かげり【陰り/×翳り】
陰り
陰り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 07:47 UTC 版)
「ディジタル・イクイップメント・コーポレーション」の記事における「陰り」の解説
1980年代になってもマイクロプロセッサの発展が続き、間もなく次世代のマイクロプロセッサがDECのローエンドのミニコンピュータの性能を凌駕するようになることは明らかだった。さらに悪いことに、バークレーRISC(英語版)とスタンフォードMIPSの設計は32ビットであり、DECのドル箱であるVAXファミリの最高性能を凌駕することが予想された。 独自のVAX/VMS製品があまりにも成功したため、DECはそれらの脅威に対して素早く反応できなかった。1990年代に入るとDECの売り上げは伸び悩み、同社初の人員整理も行われた。ミニコンピュータを生み出し、ネットワーク技術を支配し、世界初の個人用コンピュータと言われるものを生み出した会社は、かつてPDP-8が支配したローエンド市場を捨てることになる。この脅威に対してどう対応するかの決断が遅れ、DEC社内では内紛が発生した。 あるグループは、DECの技術力を結集して既存のマシンから飛びぬけた性能のVAXを開発することを提案した。それによって利益率の高いハイエンド市場だけは死守しようという戦略であり、DECはミニコンピュータメーカーとして生き残ることができる。この考え方に沿って開発されたのが VAX 9000 シリーズだが、そのリリースは当初の計画より2年遅れた1989年10月になった。システムの価格はあまりにも高くなり、DECは望んでいた成功を勝ち取ることができなかった。 DEC社内の他の人々は、自前でRISCを設計し新たなマシンを構築するのが適切だと考えた。しかし、あからさまに開発を行うことはできず、4つの小さなプロジェクトがアメリカ各地の研究所で並行して始められた。結局それらプロジェクトは DEC PRISM(英語版) プロジェクトに集結し、新たなVAXの実装の基盤として使える独特の機能を持つ32ビットの設計を開始した。しかしVAX部門との内紛でプロジェクトの資金集めは難しくなり、1988年4月時点で設計は完成せず、間もなくプロジェクト自体が中止となった。
※この「陰り」の解説は、「ディジタル・イクイップメント・コーポレーション」の解説の一部です。
「陰り」を含む「ディジタル・イクイップメント・コーポレーション」の記事については、「ディジタル・イクイップメント・コーポレーション」の概要を参照ください。
- >> 「陰り」を含む用語の索引
- 陰りのページへのリンク