書誌学とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > 学問 > 専攻 > 学問 > 書誌学の意味・解説 

しょし‐がく【書誌学】


書誌学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/30 15:00 UTC 版)

グラーツ大学図書館書架
図書には様々な知識が収められているので、この知識を有効に普及させるには、その図書の内容を識別して特徴を記述し、一定の体系に配列しておく必要がある[1][注 1]
アンヌ・ルイーズ・ジェルメーヌ・ド・スタール小説『デルフィーヌ』(1803年版)
図書は著者の考えを伝える存在であるが、著者の手を離れた原稿が様々な人(清書職人、編集者、植字工、印刷工など)の手を経るうちに、意識的あるいは無意識的に変更が生まれてくるので、この変更の原因を解明するには、その図書がどんな特徴をもち、どのように製造されたのかといった知識が必要となる[1][注 2]。例えば印刷の現場へ赴き、その技法を体得するというのも、いわば手段の1つである[6]

書誌学(しょしがく、: Bibliografie: Bibliography)とは、書籍を対象とし、その形態・材料・用途・内容・成立の変遷などの事柄を科学的・実証的に研究する学問のことである。

概要

英語の Bibliography の訳語である[7][8]。扱うのは広義の書籍であり、写本巻物楽譜チラシ等も含む[9]。狭義では、個別の書籍を正確に記述した書誌に関する学問を指す[10]。いずれにせよ、個々の資料として存在する書籍は、それぞれが文化の伝承と伝播に大きな役割を果たしてきているだけに、厳密に学問の対象として扱われる必要がある[11]

元々は歴史の補助学として「書史学」という名称であったが、次第に書籍全体についての学問という認識が強まり、大正末期から「書誌学」と呼ぶようになったという[12][13]。また以下に挙げるような名称もある。

図書学
早いものとして田中敬 (1924)がある[14][15]。この名称の場合、図書一般についての研究と、ある1つの版式、形態の説明、ある特定の図書が有する特色を明らかにするという側面がある[16]。ただし図書の解題などは、研究の対象に入らないこともある[17]。また記録文書を含めるとか、古書に必ずしも限らないなどの問題も残る[15]
書物学
グロリエ (1992)は書籍の研究について「書誌学あるいは(もっと適切に)書物学」と言及している[18]。また国文学研究資料館国立国語研究所国立歴史民俗博物館国際日本文化研究センター等が、書籍と人間との関係性を研究する「総合書物学」という異分野融合プロジェクトを推進している[19][20]
書籍学
南方熊楠松村任三に宛てた書簡に記されている[21]

こうした訳語の問題について、川瀬一馬は「書物を研究する学問の立場から、歴史的研究をも重要な要素としている点を考慮すると、書誌学の方がより研究の内容を包蔵する適切な呼称ではないか」としている[22]。なお中国でも「書誌学」の用語が使用されているが、これは日本から輸入されたものである[8][23][注 3]

日本文学の界隈においては、昭和の初頭以来、「文献学」と同じような意味で使われることが多い[25]。この原因について長沢規矩也は「昭和初頭に書誌学的研究を始めた池田亀鑑博士が、図書館界と没交渉であった」からで、「池田博士の遺鉢を誤り伝えた人が多いことも、この結果を招いた一因である」としているが[26]谷沢永一は池田が『古典の批判的処置に関する研究』の「序」に「文献批判」「文献学」「理論体系」などの語を用いていることを例に、「池田亀鑑の仕事は「書誌学的研究」とは別個」であって「書誌学が文献学と呼ばれたことはない」としている[27]。いずれにせよ、書誌学が眼前に存在する書籍そのものを分析することに主眼を置くのに対して、文献学は現存する書籍を通してかつて存在したであろう本文について追求するものであり、その本質的な性格は大きく異なる[28]。書誌学が対象とするのは、あくまでも書籍の物質的形態であり、精神的形態ではない[29]。それでも、書籍が文学研究の根底を形成する要素である以上、技術的問題として書誌学に対する一定の理解は必要といえる[30]。また、現存する書籍について熟知すれば、その学識が手掛かりとなって、いまだ世に姿を現さない所在不明の文献の大凡の見当が浮かび上がるし、古典から現代に及ぶ作品ないし文書の読解に、拠り所となる資料を提供することもある[4]

研究範囲

書名や著者名、発行年などの書誌情報が記載されたカード
漢籍カード目録の例[31]

書誌学は特定の文字資料を歴史的に詳細に識別・類別して、その資料が有する意義と位置付けを行うという側面を持っている[16]。研究対象とする範囲は極めて広く、書籍に関する全てを科学的に究めるのが仕事である[32]。例えば以下に取り上げる領域を含む[33][34][35]

  1. 図書の定義・範囲・種類・起源・発達など
  2. 図書の物理的側面として料紙や筆墨の材料・形態・装訂・付属物など
  3. 図書の書写および印刷の材料・様式・方法・種類・歴史など
  4. 図書の内容の成立・種類・異同・校勘・校訂・伝来・翻字・影印・出版・流通・変遷・集散など
  5. 図書の整理・分類の方法・目録の編纂とその歴史など
  6. 図書の蒐集・保存・分散などに関する事情・方法・歴史など
  7. いわゆる文庫図書館との相違・発達・種別・建築など
  8. 図書に関する法律規則(著作権出版法・販売権など)
  9. 図書を対象とする各種の企業(編集・印刷・製本・出版・販売貸本など)
  10. 書誌学的成果に対する調査・評価とその研究者伝記など(研究史[注 4]

学術研究の資料として書籍を使用するためには、その書籍の本文を吟味し、その性質を明らかにする必要がある[1]。書誌学には、書籍一般の論述のみならず、実際の手引が含まれているのである[36]

一般的に「書籍について記述する」といえば、「その書籍に記載されている内容に関して論じること」と理解する人が多々あるかもしれないが、そもそも書誌学は、その書籍の持つ内容的文学性、心的作用、他の資料に与える何かしらの影響などについて論じることではない[37]。ひとまず内容の芸術性や思想性はさて措いて、そこに確かに存在する物体としての書籍の性質を見極めることにある[38]。例えば「『論語』は教養を高める書物である」という場合、重要となるのは『論語』という書物に記載されている内容であるが、例えば「正平版『論語』は稀覯の書物である」という場合、意識するのは『論語』に記載されている内容よりも、「正平版」という版式やその刊行年次といった具体的な特定の形態である[39]。書誌学が対象とするのは、厳密に書籍の物質的形態のみである[29]

定量的科学研究に関連する様々な領域の定義
計量書誌学(: Bibliometrics)が範囲に含まれている。例えば一般的に、ある学者思想家が何を言ったかに比して、それらがどう読まれ、評価されたかを体系的に調べることは、調査範囲が膨大になりかねないため、難易度が高いとされるが、これに計量書誌学は引用分析ないし共引用分析によって対処してきた[40]。引用は先行研究の明示のほか、主張の根拠の提示など、様々な動機に導かれているが、いずれも引用先文献との関連性を明示する機能を有する[41]

また書誌学はそれのみならず、存在する書籍そのものを手に取って数量化して記号化する作業(すなわち実在の物を「情報」に変える技術)そのものでもある[42]。例えば現代における古典文学作品は、ただ作者ないし編者の記したものだけが目前にあるのではなく、写本を書き継いだ人々がいるのはもちろん、写本を蒐集して校訂する者、典拠を求めて訓詁を施して注釈を付ける者、作品を受容して再生産を行う者、外国語話者に対して翻訳する者など、作品の成立から現代に至るまでの間に存在した全ての人々の営為が作品の内外に残ったことによって、現代人の前に現れている[43]。本文の内容を深く検討するためには、その本文の器たる書籍の書誌的情報を抽出し、それを活用することで本文の性格や価値を確定した上で、研究に使用するように心掛けることが大切であり、これを行うことによって、誤りが少ないより本格的で深い研究が可能となるのである[44]。乱れていると感じられる文章をただ単に読みやすくすることが、書誌学研究の目的ではない[45]

制作過程

斯道文庫が置かれている慶應義塾図書館旧館
斯道文庫は規程にある「資料の収集・整理・保管ならびにその調査・研究およびそれらに基づいた教育を行うこと[注 5]」を目的として、所蔵資料の保存と貴重な典籍の蒐集のほかに、日本全国に散在する関連資料の調査、マイクロフィルム撮影などによる複本の作成、蓄積した資料を広く研究者に公開、逐次刊行物の刊行、大学院学部における書誌学講座の開講、講演会やシンポジウムの開催など、書誌学に関する活動を積極的に行っている[47]

書誌学は一見すると、煩雑で無味乾燥な学問であるかのように思われるが、対象となる書籍が何のために書写もしくは印刷されたのかという意図が明らかにされることで、歴史上に正確な位置づけを行うことが可能になる場合が多い[48]。例えば作者が完成させた本文の形に辿り着くためには、ただ単に写本を集めて比較検討するのみならず、写本自体の来歴や系統を丁寧に詳しく研究していかなければならないし、またその書籍がほかの書籍に引用されていないか、断片が本文から離れて所蔵されていないかなどの確認作業も欠かせないし、文字が改変されているならば、その作為を行った人物の意図や文化的背景を考えることも、書誌学の重要な要素となる[45]。また版本についても、簡単に彫り替えたり、象眼をして変えたり、一部だけ版木を変えたり、覆彫で全て彫り替えることもできるため、一冊一冊を全て頭から確かめていくことになる[49]。近代以降の活版本の場合でも、例えば個々の出版社で原作を現代仮名遣いに改変する事例などもある[11]

慶長勅版『日本書紀』
「勅版」とは「勅命によって版行された書籍」のことで、日本では後陽成天皇による「文禄勅版[注 6]」と「慶長勅版」、および後水尾天皇による「元和勅版」を指す[51][52]。いずれも江戸時代初期における堂々とした版式であり、勅版の名に相応しいとされる書籍である[50]

本文の乱れは書籍の成立が古ければ古いほど、また書籍の伝来が長ければ長いほど生じやすくなる[1]。単に一通りの内容上の研究をするだけならば、例えば『古事記』『日本書紀』『万葉集』などの古典も、大方は洋装活版本で事足りるのであるが、永い間における本文の伝流や発展の問題、あるいは文化史的な問題などを研究しようとすれば、ただ1つの古典籍であっても、活版本で間に合わないものは木版本、木版本で不足の場合は古写本に及ぶことになるが、その古写本や古版本を探索することになると、必ず古典籍の識別審定の問題にいたる[53]。古典籍の識別は感覚の働きが根本であるが[注 7]、その識別の直接の拠り所は、感覚の働きと同時に、それを実際に応用して習熟することである[53]

