かわづ‐ちょう〔かはづチヤウ〕【河津町】
読み方:かわづちょう
⇒河津
河津町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/29 14:15 UTC 版)
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この記事には複数の問題があります。
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| かわづちょう 河津町 |
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| 国 | |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
| 都道府県 | 静岡県 | ||||
| 郡 | 賀茂郡 | ||||
| 市町村コード | 22302-6 | ||||
| 法人番号 | 1000020223026 | ||||
| 面積 | 100.69km2 |
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| 総人口 | 6,037人 [編集] (推計人口、2025年11月1日) |
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| 人口密度 | 60人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 下田市、伊豆市、賀茂郡松崎町、西伊豆町、東伊豆町 | ||||
| 町の木 | 河津桜 | ||||
| 町の花 | 花菖蒲 | ||||
| 河津町役場 | |||||
| 町長 | 大川良樹 | ||||
| 所在地 | 〒413-0595 静岡県賀茂郡河津町田中212-2 北緯34度45分25秒 東経138度59分15秒 / 北緯34.757度 東経138.98761度座標: 北緯34度45分25秒 東経138度59分15秒 / 北緯34.757度 東経138.98761度
町役場位置
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| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
河津町(かわづちょう)は、伊豆半島の先端部(南端部)に近い東側地域の一角を占める町。
静岡県賀茂郡に属し、伊豆東海岸都市圏に属する町である[1]。
サクラの一栽培品種であるカワヅザクラ(河津桜)の発祥地および観光地として全国的に知られており、見頃を迎える2月になると各種メディアで取り上げられる機会も多い。
地勢
町域の81%は山林と原野で占められ、市街地は天城山南東の山稜を源流とする河津川下流の平地に広がる。東部は相模灘(太平洋)に面する。
歴史
先史時代
- 縄文時代晩期(約2,300年前) - 笹原地区にて集落の形成期/笹原地区の南小学校を中心とする地域に残る姫宮遺跡の最下層が、この頃に営まれていた[2]。この集落は、縄文時代から弥生時代へ移り変わる時期の数少ない遺跡で、さらに古墳時代、奈良時代を経て、平安時代まで存続した[2]。
- 4世紀頃(古墳時代前期) - 河津町笹原字比咩宮ひめみやにて、姫宮神社の創建[3](遺物推定)/姫宮遺跡の4世紀頃の層から祭祀遺物が出土する[3]。
古代
- 天平21年(749年、奈良時代) - 行基が、谷津村にて仙洞山那蘭陀寺(せんとうさん ならんだじ 南禅寺の前身)を開山する(伝承)[4][5]。本尊は行基が自ら彫った薬師如来像であったという。
- 康和元年(1099年、平安時代) - 実道法師が、那蘭陀寺(南禅寺の前身)を再興し[5]、広大な境内に七堂伽藍が整備されて、本堂に幾つもの仏像を安置する大寺院となる。
