藤原綿手とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 藤原綿手の意味・解説 

藤原綿手

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/27 09:06 UTC 版)

藤原 綿手(ふじわら の わたて、生没年不詳)は、奈良時代後期から平安時代初期にかけての女官朝臣官位正四位下・命婦

生涯

光仁朝の宝亀6年(775年)、無位から従五位下に叙爵された、とあるのが史料における初出[1]延暦2年(783年)4月、藤原乙牟漏の立后の祝賀の宴にて命婦として従五位上を授けられる[2]。その後、正四位下まで進み、延暦14年(795年)5月には、4人の尼の得度枠を与えられている[3]。以降の経歴は不明である。

官歴

以下、『六国史』による。

  • 宝亀6年(775年)7月26日:従五位下
  • 延暦2年(783年)2月5日:従五位上・命婦
  • 延暦4年(785年)正月9日:正五位
  • 延暦14年(795年)5月14日:見正四位下

脚注

出典

  1. ^ 「宝亀6年7月26日条」『続日本紀』 巻第三十三、光仁天皇 
  2. ^ 「延暦2年4月18日条」『続日本紀』 巻第三十七、桓武天皇、今皇帝。 
  3. ^ 「延暦14年5月14日条」『日本後紀』 巻第三、桓武天皇 

参考文献





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  藤原綿手のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

藤原綿手のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



藤原綿手のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの藤原綿手 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS