楊清臣とは? わかりやすく解説

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楊清臣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/10 07:47 UTC 版)

楊清臣(よう せいしん/ヤン・チンチェン、不明 - 1928年)は中華民国の軍人[1]。字は佐亭直隷派出身で、のち奉天派に加わる。

生涯

山東省汶上出身。直隷派の母体となった曹錕の保定新軍第3鎮で勤務していたと思われるが、辛亥革命以前の経歴は不明。1913年民国2年)3月7日、陸軍輜重兵中校[2]

1916年(民国5年)4月21日、歩兵上校[3]。11月17日、少将加銜[4]。12月25日、呉佩孚率いる中央陸軍第3師副官長[5]1917年(民国6年)12月5日、直隸陸軍第2混成旅(長:閻相文)歩兵第2団団長[6]1921年(民国10年)1月、第3師第5旅旅長[1][7][8]。翌1922年河南省匪賊の張慶(老洋人)による魯山起義中国語版の鎮圧に従事[9]

1923年12月4日、北洋将軍府中国語版より驤威將軍の称号を得る[10]。1924年(民国13年)3月、張福来の後任で中央第24師師長に任ぜられた[1]。第2次奉直戦争時、呉佩孚によって討逆軍援軍第四路司令に任ぜられた[11][12]が、瓦解し、呉佩孚とともに河南省に敗走した。更に11月、胡景翼率いる国民軍第2軍と孫岳率いる第3軍が河南省に進攻、抵抗しえなかった楊は更迭され、第17旅旅長の王為蔚が師長代理となった[13]。12月11日、段祺瑞は中央陸軍第24師の番号を正式に抹消した。

やがて国民革命軍北伐が本格化すると、張宗昌直魯聯軍中国語版に合流。1927年8月、前年11月に考城鎮包囲戦で瓦解した第23軍の再編を担い、山東省南部で紅槍会中国語版五百名あまりを集め、軍長に任ぜられる[14][15]。1928年、第23軍は張宗昌を総司令とする安国軍中国語版第二方面軍に組み込まれ、国民革命軍と対峙した[16]

しかし、1928年4月、寧陽県で国民革命軍の第85師騎兵隊(長:席液池)に撃破され(寧陽の戦い中国語版鄆城の戦い中国語版)、形勢を逆転できぬまま同年病死した[17]

出典

  1. ^ a b c 閻錫山檔案:要電錄存8,國史館,2003年,第151页
  2. ^ 政府広報第300号” (PDF) (中国語). 中華民国政府官職資料庫. 2020年12月28日閲覧。
  3. ^ 政府広報第107号” (PDF) (中国語). 中華民国政府官職資料庫. 2020年12月28日閲覧。
  4. ^ 政府広報第314号” (PDF) (中国語). 中華民国政府官職資料庫. 2020年12月28日閲覧。
  5. ^ 政府広報第351号” (PDF) (中国語). 中華民国政府官職資料庫. 2020年12月28日閲覧。
  6. ^ 政府広報第679号” (PDF) (中国語). 中華民国政府官職資料庫. 2020年12月28日閲覧。
  7. ^ 中華民國史檔案資料滙编3(3),江苏古籍出版社,第15页
  8. ^ 政府広報第679号” (PDF) (中国語). 中華民国政府官職資料庫. 2020年12月28日閲覧。
  9. ^ 上海 大正十二年十一月二十日” (PDF). 神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ新聞記事文庫. 2025年12月10日閲覧。
  10. ^ 1923年12月5日第2775号. 《政府公报》第二〇四册.
  11. ^ 郭廷以,中华民国史事日志,中央研究院近代史研究所,1978年
  12. ^ 齐庆昌、孙志升,直奉大战,社会科学文献出版社,1993年,第31页
  13. ^ 北洋军阀, 1912-1928,武汉出版社,1990年,第109页
  14. ^ 民國山東通志1-2,山東文獻雜誌社,2002年,第494页
  15. ^ 李庆华,鲁西地区的灾荒, 变乱与地方应对, 1855-1937,齐鲁书社,2008年,第200页
  16. ^ 第二辑 攻占山东,山东省情网,于2012-11-30查阅[リンク切れ]
  17. ^ 正文一:自1894年兴中会成立至1949年底先后逝世的人物,聚贤茶室,于2012-11-30查阅



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