中世
- 永享4年(1432年、南北朝時代) - 那蘭陀寺(南禅寺の前身)の裏山が山津浪(山崩れ)を起こし、寺は堂宇はことごとく大破、仏像群は埋没し、これが元で廃寺となる[4][5]。
- 天文10年(1541年、戦国時代) - 南禅和尚(正光院)が、谷津の那蘭陀寺跡地の土中から仏像群を掘り起こし、建立した仏堂に納めると、人々はこれを「南禅堂」と呼ぶようになる[4][5]。これが現存する南禅寺(なぜんじ)の興りであるという[4][5]。
安土桃山時代
江戸時代
明治時代
- 明治4年
- 明治5年9月15日(新暦換算:1872年10月17日) - 国が修験道廃止令を発布したのに伴い、河津郷でも谷津の南禅堂(南禅寺の前身)などが荒廃し始める/南禅堂は無住寺となり、平安時代から伝わる仏像群と文化11年(1814年)に再建された本堂を残すのみとなって廃れてしまう。
- 1873年(明治6年) - 梨本村にて、工部省深川工作分局管轄の梨本村不熔白煉化石製造所(官営模範工場であるところの耐火煉瓦製造所で、現在の「煉瓦の洞遺跡」)が操業を開始する。
- 1875年(明治8年) - 賀茂郡の筏場村に矢野村が編入し、新たな筏場村が発足する。
- 1876年(明治9年)4月18日 - 第二次府県統合により、足柄県の相模国が神奈川県に、伊豆国が静岡県に編入される。これをもって足柄県は廃止される。
- 1883年(明治16年)10月31日 - 梨本村不熔白煉化石製造所が、稲葉来蔵に貸与される。翌年に払い下げられる(?)。
- 1887年(明治20年) - 浜村(2年後の下河津村浜、現在の河津町浜)に宮内省御料局静岡支庁河津出張所(帝室御料地である天城山国有林の管理運用を担う機関)の開所[6]。のちに帝室林野局東京支局河津出張所と改め、事務所を下佐ヶ野へ移す[6]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 全国で町村制が施行され、河津では、河津下郷9か村(見高村、浜村、笹原村、田中村、沢田村、峰村、谷津村、縄地村、逆川村)が合体(新設合併)して下河津村を発足し、河津上郷6か村(梨本村、大鍋村、小鍋村、湯ヶ野村、下佐ヶ野村、川津筏場村)が合体(新設合併)して上河津村を発足する。
- 1890年(明治23年) - 河津郷七抱七楠(かわづごう ななかかえ ななくすのき 古来、河津郷にあったという、7抱えもある7本のクスノキの巨木)のうち杉桙別命神社(川津来宮神社)の大楠1本以外の6本が、明治の中頃[* 2]までに全て伐採されてしまった。
- 1892年(明治25年) - 小学校令に基づき、上河津・見高・田中・峰・逆川・縄地に尋常小学校を置く。
- 1895年(明治28年) - 沢田石を用いた帝国京都博物館の開館。
- 1896年(明治29年)
- 1900年(明治33年) - 天城峠下にて、天城山隧道の着工。
- 1902年(明治35年) - 天城山隧道の竣工・開通。三島下田街道の完成。
- 1906年(明治39年) - 湯ヶ野を震源とする地震(M5.7程度)の発生。
大正時代
- 1912年(大正元年) - 上河津実業補習学校の設立。
- 1914年(大正3年)
- 不明 - 河津各区に区長を置く。
- 9月 - 下田町に本社を置く河津川水力電気株式会社が梨本にて水力発電所の建設に着手。
- 1915年(大正4年)
- 5月 - 河津川水力電気(株)梨本発電所、運開。
- 1917年(大正6年) - 見高・田中・峰・逆川・縄地の各尋常小学校および下河津高等小学校を併合して下河津尋常高等小学校とする。本校は笹原に置き、見高・見高入谷・縄地・逆川に分校を置く。
- 1920年(大正9年)9月 - 河津川水力電気(株)小鍋発電所、運開。
- 1923年(大正12年) - 下河津尋常高等小学校の分校のうち見高・見高入谷の2分校が独立して見高尋常小学校が開校。
