進藤武松とは? わかりやすく解説

進藤武松

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/06 21:21 UTC 版)

進藤 武松(しんどう たけまつ、1909年 <明治42年> 1月5日 - 2000年 <平成12年> 2月12日[1])は、日本の彫刻家日本芸術院会員。位階従四位

経歴

東京生まれ。東京物理学校中退。1929年構造社彫塑研究所に入所。斎藤素巌に師事。1934年「構造賞」受賞、1938年文展特選。1952年日展特選、朝倉賞、川合賞。1961年日展評議員。1968年日本彫刻会理事。1973年日本芸術院賞[2]。1975年日展理事。1980年日本彫刻会委員長(-1990年)。1983年日本芸術院会員。1984年日展顧問、日本彫刻会常務理事。1985年勲三等瑞宝章紺綬褒章受章。1987年日展常務理事。2000年死去。死没日付をもって従四位に叙された[3]

写実的な女性裸体像などで知られる。1993年、「悲しき口笛」を歌う12歳の美空ひばりの等身大ブロンズ像を制作した。

脚注

  1. ^ Kotobank https://kotobank.jp/word/%E9%80%B2%E8%97%A4%E6%AD%A6%E6%9D%BE-1083178
  2. ^ 『朝日新聞』1973年4月10日(東京本社発行)朝刊、22頁。
  3. ^ 平成12年 2000年3月13日付 官報 本紙 第2827号 9頁




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「進藤武松」の関連用語

進藤武松のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



進藤武松のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの進藤武松 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS