松前隆広
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松前 隆広(まつまえ たかひろ、1858年10月31日(安政5年9月25日)[1] - 1918年(大正7年)12月4日[2])は、大名松前氏の一族で、明治時代から大正時代の華族(男爵)。
生涯
松前藩主松前崇広の二男として生まれる。幼名は敦千代。戊辰の役の際、北下して福山館に入り、奮闘して平定の功を挙げた。1889年華族に列し男爵を授けられた。
家族
- 妻:ちよ(北海道士族櫻井勵長女)1870年 - 1901年
- 長男:靖広(男爵を継ぐ)1889年 - 1958年
- 次男:愛広 1894年 - 1975年
- 三男:黒沢近広(黒沢休四郎の養子となる)1897年 - 1926年
- 長女:琴子(義父:河合兵衛)1907年 - 1950年
- 次女:定子(義父:原文七)1910年 - 1955年
脚注
| 日本の爵位 | ||
|---|---|---|
| 先代 叙爵 |
男爵 松前家初代 1889年 - 1918年 |
次代 松前靖広 |
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