玉生孝久
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玉生孝久
たもう たかひさ
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| 生年月日 | 1924年3月1日 |
| 出生地 | (現・富山県富山市) |
| 没年月日 | 1998年7月26日(74歳没) |
| 出身校 | 都立化学工業専門学校応用学科卒業 |
| 前職 | 造り酒屋当主 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 | 正四位 勲二等瑞宝章 |
| 選挙区 | 旧富山1区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 1976年12月10日 - 1983年11月28日 1986年7月6日 - 1990年1月24日 |
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| 当選回数 | 6回 |
玉生 孝久(たもう たかひさ、1924年3月1日-1998年7月26日)は、日本の政治家。元自由民主党衆議院議員(4期)。
来歴
富山県八尾町出身。造り酒屋当主[1]。都立化学工業専門学校応用学科卒。八尾町議を経て、1955年から富山県議を6期務める。富山県議会議長を経て、1976年の総選挙で旧富山1区から立候補して初当選、通算4期務めた(当選同期に愛知和男・鳩山邦夫・中村喜四郎・中島衛・西田司・池田行彦・堀内光雄・相澤英之・津島雄二・鹿野道彦・塚原俊平・中西啓介・与謝野馨・渡辺秀央・中川秀直・甘利正など)。
この間、文部政務次官、国土政務次官及び衆議院内閣委員会委員長等を歴任。
1990年の総選挙に立候補せず、政界から引退する。
1994年4月の春の叙勲で勲二等に叙され、瑞宝章を受章する[2]。
1998年7月26日、死去。74歳没。同年8月11日、特旨を以て位記を追賜され、死没日付で正四位に叙された[3]。
脚注
- ^ これが酒を家業とする生き方じゃないかな - 八尾風便り
- ^ 『官報』号外第81号6頁 平成6年5月2日
- ^ 『官報』第2451号10頁 平成10年8月24日
参考文献
- 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年。
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代 竹中修一 |
1988年 - 1989年 |
次代 吹田愰 |
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