- 1925年(大正14年) -
- 1926年(大正15年)
昭和時代
太平洋戦争終戦まで
- 1927年(昭和2年)4月 - 下河津村の村長助役以下役場員が、村会で衝突し、総辞職する。
- 1932年(昭和7年)10月 - 下田・片瀬間(白浜・下河津経由)で路線バスの開通。
- 1933年(昭和8年)6月 - 伊豆循環道路東海岸線伊東・下田間の完成。
- 1935年(昭和10年) - 上河津村立実業補習学校の廃校と、同村立信農青年学校の設立・開校。
- 1936年(昭和11年)
- 1937年(昭和12年)4月 - 下河津大火の発生/13戸、24棟が焼失する。
- 1941年(昭和16年)
- 1942年(昭和17年)
- 伊豆合同電気、関東配電に統合(その後、関東配電は1951年(昭和26年)5月、電気事業再編成令により東京電力として発足)。
- 金属類回収令により、河津町内の梵鐘が全て供出される。
太平洋戦争終戦から合併・町制施行まで
- 1947年(昭和22年)
- 不明 - 帝室林野局河津出張所が「東京営林局河津営林署」へ改称。
- 1948年(昭和23年)
- 1952年(昭和27年)
- 不明 - 下河津第一小学校が「下河津小学校」へ、下河津第二小学校が「見高小学校」へ改称。
- 不明 - 上・下河津両村に教育委員会が発足。
- 1953年(昭和28年) - 梨本大畑のナチシダ自生北限地が国の天然記念物に指定される。
- 1954年(昭和29年)
- 1955年(昭和30年) - 田中在住の飯田勝美が、河津川沿いの雑地に生えていた珍しいサクラの若木を発見、自宅へ持ち帰り庭先に植えて育て始める。この若木が現在の「河津桜原木」。当時は飯田の屋号にちなんで「小峰桜」の通称で呼ばれていた。
- 1957年(昭和32年)11月28日、下田町武ケ浜から同町白浜を経て下河津村浜に至る道路が整備され、12月12日より前述の有料道路縄地道路を含め有料道路下田道路として開通。現在の国道135号の一部。
合併・町制施行から昭和末期まで
- 1958年(昭和33年)
- 1959年(昭和34年) - 沢田にわかば保育園の開園。
- 1961年(昭和36年)12月10日 - 伊豆急行が全線開通し、当地域初の鉄道駅として河津駅が開業する。
- 1962年(昭和37年)
- 1963年(昭和38年)
- 1965年(昭和40年)
- 1966年(昭和41年)1月 - 通称「小峰桜」が初めて開花。4月、通称「小峰桜」の発見者・飯田勝美、死去。
- 1967年(昭和42年)4月25日、前述の有料道路下田道路が東伊豆道路(河津町浜 - 東伊豆町片瀬 - 伊東市八幡野)の一部に編入される。現在の国道135号の一部。
- 1968年(昭和43年) - この頃から、通称「小峰桜」が町民有志の手で少しずつ町内各地に植栽されるようになる。
- 1969年(昭和44年)
- 3月1日 - 伊豆急行今井浜海水浴場駅が臨時駅から通年営業へ移行するとともに「今井浜海岸駅」に改称。
- 5月- 上佐ヶ野にて、河津浜病院の開院。
- 1970年(昭和45年) - 有料道路新天城トンネルの開通。
- 1972年(昭和47年)
- 1973年(昭和48年)
- 1月21日 - 第1回下田・河津間駅伝競走大会開催。
- 1974年(昭和49年)
- 1975年(昭和50年)4月 - 河津町がカワヅザクラ(河津桜)を「町の木」に指定[8][12]。町民有志らによるカワヅザクラの植栽が河津川河口などから町内全域に広がる[13]。
- 1976年(昭和51年)7月11日、伊豆半島南部で集中豪雨。天城山で降水量509mmを記録した。8月18日、鉢の山を震源とする地震(M5.4)が発生する[14]。
- 1978年(昭和53年)1月14日 - 伊豆大島近海地震(M7.0)が発生。見高入谷地区では地すべりにより家屋が土砂に埋まり、生き埋めになった住民が死亡。また、梨本地内を走行中の路線バスが崖崩れに巻き込まれ、乗客に死傷者が出た[15]。交通網は寸断され、伊豆急行は復旧までに5ヶ月を、天城線バスは運行再開に半年を、それぞれ要した。
- 1980年(昭和55年) - 河津西中学校と河津南中学校が統合し、河津中学校が開校する。
- 1981年(昭和56年)
- 1982年(昭和57年)
- 1983年(昭和58年)4月1日 - 峰地区にて、下田地区消防組合下田消防署河津分署が業務を開始[16]。
- 1984年(昭和59年) - B&G河津海洋センター[18]が開設。
平成時代
- 1989年(平成元年) - 町営温泉集中管理事業の開始。
- 1990年(平成2年)10月1日 - 伊豆東農協、伊豆下田農協、南伊豆町農協、西伊豆農協が合併し、伊豆太陽農業協同組合が発足。
- 1991年(平成3年)
- 1992年(平成4年) - 河津営林署は天城営林署に統合され、天城営林署河津森林経営センターとなる。
- 1993年(平成5年)
- 1994年(平成6年) - 3月15日、国道414号新峰山トンネルの開通。
- 1995年(平成7年) - 国道135号の浜橋の改修工事の完了。
- 1996年(平成8年)
- 1997年(平成9年)
- 河津町保健福祉防災センターの開設。
- 1998年(平成10年)
- 1999年(平成11年)2月 - 第9回河津桜まつりの開催[19]。期間中の観光入込客数が初めて100万人を超える[19][20][12]。
- 2000年(平成12年)
- 2月 - 第10回河津桜まつりの開催。期間中の観光入込客数が125万人に達する。
- 3月18日 - 新天城トンネルが無料開放。
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)
- 2003年(平成15年)
- 2004年(平成16年)
- 不明 - 河津桜まつりの観光客対策としての駐車場の充実[19]/河津駅周辺地区の空き地を町が借り上げ、県事業を活用し、全面舗装した駐車場を整備した[19]。
- 12月17日 - 「河津町河津桜まつり露店等営業管理条例」を制定[19]。河津桜まつり開催時に地域外から出店する露店が年々増加するとともに、販売品に対する苦情も増え、問題視されるようになってきたことを受けて、これらの出店に対して条例による規制(届け出制)をかけることとなった[19]。
- 2005年(平成17年)
- 2008年(平成20年)6月5日 - 下田市・河津町・南伊豆町・松崎町による「南伊豆地区1市3町合併協議会」発足[31]。
- 2009年(平成21年)
- 2010年(平成22年)2月1日 - 河津桜観光交流館の開館[33]。
- 2012年(平成24年)9月30日 - サンシップ今井浜が閉館[22]。
- 2013年(平成25年)2月20日 - 谷津地区の南禅寺境内に「伊豆ならんだの里 河津平安仏像展示館」開館[34][35]。
- 2014年(平成26年)
- 2015年(平成27年)
- 2017年(平成29年)
- かねてより計画が進められていた複合公共施設の建設事業をめぐり、異議を唱える住民グループから提出された当時の町長・相馬宏行に対するリコール請求を受けて、同年10月8日に施行された住民投票の結果、解職賛成票が反対票を上回り、相馬は同日付で町長を失職。直後に施行の出直し町長選挙には、相馬の他に、新人で副町長などをつとめた元町職員の岸重宏が立候補。11月26日の投開票の結果、岸が初当選を果たした。
令和時代
- 2023年(令和5年)
人口
総人口:7410人 男:3,592人 女:3818人 (2018年1月1日現在)[42]
