補陀落
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/20 05:25 UTC 版)
補陀落(ふだらく、梵: Potalaka)は、観音菩薩の降臨する霊場であり[1]、観音菩薩の降り立つとされる伝説上の山である[2]。その山の形状は八角形であるという[3]。インドの南端の海岸にあるとされた[3]。補陀落山(ふだらくせん)とも称す[4]。
名称
「補陀落」は、サンスクリット語(梵語)のポータラカ (Potalaka) の音訳である[3]。他の音写には補怛洛伽[5]、補陀落伽[6]、普陀洛[3]、普陀落[6]など多数がある。義訳は光明山[3][6]、海島山[3][6]、小花樹山[3]など。英語では、Mount Potalakaと呼ばれる[7]。
概要
補陀落は実叉難陀訳『大方広仏華厳経』「入法界品」、般若訳『大方広仏華厳経』「入法界品」、『千手経』、『陀羅尼集経』2など、多数の経論に見られる。『陀羅尼集経』の註によると海島ともいい、『大唐西域記』によると南インドの海浜の山の東にあるという[8]。八角の形状をした山であるといわれる[3]。興福寺の南円堂の円形はこれを模している。
玄奘は『大唐西域記』巻第十で、補陀落〔布怛落迦〕山は南インドのマラヤ〔秣剌耶〕山の東にあると記している(マラヤ山はケーララ州のカルダモン丘陵に当たるとされる)[9]。その場所を特定しようとする試みや研究もあり[2]、スリランカがあてられることもあった。彦坂周はタミル・ナードゥ州南端のポディイル山に比定した[10]。観音信仰が隆盛になると霊地として「補陀落」の名称が各地で広まった[2]。特に中国では現在の浙江省にある舟山群島を補陀落(普陀山)として遠隔地にまで観音信仰が広がった。
また、日本でも熊野や日光が補陀落になぞらえられ、信仰を集めた。なお、日光という地名は、補陀落~二荒(ふたら)~二荒(にこう)~日光となったという説もある[2]。中世には、観音信仰に基づき、熊野灘や足摺岬などから小船に乗って補陀落を目指す、「補陀落渡海」が盛んに行われた。
なお、チベットも観音信仰の地として知られるが、ラサにあるポタラ宮の名も、サンスクリット語の「ポータラカ」に由来する[2]。
脚注
注釈
出典
- ^ 佐久間 2015, p. 23.
- ^ a b c d e 岩波仏教辞典 2002, p. 866.
- ^ a b c d e f g h デジタル大辞泉『補陀落』 - コトバンク
- ^ 精選版 日本国語大辞典『補陀落山』 - コトバンク
- ^ “聖嚴法師教觀音法門 12” (中国語). 法鼓全集 數位隨身版. 法鼓山文教基金會 2025年9月20日閲覧. "補怛洛伽"
- ^ a b c d 百科事典マイペディア『補陀落山』 - コトバンク
- ^ “Potalaka, Mount” (英語). Dictionary of Buddhism. The Soka Gakkai. 2025年9月20日閲覧。
- ^ 世界大百科事典 第2版『補陀落山』 - コトバンク
- ^ 佐久間 2015, p. 24. 〔 〕内は原典表記。
- ^ 彦坂周,「華厳経入法界品と南インドの地名について」『印度學佛教學研究』 1993年 41巻 2号 p.999-997, doi:10.4259/ibk.41.999, 日本印度学仏教学会。
参考文献
- 佐久間留理子『観音菩薩: 変幻自在な姿をとる救済者』春秋社、2015年。ISBN 978-4393119105。
- 中村元・福永光司・田村芳朗・今野達・末木文美士, ed. (2002年10月). 岩波 仏教辞典 第二版. 岩波書店. ISBN 9784000802055.
関連項目
- 補陀洛のページへのリンク