鈴蘭台とは? わかりやすく解説

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鈴蘭台

読み方:スズランダイ(suzurandai)

所在 兵庫県(神戸電鉄粟生線)

駅名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

鈴蘭台

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/04 06:03 UTC 版)

かつての鈴蘭台駅周辺風景

鈴蘭台(すずらんだい)は、兵庫県神戸市北区の地域名。北区南部の行政・交通の中心部であり、また繁華街でもある。北区の町名・広域地名として鈴蘭台地区(あるいは本区)と呼ぶ場合には、北鈴蘭台駅周辺の地域を含む。

神戸電鉄鈴蘭台駅

概要

人口と呼称について

兵庫県神戸市北区に位置する都市中心市街地商業業務地区)である[1]1960年代より神戸電鉄グループを中心に開発された[2]。広義(後述)の鈴蘭台エリア(本区)の人口は13万4,624人2015年)であり[3]灘区兵庫区長田区の区全体人口を上回っており[1]、神戸市内の街区でもトップクラスの人口を誇る[3]。ピーク時(1995年)の人口は約14万人であった[3]

一般的に「鈴蘭台」という呼称は鈴蘭台駅鈴蘭台西口駅西鈴蘭台駅北鈴蘭台駅の周辺地域一帯を指すが、狭義では西鈴蘭台エリアおよび北鈴蘭台エリアを除き、最も狭義では鈴蘭台駅周辺のみを指す。神戸市が広域地名として「鈴蘭台エリア」と称する場合は、北区のうち本区地域を指し[3]、これを広義の「鈴蘭台エリア」としている[3]。最も狭義では先述の通り鈴蘭台駅周辺のみを指すが、それでも人口は22,481人(2015年国勢調査)ある。

地形・気候における特徴

雄大な六甲山系の裏側にある急峻な山間で、標高300 - 400mの高地のあいだを神戸電鉄有馬線粟生線が縫うように走っている[2]。四方を丹生山系および六甲山地に阻まれているため、以前は「陸の孤島」や「武庫郡の北海道」「神戸のチベット」とも呼ばれていたが[2]、神戸電鉄や神戸市をはじめとする官民デベロッパーの開発により、1960年代 - 1990年代に急速に発展し[1]1973年(昭和48年)には兵庫区から分離独立するに至った[2]

気温は市街地より低く冷涼であり、冬季は30cm以上の積雪(1963年など)に見舞われて神戸電鉄がたびたび運休し交通孤立状態となることも少なくなかったが[4]、現在はほとんど積雪しない。かつてはアイススケート場も存在した。

非常に標高の高い過酷な地形にも関わらず13万4,624人(2015年)が生活する都市が形成されているため[3]山岳都市と表現されることもある。

歴史

神戸電鉄の開業と高級別荘地帯化

1928年(昭和3年)の神戸有馬電気鉄道(現:神戸電鉄)開業に合わせ、同社が経営安定のための乗客増加策の一環として武庫郡山田村に「神有電鉄小部経営地」の名称で宅地分譲が開始したのが始まりである[2]1930年(昭和5年)に神戸電鉄から新興土地建物(宇治川電気の子会社)に売残土地が譲渡されたの機に高級別荘地として販売されるようになり[5]、「関西の軽井沢」のキャッチコピーが誕生、1932年(昭和7年)には「鈴蘭台」に改称された[5]スズランの花言葉が「健康」であることから別荘地に適した名として採用されたとされるが、現在ではスズランを見ることはほとんど出来ない。

1935年(昭和10年)頃には高級旅館高級料亭が立ち並び、1938年(昭和13年)にはダンスホールビヤホールの林立する避暑歓楽街になった[5]

神戸電鉄等によるニュータウン開発

戦前は高級別荘地として賑わった鈴蘭台であるが[5]1956年(昭和31年)に鈴蘭台西口駅近くに神戸電鉄が建売住宅10戸を分譲したのを嚆矢として[2]、神戸電鉄によるニュータウン開発が行われていく[2]。神戸電鉄では倒産を間近とする極度の経営難による苦肉の策として不動産業に手を出した形であったが[2]、ときあたかも住宅難時代であったことから、神戸市街地からわずか10分足らずでアクセスできる神戸電鉄の建売住宅は飛ぶように売れた。この結果、倒産を回避するばかりか、本業の鉄道部門の成績が急伸長し[2]1969年(昭和44年)の交通年鑑では準大手私鉄として認められるまでになる[2]

1961年(昭和36年)からは住宅公団の委託をうけた神戸市も「鈴蘭台ニュータウン」の開発に乗り出し[2]、官民共同での街づくりが行われるようになった[2]

市街地として急速に発展

1970年代以降は以下の民間ニュータウンが急速に開発されて[2]、広義の鈴蘭台エリアを含むと人口14万人(1995年)になる山上都市が形成された[3]

民間による鈴蘭台エリアの開発
住宅地名 分譲開始年度 分譲会社 備考
鈴蘭台西口 1956年 神戸電鉄
鈴蘭台住宅 1957年 神戸電鉄
旭が丘 1959年 神戸電鉄
桜が丘 1960年 神戸電鉄
霞が丘 1961年 神戸電鉄
松の宮 1963年 神戸電鉄
松の宮南 1964年 神戸電鉄
東山 1965年 神戸電鉄
甲栄台 1970年 神戸電鉄 分譲名称は「北鈴蘭台第1次住宅地」
中畑山 1971年 播磨工業所
日生鈴蘭台 1972年 星和地所
住友泉台 1972年 住友不動産
若葉台 1973年 神戸電鉄 分譲名称は「北鈴蘭台第2次住宅地」
永大鈴蘭台 1974年 永大産業
惣山町 1982年 神戸電鉄ほか
北鈴蘭台3次 1982年 神鉄エンタープライズ
神戸北鈴松宮台 2003年 神戸電鉄


