飛力とは? わかりやすく解説

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飛力

読み方:ヒリキ(hiriki)

書類金銀などの小貨物郵送する脚夫の名称。

別名 飛脚(ひきゃく)


フェリックス・ペルドモ

(飛力 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/17 15:26 UTC 版)

フェリックス・ペルドモ
Felix Perdomo
基本情報
国籍 ドミニカ共和国
生年月日 (1973-07-24) 1973年7月24日(51歳)
身長
体重
173 cm
67 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 二塁手遊撃手投手
プロ入り 1992年
初出場 CPBL / 1995年4月11日
NPB / 1996年6月30日
最終出場 CPBL / 1995年8月14日
NPB / 1999年8月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

フェリックス・エンリケ・ペルドモ・バルデスFelix Enrique Perdomo Valdez , 1973年7月24日 - )は、ドミニカ共和国出身の元プロ野球選手内野手投手)。台湾球界での登録名は、飛力

来歴・人物

アリロ・パウリノ高からカープアカデミーに入り、1992年広島東洋カープに入団するが、1年で退団。

1995年台湾時報イーグルスでプレー。

1996年に再び広島に入団し、当初は内野手として期待された。打の方では全く活躍できなかったが、俊足強肩を生かして二遊間で堅実な守備をこなしていた。

1997年に投手に転向。最速146km/h[1]の速球とスライダー、フォークボールを織り交ぜた投球で中継ぎ投手として活躍を見せた。

1999年は内野手登録に戻し、投手・内野手の二刀流でプレー。投手の打順の所に代打で登場し、次の守備においてそのまま投手としてマウンドに登ることもあった。当時、外国人投手は2人までしか一軍に登録できなかったが、内野手登録のペルドモが投手として出場したため、事実上3人の外国人投手を登録していたことになる。同時出場しているわけでないことから「ルール上は問題ない」とされたが、1試合でこの3人が登板した試合もあり、物議をかもした[1][2]

外国人枠で使う選手としては若干スケールが小さかったということもあり、1999年シーズン終了後に自由契約となり退団した。

日本語が得意だった。インタビューに「それ、どういう意味ー?」などと答えていた。ドミニカから広島に新しい選手が来ると、通訳や世話役を務めていた。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1995 時報 10 19 18 2 4 0 0 0 4 0 0 0 0 0 1 0 0 6 1 .222 .263 .222 .485
1996 広島 6 13 12 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 8 0 .083 .154 .083 .237
1997 17 5 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
1998 13 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
1999 35 49 45 3 9 3 0 1 15 4 0 0 2 0 1 0 1 10 1 .200 .234 .333 .567
CPBL:1年 10 19 18 2 4 0 0 0 4 0 0 0 0 0 1 0 0 6 1 .222 .263 .222 .485
NPB:4年 71 68 63 4 10 3 0 1 16 4 0 0 2 0 2 0 1 18 1 .159 .196 .254 .450

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1997 広島 17 0 0 0 0 2 2 0 -- .500 127 29.0 26 2 13 1 4 18 3 0 16 13 4.03 1.34
1998 13 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 74 17.1 15 0 11 0 1 6 1 0 8 8 4.15 1.50
1999 17 0 0 0 0 1 2 0 -- .333 115 25.2 24 2 10 0 1 25 2 0 13 13 4.56 1.32
通算:3年 47 0 0 0 0 3 4 0 -- .429 316 72.0 65 4 34 1 6 49 6 0 37 34 4.25 1.38

記録

NPB打撃記録
NPB投手記録
  • 初登板:1997年4月15日、対読売ジャイアンツ1回戦(広島市民球場)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回2失点
  • 初奪三振:同上、9回表にバルビーノ・ガルベスから
  • 初勝利:1997年4月19日、対中日ドラゴンズ1回戦(長良川球場)、4回表に3番手で救援登板、4回無失点

背番号

  • 112 (1992年)
  • 53 (1995年)
  • 71 (1996年)
  • 59 (1997年 - 1999年)

脚注

  1. ^ a b 【6月27日】1999年(平11) ルール違反じゃない?広島、前代未聞の外国人投手3人起用(野球) ― スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年6月”. スポーツニッポン (2009年6月27日). 2012年8月30日閲覧。
  2. ^ 6月27日の対巨人戦(広島市民球場)。先発はネイサン・ミンチー、ミンチーの降板後にペルドモが登板し、その後にリック・デハートが投げた。この試合で投げたのはこの3人のみで、試合はペルドモが打たれ2-4で敗戦。

関連項目

外部リンク


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