| 河津町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 河津町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 河津町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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河津町(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
行政
現職町長・副町長
- 岸 重宏(きし しげひろ):中央大学経済学部卒[43]。河津町職員として産業観光課長、総務課長、助役、副町長などをつとめたのち[43]、2017年(平成29年)11月26日初当選[44]。2021年(令和3年)11月、無投票により再選[45]。2期目。
- 副町長 - 木村 吉弘:2022年(令和4年)4月1日就任[8][46]。
歴代町長
- 先代 - 相馬 宏行(そうま ひろゆき):1960年(昭和35年)生まれ、県立下田北高卒[47]。河津町議、同議長を経て2010年(平成22年)4月26日就任[47]。2014年(平成26年)4月、無投票により再選(2期目)[48]。2017年(平成29年)、複合公共施設の建設計画に異議を唱える住民グループからのリコール請求を受けて同年10月8日に施行された住民投票の結果、解職賛成票が反対票を上回り、同日付で失職[49]。直後に施行の出直し町長選挙に立候補したものの、新人で副町長などをつとめた元町職員の岸重宏に敗れた[44]。
- 元 - 櫻井 泰次(さくらい たいじ):1934年(昭和9年)生まれ[50]。日本大学経済学部経済学科卒[50]。七滝温泉ホテル社長[50]。1986年(昭和61年)4月就任[20][51]以来、6期24年をつとめた[20][51]が、2010年(平成22年)4月、7期目を目指して挑んだ町長選で、新人で元町議会議長の相馬宏行に敗れ[47]、同月23日退任[20][51]。河津町の地域おこしの功労者で、2005年(平成17年)2月23日には観光庁の「観光カリスマ百選」に選出されている[20][30]。
町議会
- 議員定数 - 10名[52]
省庁・国の機関
警察・消防
- 静岡県警察下田警察署 - 伊豆半島南部の1市5町(下田市、東伊豆町、河津町、南伊豆町、松崎町、西伊豆町)を管轄。河津町には河津町交番[54]ならびに下佐ヶ野駐在所[55]を、それぞれ置いている。
- 下田地区消防組合下田消防本部 - 伊豆半島南部の1市4町(下田市、河津町、南伊豆町、松崎町、西伊豆町)を管轄[16]。河津町には河津分署[56]を置いている。
- 河津町消防団 - 河津町防災課所管。町内に全9分団(消防団本部、第1~第8分団)[57][58]。
主な公共施設
地区
- 上河津(かみかわづ) - 旧上河津村エリア。
- 梨本(なしもと) - 旧梨本村
- 大鍋(おおなべ) - 旧大鍋村
- 小鍋(こなべ) - 旧小鍋村
- 湯ヶ野(ゆがの) - 旧湯ヶ野村
- 下佐ヶ野(しもさがの) - 旧下佐ヶ野村
- 川津筏場(かわづいかだば) - 旧川津筏場村(旧矢野村・旧筏場村)
- 下河津(しもかわづ) - 旧下河津村エリア。
- 沢田(さわだ) - 旧沢田村
- 田中(たなか) - 旧田中村
- 峰(みね) - 旧峰村
- 逆川(さかさがわ) - 旧逆川村
- 笹原(ささはら) - 旧笹原村
- 見高(みだか) - 旧見高村
- 長野(ながの)
- 入谷(いりや)
- 谷津(やつ) - 旧谷津村
- 浜(はま) - 旧浜村
- 縄地(なわじ) - 旧縄地村
行政区域の変遷
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、河津下郷の見高村、浜村、笹原村、田中村、沢田村、峰村、谷津村、縄地村、逆川村の区域を以て下河津村が、河津上郷の梨本村、大鍋村、小鍋村、湯ヶ野村、下佐ヶ野村、川津筏場村の区域を以て上河津村が発足。
- 1958年(昭和33年)9月1日 - 上河津村、下河津村が合併し、現在の河津町が発足。
姉妹都市
その他民間施設
主な医療機関
郵便事業
金融機関
- 静岡銀行 稲取支店 河津出張所- 同じ建物内に三島信用金庫河津支店の窓口とATMを設けている[66]。
- 三島信用金庫 河津支店 - 上述の静岡銀行河津出張所建物内に窓口とATMを設けている[67]。
- ゆうちょ銀行
- 河津郵便局
- 上河津郵便局
- 富士伊豆農業協同組合(JAふじ伊豆)
- 河津桜支店[68]
経済
産業
平成17年度の国勢調査では次のような結果が出ている。
| 区分 | 人数 |
|---|---|
| 第一次産業 | 計 629 |
| 農業 | 574 |
| 林業 | 14 |
| 漁業 | 41 |
| 第二次産業 | 計 600 |
| 鋼業 | 0 |
| 建設業 | 470 |
| 製造業 | 130 |
| 第三次産業 | 計 3043 |
| 電気・ガス・熱供給・水道業 | 19 |
| 情報通信業 | 12 |
| 運輸業 | 167 |
| 卸売・小売業 | 765 |
| 金融・保険業 | 44 |
| 不動産業 | 36 |
| 飲食店・宿泊業 | 787 |
| 医療・福祉 | 369 |
| 教育・学習支援業 | 149 |
| 複合サービス業 | 100 |
| サービス業 | 465 |
| 公務 | 130 |
教育機関
中学校
- 河津町立河津中学校[69]
小学校
幼稚園
- 河津町立さくら幼稚園[69]
保育所
2017年(平成29年)4月1日時点で、河津町内の認可保育所数は5、認可保育所待機児童数は0名。
マスメディア
地域新聞
- 伊豆新聞 - 河津町を含む伊豆半島東南部の地域紙。
放送局
- 河津中継局 - 河津町(峯山)に所在。放送区域は一部を除く河津町域。
- NHK河津見高浜テレビ中継局 - 河津町見高今井(片瀬山)に所在。放送区域は一部を除く河津町域。
- 伊豆急ケーブルネットワーク - 河津町を含む伊豆半島東部がサービスエリア。
交通
鉄道
道路
バス
名所・旧跡・イベント等
- ※外部リンク “観光施設”. 伊豆・河津温泉郷. 河津桜観光協会. 2018年3月1日閲覧。リンク先に河津町の観光地図あり。個別の解説もクリックすることで開く。
名物・名所・旧跡
- カワヅザクラ(河津桜) - 早咲きの桜。河津川沿いに並木が形成されている。
- 杉桙別命神社(川津来宮神社)の大楠
- 河津七滝(ななだる) - 伊豆山中の七つの滝。
- 河津七滝ループ橋(七滝高架橋)
- 天城山隧道
- 小湊一号隧道、小湊二号隧道 - 扁額には「小湊一号隧道」「小湊二号隧道」とあるが、道路標識には「小湊第1隧道」「小湊第2隧道」とある。
温泉
- 足湯処(無料の足湯)
- 豊泉足湯処
- さくらの足湯処
- 河津三郎の足湯処
日帰り温泉
- 河津七滝・湯ヶ野温泉
- 嵐の湯 本館(河津七滝オートキャンプ場)
- 峠の湯 大家荘
- 七滝温泉ホテル
- 大滝温泉 天城荘
- モダン宿坊 禅の湯
- 伊豆の踊子宿 福田家
- 峰温泉
- 踊り子温泉会館[72]
- 河津さくらの里しぶや:東京都渋谷区の区民保養施設。
- 河津浜・今井浜温泉
公園・庭園・動物園
キャンプ場
- 河津七滝オートキャンプ場
- 佐ヶ野オートキャンプ場
- オートキャンピング村アドベンチャーファミリー
- 河津オートキャンプ場
- 伊豆キャンパーズヴィレッジ
- 大池キャンプ場
- 伊豆今井浜オートキャンプ場
海水浴場・スキューバ
- 今井浜海水浴場
- 河津浜海水浴場
- 菖蒲沢ダイビングセンター
