たな‐ばた【七‐夕/棚機/織=女】
読み方:たなばた
五節句の一。7月7日の行事。この夜、天の川の両側にある牽牛(けんぎゅう)星・織女星が、年に一度会うといい、この星に女性が技芸の上達を祈ればかなえられるといって、奈良時代から貴族社会では星祭りをした。これは中国伝来の乞巧奠(きっこうでん)であるが、一方日本固有の習俗では、七日盆(盆初め)に当たり、水浴などの禊(みそぎ)をし、この両者が合体した行事になっている。たなばたまつり。《季 秋》「—のなかうどなれや宵の月/貞徳」
おり‐め【織(り)女】
しょく‐じょ〔‐ヂヨ〕【織女】
織姫
(織女 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/08 14:38 UTC 版)
織姫(おりひめ)・織女(しょくじょ)は、中国神話での七夕伝説『牛郎織女』に登場する仙女。織姫は天帝の孫娘あるいは西王母の外孫娘である[1][2]。また玉皇大帝と王母娘娘(西王母)の娘・七仙女と同一視されることもある。
機織り・恋愛・女性の守護を司る女神。七仙女と同一視される場合、中国の福建と台湾では七娘媽(チーニャンマー)と呼ばれ、人間界の未婚の男女を名簿に記録して天界に伝え、道教の愛神・月老が運命の赤い糸で結びつける役割を担う[3]。
北方玄武七宿の第二宿・牛宿の中の星官・織女こと三女星(織女星、婺女星、須女星)の一柱。星座では、こと座α星・ベガ(おりひめ、織女)。
織姫は「天の梭」という宝物を持ち、天上にあって雲錦を織る仕事をしている。彼女は天の川の東岸から、西岸にいる夫の牛郎(ぎゅうろう)・牽牛星(けんぎゅうせい)を遠望する。彼の星座では、わし座α星・アルタイル(ひこぼし、彦星)。
天孫である織姫
春秋時代の中国最古の詩篇『詩経』には、天の川(天漢)の両岸で棚機を織る織女と、牛車を引く牽牛の姿が描かれています。織姫の伝承が2600年以上の歴史を持つことがうかがえます。
『史記』天官書によれば、牽牛は供犠(犧牲)を司る星官であり、織女は「天女孫」と呼ばれ、天帝の孫娘にあたる神霊とされています。『日緯書』では、織女が織物と果物を司る一方で、牽牛は天界の関所と橋梁を司り、河鼓(かこ) あるいは黄姑(こうこ) とも称される。
牽牛と織女の恋人関係についての最古の記載は、出土文物『睡虎地秦簡』中の戦国時代の占い書『日書』に見られる。そこでは、牽牛が織女を娶る日に結婚することは不吉とされ、悲劇恋愛譚が反映されている。
南北朝時代の『小説』には更に詳しく記されており、天河の東に住む織姫が天河の西の彦星に嫁ぐことを許したが、嫁いだ後に機織りをやめたことで天帝の怒りを買い、河東に戻ることを強要、1年に1度だけ会うことを許した、と記されている。
天人女房である織姫
晋代の『捜神記』には「董永と織女」という説話があり、漢代の孝子・董永の異類婚姻譚を伝える。父の死後、葬儀の費用を賄えず奴隷となろうとした董永に、天帝が孝心に感じ、天の織女が妻となり機を織って負債を返済した。百匹織り終えると織女は天界へ帰り、後世、董永の伝承と牛郎織女の伝承は分離し、織女の役割は七仙女に置き換えられた。
しかし、中華民国時代の文学者は異類婚姻譚の要素を取り入れ、『捜神記』の別の説話「毛衣女」の羽衣伝説と結合した。彦星を人間の男子に設定し、羽衣を盗まれた織姫と結婚させ、最終的に星官に昇格させ、近代の京劇『天河配』として再創作した。『天河配』では、西王母が髪飾りで宇宙をさっと裂き、その割け目が天の川となり、織姫と彦星を分けた。物語の終わりに、西王母は二人の真摯な恋心に感動し、七夕に年に一度会うことを許した。
天棚機姫神
七夕伝承は中国から日本へ伝わり、織女を棚機星(たなばた)、牽牛を彦星(ひこぼし)と呼んでいる。『御伽草子』収録の七夕物語では、彦星と天稚彦(あめのわかひこ)は同一視される。
なお、織姫は、『古語拾遺』において天照大神の岩屋隠れの際、天照大神に献上する神衣和衣を織った天棚機姫神(あめたなばたひめ)と同一視される。
参考文献
- 小南一郎『中国の神話と物語り: 古小説史の展開』岩波書店、1984年。ISBN 4000013440。 NCID BN00263592。
- 河合隼雄『物語と現実』岩波書店〈河合隼雄著作集 / 河合隼雄著, 第2期; 第8巻〉、2003年。 ISBN 4000924982。 NCID BA60244528。
脚注
関連項目
「織女」の例文・使い方・用例・文例
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