背負落
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/07 01:24 UTC 版)
背負落(せおいおとし)は、柔道の投げ技手技の一つ。講道館や国際柔道連盟 (IJF) での正式名。IJF略号SOO。背負投(せおいなげ)の一種として扱われたこともある[1]。別名膝立背負投(ひざだちせおいなげ)[2]。
概要
基本形は背負投の形(体勢)から片膝または、両膝を畳について、そこを支点にして、引き落とすように投げる。
また、片膝または、両膝を畳について入ったが、膝を離して腰を上げて背負って投げた場合は、背負投、一本背負投となる[3]。
なお、日本では中学生以下は安全のため、または基本に忠実な技を身につけるために両膝をついて技をかけることは反則になっている[4]。
歴史
講道館の柔道家、南摩紀麿が編み出した「南摩落」がその起源といわれている[4]。
昭和初期頃まで背負落といえばこの技法であった[要出典]。一方、1914年(大正3年)の書籍『有馬柔道教範』[5]や1925年(大正14年)の書籍『空手護身術』(くうしゅごしんじゅつ)は背負い刈りを「背負落」と呼んでいる[6]。また、1916年(大正5年)、サンフランシスコでプロレスラーアド・サンテルが背負上から反り身で仰向けに倒れ込んだ技を『柔道』誌(柔道会本部)は「背負落」と呼んだ[7]。1926年(大正15年)の書籍『乱捕活法柔術教科書』は釣手の肘を相手の腋の下に入れない背負投を「背負落」と呼んでいる[8]。1935年(昭和10年)の書籍『写真図解講道館柔道修練法』は背負落の項で文章では南摩落、写真では引き手側の膝を着いた一本背負投落しを紹介している[9]。1952年(昭和27年)の書籍『新柔道の手引』は背負落の項で南摩落と一本背負投落し、両方を紹介している[10]。1954年(昭和29年)の書籍『柔道教典 道と術』では背負落の項で釣り手側の膝を着いた一本背負投落しと絹担を紹介している[11]。1955年(昭和30年)の記録映画『柔道の真髄 三船十段』の背負落の項で片襟背負から釣り手側の膝を着いたもののみを紹介している[12]。
その後、いつしか、背負投から膝を着いたものが背負落と認識されていった。
講道館の公式動画では、背負投の体勢から両膝を畳について、そこを支点にして、引き落とすように投げるタイプを紹介している[13]。他にも、参考書や教科書で「上半身が背負投で、下半身が体落の使い方の形」という形のタイプを紹介しているものも多い[要出典]。
手だけで投げるといっても、手投げではなく、片膝もしくは、両膝をついたまま、そこを支点にして、手だけで引き落として投げる[要出典]。
変化
2013年2月から試験的に導入され[14] 、のちに本格的に導入となったルールにより、相手の帯より下に触る脚掴みが禁止となり、以下の変化技である外無双や内無双は国際ルールでは使用できなくなった。2025年から脚の付け根より上なら手を当ててもよいことになった。
外無双
外無双(そとむそう)は相撲の外無双をかけながらの背負落[15]。1982年の「講道館柔道の投技の名称」制定に向けて講道館では新名称の候補に挙がったが背負落の一つ場合とすることになり、採用されなかった[16]。
国際ルールに準じて行われる皇后盃全日本女子柔道選手権大会、全日本柔道選手権大会では2025年から上衣掴みより遅い脚掴みを解禁。しかし上衣掴みと脚掴みがほぼ同時の場合は指導のままである。だがこの技については補助的に脚に触ってる掴んでいるに過ぎないとしてほぼ同時でも認めることとなった[15] 。相撲の外無双を掛けながらの一本背負投は背負い刈りである。
内無双
内無双(うちむそう)は相撲の内無双をかけながらの背負落。1982年の「講道館柔道の投技の名称」制定に向けて講道館では新名称の候補に挙がったが背負落の一つ場合とすることになり、採用されなかった[16]。
一本背負投落し
一本背負投落し[17](いっぽんせおいなげおとし)は一本背負投の形から片膝[17][18]または、両膝[3]を畳について、そこを支点にして、引き落とすように投げる背負落。内巻込とよく似ているが、引き落とすか首に巻きつけて投げるかの違いがある。格闘家の佐山聡は右手で相手のうなじを抑え、左手で相手の右肘付近の前腕を掴むカラー・アンド・エルボーから左手で相手の右前腕を小指を相手の肘側にして掴んだまま、右腕を相手の右腋下に入れ、右膝を着いての一本背負投落しをアーム・スロー (arm throw) の名で紹介してる[19]。
南摩落
南摩落(なんまおとし)は釣り手で一本背負のように相手の腕をかかえ、引き手は相手の前帯を持って、引き手側の膝をついて投げる背負落。前帯の中には四指を入れるがこれは上からでも下からでもよい[20]。1913年(大正2年)の書籍『柔道教範』[21]や1920年(大正9年)の書籍『学校柔道』[22]や1922年(大正11年)の『有効の活動』誌[20]や1949年(昭和24年)の書籍『柔道は斯うして進め』[23]など[24]は背負落の項でこの背負落のみ紹介している。
衣被投
衣被投(きぬかつぎなげ)は釣手右手で相手の両襟を掴み右膝を着き、左脚を左後方へ大きく開いて、左手で相手の左むこう脛を持ち上げ、右手で引き落し、左手を跳ね上げての背負落。別名衣負投[25]。
