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陳文運

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/17 01:45 UTC 版)

陳文運
『現代支那人名鑑 改訂』(1928年)
プロフィール
出生: 1879年[1]
死去: 没年不明(1962年時点では存命)
出身地: 河南省光山県[注 1]
職業: 軍人
各種表記
繁体字 陳文運
簡体字 陈文运
拼音 Chén Wényùn
ラテン字 Ch'en Wen-yün
和名表記: ちん ぶんうん
発音転記: チェン・ウェンユン
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陳 文運(ちん ぶんうん、1879年 – 没年不明)は、清末民初の軍人。字は育臣[1]北京政府では安徽派幹部と目されたが、安直戦争で敗退した。後年、南京国民政府(汪兆銘政権)に参加した。

事績

日本に留学し、陸軍士官学校歩兵科第6期を卒業[1]。帰国後は陸軍速成学堂監督、陸軍第3鎮第6協統領官を歴任した[2]

中華民国成立後の1912年民国元年)10月8日、陸軍少将位を授与され、11月16日には陸軍騎兵第1旅旅長に任命された[3]。翌1913年(民国2年)9月、陸軍中将に補せられた。1914年(民国3年)、白朗討伐のため豫南剿匪総司令・王占元の指揮下に入ったが[1]、同年7月31日に陸軍中将位を褫奪されている[注 2]。しかし、1915年(民国4年)10月、陸軍中将銜を授与され、翌1916年(民国5年)1月11日に陸軍中将位を回復した[3]

同年8月4日、陳文運は駐紮庫倫弁事大員都護使に任命されたが、蒙露両国から忌避を受けている。その理由は、かつて陳が中国の露蒙国境で軍事行動をとっていたことにあるとされ[注 3]、結局は現地に赴任できず、翌1917年(民国6年)3月31日に辞任した(後任は李開侁)[3][4][注 4]

その後の陳文運は、安徽派幹部として陸軍講武堂堂長[3]張家口高等軍事顧問、西北辺防軍第三師師長を歴任している[1]。しかし、1920年(民国9年)7月の安直戦争で安徽派が敗れ、陳自身も逮捕令を発せられてしまう。その後、一時は収監されたと見られるが、1922年(民国11年)1月に釈放された[5]

失脚した陳文運は長く下野していたと見られるが、南京国民政府(汪兆銘政権)が成立すると、軍事委員会委員として起用された[6]。汪兆銘政権崩壊後に漢奸として摘発されたかどうかは不明。しかし、中華人民共和国建国後も陳は大陸に留まっており、1962年時点において、中国人民政治協商会議の指示による回顧資料執筆に取り組んでいた[7]。陳の回顧資料は、実際に後年になって刊行されている。

1962年より後における陳文運の動向は不詳。

注釈

  1. ^ 外務省情報部編(1937)、393頁は「湖南省光山県」としているが、誤り。
  2. ^ 褫奪の理由は明らかではなく、白朗討伐との関連性の有無も不明。
  3. ^ モンゴル側は「陳文運が活仏を殺害した」との疑いまでかけていたが、これについては事実無根だったとされる(陳著, 古川園訳(1939)、165頁)。
  4. ^ 前任の駐紮庫倫弁事大員都護使・陳籙は病気により辞職したにもかかわらず、李開侁が後任に決まるまで庫倫(ウランバートル)で引き続き任務に当たらざるを得なかった。ちなみに李も結局現地に赴任せず、陳籙の事実上の後任は陳毅(中華人民共和国元帥とは同姓同名の別人)となった。

出典

  1. ^ a b c d e 外務省情報部編(1937)、393頁。
  2. ^ 『燕塵』第4年9号通号45号、明治44年9月号、燕塵会、412頁。
  3. ^ a b c d 中華民国政府官職資料庫「姓名:陳文運」
  4. ^ 陳著, 古川園訳(1939)、165頁。
  5. ^ 外務省情報部編(1928)、233-234頁。
  6. ^ 「国民政府組織系統職員表」『新支那年鑑 第七回 昭和十七年三月』東亜同文会業務部。
  7. ^ 王慶祥編, 銭端本ほか訳(1994)、228・234頁。

参考文献

  • 外務省情報部編『現代中華民国満洲帝国人名鑑 昭和十二年版』東亜同文会業務部、1937年。 
  • 外務省情報部編『現代支那人名鑑 改訂』東亜同文会調査編纂部、1928年。 
  • 陳崇祖著、古川園重利訳『外蒙古独立史』生活社、1939年。 
  • 王慶祥編, 銭端本ほか訳『溥儀日記』学生社、1994年。ISBN 4-311-60324-X 



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