清水利章
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/14 14:40 UTC 版)
|
この存命人物の記事には、出典がまったくありません。 (2013年4月)
|
| 清水利章 | |
|---|---|
| |
|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 群馬県 |
| 生年月日 | 1941年12月1日(83歳) |
| 騎手情報 | |
| 所属団体 | 日本中央競馬会 |
| 所属厩舎 | 東京・藤本冨良(1961 - 引退) |
| 初免許年 | 1961年3月1日 |
| 免許区分 | 平地 |
| 騎手引退日 | 1978年2月28日 |
| 通算勝利 | 1213戦141勝 |
| 調教師情報 | |
| 初免許年 | 1978年(1979年開業) |
| 調教師引退日 | 2012年2月29日 |
| 経歴 | |
| 所属 | 美浦T.C. |
清水 利章(しみず としあき、1941年12月1日 - )は、群馬県出身の元騎手・元調教師。
来歴
小柄であったことから騎手を志していたところ、母と同郷である東京・藤本冨良調教師を紹介され、1957年に藤本厩舎に騎手見習として入門。
1961年に騎手免許を取得すると、同厩舎からデビュー。
1年目の1961年は3月11日の東京第1競走4歳以上未勝利・ダイゴチドリ(20頭中19着)で初騎乗を果たし、6月10日の東京第11競走5歳以上50万下・ラインランドで初勝利を挙げる[1]。初年度は2勝、2年目の1962年は4勝、3年目の1963年は7勝と少しずつではあるものの数字を伸ばしていき、1964年には初の2桁勝利となる18勝をマークするが、1964年が自己最多となった[2]。
1964年は2月22日の中山で初の1日3勝、3月21日の東京では初の1日2勝を記録[3]。5月16日には東京で2度目の1日3勝[4]を記録するが、第6競走4歳オープンでは浅見国一厩舎の関西馬ヤマニンシロ[5]で逃げ[6]、12頭中11番人気[5]ながら、皐月賞まで6連勝中のシンザンに初めて土を付けた[5] [7] [6]。目黒記念(秋)では10頭中9番人気のアサホコに48kgで騎乗して9kg重いヤマトキョウダイとアタマ差2着に入り[8]、11月29日には京都、12月27日の阪神でも勝利を挙げた[4]。
1965年には12月25日・26日の中京で初の2日連続勝利[4]を挙げ、1967年には騎乗が無かったが、1968年には4年ぶりの2桁となる10勝をマークし、1971年まで4年連続2桁勝利を記録[2]。
1969年にはニシキオールで皐月賞を20番人気でワイルドモアの5着、東京優駿を11番人気でダイシンボルガードの5着と健闘[9]。
1970年には10月17日の東京第8競走日吉特別で自身も騎乗経験があるオークス馬オーハヤブサ[10]を母に持ち、後にビクトリアクラウンの母となるワールドハヤブサに騎乗して2着[11]、同31日の東京第8競走丹沢特別ではアサユメで後にモンテプリンス・モンテファスト兄弟の母となるモンテオーカン[12]の2着[13]に入った。
1973年にはヒカルメイジ産駒アサゴールドで京王杯オータムハンデキャップ3着[14]、1974年のクモハタ記念ではブルームーンでスルガスンプジョウの3着[15]に入った。
1975年にはブルームーンで中山記念2着[15]、スガノホマレで新潟記念2着[16]に入り、4年ぶりの2桁となる11勝[2]をマークしたが、結局この年が最後の2桁勝利[2]となった。
1977年にはカブトヤマ記念・アローエイコーでアローエクスプレス産駒ワンツーとなるアローバンガードの2着[17] [18]に入り、1978年2月4日の東京第4競走4歳未勝利・ホオカノが最後の勝利となり、同19日の東京第6競走4歳新馬・ブァイオラン(11頭中10着)を最後に現役を引退[19]。
翌1979年に厩舎を開業。初出走は同年3月3日中山競馬第1競走のケイキアリーで13着、初勝利は同年4月7日中山競馬第2競走のハッピーワコーで、のべ7頭目であった。決して無理使いをせず、じっくり育てていくことを方針[20]とし、1981年にはカブトヤマ記念をキンセイパワーで制して重賞初勝利を挙げた。1997年の中山記念をキングオブダイヤで制して以降は重賞勝利から遠ざかっていたが、2007年の毎日王冠をチョウサンが制し、10年ぶりに重賞を勝利した。
2012年2月29日付で定年により調教師を引退する。
騎手成績
| 通算成績 | 1着 | 2着 | 3着 | 騎乗数 | 勝率 | 連対率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 平地 | 129 | 129 | 119 | 1175 | .110 | .220 |
| 障害 | 12 | 9 | 4 | 38 | .316 | .553 |
| 計 | 141 | 138 | 123 | 1213 | .116 | .230 |
| 日付 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 重賞初騎乗 | 1963年5月5日 | アラブ王冠(春) | ノブタカラ | 13頭 | 13 | 10着 |
| GI級初騎乗 | 1969年5月25日 | 東京優駿 | ニシキオール | 28頭 | 11 | 5着 |
主な騎乗馬
- アサゴールド(1973年京王杯オータムハンデ3着)
- ブルームーン(1974年クモハタ記念3着、1975年中山記念2着)
- スガノホマレ(1975年新潟記念2着)
- アローエイコー(1977年カブトヤマ記念2着)
調教師成績
| 日付 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 初出走 | 1979年3月3日 | - | ケイキアリー | - | - | 13着 |
| 初勝利 | 1979年4月7日 | - | ハッピーワコー | - | - | 1着 |
| 重賞初出走 | 1980年10月19日 | 京成杯3歳S | キンセイパワー | 12頭 | 1 | 8着 |
| 重賞初勝利 | 1981年10月25日 | カブトヤマ記念 | キンセイパワー | 8頭 | 4 | 1着 |
| GI級初出走 | 1981年4月12日 | 皐月賞 | プリンスシャトー | 17頭 | 8 | 16着 |
主な管理馬
- キンセイパワー(1981年カブトヤマ記念)
- スティールアサ(1982年新潟3歳ステークス)
- ツジノショウグン(1988年クリスタルカップ)
- キリパワー(1989年目黒記念)
- キングオブダイヤ(1997年中山記念)
- コスモインペリアル(2004年トウメイメモリアル)
- チョウサン(2007年毎日王冠)
主な厩舎スタッフ
- 中栄仁(調教助手)
脚注
- ^ “清水利章の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ a b c d “清水利章”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “清水利章の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ a b c “清水利章の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ a b c “ヤマニンシロ”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ a b 『優駿』1992年7月号 p.64
- ^ “シンザン (Shinzan)”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “目黒記念|1964年11月1日”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “ニシキオール (Nishikiol)”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “オーハヤブサ (O Hayabusa)”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “ワールドハヤブサ (World Hayabusa)”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “モンテオーカン (Monte Okan)”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “丹沢特別|1970年10月31日”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “アサゴールド”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ a b “ブルームーン”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “スガノホマレ (Sugano Homare)”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “アローエイコー”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “アローバンガード”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ “清水利章の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年11月14日閲覧。
- ^ 『「競馬」G1最強馬カタログ―競馬ガイドブックシリーズ〈5〉 (バナナ文庫)』辰巳出版、1996年4月1日、ISBN 488641124X、p92。
関連項目
固有名詞の分類
- 清水利章のページへのリンク