神社
- 子守神社 - 神楽 (県指定無形民俗文化財)。
- 小鍋神社 - 源義朝・源頼朝・文覚関連「ドクロ木」。
- 杉桙別命神社(川津来宮神社) - 式内社。境内の大楠は国の天然記念物。また、毎年12月中旬から下旬にかけて鶏肉・卵・酒の飲食を禁じる「鳥精進酒精進」という風習が知られている。
- 姫宮神社 - 式内社。
- 河津八幡神社 - 河津祐泰・曽我兄弟関連。
- 見高神社 - 式内社、三番叟(町指定無形民俗文化財)
- 琴海神社
- 子安神社(奈疑知命神社) - 式内社。
寺院
- 南禅寺(なぜんじ) - 行基開創伝説のある古刹。平安前期の薬師如来坐像、平安中期の地蔵菩薩立像、十一面観音立像、天部形立像(一対)、梵天立像、帝釈天立像(いずれも静岡県指定文化財)を始め、二十数体にも及ぶ多数の平安時代の仏像を安置。
- 伊豆ならんだの里 河津平安仏像展示館 - 2013年(平成25年)に開館[34]。
- 鳳儀山栖足寺(せいそくじ、かっぱの寺) - 谷津。臨済宗建長寺派[73]。
イベント
- 下田・河津間駅伝競走大会 - 1月
- 河津桜まつり - 2月。開花が遅れ気味な場合は3月上旬まで延長することもある。
- 春バラまつり - 5月-6月。
ゆかりのある著名人
名誉町民
- 石原忍 - 医学者(眼科医、軍医)、東京帝国大学名誉教授。1879年(明治12年)9月25日、東京府東京市麹町区生まれ。1946年(昭和21年)4月に当時の下河津村谷津に移住、同所に眼科医を開業するとともに、私費で取得した旧下河津村役場建物を改築して1949年(昭和24年)2月に私設図書館「河津文化の家」を開館、地域の文化向上に寄与した。1957年(昭和32年)、名誉町民の称号を贈られる。1963年(昭和38年)1月3日、83歳没。町葬が営まれた。
出身著名人
- 稲葉時太郎 - 峰村(のちの下河津村峰、現在の河津町峰)の人。峰温泉の復興功労者。[7] cf. 関連事象の年表での記載位置:1926年
- 飯田勝美 - 生年不詳。河津桜原木の発見者・定植者。cf. 関連事象の年表での記載位置:1955年、1966年、1968年、1974年、1975年
- 篠崎真吾 - 元ロッテリア社長、公認会計士
- 935. (クミコ) - 1972年(昭和47年)10月30日、河津町生まれ。歌手(音楽ユニット「&[AND]」のボーカル)。
- 鈴木美教 - 競輪選手
- 山田大悟 - プロバレーボール選手
- 竹内奎人 - プロ野球選手
その他ゆかりのある人物
観光大使
河津町を舞台にした作品
文学・記録・漫画
- 井伏鱒二 - 河津川筋、南豆荘の将棋盤
- 川端康成 - 伊豆の踊子
- 中島敦 - 蕨・竹・老人
- 梶井基次郎 - 冬の蠅
- 荻原井泉水 - かっぱの甕
- 石坂洋次郎 - 奥伊豆参り、忘れ得ぬ人々
- 三島由紀夫 - 真夏の死
- 西村京太郎 - 伊豆・河津七滝に消えた女、河津・天城連続殺人事件
- 吉村達也 - 天城大滝温泉殺人事件
テレビドラマ
- テレビ東京『孤独のグルメ Season3』 - 2013年(平成25年)7月24日放映の第3話「静岡県賀茂郡河津町の生ワサビ付きわさび丼」で七滝地区の名物「わさび丼」が取り上げられた[20]。視聴者の反響は大きく、これを受けて町では商工会や伊豆急行を中心に「河津わさびで泣かせ隊」が結成され、わさびを用いた新商品の開発に取り組んだ[20]。2015年(平成27年)には「河津わさびで泣かせ隊」の有志により「株式会社泣かせ隊」が設立された[20]。
脚注
注釈
出典
- ^ “伊豆東海岸都市圏総合都市交通体系調査”. 国土交通省. 2025年1月24日閲覧。
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関連項目
外部リンク
固有名詞の分類
- 河津町のページへのリンク