享受過程

ニコラウス・コペルニクス天球の回転について』の初版(1543年
古代ギリシア以来の天動説に対して地動説を提唱した[55]オーウェン・ギンガリッチ英語版は、30年がかりで601冊に及ぶ現存本への「書き入れ[注 8]」を調査することにより、この本が同時代の科学者たちによって本格的に読まれていたことを検証し、天文学史上に当時の科学者たちの繋がりを描き出すことに成功している[58]

書誌学が研究対象とする書籍は、言語学文学哲学などの人文科学系に限らず、医学数学天文学農学物理学薬学などの自然科学系にも関わるので、あらゆる学術分野にわたる[59][60][61]。それぞれの専門の研究のためには、書籍の内容が役立てばそれで済むが、書誌学は書籍の形式をも併せて問題にするので、そこに書誌学が文化史研究における役目をも担う点も生じる[62]。書誌学は図書館情報学の補助学であり、同時に種々の学問の基礎学といえる[63]。対象とするものに応じて研究の方法や内容は変化するが、いずれにせよ書誌学の目的は、書籍という人間の文化的活動において重要な位置を占めるものを総体的に捉えること(すなわち、その書籍の成立と伝来を跡づけて、人間の歴史という時間空間の中に位置づけること)にあるので、書籍における制作過程のみならず、「その後どのように読まれてきたか」という享受過程も重要である[64][65]

国立国会図書館が所蔵する古活字版伊勢物語』の書入本[注 9]
「書き入れ[注 8]」を施したのは、「県門の四天王[注 10]」と称された村田春海である[66]。「書き入れ」は墨筆でなされることがほとんどであるが、場合によっては朱墨や青墨なども用いられることがある[70]

例えば序跋は、当該書籍が誕生した契機だけでなく、当時の時代背景や社会情勢などを教えるものであり、読者による識語、奥書などの「書き入れ[注 8]」は、その書籍がどう読まれ、解釈され、書写されてきたのかという歴史を伝え、蔵書印は所有者の変遷(ある人物がどのような書籍を愛読したのか、または蒐集したのか)を統計的に提示する[71]。とりわけ「書き入れ」を仔細に検討すると、これまで知られていなかった様々な事情などが明らかになることがあるため、書籍の来歴について知る上で、「書き入れ」の研究は重要である[72]。また、ある蔵書家や所属機関の蔵書の特徴のほか、書籍の流通などを考えることも範囲に入る[73]

紙の資料とデジタル資料

書誌学はその時々で最新の自然科学的手法を採用してきた。例えば物理的特徴に注目するため、ルーペマイクロメータ等の伝統的な道具から、電子顕微鏡、特殊な撮影機器、2冊の書籍の違いを効率的に見つける校合機、羊皮紙インクなどの素材に関する非破壊分析法、統計的手法の応用など、様々なツールを使うこともある[74]。デジタル技術も例外ではなく、書籍の形態や特性に応じた精緻な撮影こそが、高度な研究に耐え得る画像提供を可能にするので、どんな書籍のどういう箇所をどのように撮影するかといった方法を考える際にも、書誌学的知識は必要である[75]

1990年代後半以降、各国において貴重書のデジタル化が始まり、コンピュータやデジタル技術を活用した研究が試みられるようになって、「自宅で世界中の図書館が所蔵する貴重書が見られる」という状況が少しずつ実現し始めた[74]。ただ便利というだけに留まらず、従来とは異なる観点から新たな研究方法を取り入れ、新たな研究領域を開拓することができるという点がある[58]。一方で現物からしか得られない情報を看過してしまうという面もある[76]。具体的な研究に活用するためには、視覚的情報を具象的事物としての書籍に還元する書誌学的能力が不可欠であるが、どんな高精細画像も、得られる情報量は現物に及ぶべくもない[75]

各国における形成と変容

日本

日本では、一般的に江戸時代以前の古典籍について、その形態(紙の種類・装幀・冊数、書写や印刷の種類・方法・様式など)や伝来(蒐集・整理・保存・販売・利用など)等、諸々の事柄を研究・記述する場合に用いられることが多い。

古代・中世

書目の作成

書籍がある程度集積されると、まず行われるのは書目の編纂である。その歴史的な第一歩は奈良時代に始まる[77]。各大寺の経蔵の所蔵目録や一切経の蔵経目録など、経録(仏典目録)類が盛んに編修された[78]。書目の編纂は、ややもすれば書籍を管理する手段として軽視されることも少なくないが、これは書籍の単なる一覧表ではなく、個別の作品の内容を吟味して歴史的空間に位置づけたものであり、学問的研鑽の最高の成果ということができる[79]

平安時代になると、藤原佐世による漢籍目録『日本国見在書目録』が現れる[78]。個人蔵書目録としては、信西による『通憲入道蔵書目録』が見られる[78]。また空海による『御請来目録』や最澄による『伝教大師将来目録』など、輸入書物に関する目録もある[80]

鎌倉時代の末期には『本朝書籍目録』という総目録が編纂されている[78]。また室町時代以降は舶載の書目が作成されるようになった[80]

辞書の編纂

漢字学習との関連で漢籍を読むための辞書が多く編纂された。国内における辞書編纂の記録として最古のものは、『日本書紀』巻第29(天武天皇11年3月13日条)に見られる『新字』である[81][82]。これは伝本も逸文も存在していないため、どのような内容の書籍であったかは一切不明であるが、「漢字全般にわたる音義書の類であろう」と推測されている[83][84]。また、この『日本書紀』の記事は、少なからず天武朝において、漢字による国語表記や意味理解などが進んでいたことを物語る[85][86]。『新字』の他には『楊氏漢語抄』や『弁色立成』といった和訓を有する漢和辞書が編纂されたが、いずれも逸文として残っているのみである[87]。しかし、いずれにしても識者の漢字・漢語の使用ならびに漢文表記、さらに漢籍・仏典の読解を助ける職能を有していたとされる[85][88]

『篆隷万象名義』
『新撰字鏡』
『和名類聚抄』
『類聚名義抄』
『色葉字類抄』

空海の編纂と伝えられる『篆隷万象名義』は、日本に現存する最古の辞書で、これは『玉篇』を下敷きに編纂した部首配列の漢字字書であるため和訓は一切ないが、当時の日本人にとって使い易いものを目指したものと想像される[89]。古い写本として現存するのは、永久年間に書写された高山寺蔵本が唯一で、その冒頭の部首一覧の中に楷書字形の違いを記した部分があることから、複数の写本が存在した可能性が指摘されている[90]。ほかの写本は江戸時代以降に、この高山寺蔵本を書写したもので、その多くは幕末期屋代弘賢が書写したものからの模写である[91]

昌住によって編まれた『新撰字鏡』は、伝本が存する最古の漢和辞書で、漢字を部首で配列した上で和訓を万葉仮名で記している[92]。唯一の完本は「天治本」と称されるもので、『新撰字鏡』といえば一般的にこの書を指す[93]。また抄録本に、村田春海によって再発見された「享和本」と、塙保己一の『群書類従』に収められている「群書類従本」がある[94]

源順勤子内親王の依頼で撰進した『和名類聚抄』は、佚書の手掛かりを含む貴重な資料でもある[95]。諸本は「十巻本」と「二十巻本」に区別され[注 11]、それぞれの系統の写本が存在する[97]。「十巻本」と「二十巻本」は内容に大きく異同があり[注 12]、どちらが原撰本なのかについては、「元々は10巻であったのを平安末期になって20巻に増補された」とする説が一般的であるが、院政期に成立した文献に見られるものが「二十巻本」に近い内容であることや、「十巻本」よりも「二十巻本」の方に未整備な点が目立つことなどから、「20巻が成立して間もなく、その精撰本として10巻が編まれた」とする説もある[99]

漢字を部首で分類して字音・意義・和訓などを注記した『類聚名義抄』は、その豊富な声点から院政期アクセント体系を窺い知れる[100]。伝本には「原撰本」と「改編本」の2種があり[注 13]、「原撰本」を増補改訂して「改編本」がなったとされている[102]。「原撰本」の系統は「図書寮本」のみで、「改編本」の系統は完本である「観智院本」をはじめ、「高山寺本」「宝菩提院本」「蓮成院本」「西念寺本」がある[103]。なお「改編本」の系統の最古は「蓮成院本」で、これに「高山寺本」が次ぐとされる[104]

橘忠兼が編纂した『色葉字類抄』は、和訓によって言葉を明らかにすることを目的に「いろは順」を採用した最初の辞書である[105]。諸本については、体裁の上から「二巻本」「三巻本」「十巻本」の3種があり、最古の体裁と見られる「二巻本」の原本は伝わっておらず、「三巻本」は治承年間頃の増補で、「十巻本」は鎌倉時代の増補とされる[106]。なお「十巻本」は『伊呂波字類抄』と表記される[107]。また「二巻本」と「十巻本」の取り合わせ本である「花山院本」もある[108]

15世紀になると、読み書きが広い階層へ普及し始めたことを背景に「節用集」が流布した。日常語の単語を「いろは順」に並べ、漢字熟語を多数掲出して読み仮名を付したもので、意味などの記述はなく、通俗的百科辞書の性格が強い[109]慶長年間頃までの写本や刊本は「古本節用集」と呼ばれる[109][110]。また巻首の語彙配列の異同により、大きく「印度本」「伊勢本」「乾本」の3つに分類される[111]。なお江戸時代においては、いわゆる「易林本節用集」を下敷きにして様々な工夫や仕掛けを施したものが出現している(後述)。

伝本の対校

各種の伝本の対校は古くから行われていた。とりわけ仏典宗教上の問題が存することもあってか、奈良時代の写経奥書に「勘本」「対校」のことが見えるように、早くから行われていた[112]

平安末になると、宋刊本を用いた漢籍の校勘が実施されるようになった[112]。現存する最古のものは藤原頼業の自筆校正『春秋経伝集解』とされる[113]。また藤原清輔藤原定家などは、歌書や物語などを校勘しているが、その方法は少しばかり主観的であった[114][115]

鎌倉時代になると、主として『万葉集』などの伝本の対校が実施されるようになった。とりわけ仙覚による『万葉集』の校勘が、その水準の高さを誇っている[113]。この校勘を元にして注釈を加えた『萬葉集註釈』は、現在の観点からすれば物足りない部分も少なくないが、中世期における歌学の様相を考える上での重要な資料の一つとして、また『万葉集』の定本として多くの人々に利用されている[116]

古筆の鑑定
秋萩帖」第13、14紙
一般的に「第1紙」「第2紙から第15紙まで」「第16紙から巻末まで」「第2紙から巻末までの紙背」に区分される[117]。「第1紙」と「第2紙以降」に分けるのは、両者に違いが見られるためであり[注 14]、このことから「第1紙」と「第2紙以降」は、それぞれ異なる時期に成立した可能性が指摘されている[119]

古人の筆跡の鑑定は古くからあったが、これが室町時代古筆切として急増した。応仁の乱によって多くの古典籍が焼亡したことによる稀少化、の墨跡鑑賞の影響で古筆跡の掛物による鑑賞の漸増、古筆手鑑の流行、上代様書道の隆盛などが相まって、古筆の鑑賞を希望する者の需要が増加したのである[112]

安土桃山時代には、古筆の真贋や筆者について鑑定する専門職として「古筆鑑定業」が成立した[120]。鑑定には大村由己鳳林承章烏丸光広などが携わっていたが、この古筆鑑定を生業としたのが古筆了佐である[121]。ただし書誌学的成果としては、いずれも少なからず賛否両論がある[注 15]

武家の文庫

いわゆる武家文化を代表するものとして、武家文庫と呼ばれる図書館的施設がある[125]。例えば三善康信の名越文庫などがある[126]。とりわけ広く知られているのは金沢文庫足利学校である[127]

静嘉堂文庫が所蔵する『南華眞経』の金澤文庫印
様々な種類が伝わっているが、いずれも形は短冊型であり、黒印と朱印が確認されている[128]。ただし金沢氏の代に押された確証はなく、そもそも何の目的で押されたかも不明であるが、書籍の流出を危惧した称名寺の僧らが押したのではないかとも言われている[129]。また偽物も少なからずある[130]

金沢文庫は、13世紀後半に金沢流北条氏北条実時が金沢郷(現・神奈川県横浜市金沢区金沢町)に設けた文庫で、武家文庫として日本最古と紹介されることもある[131]。実時の蔵書を母体に、顕時貞顕貞将の代に拡充されたが、貞顕六波羅探題に任じられて京都へ赴任すると、公家社会と接する必要もあって収集する文献の分野も広がった[132]。特に名高いのは平安時代に日本に輸入された唐鈔本の本文を伝える『白氏文集』であるが、それ以外にも優れた漢籍の写本や版本があり、王朝文化と中華文化をともに受容しようとした志向が窺える[133]。ところが、鎌倉の戦いで北条氏が滅亡すると、蔵書管理は菩提寺である称名寺が引き継いだが、次第に衰退していき、蔵書の多くは時々の権力者によって散逸した[134][注 16]。一部は宮内庁書陵部五島美術館国立歴史民俗博物館彰考館文庫尊経閣文庫天理図書館東京国立博物館東山御文庫内閣文庫蓬左文庫などに所蔵されており、中には文化財に指定されているものもある[137]

足利学校は、下野国足利荘(現・栃木県足利市)にあった高等教育機関で、戦国時代には「坂東の大学」と称された[138]平安時代初期もしくは鎌倉時代に創設されたと伝えられるが、長らく論争の種になっており、不明のままである[139]室町時代の前期には衰退していたが、足利の領主になった上杉憲実は、円覚寺の僧快元能化に招いたり、蔵書の多くを寄贈したりするなど、学校の再興に尽力した[140]。憲実は「学規三ヶ条」を定め、足利学校で教えるべき学問は『三註[注 17]』『四書』『六経』『列子』『荘子』『史記』『文選』に限定し[注 18]、仏教経典は叢林や寺院で学ぶべきであると述べており、教員は禅僧などの僧侶であった一方で、教育内容からは仏教色を排したところに特徴がある[142]

近世

様々な書目

江戸時代には整版印刷の漢籍・国書が数多く出版された[143]嵯峨本などの古活字本キリシタン版などの活版印刷が盛んになった時期も少なからずあったが、寛永末から慶安までを境に木版印刷が主流となったのである[144]。学術専門書から教養娯楽書、さらには浮世絵などの絵画が幅広く印刷・刊行され、また瓦版などの新たな形態も登場している[145]

こうして書籍の出版が本格的となり、次第に出版業が確立するようになると、『和漢書籍目録』『増補書籍目録』『新増書籍目録』『合類書籍目録大全』といった出版物目録が刊行された[120]。また個人の著述目録としては『近代著述目録』『近代著述目録後編』『近代著述目録続編』などがある[146][注 19]

辞書の普及
易林本節用集
江戸時代における「節用集」の刊本は、いずれもこの「節用集」の系統に属するものである[147]

印刷技術の進歩は、写本を中心とした「古本節用集」から、種類に富んだ「近世節用集」の誕生に繋がった[148][注 20]。当初は知識層の実用書として、漢文などの作成に使用されていたようであるが、次第に庶民の求める実用に転じ、その実用性を様々な形で達成するために展開したのである[149]。「言語生活のため」といった性格が強く押し出されたことにより、書写のみでしか流布しなかった辞書が、印刷という利便によって大きく変化したともいえる[150]。例えば書体を多様化した『真草二行節用集』、意義分類の後にいろは順に排列した『和漢音釈書言字考節用集』、検索の便を図るために語彙仮名で記した際の文字数によって排列した『宝暦新撰早引節用集』、百科事典的性格と付録を拡充した『江戸大節用海内蔵』などがある[151]。どのような使用者層を想定し、どういう使用方法を具現化したものかといったことは、「節用集」の書名、判型、体裁、構成、内容、レイアウト、巻数、冊数、丁数、付録、そしてそれらに伴う価格という点とも関係する[152]

また、きわめて大部な辞書としては、「近世期の三大辞書」といわれる谷川士清倭訓栞』、太田全斎俚言集覧』、石川雅望雅言集覧』がある[153][注 21]。これらの辞書は様々な人々に受容された[155]。とりわけ『倭訓栞』は「現代に繋がる国語辞典の祖型を作り上げた」として多大な影響を与えた[156]

校勘学の隆盛

同一書の各種伝本間における字句の異同を調べ、その本の原本の姿を出来るだけ再現しようとする作業が行われた。例えば徳川光圀は『大日本史』を編纂するに先立って、その資料を確実なものにするために、『保元物語』『平家物語』『太平記』などの軍記物語の参考本を作っている[122][123][157]。こうした研究は荻生徂徠のほか、吉田篁墩市野迷庵なども行っている[158][159]。また享保年間には、荻生徂徠門下の山井崑崙が、友人の根本武夷と一緒に足利学校の蔵書を校勘し、その成果を『七経孟子攷文』としてまとめ上げた[122][123][157]

国学の三哲
左から本居宣長契沖賀茂真淵

考証学が盛んになった頃には、近藤正斎狩谷棭斎渋江抽斎森立之といった書誌学の大立者が出現した[160][161]。こうした風潮は国学の動きとも密接に関係し、文献も含めた古代遺品の考証にも発展するなど、古い文献の研究は益々盛んとなって、いわゆる実物実見主義で中国古典や日本古辞書の校勘考証も行われた[162]

索引の編修

索引は学術研究において重要な資料である。それまで多くの和漢書の索引については作成されなかったが、 村田了阿岸本由豆流足代弘訓、山崎知雄、伴信友小山田与清などは、不完全ながらも索引を作成している[163]。例えば『新撰字鏡』『和名類聚抄』『類聚名義抄』などの古辞書の索引が幾つかある[164]。しかし中には門人に作成を任せている者も少なくないので、無益なものも多いとされる[163]

図書館の先駆的存在
神宮文庫三重県伊勢市
伊勢神宮には神官たちが運営する図書館として、内宮に林崎文庫、外宮豊宮崎文庫があり、ここには一般からの奉納があった[165]。とりわけ有名なものとして、村井古巖は2600部あまりの書籍を寄贈している[166]

江戸時代における蔵書の形成の中で、特徴的なのが神社への奉納である。例えば北野天満宮大阪天満宮には、それぞれ京阪の本屋仲間が新刊本を奉納する習わしであったが、これは万が一にも火災などで版木を失った場合に覆刻の原本とするという経済的な理由があったからである[167]

幕末には、平田篤胤門下の国学者で神職の羽田野敬雄らを中心として、三河国吉田(現・愛知県豊橋市)に羽田八幡宮文庫が開設された[168]。当初は発起人20人が持ち寄った少数の書籍が蔵書となっていたが、次第に大名幕臣から町人に至るまでの幅広い層から書籍が寄贈されるようになった[169][注 22]。この文庫は閲覧室や講義室を併設しており、学問を志す者に広く公開したことを大きな特徴としている[172]。実際に講義を行った者には、大国隆正鈴木重胤藤森弘庵などがいた[173]。また書籍の貸出については、貸出用の蓋付のが用意され[注 23]、その蓋の裏には「借覧希望者は幹事に証文を出し、1人1回につき2部10巻まで、貸出期間は1か月を限度とすること[注 24]」「汚したり破損したり紛失したりしたら弁償すること」「他郷の者でも直接文庫に来れば閲覧できること」などの決まり事が書かれていた[174]。なお書籍の管理については、毎年6月に幹事が虫干しの作業を行っていたという[170]

近代以降

学術団体の結成

明治以降においては、主に活版印刷が行われ、特有の書誌学的問題が発生した[注 25]。また、あらゆる学問が西欧の研究方法を取り入れて急速に発達を遂げている中で、書誌学はただその応用面(目録の編纂・分類ないし図書館経営の方法・設備など)に関して影響を受けたに過ぎない程度であった[175][176]

1934年に日本書誌学会が開催した『江戸時代書誌学者自筆本展覧会』での集合写真
左から順に、村口半次郎、長沢規矩也、木村一郎、飯田良平、諸橋轍次三村竹清川瀬一馬二代目安田善次郎

こうした欧風化により国書・漢籍は軽視され、いわゆる好事家の手に委ねられる傾向を見せるなどがあったが、同時に改めて書誌学研究の必要が自覚された[13]。書籍全体について体系的に研究した学者に、天野敬太郎岡田希雄川瀬一馬幸田成友寿岳文章新村出長沢規矩也森銑三和田維四郎などがいる[143]1931年には、書誌学の進展を援助する意図のもとに発起した同人が発展して日本書誌学会が発足し、その機関誌として雑誌『書誌学』が1933年に創刊されている[21]。また書影集や善本目録なども相次いで刊行されたので、書誌学の学術的水準は画期的向上をみることになった[1]。例えば解題がより精密なものになっている[177]。また近世以前の書目が翻刻・複製された[178]

目録データベースの登場

古代から近世に至るまで多くの蔵書目録が編まれてきたが、その多くは寺院公家大名家などの文庫の書目であった[80]。近代になって図書館が一般化すると、蔵書目録は主としてカードによる形態を取るようになったが、利便性の追及によって次第にコンピュータに移るなど、その形態は多様化している[80]

「閲覧禁止図書」に指定された書籍のカード目録(三康図書館蔵)[注 26]
戦中言論統制により没収されることになっていたが、主事であった竹内善作は何かと理由を設けて憲兵特高書庫に入れず、カードを別置保管して書籍を守り抜いたという[180]

1963年から1972年にかけて、岩波書店から『国書総目録』が刊行され、1976年索引が刊行されて全巻が完結した[181]。国文学界や図書館界からは概ね好意的であったが、歴史学界からは目立つ反応がなく、書誌学界からは「記載に遺漏や誤りが多いこと」や「編纂担当者に書籍に関する基本的な知識が欠けていること」などを指摘されるなど、刊行後の評価は賛否両論であった[182]。批判的意見の多くは収載項目の書誌事項の不正確さの指摘であったが、その最大の原因は、採集したカードの多くが各図書館ないし文庫が作成したものに基づいており、原則として現物との照合が行われなかったことである[183]。編者の市古貞次は基本方針の違いを認めたが、そもそも『国書総目録』の主な目的は、今後の研究のための基礎・環境づくりであり、書誌事項の不正確な点を修正するための情報提供であって、研究調査の結果ではなかった[181][183]。その後、追加・訂正を行った補訂版が、1989年から1991年、さらに2001年から2003年に刊行されている[184]。また1990年には「続編」として『古典籍総合目録』が刊行されている[185]

国文学研究資料館(東京都立川市緑町
国文学に関する文献その他の資料を調査研究、収集、整理、保存し、それらの資料を研究者等の利用に供すること等を目的として、1972年に創設された[186][187][注 27]自治大学校国立国語研究所国立極地研究所統計数理研究所東京地方裁判所立川支部が隣接している。

『国書総目録』の著作権やカードを含む資料等は、2003年に岩波書店から国文学研究資料館に譲渡された[188]。その国文学研究資料館は、1992年に「国文学論文目録データベース」の運用を開始している[189][190]。当初は国文学研究資料館に申請してユーザーIDパスワードの交付を受けなければならず、また額は僅かであったが有料であった[190]。要は利用するのに煩雑な手続きを取らなければならなかったが、後にホームページから誰でもアクセス可能にしたほか、初めてアクセスした人でも簡単に利用できるように検索方法も大幅に改善した[190]。なおインターネットを通じての論文本文の提供は、主として海外からの要請が特に強いという[191]

1999年に国文学研究資料館は「国書基本データベース(著作篇)」の運用を開始したが、2006年には『国書総目録』『古典籍総合目録』『国文学研究資料館蔵和古書目録』『国文学研究資料館蔵マイクロ資料目録』を統合・発展させた「日本古典籍総合目録データベース」の運用を開始した[184]。これに国文学研究資料館が新たに収蔵した古典籍や目録、調査収集事業で撮影された画像、歴史的典籍NW事業で登録された古典籍のデジタル画像などを加えたものが、2017年に「新日本古典籍総合データベース」として公開された[192]2023年にこれらのデータベースは統合され、装いも新たに「国書データベース」として提供が開始された[193]

中国

中国の図書目録の分類の変遷
時代の流れに適応するように、六部分類から四部分類へと変化した[194]

中国における書誌学は、以下の諸学に類した学問か、あるいはその一部、その逆に相互に補完するものとして認識されてきた。いずれも清朝末期の頃に付けられた名称である[195]

歴代の書目を対照して巻数や字句の出入を考証し、さらに古籍の出自や真偽を考察して、版本の優劣を見て系統を調査し、古籍の資料的価値を確定する学問。清朝の王鳴盛が、その著『十七史商榷』で用いたのが初見で、「学中第一の緊要の事」(=あらゆる学問の中で最も大切なものである)と述べている[196]。目録といえば図書館の所蔵目録のようなものを想像するが、目録は様々な歴史と用途を含んでいるため、目録学は学問の門戸といえるものである[197]
  • 校讎学
版本の対校を行い、字句の校訂を行う学問。「校勘学」ともいう[25]。清朝の章学誠のみは、その著『校讐通義』において、より広い範囲を想定し、「学問や学派の系統までを研究する学問である」と定義している。
  • 版本学
版本の類型を整理して印刷の歴史を研究したり[注 28]、善本を定めて版本を鑑定するための様々な研究(皇帝を欠く欠筆の研究や、版木を彫る職人の研究など)を行ったりする学問[159]。目録学と同義語として用いられるが、やや好事家的な意味合いを含んだ学問として用いられている[25]
  • 輯佚学
亡佚した古典(逸書)を、類書などへの引用文を用いて復原する学問。明朝の頃から盛んになったが、多くはその出所を明記しなかったので、信頼性を欠いていた[198]。その仕事は時代とともに精密になり、清朝の頃には出所を明記するものが増加したことで、とりわけ六朝以前の思想史文学史の研究において、史的発展を資料的に辿ることが可能になった[198]
訓詁学や校讎学を背景にした経典解釈の学問[162]1900年前後の重大発現に触発され、その一分派として書誌学を開花させた。

韓国

1968年に韓国書誌研究会が発足して雑誌『書誌学』を創刊したほか、1970年には韓国書誌学会が創立された[1]

英米

ゲオルク・シェーファー美術館が所蔵するカール・シュピッツヴェーク画『本の虫英語版』(1850年
異常と思われるくらい1つのことに熱中する人を「~の」という[199]

英米での書誌学は、一般的に次の2つに大別できる[200]

  • 列挙書誌学(Enumerative Bibliography)
一定の原理によって書籍や文書書誌的事項を排列したリスト(書誌・文献の目録)およびその作成法を研究する分野[201]。参考書誌学(Reference Bibliography)ともいう[1]。体系書誌学(Systematic Bibliography)とも呼ばれる[202]。あらゆる知識の伝達、文献の発見・識別・記述・分類、印刷・出版・造本技術、図書の渉猟・蒐集、図書館の管理・利用に関係するが、もっとも専門的な意味では、内容のいかんを問わず書誌における配列の原則を形式的に適用することに関係している[203]英語圏における最大の成果は、いわゆる STC(Jackson, Ferguson & Pantzer (1987)Jackson, Ferguson & Pantzer (1976)Jackson, Ferguson & Pantzer (1991))である[注 29][要出典]
  • 分析書誌学(Analytical Bibliography)
個々の図書の物質的形態・生成過程を精緻・詳細に掘り下げる学問[205]。物質書誌学(Material Bibliography)ともいう[1]。批判書誌学(Critical Bibliography)とも呼ばれる[202]。いわゆるダーウィン主義の影響もあって、事実に語らせるという博物学的方法により、物としての図書自体の作成に関連する全ての過程を研究しようとしたもので、本文校訂の拠り所となるものである[206]

このうち「分析書誌学」については、以下の3つに分類できる。

  • 記述書誌学(Descriptive Bibliography)
出版者ないし印刷者がその図書の発行にあたって、意図していた状態を完全に示している図書(すなわち理想本)を記述することを目的とした研究領域[207]。その結果を記述書誌学の原則に従って記述し、配列をしたものを記述書誌という[1][208]。問われるのは、折丁の順序や折丁の紙葉が完全に揃っているかといった図書の物的状態であり、本文の質に関係するものではない[1][208]。理想本の様子を知るには、できるだけ多くの図書を調査することによって、各図書の物理的状態が確定できるだけでなく、図書の相互関係が掴めるようになり、時には今まで知られていなかった「未記録」のものを発見することもある[1][208]。ただ図書の相違点を強調しようとして、判型と丁づけ構成の簡潔な表示によって図書の物としての体裁を記述するための体系的かつ標準的方法は、時として大変複雑になる[209]。なお記述理論書の最高峰はBowers (1995)である[210]
  • 原文書誌学(Textual Bibliography)
印刷された本文と、その著者の原文との関係を比較、分析する研究領域[211]。「本文書誌学」ともいう[1]。著者の原文(原稿)は、印刷される段階で植字工によって誤読・誤植されたりすることがあるので、著者の同一書の各種伝本間の字句の異同を調べて、その著作の原文を可能な限り明らめることが意図される[212]。この領域に必要なものは、校訂中の著作に関する詳しい知識と、当時の出版事情に関する詳しい知識である[213]
  • 歴史書誌学(Historical Bibliography)
物としての図書資料だけでなく、それ以外の資料も活用して図書を研究する分野[214]。現存する記録[注 30]に基づいて数多くの研究が行われ、発見されたことの中には、異版の年代決定や特定の印刷手法の利用などより大きな問題に、直接的かつ実際的に応用されるものもあり、また技術の進歩によって、書籍の制作に関して当初は推測に過ぎなかったものが、後々になって立証された事実になるなど、様々な歴史が明らかになった[216]。印刷者、出版者、製本師、活字鋳造師などの伝記のほか、版権の歴史などが含まれており、印刷者や出版者が所有する各種の記録類の分析も入るが、図書に関するすべての歴史を包含した広義の歴史研究ではない[1]その旗手はD.F. McKenzie [217]である。[要出典]

なお、アメリカでは書誌学が図書館学の一分野とする傾向が強いが、逆にドイツを除くヨーロッパ諸国では図書館学が書誌学の一分野とする傾向が強い[218]。アメリカやドイツは書誌学を読書による教養の有力な指導者たらしめようとするが、イギリス等では1つの批判的科学たらしめようとする[219]

エジプト

紀元前200年代に、詩人であり学者として活動したカリマコスは、アレクサンドリア図書館の膨大な蔵書の8分類し、目録を作成したことから「書誌学の父」と称される存在となった[220]

主な書誌学者

ポール・オトレ(1937年6月)
ムンダネウム英語版の閉鎖後に自宅に建てられたオフィスで仕事している様子

書誌学を専攻する人は、ある書籍の意味を解釈したり、その重要性を評価したりすることよりも、その書籍の版型、改作、異形などのバージョンを相互に比較することに興味や関心がある[221]。このように書籍の知的内容に焦点を合わせて分析・記述するのではなく、物としての書籍の特性に焦点を合わせて分析・記述する専門家は、往々にして書誌学者: Bibliographers)と呼ばれる[222][注 31]。こうした人物は、書籍というものを作り出し、蒐集する人々が存在する国々には、必ずといってよいほどおり、研究機関に所属する者から在野学者まで、様々な成果を後世に残している[225]

書誌学が学問として正当な地位と周知を得るために、研究者は将来に向けて世代を超えて、諸本の蒐集調査、書目の編纂、比較校勘の事業などを、地道に継続して行わなければならない[65][226]。研究の前提として、できるだけ原形に近い本文を追求する必要があり、この点において書誌学は、単なる美術的鑑賞、骨董的愛玩、好事的趣味と区別される[1]。もちろん経験の裏打ちを必要とする学問であるだけに、一人前になるには時間と費用がかかる[227]。書誌学では対象図書の主題、新旧や和漢洋書の別を問わないが、各種主題の中では、対象となる書籍の研究分野について、ある程度の知識が必要となる[1]。とりわけ原初テクストとなる書籍の復元という作業は、極めて高度の見識と、論理的で着実な作業が求められる[45]。自分の知能によって十全の校訂本文を作成できる等と考えるのは思い上がりであり、研究者は本文の器たる書籍の素性を知る必要がある[227]。書籍を上から見下ろすように独自の価値観で書籍を振り分ける姿勢ではなく、書籍の土台となって下から支えるような気構えが、書誌学には必要である[228]

その実際問題として、書誌学者はとにかく数多の書籍を見なければならないが、多数の書籍に接することは種々の条件に制約されるため[注 32]、書誌学のみを専門とする研究者は、全国的にも数えられるほどしかおらず、ほとんどの場合、書誌学を必要とする度合の高い学問(文学、言語学、歴史学図書館学博物館学など)と兼学しているのが実情である[231]。とりわけ文学や言語学において、書誌学的知識や手続きが不可欠であることは誰もが認めるところであるが、書誌学というものが客観的に見てどのような内容のもので、どのような位置を占めるものなのか、そしてそれがどのような役割を果たすものなのかについて、できるだけ簡単明瞭に呈示する仕事が要請されている[232]。例えば精緻な校合作業には気の遠くなるような時間と労力が必要であるが、その苦心の成果がどういう価値を有し、どう有益であるのかについて、分かりやすく幅広く語る努力を怠らないことが挙げられる[75]。研究者ならば、誰もが文献一般について、相応の知識は持っているわけであるが、その知識は各々の専門研究の必要につれて、偶然に出会った断片的情報の蓄積として獲得されているのが現状であり、書誌の利用に対する認識が研究者共通のものとなっていない上に、書誌についての知識が体系化されておらず、組織的訓練も用意されていない点が問題として残っているのである[233]。また、苦労が多いのに報われるところが余りにも少ない、という声もある[234]

