そっこう‐じょ〔ソクコウ‐〕【測候所】
測候所
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/17 12:04 UTC 版)
測候所(そっこうじょ)は、気象庁の管区気象台の下部組織に当たる地方機関であり、その地方における気象の観測を行っている[1][2]。現在は、帯広測候所(北海道帯広市)・名瀬測候所(鹿児島県奄美市)の2か所ある[3]。また、航空気象に関連する業務を行う航空測候所が新千歳と那覇の2か所にある[1][3]。
帯広と那覇の2か所は分担気象官署として人員が配置され、地方気象台が担当する府県予報区の一部分を受け持ち、波浪予報、気象の注意報・警報の発表を行う[4]。
日本国内に測候所は最も多いときで100か所以上存在し、有人拠点として、気象観測、一部では火山観測を行っていた。歴史的には、地震の観測や気象予報の作成業務が行われていた時期もある。無人・自動観測が可能となったことなどから、1997年から2010年にかけて2か所を除いて廃止され、特別地域気象観測所へ移行した[5][6][7][8]。
沿革
拡大期
明治の近代気象業務開始以降、1872年(明治5年)の函館を皮切りに、日本各地に測候所が開設されてきた。ただし、明治中期から昭和初期まで多くの測候所は国営ではなかった。1878年(明治11年)設置の長崎を最初として国直轄の測候所がいくつか設けられたが、間もなく1887年(明治20年)4月には府県に移管されることになる。このほかにも、直轄測候所の働きかけを受けていくつかの府県が測候所を開設したほか、海運業界など民間が開設した測候所もあった[6][9][10]。
国は同年8月に気象台測候所条例(気象業務法の前身)を公布し、中央気象台(後の気象庁)のみを直轄とした。次いで同年10月、地方測候所の設置場所(既設29か所、未設22か所の計51か所)を告示し、各地の主に府県が運営する「指定測候所」を承認する形で全国規模の気象事業をスタートした[6]。
現在は特別地域気象観測所となった測候所は、有人観測の時代に観測網を広げる過程で順次開設されてきた[6][10]。
1919年(大正8年)の彦根測候所伊吹山観測所(1929年に伊吹山測候所に格上げ)を皮切りに、山岳にも観測所や測候所が置かれた。1929年から1945年の間に20カ所以上が測候所となったが、1947年から1950年にかけてほとんどは観測所に格下げされるか廃止されている[10]。
当初、観測や統計の方法は各測候所により異なっていたが、1886年(明治19年)1月に『気象観測法』(後の『地上気象観測法』)が刊行されて指針となり、統一が図られた[11]。1884年(明治17年)に東京気象台(後の中央気象台)が全国の天気予報を開始したが、1892年(明治25年)からは測候所も管内の天気予報を発表できるようになった。1900年(明治33年)末時点では、57の測候所が天気予報を発表していた[12]。
濃尾地震を契機にして、1892年以降は測候所に地震計の設置が進められた。体感による震度観測網にも組み入れられ、1904年(明治37年)時点では71の測候所から震度が収集される体制となった[13]。
また、1911年(明治44年)に日本初の火山観測所として浅間山近傍に設置された浅間火山観測所は、後に軽井沢測候所(長野県)となる。このほかにも、大島(東京都・伊豆大島)、阿蘇山(熊本県)は火山観測を主な目的として設置された[14]。
これらの測候所は、1937年(昭和12年)から1939年にかけて国営に移管し、中央気象台配下の組織となった。背景には、かねてから地方にとっては費用負担が重いという問題があったことに加え、日中戦争による戦時体制の色が濃くなる中、陸海軍が気象機関の組織・施設等の改善を要求したことがあった[6][9][10][15]。
また、農商務省が設置・管轄した森林測候所というものもあった。治山・治水を目的としたもので、1911年(明治44年)に初めて設置され、1919年(大正8年)までに41か所に増加したが、その後減少し、1936年(昭和11年)には廃止されている[10][16]。
1951年(昭和26年)9月には、千歳、羽田、伊丹、板付の4か所に航空測候所が設置される。戦前に気象台・測候所の出張所などとして開設され、戦後GHQの指令で航空事業が禁止されたことで整理されたが、解禁によって再開されたものである。その後、一部は航空地方気象台などに改編されていくこととなる[6]。
