生え、やがて野山を彩る柔らかな色。新会社のさわやかで伸びやかなイメージを表現[13]。
- 東日本旅客鉄道 - グリーン。東北・信越・関東の豊かな緑色で、力強く発展していく新会社の未来を象徴させる。また、東北・上越新幹線のカラー(緑14号)でもある[13]。
- 東海旅客鉄道 - オレンジ。かぎりなく広がる東海の海と空の彼方を染める夜明けの色。新鮮で潑剌としたオレンジのように、フレッシュな新会社を表す。また、この地域を走る湘南色の電車にあやかっている[13]。
- 西日本旅客鉄道 - ブルー。日本の文化と歴史に彩られた地域に相応しい色とされ、地域に密着した会社を表している。また、豊かな海と湖を象徴するカラーでもある[13]。
- 四国旅客鉄道 - ライトブルー。太平洋の青さより、さらに鮮やかなブルーであり、「青い国・四国」で知られる澄みきった空のブルーとして、新会社のフレッシュさを表現[13]。
- 九州旅客鉄道 - レッド。南の明るい太陽の国には、燃える熱意の色「赤」が相応しいとされた。全力で明るくスタートダッシュを切る新会社の意欲的な姿勢を表現している[13]。
- 日本貨物鉄道 - コンテナブルー。新会社のフレッシュさと信頼感を演出するカラー。国鉄末期にはC35形コンテナから始まる、2万個もの新造コンテナがイメージの一新を目指して、塗装を従来のコンテナグリーン(黄緑6号)からコンテナブルー(青22号)に変更して登場していた[13]。民営化後に設計された19A形コンテナは当初JRFレッドと黒で登場し、その後、後継形式を含めJRFレッド一色となっている。
- 鉄道情報システム - エンジ。[14][出典無効]
- 鉄道総合技術研究所 - 薄紫。[14][出典無効]
- JRグループ - 無彩色。グループ各社としての汎用性を考え、黒、グレー、白、3つの無彩色とされ、金・銀も可としている[13]
ロゴ(JRマーク)
JRマークなどのロゴデザインは、1964年東京オリンピックポスター、トヨタロゴ、アサヒビールロゴ等を考案した日本デザインセンターが製作した[13]。
JRマークは、鉄道車両は両方向に進行することが可能であるため、ロゴが描かれた車両がどちらに動いても違和感のないように作られている。高速走行時の視認性も考慮され、どこまでも繋がっているレールのように太くて横に広がるシンプルな一筆書きの形状には、スピード感も込められている。また、新会社の安定感を作り出すために「R」の斜めの支えを加えることで、大地に根を張るイメージが付与されている[13]。
JRマークはわずかな例外を除き、各社の鉄道車両に掲出されている。電車や気動車については制御車の側面・まれに前面部分、機関車の側面、客車では緩急車の側面などにこのマークがある。民営化当初、各社は車体の色合いに合わせて、白色、黒色または灰色といった無彩色のJRマークを掲出していたが、JR九州だけは一貫してコーポレートカラーである赤色のJRマークを掲出しており、ED76・EF81など、車体が赤色である交流用および交流直流両用電気機関車については、赤地に白い縁取りを加えたJRマークを使用した。また、JR東海でも1988年以降、クロ381形10番台の落成を皮切りに特急形車両を中心にコーポレートカラーであるオレンジ色のJRマークを掲出するようになった。その後、現在に至るまでに様々な色のJRマークが車両に掲出されている。
なお、JRマークは「ジェイアアル」という呼称で1999年12月3日に商標登録が完了している[15]。各社毎にロゴが商標登録されており、各JR旅客各社のロゴは、全旅客各社が共同で権利を申請し、所有している模様。
また、JR貨物では、JRマークの下に「FREIGHT」の文字を加えたロゴや、1990年代後半以降は独自の「JRF」マークを制定している[注釈 14]。所有するコンテナや機関車に使用しており、こちらも商標登録されている。
このほか1998年まで存在した日本国有鉄道清算事業団(JNRSC)では、1988年2月4日に事業団の識別用マークを制定しており[16]、JRマークを元に改変した「JNR」のマークがデザインに含まれていた。
製作の経緯
1986年11月28日に参議院本会議で国鉄改革関連8法が可決成立したことに伴い、新会社のマークと社名ロゴにコーポレートカラーなど、新会社が必要とするデザイン課題が国鉄プロジェクトチームと電通との間で話し合われていた。その製作に相応しいクリエイターということで、日本デザインセンターにデザイン製作依頼が舞い込み、チーフディレクターの梶祐輔を中心としたプロジェクトチームが立ち上げられた[13]。
マークのデザイン案は「JRグループ(Japan Railway Company)」または「NRグループ(Nippon Railway Company)」で、それ以外にも幅の広いデザイン案が求められた。各デザイナーによって起こされたデザインは100案以上を超え、「JR」「NR」を模ったもの、レールの頭文字「R」をデザインしたもの、6つの旅客会社のレールをデザインしたもの、レールを鳥がはばたくイメージで表現したものなど多様なアプローチが提案されたが、1987年1月14日には3案に絞られた。国鉄総裁の杉浦喬也はその3案を自宅に持ち帰って3日間考え抜いた末、新会社グループのJRを最もシンプルにデザインしたものに決定し、最終的には永井一正の監修を受けて完成した。デザインが決定してから民営化までは2か月半しかなく、7社の社名ロゴおよび各社カラー・アプリケーションの開発・マニュアル制作・記者発表用キット・各社の切符など膨大な制作物をこの期間で仕上げることが求められた[13]。
国鉄では、民営化初日の4月1日に特急の一部と山手線だけにでもJRマークを付けた車輌を走らせたいと考えていた。日本デザインセンターは、民営化の初日から全国の列車の機関車と運転台付きの車両にマーク展開することを提案。全国で約1万輛に及ぶ多彩な型式の車両ごとにデザインを起こし、3月31日の最終列車から翌4月1日始発までの間に職員の手でJRマークを貼付するという計画だった。そのために誰にでも短時間で作業できるよう工夫した「JRマーク車両貼付け指示書」が制作された。この指示書は110ページに及ぶものだったが、時間が切迫していたため、図面の指示は山本洋司による手書きだった[13]。
脚注
注釈
- ^ 一方で、JR東日本傘下にあった日本レストランエンタプライズ(現:JR東日本クロスステーション)の略称は「NRE(Nippon Restaurant Enterprise)」となっていた。
- ^ 一例を挙げると、羽田空港輸送を担う東京モノレールもJR東日本グループの一員である。
- ^ 1987年4月1日から1988年3月13日までは青函連絡船の青森桟橋、1988年3月13日からは海峡線の中小国駅 - 竜飛定点間、2016年3月26日からは北海道新幹線の新青森駅 - 新中小国信号場間(新中小国信号場以北は海峡線と共用)が該当。
- ^ 岐阜県・愛知県・三重県(伊賀地区を除く)・静岡県(東部の一部を除く)が該当。
- ^ 北陸(富山県・石川県・福井県・新潟県西部)と長野県北西部が該当。
- ^ 山陽新幹線の小倉駅と博多駅および博多南線の博多南駅が該当。
- ^ 国鉄時代の名称から青22号ともいう。
- ^ 当初は灰色の「JR」ロゴを使用していた。日本テレコム→ソフトバンクの商標登録第3126644号だったが、2016年3月29日で権利が消滅した。
- ^ 日本で持株会社の設立が可能となったのはJR発足から10年後の1997年である。類似事例として、2005年に日本道路公団(JH)より民営化されて発足した高速道路会社主要3社を含むNEXCO各社間でも同じくグループ全体を統括する会社は存在していない。一方、NTTグループを統括する日本電信電話(NTT)は1999年の再編成において持株会社の形式を採用した。
- ^ コーポレートカラーは黒色。
- ^ 会社登記上の文字は、いずれも「鉄」である。
- ^ 発足当初はJR四国も他のJR各社同様に金偏に矢の「鉃」を使用していた。
- ^ なお、発足当初は「○○線」「○○鉄道」「○○会社線」の呼称も存在した。
- ^ ただしJR FREIGHTのロゴやJRFマークは近年撤去が進んでいる。
出典
- ^ 「時刻表」はこうしてつくられるP.125 交通新聞社新書 ISBN 978-4-330-37713-1、2013年
- ^ “JR東・東海、トヨタ株 125億円分取得 交通問題の協業視野”. 日刊工業新聞. (2016年6月28日)
- ^ “JR上場4社、株式持ち合い拡大 九州への出資、3社1%超”. 日刊工業新聞. (2020年6月25日)
- ^ インフラ復旧 危機対応の物語(5)東日本旅客鉄道〔JR東日本〕過去の震災活かした鉄道員の一体感WEDGE REPORT(2011年5月20日)
- ^ JR発足30周年記念「JR7社共同企画 スペシャルツアー」の発売についてJR貨物プレスリリース(2017年10月17日)
- ^ “JRグループ、JR発足30周年記念「JR7社共同企画 スペシャルツアー」を発売”. 日本経済新聞. (2017年10月17日). オリジナルの2019年3月11日時点におけるアーカイブ。 2019年3月11日閲覧。
- ^ “正会員リスト”. 会員一覧. ACジャパン. 2025年1月8日閲覧。
- ^ 『九州旅客鉄道株式会社株式の売出しの実施について』(PDF)(プレスリリース)鉄道・運輸機構、2016年9月15日。2016年9月15日閲覧。
- ^ “JR九州が完全民営化へ 「三島会社」で初、改正法成立”. 産経新聞. (2015年6月3日). オリジナルの2015年6月3日時点におけるアーカイブ。 2015年6月3日閲覧。
- ^ “JR九州の17年3月期、経常利益535億円 最高益で上場へ”. 日本経済新聞. (2016年5月27日). オリジナルの2016年5月20日時点におけるアーカイブ。 2016年5月20日閲覧。
- ^ “?”. 朝日新聞(夕刊). (1987年1月21日)
- ^ 参考リンク
- ^ a b c d e f g h i j k l m “87 JRグループ CIデザイン”. 株式会社日本デザインセンター. 2011年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年5月6日閲覧。
- ^ a b [1]
- ^ 登録第4323175号 - 特許情報プラットフォーム
- ^ 『国鉄清算事業団史 〜11年半のあゆみ〜』日本国有鉄道清算事業団、1998年10月21日、33頁。
関連項目
- 国鉄分割民営化
- JRTT
- JR線
- JRダイヤ改正
- 国鉄・JR線路名称一覧
- JRバス
- JRカード
- 二谷英明・白川由美
- ソフトバンクテレコム - JRが資本関係を持っていた鉄道通信および日本テレコムを主たる系譜とする企業。
- 遠くへ行きたい (テレビ番組) - 読売テレビが制作し、日本テレビ系列で放送されている紀行番組。国鉄時代からスポンサーとなっており、2022年3月までJRグループがスポンサーだった。
- 産経児童出版文化賞 - JR貨物を含むJR7社が協賛している。
外部リンク
マッドリブ
(JR から転送)
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| マッドリブ Madlib |
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|---|---|
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マッドリブ(2014年)
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| 基本情報 | |
| 出生名 | オーティス・ジャクソン・ジュニア |
| 生誕 | 1973年10月24日(52歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ウエスト・コースト・ヒップホップ、フュージョン、ファンク、電子音楽、ジャズ、サイケデリア |
| 職業 | 音楽プロデューサー、ラッパー、ソングライター、DJ |
| 担当楽器 | ターンテーブル、サンプラー、ボーカル、ドラム、キーボード、シンセサイザー、ベース、ヴィブラフォン、パーカッション、ギター、フルート、サクソフォーン |
| 活動期間 | 1993年 - |
| 公式サイト | www |
マッドリブ(Madlib、本名Otis Jackson, Jr.、1973年10月24日 - )は、アメリカのミュージシャン、音楽プロデューサー。カリフォルニア州オークランド生まれ。アメリカのアンダーグラウンドヒップホップ界で著名なプロデューサー(トラックメーカー)である。
生い立ち
マッドリブはオークランドで生まれてすぐ、同じカリフォルニア州のオックスナードに移住した[1]。家族全員がミュージシャンであったという[2]。
音楽活動
マッドリブ(Madlib)として初めて仕事をしたのは1993年(20歳のとき)、ロサンゼルスにおいてザ・アルカホリクス(The Alkaholiks)の『21 & Over』という作品中の曲をプロデュースしたときのことであった。プロデューサーとして有名になり始めたのは、ロサンゼルスを拠点に活動するヒップホップのインディーレーベル「ストーンズ・スロウ・レコーズ(Stones Throw Records)」との契約後の1999年、ルートパック(Lootpack)の『Soundpieces: Da Antidote』をプロデュースしてからのことであった[3]。
翌2000年、同じく「ストーンズ・スロウ・レコーズ」からカジモト(Quasimoto)という名義でリリースした『The Unseen』は、異彩を放った作品であった。ヘリウムガスで変調をかけられたラップは、強烈な個性を際立たせることに成功し、定型のフォームからは逸脱したものであった[4]。
以来マッドリブ(Madlib)をはじめ、カジモト(Quasimoto)、イエスタデイズ・ニュー・クインテット(Yesterdays New Quintet)、DJレルズ(DJ Rels)、ヤング・ジャズ・レベルズ(Young Jazz Rebels)等、プロジェクトごとに名称を使い分けている。「ジャズの若き反逆者たち(Young Jazz Rebels)」というグループ名が物語っているように、ジャズもまたテーマのひとつとして設定されている[5]。
2003年、マッドリブは「ブルーノート・レコード」から全音源を預けられ、新たな視点からブルーノートを構築し直すことを試みた。それが『ブルーノート帝国への侵略(Shades Of Blue)』という作品である[6]。マッドリブは、膨大な音源から主にアンドリュー・ヒル、ボビー・ハッチャーソン、ホレス・シルヴァー、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ジーン・ハリス、ドナルド・バード、ロニー・フォスター、ルーベン・ウィルソン、ボビー・ハンフリー等、新旧ミュージシャンの音源を抽出し、場合によっては生演奏を全面的に重ねることによってまったく新しいヴァージョンへと転化させ、また時にはオリジナル音源を抽出し、それらを組み合わせることで新たなブルーノート・サウンドを再構築している[7]。
同2003年、マッドリブは、ふたつの共同プロジェクトを発表した。ひとつめ、J・ディラとの共同プロジェクトにおいて彼らはジェイリブ(Jaylib)と名乗って『Champion Sound』というアルバムを制作した[8]。ふたつめ、ラッパーのMFドゥーム(MF Doom)との共同プロジェクトにおいて彼らはマッドヴィリアン(Madvillain)と名乗った。以降も断続的に共同プロジェクトを手掛けている[9]。
2010年、マッドリブは〈Madlib Medicine Show〉というシリーズのアルバム集を制作するために「Madlib Invazion」というレーベルを発足させた[10]。〈Madlib Medicine Show〉が完結した後も、同レーベルからアルバムが発行され続けている。
2025年1月に発生した南カリフォルニアの山火事によって自宅と数十年分の音楽、機材を失ったことを自身のInstagramで明かした[11]。
ディスコグラフィ
ソロ作品
- Quasimoto名義, The Unseen (Stones Throw), CD/LP(2000年)
- Madlib名義, Madlib Invazion (Stones Throw), EP(2000年)
- Madlib名義, Madlib Remixes (No Label), EP(2000年)
- Yesterdays New Quintet名義, Angles Without Edges (Stones Throw), CD/LP(2001年)
- Madlib名義, ブルーノート帝国への侵略 - Shades Of Blue (Blue Note), CD/LP(2003年)
- Yesterdays New Quintet名義, Stevie (Stones Throw), CD/LP(2004年)
- Monk Hughes名義, A Tribute to Brother Weldon (Stones Throw), CD/LP(2004年)
- DJ Rels名義, Theme For A Broken Soul (Stones Throw), CD/LP(2004年)
- Quasimoto名義, The Further Adventures of Lord Quas (Stones Throw), CD/LP(2005年)
- Sound Directions名義, The Funky Side of Life (Stones Throw), CD/LP(2005年)
- Yesterdays New Quintet名義, Yesterdays Universe (Stones Throw), CD/LP(2007年)
- Madlib名義, The Beat Konducta WLIB AM: King of the Wigflip (BBE), CD(2008年)
- The Last Electro-Acoustic Space Jazz & Percussion Ensemble名義, Miles Away (Stones Throw), CD/LP(2010年)
- Young Jazz Rebels名義, Slave Riot (Stones Throw), CD/LP(2010年)
- Yesterdays New QuintetのR.M.C.名義, Space & Time (Orochon), LP(2010年)(日本限定)
- Quasimoto名義, Yessir Whatever (Stones Throw), CD/LP(2013年)
- Madlib名義, Rock Konducta Part 1 & Part 2 (Madlib Invazion), 2CD/LP(2014年)
シリーズ
- Madlib名義, Beat Konducta Vol. 0: Earth Sounds (Stones Throw)(2001年)
- Madlib名義, Beat Konducta Vol. 1-2: Movie Scenes (Stones Throw)(2006年)
- Madlib名義, Beat Konducta Vol. 3-4: Beat Konducta in India (Stones Throw)(2007年)
- Madlib名義, Beat Konducta Vol. 5-6: A Tribute to... (Stones Throw)(2009年)
- Madlib名義, Madlib Medicine Show #3: Beat Konducta in Africa (Madlib Invazion)(2010年)
- MadlibとYesterdays New Quintetの両名義, Madlib Medicine Show #7: High Jazz (Madlib Invazion)(2010年)
- Madlib名義, Madlib Medicine Show #8: Advanced Jazz (Madlib Invazion)(2010年)
共作
- Lootpack名義(WildchildおよびDJ Romesとのグループ), Soundpieces: Da Antidote, CD/LP (Stones Throw)(1999年)
- Jaylib名義(J・ディラとの共作), Champion Sound, CD/LP (Stones Throw)(2003年)
- Madvillain名義(MF Doomとの共作), Madvillainy, CD/LP (Stones Throw)(2004年)
- タリブ・クウェリとの共作, Liberation, CD/LP (Blacksmith Music)(2007年)
- Jackson Conti名義(アジムスのIvan Contiとの共作), Sujinho, CD(Mochilla)/LP(Kindred Spirits)(2008年)
- Madvillain名義(MF Doomとの共作), Madvillainy 2: The Madlib Remix, CD/LP (Stones Throw)(2008年)
- Freddie Gibbsとの共作, Piñata, CD/LP (Madlib Invazion)(2014年)
- MEDおよびBluとの共作, Bad Neighbor, CD/LP (Bang Ya Head)(2015年)
その他プロデュース
- Dudley Perkins - A Lil' Light, CD/LP (2003年)
- Wildchild - Secondary Protocol, (6 songs) CD/LP (2003年)
- Oh No - The Disrupt, (5 Songs) CD/LP (2004年)
- MED - Push Comes To Shove, (11 Songs) CD/LP (2005年)
トリビア
- 日本通であり、世界中の町でどこが最も印象に残っているかと聞かれ 「なんと言っても京都の嵐山は神秘的だから好きだ」 と答えている。
- マクドナルドのドライブスルーのマイクに話すのも照れるほどの恥ずかしがり屋で、カジモトでラップする時にピッチをあげるのも自分の声が嫌いだからである。
脚注
- ^ “Madlib Biography”. www.musicianguide.com. 2020年10月29日閲覧。
- ^ “インタビュー”. サウンド&レコーディング・マガジン (リットーミュージック). (2004-11).