脚注

注釈

  1. ^ いわゆる書目のようなものを作成する鍛錬を積んだり、それらの評価を行ったりするのは、主として図書館学の領域である[2]。書目の作成は書誌学の基本であるが、それはあくまでも手段であって目的ではない[3]。また網羅のみでは効用がないので、厳密な分類を必要とする[4]
  2. ^ 岡田希雄 (1934)は「学説や研究書の特質を正当に評価するためには、書誌学的研究こそが第一歩である」と主張している[5]
  3. ^ 日本でいうところの「書誌学」は、中国では「文献学」という言葉で表現して言い慣わされてきた[24]
  4. ^ 往々にして書誌学史と呼ばれる。
  5. ^ 開設当初は「日本及び東洋の古典に関する資料の蒐集保管並びにその調査研究を行うこと」であった[46]
  6. ^ 今日に伝わらない[50]
  7. ^ 川瀬一馬は「時間の経過による古びの差異の根拠となる資料に接し、その古びの差異を身に覚え込むことができれば、古物を一見して直ちにその古びの年代の差異を識別することが可能」となるが、それに慣れるには「基になる感覚の優れと記憶の良さが要求される」としており、その理由は「基準になる確実な良い資料を数多く見ても、感覚がそれを受け止めて記憶に残さなければ何にもならない」という[54]
  8. ^ a b c 落書きなどのような無用の加筆は「書き込み」と呼んで区別される[56]。なお筆者自身の筆跡である「書き入れ」の場合は「(誰々)自筆書入」といい、他者による移写の「書き入れ」の場合は「(誰々)書入」という[57]
  9. ^ 「書き入れ」の章段は第21段であるが、挿絵の章段は第20段である[66]
  10. ^ 賀茂真淵の数ある門下生の中でも、とりわけ高名な弟子として優れた4人(村田春海、橘千蔭河津美樹楫取魚彦)のこと[67]。真淵は多方面にわたって優秀な門人を輩出しており、その門流は「県居派」や「県門」等と称された[68]。門下生は300人を超過する数であったという[69]
  11. ^ 「十巻本」を略本、「二十巻本」を詳本・広本と呼ぶこともある[96]
  12. ^ 例えば「二十巻本」には職官、国郡、郷里、曲調、薬名など、語彙や地名を列挙するのみの部門があるが、これは「十巻本」にない[98]
  13. ^ 「原撰本」を初撰本、「改編本」を増補本と呼ぶこともある[101]
  14. ^ 例えば「第1紙」の方が「第2紙以降」よりも少し大きく、「第1紙」は「第2紙」に覆い被さるように紙が継がれている[118]
  15. ^ 川瀬一馬は「書誌学的研究に類似する行為として注意すべき」とするが[122][123]、長沢規矩也は「往々にして極め札を乱発したので、その鑑定は信じがたく、ただちに書誌学者ということはできない」としている[124]
  16. ^ 川瀬一馬は「最も多く摂収したのは、上杉憲実徳川家康前田綱紀等である」としている[135]。また関靖は「外部の力によって持ち出されているばかりでなく、内部からも持ち出されていたことが判る」としている[136]
  17. ^ 蒙求』『胡曽詩』『千字文』の注釈を指す[141]
  18. ^ 中世における漢籍学習の大要を伝えているとされる[141]
  19. ^ ただし「後編」と「続編」は、編者が幕府忌諱に触れて流罪となったことで、著作の公刊が禁じられて出版には至らなかった[146]
  20. ^ 「節用集」を大別すると、慶長年間までに書写・刊行された「古本節用集」と、元和寛永以後に開版された「近世節用集」とに分けて考えるのが一般的である[110]
  21. ^ これらに『鸚鵡抄』を加えて「四大辞書」といわれることもあるが、『鸚鵡抄』は未刊行であったことを理由に、流布や影響といった側面から除外される[154]
  22. ^ 文庫の蔵書は、安政2年(1855年)に1,500余巻、文久元年(1861年)に1,686部・7,867巻、慶応3年(1867年)に10,000巻を越えた[170]明治9年(1876年)の蔵書目録には「皇典1,978部・6,979巻、漢籍400部・3,009巻、梵洋133部369巻、通計2,515部・10,357巻」とある[171]。ちなみに蔵書の分野は、神道国学に関するものが多いが、それ以外でも農学医学天文学語学、異国情報など多岐にわたっており、中には蘭学入門書として知られる『蘭学階梯』や『解体新書』『機巧図彙』などの科学書のほか、種痘関係はじめ翻訳洋書も見られる[172]
  23. ^ この箱は現存しており、4個が確認されている[170]
  24. ^ 貸出期限が1か月となっているのは、自分の手元に残すための書写を考慮してのものとされる[170]
  25. ^ 問題点のありかは山下浩 (2014)を参照。
  26. ^ 「憲秩紊本」という独自の名称がある[179]
  27. ^ 設立当初の機関名は「国立大学共同利用機関」であったが、1989年国立学校設置法の一部改正により「大学共同利用機関」と改称された[187]
  28. ^ 実際には印刷された歴史のみならず、写本や稿本の歴史、蔵書家の歴史など、広範な書物の文化史が含まれる[195]
  29. ^ 初版が1926年1986年に全面改定版(3冊本)が出た[204]
  30. ^ 欠損していたり適用範囲が限られたりなどで調査の妨げとなる場合がある[215]
  31. ^ 「書物学者」と言った場合は「書物にばかり頼って現実を知らない学者」の意味合いが強くなる[223][224]
  32. ^ 研究の中心となるような重要資料は、いわゆる貴重書である場合が多いので、大概は閲覧が制限されていることがあり、仮に根本的な研究資料を調査する機会を得たとしても、それを組織的に整理するのは至難である[229][230]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 日本大百科全書書誌学』 - コトバンク
  2. ^ 廣庭基介 & 長友千代治 (1998), p. 22.
  3. ^ 谷沢永一 (2003), p. 4.
  4. ^ a b 谷沢永一 (2003), p. 340.
  5. ^ 根来司 (1984), p. 151.
  6. ^ 谷沢永一 (2003), p. 6.
  7. ^ 長沢規矩也 (1960), p. 1.
  8. ^ a b 斯道文庫 (2023), p. 2.
  9. ^ 安形麻理 & 安形輝 (2024), p. 87.
  10. ^ 図書学辞典, p. 2.
  11. ^ a b 日本語大事典, pp. 1107–1108.
  12. ^ 日本書誌学用語辞典, p. 156.
  13. ^ a b 日本古典籍書誌学辞典, p. 307.
  14. ^ 図書学辞典, p. 1.
  15. ^ a b 日本古典籍書誌学辞典, p. 424.
  16. ^ a b 廣庭基介 & 長友千代治 (1998), p. 24.
  17. ^ 図書館情報学用語辞典(第5版)『図書学』 - コトバンク
  18. ^ 草野正名 (1975), p. 19.
  19. ^ 総合書物学”. 2025年12月30日閲覧。
  20. ^ 総合書物論”. 2025年12月30日閲覧。
  21. ^ a b 大沼晴暉 (2012), p. 20.
  22. ^ 川瀬一馬 (1980), p. 260(初出:川瀬一馬 1971
  23. ^ 長沢規矩也 (1960), p. 7.
  24. ^ 高橋智 (2010), p. 6.
  25. ^ a b c 長沢規矩也 (1994), p. 154.
  26. ^ 長沢規矩也 (1994), p. 143.
  27. ^ 谷沢永一 (2003), p. 306.
  28. ^ 佐々木孝浩 (2023), p. 71.
  29. ^ a b 寿岳文章 (1934), p. 4.
  30. ^ 高田信敬 (2020), p. ⅶ.
  31. ^ 京都大学人文科学研究所附屬漢字情報研究センター (2005), p. 14.
  32. ^ 大沼晴暉 (2012), p. 22.
  33. ^ 長沢規矩也 (1960), p. 2.
  34. ^ 藤井隆 (1991), p. 2.
  35. ^ 斯道文庫 (2023), pp. 3–4.
  36. ^ 橘井清五郎 (1932), p. 3.
  37. ^ 廣庭基介 & 長友千代治 (1998), pp. 24–25.
  38. ^ 中野三敏 (2015), p. 4(初出:中野三敏 1989a
  39. ^ 寿岳文章 (1934), p. 3.
  40. ^ 酒井大輔 (2024), p. 6.
  41. ^ 酒井大輔 (2024), p. 7.
  42. ^ 中野三敏 (2015), p. 5(初出:中野三敏 1989a
  43. ^ 「編集後記」『國語と國文學』第96巻第11号、明治書院、2019年11月、160頁。 
  44. ^ 佐々木孝浩 (2025), p. 518.
  45. ^ a b c 加藤好郎, 木島史雄 & 山本昭 (2018), p. 45.
  46. ^ 斯道文庫 (2023), p. 161.
  47. ^ 佐々木孝浩 (2010), p. 214.
  48. ^ 山本信吉 (2004), p. 44.
  49. ^ 紀田順一郎 & 荒俣宏 (1992), p. 163.
  50. ^ a b 図書館情報学用語辞典(第5版)『勅版』 - コトバンク
  51. ^ 図書学辞典, p. 64.
  52. ^ 日本書誌学用語辞典, p. 194.
  53. ^ a b 川瀬一馬 (2001), p. 7.
  54. ^ 川瀬一馬 (2001), p. 5.
  55. ^ 精選版日本国語大辞典天球の回転について』 - コトバンク
  56. ^ 図書学辞典, p. 106.
  57. ^ 日本書誌学用語辞典, p. 58.
  58. ^ a b 安形麻理 (2015), p. 71.
  59. ^ 岡田希雄 (1934), p. 72.
  60. ^ 山田忠雄 (1948), p. 59.
  61. ^ 斯道文庫 (2023), p. 3.
  62. ^ 川瀬一馬 (2001), p. 6.
  63. ^ 綿抜豊昭 (2015), p. 79.
  64. ^ 堀川貴司 (2010), p. 5.
  65. ^ a b 大沼晴暉 (2012), p. 23.
  66. ^ a b 日本近世文学会 (2023), pp. 52–53.
  67. ^ 三枝康高 (1962), p. 296.
  68. ^ 内田宗一 (2016), p. 42.
  69. ^ 三枝康高 (1962), p. 292.
  70. ^ 中野三敏 (2015), p. 254.
  71. ^ 中尾友香梨, 白石良夫 & 二宮愛理 (2025), p. 11.
  72. ^ 雪嶋宏一 (2015), p. 55.
  73. ^ 堀川貴司 (2010), p. 6.
  74. ^ a b 安形麻理 & 安形輝 (2024), p. 88.
  75. ^ a b c 佐々木孝浩 (2010), p. 216.
  76. ^ 安形麻理 & 安形輝 (2024), p. 89.
  77. ^ 長沢規矩也 (1960), pp. 14–15.
  78. ^ a b c d 藤井隆 (1991), p. 3.
  79. ^ 小川剛生 (2009), p. 49.
  80. ^ a b c d 日本辞書辞典, p. 254.
  81. ^ 倉島節尚 (2015), p. 16.
  82. ^ 沖森卓也 (2015), p. 29.
  83. ^ 川瀬一馬 (1977), p. 38.
  84. ^ 川瀬一馬 (1986), p. 21.
  85. ^ a b 川瀬一馬 (1977), p. 39.
  86. ^ 川瀬一馬 (1986), p. 20.
  87. ^ 小林芳規 (2000), pp. 31–32.
  88. ^ 川瀬一馬 (1986), pp. 23–26.
  89. ^ 月本雅幸 (2016), p. 6.
  90. ^ 川瀬一馬 (1986), p. 49.
  91. ^ 川瀬一馬 (1986), p. 53.
  92. ^ 小林芳規 (2000), pp. 34–35.
  93. ^ 大槻信 (2019), p. 180.
  94. ^ 川瀬一馬 (1986), pp. 62–63.
  95. ^ 藤本灯 (2016), p. 13.
  96. ^ 大槻信 (2019), p. 185.
  97. ^ 川瀬一馬 (1986), pp. 92–114.
  98. ^ 日本大百科全書『倭名類聚抄』 - コトバンク
  99. ^ 飯田晴巳 (2015), p. 49.
  100. ^ 金子彰 (2015), pp. 59–60.
  101. ^ 日本大百科全書『類聚名義抄』 - コトバンク
  102. ^ 大槻信 (2019), p. 187.
  103. ^ 川瀬一馬 (1986), pp. 286–300.
  104. ^ 金子彰 (2015), p. 58.
  105. ^ 山本真吾 (2015), pp. 69–70.
  106. ^ 川瀬一馬 (1986), pp. 316–353.
  107. ^ 日本大百科全書『色葉字類抄』 - コトバンク
  108. ^ 山本真吾 (2015), p. 73.
  109. ^ a b 木村一 (2015), p. 90.
  110. ^ a b 菊田紀郎 (2004), p. 242.
  111. ^ 日本書誌学用語辞典, p. 169.
  112. ^ a b c 藤井隆 (1991), p. 5.
  113. ^ a b 長沢規矩也 (1960), p. 17.
  114. ^ 川瀬一馬 (1971), p. 73.
  115. ^ 川瀬一馬 (1972), p. 73.
  116. ^ 乾善彦 (2016), pp. 21–22.
  117. ^ 山川 日本史小辞典(改訂版)『秋萩帖』 - コトバンク
  118. ^ 小野春菜 (2018), p. 7.
  119. ^ 宇都宮啓吾 (2018), pp. 108–121.
  120. ^ a b 藤井隆 (1991), p. 7.
  121. ^ 酒本弘 (1983), pp. 26–28.
  122. ^ a b c 川瀬一馬 (1971), p. 74.
  123. ^ a b c 川瀬一馬 (1972), p. 74.
  124. ^ 長沢規矩也 (1960), p. 18.
  125. ^ 新藤透 (2025), pp. 127–128.
  126. ^ 新藤透 (2025), pp. 128–131.
  127. ^ 高山正也 (2022), p. 85.
  128. ^ 新藤透 (2025), p. 143.
  129. ^ 神奈川県立金沢文庫 (1990), p. 133.
  130. ^ 川瀬一馬 (1999), p. 40.
  131. ^ 永井晋 (2009), pp. 11–12.
  132. ^ 川瀬一馬 (1999), pp. 21–26.
  133. ^ 堀川貴司 (2010), p. 143.
  134. ^ 神奈川県立金沢文庫 (1990), p. 31.
  135. ^ 日本書誌学用語辞典, pp. 65–66.
  136. ^ 関靖 (1951), pp. 375–376.
  137. ^ 神奈川県立金沢文庫 (1990), pp. 133–139.
  138. ^ 新藤透 (2025), p. 152.
  139. ^ 新藤透 (2025), pp. 152–153.
  140. ^ 高山正也 (2022), p. 89.
  141. ^ a b 川瀬一馬 (1999), p. 17.
  142. ^ 新藤透 (2025), pp. 155–158.
  143. ^ a b 丸山信 (1999), p. 4.
  144. ^ 中野三敏 (2015), pp. 31–34(初出:中野三敏 1989f
  145. ^ 高山正也 (2022), p. 98.
  146. ^ a b 藤井隆 (1991), p. 9.
  147. ^ 上田萬年 & 橋本進吉 (1916), p. 349.
  148. ^ 木村一 (2015), p. 91.
  149. ^ 木村一 (2015), p. 92.
  150. ^ 吉田金彦 (1971), p. 420.
  151. ^ 木村一 (2015), pp. 92–96.
  152. ^ 木村一 (2015), p. 97.
  153. ^ 湯浅茂雄 (2000), p. 64.
  154. ^ 木村義之 (2015), p. 103.
  155. ^ 木村義之 (2015), pp. 116–118.
  156. ^ 平井吾門 (2016), pp. 46–47.
  157. ^ a b 長沢規矩也 (1960), p. 22.
  158. ^ 精選版日本国語大辞典『校勘学』 - コトバンク
  159. ^ a b 斯道文庫 (2023), p. 146.
  160. ^ 川瀬一馬 (1971), pp. 75–78.
  161. ^ 川瀬一馬 (1972), pp. 75–78.
  162. ^ a b 斯道文庫 (2023), p. 152.
  163. ^ a b 長沢規矩也 (1960), p. 27.
  164. ^ 吉田金彦 (1971), pp. 518–520.
  165. ^ 新藤透 (2025), pp. 268–270.
  166. ^ 小野則秋 (1973), p. 215.
  167. ^ 堀川貴司 (2010), p. 186.
  168. ^ 新藤透 (2025), pp. 278–281.
  169. ^ 新藤透 (2025), pp. 282–284.
  170. ^ a b c d 田崎哲郎 (2007), p. 16.
  171. ^ 田崎哲郎 (1993), pp. 306–308.
  172. ^ a b 個人文庫事典2, p. 55.
  173. ^ 新藤透 (2025), pp. 286–288.
  174. ^ 新藤透 (2025), pp. 285–286.
  175. ^ 川瀬一馬 (1971), p. 84.
  176. ^ 川瀬一馬 (1972), p. 84.
  177. ^ 日本大百科全書『解題』 - コトバンク
  178. ^ 日本辞書辞典, p. 255.
  179. ^ 酒川玲子 (1993), p. 111.
  180. ^ 是枝英子 (2009), pp. 46–47.
  181. ^ a b 高山正也 (2022), p. 191.
  182. ^ 熊田淳美 (2009), p. 305.
  183. ^ a b 熊田淳美 (2009), p. 306.
  184. ^ a b 飯沼邦恵 (2022), p. 7.
  185. ^ 熊田淳美 (2009), p. 303.
  186. ^ 国文学研究資料館 (1982), p. 296.
  187. ^ a b 国文学研究資料館 (2002), p. 27.
  188. ^ 熊田淳美 (2009), p. 308.
  189. ^ 国文学研究資料館 (1992), p. 198.
  190. ^ a b c 国文学研究資料館 (2002), p. 43.
  191. ^ 国文学研究資料館 (2002), p. 44.
  192. ^ 飯沼邦恵 (2022), pp. 28–35.
  193. ^ 堀野和子 (2025), pp. 3–4.
  194. ^ 清水茂 (2024), pp. 33–34.
  195. ^ a b 高橋智 (2010), p. 9.
  196. ^ 清水茂 (2024), p. 25.
  197. ^ 斯道文庫 (2023), p. 140.
  198. ^ a b 清水茂 (2024), p. 79.
  199. ^ 精選版日本国語大辞典『』 - コトバンク
  200. ^ 渡辺英二 (1994), pp. 59–60.
  201. ^ ハーモン (1984), p. 188.
  202. ^ a b ハーモン (1984), p. 3.
  203. ^ ハーモン (1984), p. 59.
  204. ^ Past Publications” (英語). The Biblographical Society. 2019年6月23日閲覧。
  205. ^ ハーモン (1984), p. 181.
  206. ^ 図書館情報学用語辞典(第5版)『分析書誌学』 - コトバンク
  207. ^ ハーモン (1984), p. 186.
  208. ^ a b c 図書館情報学用語辞典(第5版)『記述書誌学』 - コトバンク
  209. ^ ハーモン (1984), p. 113.
  210. ^ ハーモン (1984), p. 114.
  211. ^ ハーモン (1984), p. 195.
  212. ^ 図書館情報学用語辞典(第5版)『原文書誌学』 - コトバンク
  213. ^ ハーモン (1984), p. 112.
  214. ^ ハーモン (1984), p. 189.
  215. ^ ハーモン (1984), p. 111.
  216. ^ ハーモン (1984), pp. 111–112.
  217. ^ Ian Gadd; Martin Moonie (1998年5月21日). “The Unofficial D.F. McKenzie Home Page” (英語). University of Oxford. 2016年10月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月10日閲覧。
  218. ^ 廣庭基介 & 長友千代治 (1998), pp. 19–20.
  219. ^ 寿岳文章 (1934), p. 2.
  220. ^ レオン (2009), p. 117.
  221. ^ Molly (2017), p. [要ページ番号].
  222. ^ 図書館情報学用語辞典(第5版)『書誌作成者』 - コトバンク
  223. ^ 関楠生 (1965), p. 116.
  224. ^ 出版ニュース (1969), p. 333.
  225. ^ 廣庭基介 & 長友千代治 (1998), p. 19.
  226. ^ 斯道文庫 (2023), p. 5.
  227. ^ a b 佐々木孝浩 (2010), p. 217.
  228. ^ 高橋智 (2010), p. 87.
  229. ^ 川瀬一馬 (1971), p. 83.
  230. ^ 川瀬一馬 (1972), p. 83.
  231. ^ 廣庭基介 & 長友千代治 (1998), p. 20.
  232. ^ 源貴志 (1992), pp. 63–64.
  233. ^ 源貴志 (1992), p. 63.
  234. ^ 百目鬼恭三郎 (1984), p. 5.