移行期
戦後は、気象業務法の制定(1952年)や気象庁の発足(1956年)を挟み、組織が再編された。1957年(昭和32年)9月1日には、管区気象台、海洋気象台または地方気象台がすでに置かれていた都府県を除く、各府県の主要都市にある34か所の測候所、ならびに北海道の5か所の測候所がそれぞれ地方気象台へと格上げされた。この日時点の気象官署等の数は、気象庁の付属機関が7か所、その出張所が2か所、管区気象台5か所、海洋気象台4か所、地方気象台44か所、航空地方気象台1か所、そして測候所が92か所、航空測候所が7か所となっていた[6][10]。
その後昭和中期まで測候所は、地区や特区と呼ばれる担当区域をもち、府県予報区内で予報を作成する業務を気象台と分担していた[17]。
しかし、情報通信技術が導入され観測や予測の能力も向上すると、1972年(昭和47年)4月からは(分担気象官署を除き)予報作成が地方気象台などに集約され、測候所は主に予報解説の業務を行うようになった[17]。ただ、いくつかの地点は分担気象官署に位置づけられ、波浪予報、気象の注意報・警報発表の業務が続けられた(気象庁予報警報規程第10条及び第12条)[4][17]。
1981年(昭和56年)4月以降は段階的に、多くの地点で夜間業務が地方気象台などに集約された[18]。1996年(平成8年)4月からは、震度観測が計測震度計による自動観測に完全移行した[7]。
気象観測記録の公開方法も、印刷物として発行され測候所や気象台で閲覧する時代が続いてきたが、1990年代に電子化されCD-ROMとなり、間もなく2000年代にはホームページでの公開へと移り変わった[19]。
その後、気象レーダー網やアメダスの整備に代表される技術革新により、目視で行っていた観測項目の無人化・自動化、保守作業の効率化が可能となった。これを背景に1997年から、測候所を廃止して気象観測を特別地域気象観測所に継承させる業務再編がスタートした。2004年ごろからは行政改革による人員削減・経費節減もこの動きを後押しした[5][7][8][1]。
再編は段階的に行われ、2010年(平成22年)10月1日に完了した。95の測候所が廃止となり、特別地域気象観測所へ移行した[1][5][8][20]。2006年の行政改革に関連した閣議決定で「測候所は平成22年度までに原則廃止」とされたものの、帯広と名瀬については、十勝支庁(当時)や奄美群島では地理上・配置上、予報・警報を有人の官署で行う必要性や、関係機関への支援のために拠点を維持する必要性が認められ、存続となった[8]。
一部の測候所で行われていた火山の監視や高層気象観測の業務は、近隣の地方気象台などに引き継がれた[5][8]。例えば、森測候所(北海道森町)は北海道駒ヶ岳の火山観測を行っていたが、札幌管区気象台に火山監視・情報センターが設置され、これによる遠隔監視となった[21]。
一方、航空測候所も再編による統廃合が行われた[8]。
自動化は後に地方気象台や管区気象台にも及び、天気や積雪の観測などが自動化された。2024年には、東京と大阪以外の地点で気象観測が完全自動化されるに至った[22]。
測候所の一覧と管轄
名称、所在地、管轄を示した。なお、測候所は主に管轄の警報類や「気象情報」の発表を行っていて、天気予報などは地方気象台が担当している[23]。
- 帯広測候所(北海道帯広市) - 釧路地方気象台が管轄する釧路・根室・十勝地方のうち、十勝地方[23]。
- 名瀬測候所(鹿児島県奄美市) - 鹿児島地方気象台が管轄する鹿児島県全域[24]のうち、奄美地方[25]。
廃止地点
1996年まで
1929年から1945年の間には、山岳の観測点として箱根山、岩手山、脊振山、羊蹄山、佐幌岳、阿寒岳、男体山、白山、氷ノ山、立山、剣山、英彦山、十和田、蔵王山、霧ヶ峰、清水越、稲葉山、大山、比叡山に測候所が設置された。1947年から1950年にかけてほとんどは観測所に格下げされるか廃止されている。ただし、富士山の観測所は1950年に測候所へと格上げされた[10]。
1960年代以降の廃止は以下の通り。
- 1968年(昭和43年)4月1日廃止 - 富崎(千葉県)[10]。
- 1973年(昭和48年)4月16日廃止 - 岩手山(岩手県)[10]。
- 1986年(昭和61年)4月5日廃止 - 筑波山(茨城県)[20]
- 1994年(平成6年)6月24日廃止 - 伊吹山(滋賀県)、剣山(徳島県)[20][注釈 1]
