石井巧
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/04 15:08 UTC 版)
| 東京ヤクルトスワローズ #38 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 栃木県那須郡小川町(現:那珂川町) |
| 生年月日 | 2002年3月2日(23歳) |
| 身長 体重 |
179 cm 79 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 遊撃手 |
| プロ入り | 2025年 ドラフト6位 |
| 年俸 | 800万円[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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石井 巧(いしい たくみ、2002年3月2日 - )は、栃木県那須郡小川町(現:那珂川町)出身のプロ野球選手(遊撃手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。兄は埼玉西武ライオンズに所属する石井一成[2]。
経歴
小川南小学校1年生のときに小川那珂クラブで野球を始める。小川中学校では軟式野球部に所属し、遊撃手としてプレーした。
兄の母校である作新学院高校へ進学し、1年春からベンチ入り、2年春から遊撃のレギュラーを務めた。2年夏の甲子園では1回戦で敗退したものの、同年秋の栃木大会で準優勝を果たし、関東大会にも出場(1回戦敗退)。3年春の栃木大会でベスト8入りを果たした。3年夏は主将として、チームを牽引し、甲子園でベスト8に進出した。
高校卒業後は中央大学文学部人文社会学科に進学[3][4]。1年秋から試合に出場し、牧秀悟と二遊間を組んだ。東都大学野球一部リーグ通算63試合に出場し、打率.238、26打点を記録。4年時の2023年9月18日にプロ志望届を提出したが、同年10月26日に行われたドラフト会議では指名漏れとなった。
大学の同期には西舘勇陽、石田裕太郎、高橋隆慶がおり、1学年上に森下翔太と北村恵吾、2学年上に古賀悠斗、3学年上に牧秀悟と五十幡亮汰がいる。
大学卒業後はNTT東日本に入社。1年目からレギュラーとして活躍し、第95回都市対抗野球大会で全国デビューを果たすと、同秋の第49回社会人野球日本選手権大会では鷺宮製作所の補強選手として出場。国際大会ではU-23日本代表にも選出された。
2025年10月23日に開催されたドラフト会議において、東京ヤクルトスワローズから6位指名を受けた[5]。11月18日に契約金2500万円プラス出来高1500万円、年俸800万円で仮契約した。背番号は38[6]。
選手としての特徴・人物
実家は栃木・那珂川町で室町時代から約600年続く米農家であり、幼少期から兄の一成と共に田植えや収穫の手伝いをしていた[7]。
詳細情報
背番号
- 38(2026年 - )
出典
- ^ 「ヤクルト、ドラフト6位・石井巧も出来高で仮契約「努力してチャンスを勝ち取りたい」7位・飯田に続き下位指名では異例の志願」『中日新聞Web』2025年11月18日。2025年11月18日閲覧。
- ^ 「2組の兄弟プロ野球選手誕生か、ヤクルト6位は日本ハム・石井一成の弟、ロッテ5位は西武育成・大和の兄」『Yahoo!ニュース』。2025年10月24日閲覧。
- ^ 「石井巧」『週刊ベースボールONLINE』。2025年10月24日閲覧。
- ^ 「〜最下位から躍進の秋、この秋をバネに更なる高みを〜17日間連続インタビュー9日目・石井巧選手」『「中大スポーツ」新聞部』2022年11月28日。2025年10月24日閲覧。
- ^ 「プロ野球ドラフト会議 NTT東日本の石井巧(作新学院高出身)ヤクルトが6位指名」『下野新聞digital』。2025年10月24日閲覧。
- ^ 「ヤクルト、ドラフト6位・石井巧も出来高で仮契約「努力してチャンスを勝ち取りたい」7位・飯田に続き下位指名では異例の志願」『中日新聞Web』2025年11月18日。2025年11月18日閲覧。
- ^ 「ヤクルトD6位・石井巧、実家の「石井米」のネット購入をアピール 新人選手が実食して〝食レポ〟も」『サンスポ』2025年12月3日。2025年12月3日閲覧。
関連項目
- 石井巧のページへのリンク