参考文献

和書

書籍

論文

外国語文献

書籍

  • Jackson, W. A.; Ferguson, F. S.; Pantzer, Katharine F., eds. (1976-07-22), A Short-Title Catalogue of Books Printed in England, Scotland, and Ireland, and of English Books Printed Abroad, 1475-1640, The Bibliographic Society, Vol. II: I-Z (2nd ed.), London: Oxford University Press, ISBN 0-19-721790-7 
  • Jackson, W. A.; Ferguson, F. S.; Pantzer, Katharine F., eds. (1987-01-29), A Short-Title Catalogue of Books Printed in England, Scotland, and Ireland, and of English Books Printed Abroad, 1475-1640, The Bibliographic Society, Volume I: A-H (2nd ed.), London: Oxford University Press, ISBN 0-19-721789-3 
  • Jackson, W. A.; Ferguson, F. S.; Pantzer, Katharine F., eds. (1991-05-16), A Short-Title Catalogue of Books Printed in England, Scotland, and Ireland, and of English Books Printed Abroad, 1475-1640, The Bibliographic Society, Volume III: Indexes, with a chronological index by P.R. Rider (2nd ed.), London: Oxford University Press, ISBN 0-19-721791-5 
  • Bowers, Fredson (1995-02) [1949], Principles of Bibliographical Description, St. Paul's Bibliographies 15, Introduction by G. Thomas Tanselle (5fh ed.), New Castle, Delaware: Oak Knoll Press, ISBN 978-1-884718-00-7 
  • Greg, W. W. (1970), A bibliography of the English printed drama to the Restoration, Illustrated monographs, no. 24, 4 vols (2nd ed.), London: Bibliographical Society 
  • Esdaile, Arundell (1931), A student's manual of bibliography, The Library manuals, London: Allen & Unwin:Library Association 

論文

その他

  • 国文学研究資料館 編『十年の歩み』国文学研究資料館、1982年10月。 
  • 国文学研究資料館 編『国文学研究資料館の20年』国文学研究資料館、1992年11月。 
  • 国文学研究資料館 編『国文学研究資料館30年誌』国文学研究資料館、2002年11月。 
  • 国文学研究資料館 編『国文学研究資料館春季通常展示 和書のさまざま:書誌学入門』国文学研究資料館、2007年4月。 ISBN 978-4-87592-126-4https://kokubunken.repo.nii.ac.jp/records/1539 
  • 今沢慈海「小見山氏の「書誌学」」『読売新聞』1931年8月6日、朝刊、4面。
  • 山下浩 (2014年10月27日). “山下浩: Edmund Spenser と夏目漱石の書誌学・本文研究”. So-net. 2019年6月23日閲覧。
  • 山岸徳平「書誌学の話(一)」『日本古典文学大系4:万葉集1』岩波書店〈月報1〉、1957年5月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二)」『日本古典文学大系30:方丈記徒然草』岩波書店〈月報2〉、1957年6月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三)」『日本古典文学大系3:古代歌謡集』岩波書店〈月報3〉、1957年7月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四)」『日本古典文学大系13:落窪物語堤中納言物語』岩波書店〈月報4〉、1957年8月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(五)」『日本古典文学大系63:浮世風呂』岩波書店〈月報5〉、1957年9月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(六)」『日本古典文学大系9:竹取物語伊勢物語大和物語』岩波書店〈月報6〉、1957年10月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(七)」『日本古典文学大系47:西鶴集 上』岩波書店〈月報7〉、1957年11月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(八)」『日本古典文学大系20:土佐日記蜻蛉日記和泉式部日記更級日記』岩波書店〈月報8〉、1957年12月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(九)」『日本古典文学大系28:新古今和歌集』岩波書店〈月報10〉、1958年2月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一〇)」『日本古典文学大系8:古今和歌集』岩波書店〈月報11〉、1958年3月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一一)」『日本古典文学大系2:風土記』岩波書店〈月報12〉、1958年4月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一二)」『日本古典文学大系62:東海道中膝栗毛』岩波書店〈月報13〉、1958年5月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一三)」『日本古典文学大系1:古事記祝詞』岩波書店〈月報14〉、1958年6月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一四)」『日本古典文学大系38:御伽草子』岩波書店〈月報15〉、1958年7月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一五)」『日本古典文学大系60:椿説弓張月 上』岩波書店〈月報16〉、1958年8月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一六)」『日本古典文学大系19:枕草子紫式部日記』岩波書店〈月報17〉、1958年9月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一七)」『日本古典文学大系59:黄表紙洒落本集』岩波書店〈月報18〉、1958年10月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一八)」『日本古典文学大系57:川柳狂歌集』岩波書店〈月報20〉、1958年12月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(一九)」『日本古典文学大系32:平家物語 上』岩波書店〈月報22〉、1959年2月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二〇)」『日本古典文学大系22:今昔物語集1』岩波書店〈月報23〉、1959年3月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二一)」『日本古典文学大系58:蕪村集・一茶集』岩波書店〈月報24〉、1959年4月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二二)」『日本古典文学大系37:義経記』岩波書店〈月報25〉、1959年5月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二三)」『日本古典文学大系52:浄瑠璃集 下』岩波書店〈月報26〉、1959年6月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二四)」『日本古典文学大系50:近松浄瑠璃集 下』岩波書店〈月報28〉、1959年8月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二五)」『日本古典文学大系5:万葉集2』岩波書店〈月報29〉、1959年9月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二六)」『日本古典文学大系15:源氏物語2』岩波書店〈月報31〉、1959年11月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二七)」『日本古典文学大系10:宇津保物語1』岩波書店〈月報32〉、1959年12月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二八)」『日本古典文学大系34:太平記1』岩波書店〈月報33〉、1960年1月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(二九)」『日本古典文学大系53:歌舞伎脚本集 上』岩波書店〈月報34〉、1960年2月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三〇)」『日本古典文学大系39:連歌集』岩波書店〈月報35〉、1960年3月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三一)」『日本古典文学大系27:宇治拾遺物語』岩波書店〈月報37〉、1960年5月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三二)」『日本古典文学大系42:狂言集 上』岩波書店〈月報39〉、1960年7月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三三)」『日本古典文学大系48:西鶴集 下』岩波書店〈月報40〉、1960年8月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三四)」『日本古典文学大系6:万葉集3』岩波書店〈月報42〉、1960年10月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三五)」『日本古典文学大系33:平家物語 下』岩波書店〈月報43〉、1960年11月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三六)」『日本古典文学大系66:連歌論集・俳論集』岩波書店〈月報46〉、1961年2月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三七)」『日本古典文学大系24:今昔物語集3』岩波書店〈月報47〉、1961年3月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三八)」『日本古典文学大系29:山家集金槐和歌集』岩波書店〈月報48〉、1961年4月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(三九)」『日本古典文学大系11:宇津保物語2』岩波書店〈月報49〉、1961年5月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四〇)」『日本古典文学大系35:太平記2』岩波書店〈月報50〉、1961年6月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四一)」『日本古典文学大系31:保元物語平治物語』岩波書店〈月報51〉、1961年7月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四二)」『日本古典文学大系55:風来山人集』岩波書店〈月報52〉、1961年8月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四三)」『日本古典文学大系43:狂言集 下』岩波書店〈月報54〉、1961年10月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四四)」『日本古典文学大系54:歌舞伎脚本集 下』岩波書店〈月報55〉、1961年12月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四五)」『日本古典文学大系61:椿説弓張月 下』岩波書店〈月報56〉、1962年1月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四六)」『日本古典文学大系25:今昔物語集4』岩波書店〈月報57〉、1962年3月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四七)」『日本古典文学大系17:源氏物語4』岩波書店〈月報58〉、1962年4月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四八)」『日本古典文学大系7:万葉集4』岩波書店〈月報59〉、1962年5月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(四九)」『日本古典文学大系64:春色梅児誉美』岩波書店〈月報61〉、1962年8月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(五〇)」『日本古典文学大系36:太平記3』岩波書店〈月報62〉、1962年10月。 
  • 山岸徳平「書誌学の話(五一)」『日本古典文学大系41:謡曲集 下』岩波書店〈月報64〉、1963年2月。 
  • 式場隆三郎「書誌学とは何か」『読売新聞』1931年1月10日、朝刊、4面。
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第一回)」『新日本古典文学大系39:方丈記・徒然草』岩波書店〈月報1〉、1989年1月。 ISBN 4-00-240039-5 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二回)」『新日本古典文学大系5:古今和歌集』岩波書店〈月報2〉、1989年2月。 ISBN 4-00-240005-0 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三回)」『新日本古典文学大系12:続日本紀1』岩波書店〈月報3〉、1989年3月。 ISBN 4-00-240012-3 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第四回)」『新日本古典文学大系77:武道伝来記・西鶴置土産・万の文反古・西鶴名残の友』岩波書店〈月報4〉、1989年4月。 ISBN 4-00-240077-8 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第五回)」『新日本古典文学大系18:落窪物語・住吉物語』岩波書店〈月報5〉、1989年5月。 ISBN 4-00-240018-2 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第六回)」『新日本古典文学大系86:浮世風呂・戯場粋言幕の外・大千世界楽屋探』岩波書店〈月報6〉、1989年6月。 ISBN 4-00-240086-7 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第七回)」『新日本古典文学大系54:室町物語集 上』岩波書店〈月報7〉、1989年7月。 ISBN 4-00-240054-9 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第八回)」『新日本古典文学大系78:けいせい色三味線・けいせい伝受紙子・世間娘気質』岩波書店〈月報8〉、1989年8月。 ISBN 4-00-240078-6 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第九回)」『新日本古典文学大系9:金葉和歌集詞花和歌集』岩波書店〈月報9〉、1989年9月。 ISBN 4-00-240009-3 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十回)」『新日本古典文学大系100:江戸繁昌記・柳橋新誌』岩波書店〈月報10〉、1989年10月。 ISBN 4-00-240100-6 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十一回)」『新日本古典文学大系24:土佐日記・蜻蛉日記・紫式部日記・更級日記』岩波書店〈月報11〉、1989年11月。 ISBN 4-00-240024-7 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十二回)」『新日本古典文学大系7:拾遺和歌集』岩波書店〈月報12〉、1990年1月。 ISBN 4-00-240007-7 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十三回)」『新日本古典文学大系85:米饅頭始・仕懸文庫・昔話稲妻表紙』岩波書店〈月報13〉、1990年2月。 ISBN 4-00-240085-9 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十四回)」『新日本古典文学大系70:芭蕉七部集』岩波書店〈月報14〉、1990年3月。 ISBN 4-00-240070-0 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十五回)」『新日本古典文学大系51:中世日記紀行集』岩波書店〈月報20〉、1990年10月。 ISBN 4-00-240051-4 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十六回)」『新日本古典文学大系42:宇治拾遺物語・古本説話集』岩波書店〈月報21〉、1990年11月。 ISBN 4-00-240042-5 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十七回)」『新日本古典文学大系25:枕草子』岩波書店〈月報22〉、1991年1月。 ISBN 4-00-240025-5 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十八回)」『新日本古典文学大系74:仮名草子集』岩波書店〈月報23〉、1991年2月。 ISBN 4-00-240074-3 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第十九回)」『新日本古典文学大系93:竹田出雲並木宗輔浄瑠璃集』岩波書店〈月報24〉、1991年3月。 ISBN 4-00-240093-X 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十回)」『新日本古典文学大系98:東路記・己巳紀行・西遊記』岩波書店〈月報25〉、1991年4月。 ISBN 4-00-240098-0 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十一回)」『新日本古典文学大系69:初期俳諧集』岩波書店〈月報26〉、1991年5月。 ISBN 4-00-240069-7 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十二回)」『新日本古典文学大系44:平家物語 上』岩波書店〈月報27〉、1991年6月。 ISBN 4-00-240044-1 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十三回)」『新日本古典文学大系65:日本詩史・五山堂詩話』岩波書店〈月報28〉、1991年8月。 ISBN 4-00-240065-4 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十四回)」『新日本古典文学大系46:中世和歌集(鎌倉篇)』岩波書店〈月報29〉、1991年9月。 ISBN 4-00-240046-8 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十五回)」『新日本古典文学大系76:好色二代男・西鶴諸国ばなし・本朝二十不孝』岩波書店〈月報30〉、1991年10月。 ISBN 4-00-240076-X 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十六回)」『新日本古典文学大系49:竹林抄』岩波書店〈月報31〉、1991年11月。 ISBN 4-00-240049-2 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十七回)」『新日本古典文学大系11:新古今和歌集』岩波書店〈月報32〉、1992年1月。 ISBN 4-00-240013-1 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十八回)」『新日本古典文学大系80:繁野話・曲亭伝奇花釵児・催馬楽奇談・鳥辺山調綫』岩波書店〈月報33〉、1992年2月。 ISBN 4-00-240080-8 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第二十九回)」『新日本古典文学大系26:堤中納言物語・とりかへばや物語』岩波書店〈月報34〉、1992年3月。 ISBN 4-00-240026-3 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十回)」『新日本古典文学大系55:室町物語集 下』岩波書店〈月報35〉、1992年4月。 ISBN 4-00-240055-7 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十一回)」『新日本古典文学大系27:本朝文粋』岩波書店〈月報36〉、1992年5月。 ISBN 4-00-240027-1 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十二回)」『新日本古典文学大系43:保元物語・平治物語・承久記』岩波書店〈月報37〉、1992年7月。 ISBN 4-00-240043-3 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十三回)」『新日本古典文学大系79:本朝水滸伝・紀行・三野日記・折々草』岩波書店〈月報38〉、1992年10月。 ISBN 4-00-240079-4 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十四回)」『新日本古典文学大系14:続日本紀3』岩波書店〈月報39〉、1992年11月。 ISBN 4-00-240014-X 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十五回)」『新日本古典文学大系19:源氏物語1』岩波書店〈月報40〉、1993年1月。 ISBN 4-00-240019-0 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十六回)」『新日本古典文学大系72:江戸座点取俳諧集』岩波書店〈月報41〉、1993年2月。 ISBN 4-00-240072-7 
  • 中野三敏「板本書誌学談義(第三十七回・最終回)」『新日本古典文学大系61:七十一番職人歌合・新撰狂歌集・古今夷曲集』岩波書店〈月報42〉、1993年3月。 ISBN 4-00-240061-1 
  • 田崎哲郎「三河ふみくら道しるべ⑤羽田八幡宮文庫について」『韋編:愛知大学図書館報』第34号、愛知大学図書館、2007年11月、16頁。 
  • 飯沼邦恵「【講義11】日本古典籍総合目録データベース・新日本古典籍総合データベース概要」『日本古典籍講習会テキスト』第20号、国文学研究資料館、2022年7月、1-42頁。 
  • 百目鬼恭三郎「立ち遅れた日本の書誌学/原物探す苦労を嫌う/重要性の認識も不足」『朝日新聞』1984年2月24日、夕刊、5面。
  • 堀野和子「【講義10】国書データベースの検索」『日本古典籍講習会テキスト』第23号、国文学研究資料館、2025年7月、1-17頁。 
  • 落合博志、神作研一、恋田知子、金子馨『書物で見る 日本古典文学史』国文学研究資料館、2018年3月https://kokubunken.repo.nii.ac.jp/records/3635 
  • Laura, Moretti「海外における日本近世文学の書誌学的および文献学的な研究の可能性:実態の困難さとそれを乗り越えるために」『国際日本文学研究集会会議録』第29号、国文学研究資料館、2006年3月、139-153頁、 ISSN 0387-7280 

関連文献

関連項目

外部リンク


書誌学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/30 18:01 UTC 版)

崔溥」の記事における「書誌学」の解説

成宗は、崔溥命じて旅の詳細報告させた。 崔溥は王の求めに応じて漢文報告書著した15世紀朝鮮見られ異域への関心国際的視野広がりは、国内志向士林派台頭する16世紀に入ると失われてしまった。 報告書長年書庫にしまい込まれたままになっていたが、崔溥の孫の希春が報告書を『錦南漂海録』として纏め1569年公刊した。 この事実分かるのは、日本京都陽明文庫希春の公刊した1569年本が1冊だけ残っているからである。 崔溥旅行記は、1573年日本版作られ朝鮮よりむしろ日本有名になった。木版16世紀の間、何度も版を重ねた1573年の木刷り本の1冊が、横浜金沢文庫現存する。 以上の刊本木版であったが、初期活版印刷よるものが1冊、東洋文庫にある。 1769年には越前藩儒者清田儋叟(君錦)(1719-1785)により『錦南漂海録』の日本語への抄訳なされた江戸時代手写された崔溥旅行記も、何冊か日本現存している。 なお、旅行記以外の崔溥作品は、『錦南集』と題され朝鮮出版された。 『錦南漂海録』の完全な英語訳は、John Meskill がコロンビア大学提出する学位論文一部として1958年なされた。 Meskill の翻訳短縮版1965年製本されアリゾナ大学出版アジア研究協会から出版された。

※この「書誌学」の解説は、「崔溥」の解説の一部です。
「書誌学」を含む「崔溥」の記事については、「崔溥」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「書誌学」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ

「書誌学」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。



書誌学と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「書誌学」の関連用語

書誌学のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



書誌学のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの書誌学 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの崔溥 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2026 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2026 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2026 GRAS Group, Inc.RSS