特別地域気象観測所等へ移行した地点
1997年から2010年にかけて自動化・無人化が行われた95か所は以下の通り。
- 1997年(平成9年)3月1日 〔5か所〕 - 日光(栃木県)、諏訪(長野県)、伊良湖(愛知県)、上野(三重県)、四日市(三重県)[20]
- 1998年(平成10年)3月1日 〔5か所〕 - むつ(青森県)、新庄(山形県)、白河(福島県)、秩父(埼玉県)、伏木(富山県)[20]
- 1999年(平成11年)3月1日 〔3か所〕 - 小樽(北海道)、羽幌(北海道)、広尾(北海道)[20]
- 2000年(平成12年)3月1日 〔5か所〕 - 平戸(長崎県)、人吉(熊本県)、延岡(宮崎県)、都城(宮崎県)、阿久根(鹿児島県)[20]
- 2001年(平成13年)3月1日 〔6か所〕 - 萩(山口県)、多度津(香川県)、宿毛(高知県)、飯塚(福岡県)、佐世保(長崎県)、日田(大分県)[20]
- 2002年(平成14年)3月1日 〔7か所〕 - 森(北海道)、津山(岡山県)、呉(広島県)、福山(広島県)、牛深(熊本県)、名護(沖縄県)、西表島(沖縄県)[20]
- 2003年(平成15年)3月1日 〔5か所〕 - 石巻(宮城県)、三島(静岡県)、姫路(兵庫県)、洲本(兵庫県)、境(鳥取県)[20]
- 2003年(平成15年)10月1日 〔5か所〕 - 河口湖(山梨県)、石廊崎(静岡県)、網代(静岡県)、油津(宮崎県)、枕崎(鹿児島県)[20]
- 2004年(平成16年)10月1日 〔5か所〕 - 苫小牧(北海道)、雄武(北海道)、北見枝幸(北海道)、深浦(青森県)、久米島(沖縄県)[20]
- 2005年(平成17年)10月1日 〔5か所〕 - 敦賀(福井県)、高山(岐阜県)、浜松(静岡県)、宇和島(愛媛県)、雲仙岳(長崎県)[20]
- 2006年(平成18年)10月1日 〔5か所〕 - 岩見沢(北海道)、倶知安(北海道)、大船渡(岩手県)、館山(千葉県)、飯田(長野県)[20]
- 2007年(平成19年)10月1日 〔13か所〕 - 江差(北海道)、紋別(北海道)、八戸(青森県)、宮古(岩手県)、勝浦(千葉県)、高田(新潟県)、相川(新潟県)、松本(長野県)、尾鷲(三重県)、豊岡(兵庫県)、浜田(島根県)、清水(高知県)、種子島(鹿児島県)[20]
- 2008年(平成20年)10月1日 〔10か所〕 - 寿都(北海道)、留萌(北海道)、小名浜(福島県)、富士山(静岡県)、米子(鳥取県)、西郷(島根県)、室戸岬(高知県)、屋久島(鹿児島県)、沖永良部(鹿児島県)、与那国島(沖縄県)[20]
- 2009年(平成21年)10月1日 〔10か所〕 - 浦河(北海道)、酒田(山形県)、大島(東京都)、三宅島(東京都)、八丈島(東京都)※、軽井沢(長野県)、潮岬(和歌山県)※、厳原(長崎県)、福江(長崎県)、阿蘇山(熊本県)[20]
- 2010年(平成22年)10月1日 〔6か所〕 - 根室(北海道)、若松(福島県)、千葉(千葉県)、御前崎(静岡県)、輪島(石川県)、山口(山口県)[20]
特別地域気象観測所はアメダスを構成する観測所の1種で、一般アメダス(地域気象観測所)よりも多い項目を観測する。2022年時点では、気圧、気温、湿度、風向、風速、降水量、積雪の深さ、視程、天気、日照時間を観測する[26][27]。
気象観測業務は特別地域気象観測所へ移行した[8]が、森(北海道)[28]の1地点は、測候所時代と特別地域気象観測所(アメダス)時代とで観測データが連続しないものとして扱われている。
なお、八丈島および潮岬(リスト中※印)では、従前の観測のうち高層気象観測(ラジオゾンデ放出)を引き続き最低限の人員により現地にて継続している[29]。根室と米子でも高層気象観測を行っていたが、2010年に釧路と松江にそれぞれ移転した[30]。
室戸岬は移行後も併設の気象レーダー施設が無人化のうえ存続している[31]。
その後、観測環境変化により特別地域気象観測所の廃止(移転)があった。
- 阿蘇山特別地域気象観測所(熊本県)は、阿蘇山・中岳の火山活動の影響で観測困難となり、2015年1月に代替の臨時観測所が設置された。2017年12月から臨時観測所が常設の南阿蘇地域気象観測所となり、同時に阿蘇山特別地域気象観測所は廃止された[32][33]。
移行による気象観測への影響
特別地域気象観測所へ移行した地点では、雷の観測が廃止(自動化[22])されているほか、西日本の多くの地点では積雪の観測が廃止されている[34]。
旧測候所施設のその後
観測施設としての歴史的価値や建築的意義などから、建物が保存され、資料館等になっている旧測候所もある。
- 旧伏木測候所(富山県高岡市) - 庁舎と測風塔が国の登録有形文化財として登録。高岡市伏木気象資料館として一般公開されている[35][36]。
- 旧飯田測候所(長野県飯田市) - 洋風建築の庁舎が国の登録有形文化財として登録、一般公開されている[37]。
- 旧三島測候所(静岡県三島市) - 庁舎が国の登録有形文化財として登録、一般公開されている。エコセンターと名付け環境学習等の拠点としている[38]。
- 旧高山測候所(岐阜県高山市) - 明治初期の庁舎が国の登録有形文化財として登録されている。飛騨民俗村山岳資料館として一般公開中[39]。
そのほか、別の機関が入居したり、民間で活用されている例もある。
- 旧宮古測候所(岩手県宮古市) - 2011年の東日本大震災後、庁舎機能を喪失した宮古海上保安署が仮庁舎として使用している。
- 旧富士山測候所(静岡県) - 民間に貸与され、立地特性を生かした研究場所などに使用されている[40]。
脚注
注釈
- ^ 伊吹山は1989年6月から、剣山は1991年4月1日から無人化されていた。
出典
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- ^ 気象百五十年史 本編 2025, p. 623.
- ^ 気象百年史 本編 1975, pp. 197–204.
- ^ 神保宰雄「森林測候所創設当時の思い出」(pdf)『天気』第6巻第12号、日本気象学会、1959年12月、19-25頁、NDLJP:9663582。
- ^ a b c 気象百五十年史 本編 2025, p. 41.
- ^ 気象百五十年史 本編 2025, p. 45.
- ^ 気象百五十年史 本編 2025, pp. 490–491.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 気象百五十年史 本編 2025, pp. 98–101.
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- ^ 飛騨民俗村山岳資料館(旧高山測候所) - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2022年7月1日閲覧
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参考文献
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- 阿部豊雄「気象庁における高層気象観測の変遷と観測値の特性 第1部 高層気象観測の変遷」(pdf)『天気』第62巻第3号、日本気象学会、2015年3月、161-185頁、 CRID 1520572359069761536、NDLJP:10610441。
- 『気象観測統計の解説』、気象庁
関連項目
測候所
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/23 10:10 UTC 版)
山頂測候所の建設計画は、世界各地の高所で気象観測施設が建てられていた1870年代後半にスコットランド気象協会 (SMS) が発案した。1881年夏には気象学者のクレメント・リンゼイ・ウラッジが山に登り、毎日気象観測を行った。SMSの主導で1883年10月17日に常設測候所が開所し、財政難で閉鎖に追い込まれる1904年まで有人観測が行われた。20年分におよぶ気象観測データはグレートブリテン島の重要な山岳気象データであり続けている。 1894年9月、常勤スタッフの代理として2週間測候所に勤務したチャールズ・ウィルソンは、そこで影が雲に映ることで起こるブロッケン現象や光環現象を目の当たりにした。ウィルソンはさっそく測候所の研究室でこの再現を試み、放射線の飛跡を見る「ウィルソンの霧箱」を発明した。
※この「測候所」の解説は、「ベン・ネビス山」の解説の一部です。
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測候所
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