立川剛士
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/31 07:42 UTC 版)
| 生年月日 | 1976年11月25日(48歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 身長 | 1.81 m (5 ft 11+1⁄2 in) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 94 kg (14 st 11 lb) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 大学 | 関東学院大学 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 愛称 | ゴウシ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ラグビーユニオンでの経歴 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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立川 剛士(たちかわ ごうし、1976年11月25日 - )は、元ラグビー選手、ラグビー指導者。
経歴
佐賀県出身。佐賀工業高校で花園を経験。関東学院大学では3年時に大学選手権初優勝、4年時には主将を務め大学選手権で連覇を果たす。
卒業後、東芝府中に入社。チームタイトル獲得に貢献し、2005年マイクロソフトカップMVP、2005-2006ジャパンラグビートップリーグMVPも獲得。 2009-2010プレーオフトーナメントMVP。
日本代表では1999年カナダ戦で初キャップ獲得後、通算キャップ21を持ち、A代表では主将も務めた。(キャップ数は2015年9月現在)
2018年からは母校である関東学院大学のコーチに就任[2]。2023年には監督に就任[3]するとそのシーズンにチームを関東大学ラグビーリーグ戦2部から1部昇格へ導いた[4]。
2025年10月、浦安D-Rocksのアシスタントコーチ就任[5]。
受賞歴
- 2004-2005シーズン:ベストフィフティーン
- 2005-2006シーズン:リーグ戦MVP、ベストフィフティーン
- 2009-2010シーズン:プレーオフMVP
関連項目
- 佐賀県立佐賀工業高等学校
- 関東学院大学ラグビー部
- 東芝ブレイブルーパス
- 宮村眞也 - 関東学院大学時代の同級生。
- 村上龍寛 - 関東学院大学時代の同級生。
脚注
- ^ 日本代表前主将の廣瀬が引退! 立川剛、仙波、ベイツも東芝ジャージー脱ぐ
- ^ ラグビー部コーチに、ラグビー元日本代表 立川剛士氏が就任 関東学院大学 プレスリリース 2018年4月2日
- ^ 関東学院大学出身で2月21日、母校のラグビー部監督に就任した立川 剛士さん タウンニュース金沢区・磯子区版2023年3月16日
- ^ 関東学院大学ラグビー部が、関東大学リーグ戦1・2部入替戦で拓殖大学に勝利し、1部復帰を勝ち取りました。 関東学院大学HP2023年12月17日
- ^ 一般社団法人ジャパンラグビーリーグワン. “浦安D-Rocks、2025-26シーズン退団選手および新加入スタッフのお知らせ | 【公式】ジャパンラグビー リーグワン ニュース”. 【公式】NTTジャパンラグビー リーグワン. 2025年10月31日閲覧。
外部リンク
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固有名詞の分類
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