- ^ “Spin Magazine End Of Year Lists”. www.rocklistmusic.co.uk. 2020年10月29日閲覧。
- ^ 原雅明『音楽から解放されるために : 21世紀のサウンド・リサイクル』フィルムアート社、2009年、259頁。ISBN 4845909391。
- ^ 中山康樹『ジャズ・ヒップホップ・マイルス』NTT出版、2011年、252頁。 ISBN 4757170440。
- ^ “Music Review: Madlib - Shades of Blue” (英語). Tiny Mix Tapes. 2020年10月29日閲覧。
- ^ 中山康樹「鬼才マッドリブによるブルーノート再構築」『黒と白のジャズ史』平凡社、2011年、262頁。 ISBN 4582835511。
- ^ (英語) Champion Sound - Jaylib | Songs, Reviews, Credits | AllMusic 2020年10月29日閲覧。
- ^ “Mad Skills: Madlib In Scratch Magazine | Stones Throw Records” (英語). www.stonesthrow.com. 2020年10月29日閲覧。
- ^ “Madlib Medicine Show”. 2017年10月27日閲覧。
- ^ “ヒップホップ・プロデューサーのマッドリブ、ロサンゼルス山火事により「自宅と数十年分の音楽、機材」を失う”. amass. 2025年1月15日閲覧。
参考文献
- ジョーダン・ファーガソン『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』吉田雅史訳・解説、DU BOOKS、2018年8月。
外部リンク
- 公式ウェブサイト – オフィシャルサイト
- Stones Throw: Complete Madlib Discography
Jr.(ジュニア)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/08/10 01:47 UTC 版)
「旅だて!Jr.」の記事における「Jr.(ジュニア)」の解説
和樹から分離した身体の一部分。一見象の頭部のような姿形をしていて、本来は存在しない眼と口のような器官がある。
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「JR」の例文・使い方・用例・文例
- JR 東日本では新しい特急列車の愛称を募っております.
- JR のダイヤは 10 月に大幅改正の予定である.
- JRの1等の客車
- JRの長距離寝台特急列車
- グリーン周遊券という,JRの周遊割引乗車券
- 緑の窓口というJRの指定券や長距離切符を扱う窓口
- 東京23区のJR東日本と都営の両交通機関に使える乗車切符
- 10月1日,東海道新幹線の列車が,東京駅と新横浜駅の間のJR品川駅に停車するようになった。
- その上,JR東海は,のぞみの本数を増やした。
- JR東海と鉄道総合技術研究所が,共同で山梨リニア実験線に取り組んでいる。
- 列車が時速581キロで問題なく走行したので,JR東海は自信を得て,「リニアモーターカーは余裕を持って時速500キロで走行できる。実際の営業において安全であることを確信している。」と話した。
- 日本中央競馬会(JRA)のトップジョッキー,武(たけ)豊(ゆたか)騎手が,3月22日に開催されるレースで同馬に騎乗することになったのだ。
- 昨年,武騎手は,JRAの歴史上初の,年間200レースで勝利した騎手となった。
- N700系というその新型車両は,東海旅客鉄道(JR東海)と西日本旅客鉄道 (JR西日本)によって共同で開発された。
- 兵庫県尼(あまが)崎(さき)市で4月25日,西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線快速電車が脱線し,マンションに衝突した。
- この事故はJR史上最悪の鉄道惨事の1つとなった。
- 兵庫県警は,JR西日本が事故に対して刑事責任を負うかどうか詳しく調べるつもりだ。
- JR西日本はまた,事故後の職員の行動についても批判されている。
- 加えて,事故のことを知っていた参加者がいたにもかかわらず,43人のJR西日本の職員が事故当日ボウリング大会を開いていた。
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)は,3月1日,次世代新幹線の試験モデルをマスコミに披露した。
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