通生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/18 19:44 UTC 版)
本荘地区南部にあたる。塩生・宇野津同様、かつては海に面していた、丘陵と沿岸部からなる古い集落で、古来より港町であった。 現在でこそ小さな漁港であるが、古代から近世まで、通生港は水島灘に面した良港として栄え、漁舟の他、大型帆船を持つ船主も居住し、明治になると北洋へニシン漁へ航海する者もいた。 桓武天皇の時代には坂上田村麻呂が喩伽山の妖鬼退治のため通生港から喩伽山へ向かったという伝説がある。 また天正3年には児島常山城を侵攻するために小早川隆景は、通生港に軍船を入れたという記録が残っている。 他にも明治30年10月30日に当時の海軍大臣であった西郷従道が通生港を視察。軍港設置の候補地ともなった。 明治以降になると汽船や交通機関の発達により、当地の港湾的役割がなっくなった。 当地には総鎮守である本荘八幡神社があり、697年に行基によって創建されたという古い歴史を持つ。
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