馬場孝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/21 05:30 UTC 版)
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| 選手情報 | ||||||||||||
| ラテン文字 | Takashi Baba | |||||||||||
| 国籍 | |
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| 競技 | 陸上競技 | |||||||||||
| 種目 | 長距離走 | |||||||||||
| 大学 | 日本大学商学部 | |||||||||||
| 生年月日 | 1938年2月17日 | |||||||||||
| 出身地 | (現:相模原市) |
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| 没年月日 | 2021年4月28日(83歳没) | |||||||||||
| 死没地 | |
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馬場 孝(ばば たかし、1938年2月17日 - 2021年4月28日[1])は、日本の元陸上競技選手、指導者。神奈川県高座郡相模原町出身。日本大学商学部商業学科卒業。
経歴
昭和第一学園高等学校、日本大学出身。
高校では水泳をするつもりだったが、プールがなかったため陸上部の入部を希望した。しかし、体が小さかったため、初めは入部を認めてもらえなかったという。3年時にインターハイに出場したが、決勝では腹痛を起こして途中棄権だった[2]。
高校卒業後は松屋百貨店に就職した。2月の20kmロードレースで日本最高記録で優勝し、中央大学陸上競技部監督の西内文夫や日本大学陸上競技部監督の森本一徳から勧誘を受け、最終的には社会人1年目に世話になった田中茂樹の出身校である日本大学に進学した。
大学時代
1年時の第34回箱根駅伝では5区を走ると、先輩の田中茂樹が持つ区間記録を1分47秒更新する区間新記録をで区間賞を獲得し[3][4]、日本大学の総合優勝に貢献した[5]。
2年時の5月3日に行われた1958年アジア競技大会最終選考会の10000mで29分57秒8の日本新記録を樹立[6][7]。同年のアジア競技大会10000mで金メダルを獲得した[8]。第35回箱根駅伝でも2年連続の5区を走り、区間賞は逃したものの区間2位の記録で走った[9]。
しかし1960年ローマオリンピックのマラソン日本代表を目指していた3年時の6月、練習中に踏切の枕木で滑って転倒し、レールに右足を強打。大腿四頭筋を断裂する大怪我を負い、1ヶ月半入院することになる[10]。退院後は再び入院前と変わらない練習を行ったため完治することはなく、3,4年時は箱根駅伝には出場できず、目標としていたオリンピックの出場も叶わなかった。
大学卒業後
大学卒業後は明治製菓に就職し、選手兼コーチとして青森東京駅伝などで活躍した。また、その後は日本大学陸上競技部の監督を務めた[11]。
人物
弟・和秋も日本大学出身の陸上選手で、第41回箱根駅伝では4区で区間賞を獲得し、総合優勝に貢献している[12]。
戦績・記録
- 1958年 第34回箱根駅伝 5区 25.1km 区間賞 1時間26分30秒(区間新記録)
- 1958年 アジア競技大会 10000m 優勝 30分48秒4(大会新記録)
- 1959年 第35回箱根駅伝 5区 25.1km 区間2位 1時間26分45秒
関連項目
- 川島義明 - 2学年先輩
脚注
- ^ “馬場孝氏死去 アジア大会1万メートル金メダリスト/陸上”. サンケイスポーツ (2021年5月1日). 2025年8月21日閲覧。
- ^ 激闘の記憶 (2011) p.30-36.
- ^ “【Playback箱根駅伝】第34回/日大が1区から首位を守って8度目V!順大が記念すべき初出場でシード獲得”. 月陸Online (2023年12月14日). 2025年8月21日閲覧。
- ^ “【第34回箱根駅伝】日本大、全中継所トップ通過で連覇…復路・総合で大会新記録”. 讀賣新聞オンライン (2023年9月12日). 2025年8月21日閲覧。
- ^ “日大が2年連続V/写真で見る第34回箱根駅伝”. 日刊スポーツ (2018年11月5日). 2025年8月21日閲覧。
- ^ “日本学生記録の変遷”. 日本学生陸上競技連合. 2025年8月21日閲覧。
- ^ “毎日世界ニュース 351 アジア競技大会目指して”. 放送ライブラリー. 2025年8月21日閲覧。
- ^ “Asian Games Results”. GBR Athletics. 2025年8月21日閲覧。
- ^ “過去の記録”. 東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト. 2025年8月21日閲覧。
- ^ “第34回箱根駅伝 完全優勝の記憶 山の神伝説の誕生” (2014年7月). 2025年8月21日閲覧。
- ^ “「4年間見てあげられなくてごめん」 日大駅伝部、突然の監督交代の裏側。”. Number Web (2020年7月15日). 2025年8月21日閲覧。
- ^ “過去の記録”. 東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト. 2025年8月21日閲覧。
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