絹担
絹担(きぬかつぎ)は引き手左手で相手の前帯を掴み、釣手右手で相手の右上襟を掴んで、引き手側の膝を着いての背負落の類似の技。別名に「絹担」がある肩車とは異なる技である[11]。
分類と名称
2011年のライターのウン・ヨウのブログによると日本人は背負投の逆背負投を「逆背負落」と呼び[26]、ニール・アダムスは「Reverse Seoi Nage」(逆背負投)と呼んでいた。ウン・ヨウは多くは仰向けに転がすドロップ技なので「逆背負落」のほうが適切だろうが、相手を跳ね上げて仰向けに投げる場合は「逆背負投」のほうが適切だろう、と述べている[27]。
1916年、サンフランシスコでの柔道ルールの試合で伊藤徳五郎が背後から絞技にいったところプロレスラーアド・サンテルが立ち上がって背負上から反り身で仰向けに倒れ込み、伊藤は後頭部を打ち気絶しサンテルが勝利した試合の際はこれを『柔道』誌は「背負落」としたが当技とは異なる技である[7]。
脚注
- ^ 竹田浅次郎『柔道手びき』近代文藝社、日本、1929年6月5日、107 - 110頁。
- ^ 田中宗吉「八 手技 7 背負投」『柔道の習い方』金園社、日本〈実用百科選書〉、1955年5月20日、227頁。
- ^ a b 醍醐敏郎「講道館柔道・投技 ~分類と名称~ 1 背負投・背負落」『柔道』第61巻第5号、講道館、1990年5月1日、59頁。
- ^ a b 醍醐敏郎 『写真解説 講道館柔道投技 上』本の友社 1999年 ISBN 4-89439-188-0
- ^ 有馬純臣 著、有馬純孝 編『有馬柔道教範』福岡新三、日本、1914年4月25日、98-99頁。「背負落」
- ^ 愛洲佐々木高明 編『神機活法 空手護身術』神武館書店、日本、1925年5月20日、63-64頁。
- ^ a b 田口隆弘「伊藤五段とサンテルの勝敗を論じて柔道家の世界的発展を希望す」『柔道』第2巻第10号、柔道会本部、1916年10月1日、46頁。
- ^ 井口義為 著「柔術背負落第一図解」、榎本進一郎 編『乱捕活法柔術教科書』日本柔術研究会、日本、1926年10月14日、148-150頁。
- ^ 金丸英吉郎『写真図解講道館柔道修練法』精文堂書店、日本、1935年3月10日、143-144頁。「背負落」
- ^ 竹田浅次郎『新柔道の手引』巧人社、日本、1952年、192-193頁。
- ^ a b 三船久蔵「参考技」『柔道教典 道と術』誠文堂新光社、日本、1954年5月5日、171頁。「背負落」
- ^ 朝日新聞社(製作・企画)『柔道の真髄 三船十段』日本映画新社、日本、1955年。「背負落」
- ^ 背負落 / Seoi-otoshi. YouTube. KODOKAN. 15 May 2020. 2025年12月2日閲覧.
- ^ 「一本を取る」見栄えのする柔道へ。新ルールに日本は対応できるか? - Number Web
- ^ a b 「【審判規程解説】令和7年全日本柔道選手権大会/第40回皇后盃全日本女子柔道選手権大会」『YouTube』、KODOKAN、該当時間: 3m44s、2024年11月22日。2025年12月3日閲覧。
- ^ a b 「柔道の投技の名称について」『柔道』第54巻第2号、講道館、1983年2月1日、22頁。「参考 新しい投技名称の候補として挙げられたけれども、採用されなかったもの」
- ^ a b 川村禎三「投技の連絡変化 1.自分の技からの連絡変化 一本背負投→一本背負投落し」『写真で見る柔道』ベースボール・マガジン社、日本、1954年11月25日、13-14頁。
- ^ 醍醐敏郎「講道館柔道・投技 ~分類と名称~ 1 背負投・背負落」『柔道』第61巻第5号、講道館、1990年5月1日、57-58頁。
- ^ 佐山聡『佐山聡のシューティング入門 打投極』中村頼永(イラスト)(第1刷)、講談社、日本、1986年8月20日、116-117頁。 ISBN 4062027119。「アーム・スロー」
- ^ a b 山下義韶、永岡秀一、村上邦夫「柔道業解説 亂捕業解説(背負落)」『有効の活動』第8巻第3号、柔道会本部、1922年3月1日、33-35頁。
- ^ 横山作次郎、大島英助『柔道教範』(訂正)二松堂書店、日本、1913年7月13日、228-229頁。「背負落」
- ^ 松岡辰三郎『学校柔道』大阪屋号書店、1920年8月2日、168-169頁。
- ^ 小田常胤「第一編 投業の部 第四十八章 背負落」『柔道は斯うして進め』小田道場出版部、1949年7月5日、119頁。
- ^ 戸張滝三郎、中西元雄『柔道大学』 上巻(第二版)、大阪金物新報社出版部、日本、1928年10月25日、77-78頁。
- ^ 井口義為 著「柔術衣被投第一図解」、榎本進一郎 編『乱捕活法柔術教科書』日本柔術研究会、日本、1926年10月14日、132-133頁。
- ^ “中学生以下での逆背負落、禁止へ。”. 柔道チャンネル. 東通エィジェンシー、東建コーポレーション、柔道チャンネル報道チーム (2015年9月30日). 2024年9月1日閲覧。
- ^ Oon Yeoh (2011年9月9日). “Lee Kyu-Won’s Reverse Seoi”. Judo Cloud. 2024年9月1日閲覧。
外部リンク
- 背負落のページへのリンク
