曾先之
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/12 15:28 UTC 版)
曾 先之(そう せんし、生没年不詳)は、中国南宋末から元初に掛けての学者・政治家。字は孟参[1]あるいは子野[2]。廬陵(現在の江西省吉安市吉水県)の人[1][2]。『十八史略』の著者としてその名が知られる。
略歴
咸淳2年(1266年)、進士に及第し、仕えて地方官を歴任[1]。
祥興2年(1279年)、崖山の戦いによって南宋が滅ぶと、元には仕官せず隠遁し、『十八史略』を編纂した[1]。
具体的な時期は不明ながら、92歳で没した[3]。
脚注
- ^ a b c d 精選版 日本国語大辞典『「曾先之」の意味・読み・例文・類語』コトバンク。2025年11月12日閲覧。
- ^ a b 竺沙雅章『「十八史略」の意味・わかりやすい解説』日本大百科全書(ニッポニカ)、コトバンク。2025年11月12日閲覧。
- ^ 曾先之 著、今西凱夫 訳、三上英司 編『十八史略』ちくま学芸文庫、筑摩書房、2014年7月9日。ISBN 978-4-480-09632-6。2025年11月12日閲覧。
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