ショッピングモールの開業と繁華街への発展

1972年(昭和47年)9月23日、鈴蘭台駅前商店街の終端地点に、神戸電鉄神鉄不動産が運営・管理する「神鉄鈴蘭台プラザ」が賑やかな開店パレードのなかでオープン[2]。延床面積2,385㎡の神戸市北区初のショッピングセンターで、4階建てのビルと2階建てのビルを組み合わせて神鉄設計が建設した[2]家電量販店おもちゃ専門店ファッション専門店洋食店・カメラショップ・書店「神鉄かもめ書房」・楽器店・文化教室・洋品店など17のテナントからなり、連日買い物客で混雑する有様であった。

1973年(昭和48年)11月25日には鈴蘭台エリア最大の繁華街である神戸電鉄鈴蘭台駅前に、ダイエーが運営する「ショッピングモール・ショッパーズプラザ鈴蘭台(現:ダイエー鈴蘭台店)」が華々しくオープン[6]。通常のダイエーと異なるショッピングモール形態の総合大型店として注目を浴びた(現在は通常のダイエーに変更されている)。延床面積5,042㎡の当時としては超大型店で[6]、1階から5階をフルに活用して、食料品やファッションに限らず家電(テレビ・洗濯機など)や家具・インテリア・模型・釣具・手芸・自転車など幅広い取り揃えを行い連日人気を博した。1970年代から1980年代にかけては平日でも店内は客で混雑して階段の踊り場でさえ雑踏の様相を呈し、休日に至っては90台あった駐車場(現在76台)の入場制限で周辺道路が混乱するほどの高い集客力を示した。3.3㎡あたりの売上高で330.1万円という脅威の数字を誇り[6]、開店3年後の1976年(昭和51年)には同売上高ランキングで大規模小売店中33位を記録したが[6]、さらに1977年(昭和51年)3月期の売上高では「ニチイ(現:イオン)三宮ショッピングデパート」を抜いて50.43億円に達して15位にランクインし[6]、百貨店の三越神戸店とほぼ肩を並べるまでになった[6]。売上高は年々増加の一途を辿り、1982年(昭和57年)には売場面積5,000㎡以上の国内大型店における「従業員1人あたりの売上高ランキング」で1億247万4,000円を記録し堂々の国内第7位に躍り出た。当時は当店や鈴蘭台駅前商店街、神鉄鈴蘭台プラザ、星電社(現:ヤマダデンキ)鈴蘭台店への買い出しのため神戸電鉄沿線からの人口流動があり、神戸電鉄鈴蘭台駅の乗降客数は1日約4万人に達していた[2]。ショッパーズプラザ鈴蘭台→ダイエー鈴蘭台店も永らく50 - 60億円の年商を誇っていたが、1999年(平成11年)には28億1,200万円、2000年(平成12年)には23億9,700万円にまで低迷、近年では客足の減少から100円ショップや学習塾を入居させているが、現在の年商は数億円程度にまで落ち込んでいる。

沿革

鈴蘭台団地

鈴蘭台団地(すずらんだいだんち)は、鈴蘭台に存在する都市再生機構が運営する住宅団地である。

第1団地から第7団地に分かれ、北五葉に第1団地、第6団地、第7団地が、南五葉に第2団地、第3団地、第4団地が、君影町に第5団地が存在する。第3団地、第6団地、第7団地は分譲棟、他は賃貸棟になっている。多くは中層棟で一部ボックス型ポイントハウスも存在するが、第4団地のみ高層棟になっている。

電話番号

  • 078-58x-xxxx
  • 078-59x-xxxx

NTT西日本 神戸MA 鈴蘭台電話局管轄区

郵便番号

  • 〒651-11xx

神戸北郵便局集配区

町名

  • 鈴蘭台南町
  • 鈴蘭台西町
  • 鈴蘭台北町
  • 鈴蘭台東町
  • 星和台
  • 君影町
  • 若葉台
  • 杉尾台
  • 北五葉
  • 南五葉
  • 惣山町
  • 松宮台
  • 中里町

教育

小学校

西鈴蘭台駅方面(写真左側に南五葉小学校が見える)

中学校

高等学校

大学

かつて存在した学校

交通

国道・県道

鉄道

施設

  • 神戸市北区役所
  • 北区文化センター
  • 神戸北郵便局
  • 神戸鈴蘭台郵便局
  • 神戸鈴蘭台東郵便局
  • 神戸鈴蘭台西郵便局
  • 神戸鈴蘭台南郵便局
  • 神戸星和台郵便局
  • 鈴蘭台プラザ
  • しあわせの村
  • 神戸ゆうゆうの里
  • レ・アール
  • ハピネスプラザ
  • ベルスト鈴蘭台

出身者

関連項目

  • 北鈴蘭台駅 - 鈴蘭台を冠するが、狭義の鈴蘭台には含まれない。

脚注

  1. ^ a b c 『フレッシュ神戸 : 21世紀都市の創造 第3次神戸市総合基本計画』神戸市市長総局、1986年。 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『神戸電鉄五十年のあゆみ』神戸電気鉄道、1976年。 
  3. ^ a b c d e f g 鈴蘭台の歴史と現在の状況”. 鈴蘭台の歴史と現在の状況. 神戸市. 2025年11月23日閲覧。
  4. ^ 『有野町誌』神戸市有野更生農業協同組合、1988年。 
  5. ^ a b c d 『山陽電気鉄道65年史』山陽電気鉄道、1972年。 
  6. ^ a b c d e f 『Yano news = ヤノニュース : 消費財・サービスの調査レポート 11月25日(981)』矢野経済研究所、1977年11月。 

外部リンク




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