絳郡とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 絳郡の意味・解説 

絳郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/15 07:14 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動

絳郡(こう-ぐん)は、中国にかつて存在した西魏から隋代にかけて、現在の山西省運城市一帯に設置された。

概要

527年孝昌3年)、北魏により北絳郡が立てられた。北絳郡は晋州に属し、新安北絳の2県を管轄した。528年建義元年)、南絳郡が立てられた。南絳郡は晋州に属し、南絳小郷の2県を管轄した[1]

西魏のとき、絳郡が置かれた。絳郡は東雍州に属し、絳県を管轄した。

北周のとき、南絳郡が廃止され、絳郡に編入された。南絳県が廃止されて、小郷県に編入された。絳郡は絳州に属し、絳・小郷の2県を管轄した。

583年開皇3年)、隋が郡制を廃すると、北絳郡と絳郡が廃止されて、絳州に編入された。607年大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、絳州が絳郡と改称された。絳郡は正平翼城曲沃稷山聞喜太平の8県を管轄した[2]

618年武徳元年)、により絳郡は絳州と改められた[3]

脚注

  1. ^ 魏書』地形志二上
  2. ^ 隋書』地理志中
  3. ^ 旧唐書』地理志二



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「絳郡」の関連用語

1
12% |||||


3
12% |||||

4
12% |||||

5
10% |||||

6
10% |||||

7
10% |||||

8
10% |||||

9
8% |||||

10
8% |||||

絳郡のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



絳郡のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの絳郡 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS