書歴
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鄭道昭の書歴について、作品が集中する最晩年の光州刺史時代、永平4年(511年)前後を除く時期のことは全く分かっていない。 光州刺史時代、鄭道昭は領内を視察し、その土地土地の山に自ら登っては山名を「天柱山」や「雲峯山」のように神秘的な名前に名づけ直し、神仙思想色の強い碑文を大量に刻んだ。このようなことをした背景として、彼が治めていた光州周辺が神仙郷である「蓬萊」への入口であるとされ、昔から神仙思想が根づいていたことがあると考えられる。 その書風は六朝楷書独特の角ばった筆づかいの「方筆」ではなく、角を丸めて全体を柔らかく書く「円筆」の手法が入った書をものし、北碑の中でやや南朝寄りとも思える独特の雰囲気をかもし出すものである。内藤湖南は、「北朝其の當時に於ても、名人と云ふものは矢張り南方の書風を慕つた形跡が多くて、即ち有名な鄭道昭・朱義章などのやうな人は確に南方の文字を學んだと思はれるのは、阮元も言ふ如く、北朝の人は極めて拘謹で、字を書いたからと言つて、自分の署名などはせぬと云ふにも拘らず、此の二人の如きは自分の書いたものに署名をして居る。是等が即ち南朝風であつて、詰り北朝でも名人と云はれる人は南朝の字を眞似した證據と言つても宜しい」(『北派の書論』)と述べ、書風のみならず、鄭道昭が署名を残したことにも南朝書道の影響を見ている。
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書歴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/09 02:41 UTC 版)
1983年 東尋坊の断崖上に30畳の仮設ステージを設営し、越前和紙を敷いて「萬来」の二字を書初めする。 1988年 3.6平方メートルの白布100枚に「福」をいろいろな書体で揮毫し、5メートルの竹で井桁に組んで福井県庁の堀に浮かべる「百福水上」展を開催する。 1990年 北京天安門革命博物館前庭にてタテ45メートル・ヨコ15メートルの金色布に世界一の特注新案の大筆(重さ45kg + 墨20kg)にて「福中来」を大書揮毫する。 2003年 NHK大河ドラマ『武蔵』の題字を揮毫。 2006年4月19日にリリースされたTHE LOOSE DOGSのシングル「しょぼい顔すんなよベイベー」の題字も書いている。これはメンバーが吉川と同じ福井県出身ということに由来する。 かわぐちかいじ 『週刊モーニング』で連載されていた作品『ジパング』の題字を書いている。また、同誌上で2008年4月10日発売号に掲載された読みきり作品『役者魂 美粧之介』でも題字を手がけている。 京福グループ 2008年4月、京福電気鉄道が嵐山本線・北野線のロゴマークとして、その路線通称を用いた吉川揮毫による「嵐電」を採用。 2008年10月より、京福バスが高速バスに吉川揮毫によるラッピングバス「SYOINGバス」を導入する。東京線(3台)の揮毫に「夢」、京都・大阪線(2台)に「愛 愛」(最初の愛は反転文字)、名古屋線(2台)に「光」で、全車とも車体後部に福井県の略地図の中に「福」の字を100個書き込んだ作品が入る。翌年には「SYOINGバス」第二弾として、京福バスの永平寺 - 東尋坊線一般バス、京福リムジンバスの福井 - 永平寺線特急バスに「道」が登場している。 2018年8月 TAKEO KIKUCHI×Juichi YOSHIKAWAのコラボレーション商品を発売。 2018年9月 B.LEAGUE 2018-2019シーズンのメインビジュアル「超」を題字。TIP OFFカンファレンスに登壇し、SYOパフォーマンスも実施した。 2018年11月 京都・嵐山 大本山天龍寺塔頭大亀山宝厳院にて「垣間見る般若心経」展実施。 2018年11月 人気漫画「宇宙兄弟」の新刊コミック発売を記念して、「宇宙兄弟×吉川壽一 フキダシ書道キャンペーン」を実施 2018年12月 京都 世界遺産下鴨神社にて「舞殿ぐるっと四周トリコロール十二支~幸運をもたらす八咫烏~迎新展」を実施。 2018年12月 タカラトミーより発売の「初春トミカ」とのコラボレーション商品を発売。 2019年1月 B.LEAGUE ALL★STAR GAME 2019シーズンのメインビジュアル「魅」を題字。 2019年5月 B.LEAGUE 2018-2019シーズン CHAMPIONSHIPのメインビジュアル「頂」を題字。
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書歴
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新興書道展 2002年 新人奨励賞を受賞 2003年 準特選 2004年 特選 2005年 佐理賞を受賞、二部審査会員となる。 2008年 一部審査員準推挙 毎日書道展 2003年 - 2005年 入選(3年連続) 清風書道展 2002年 特選 2003年 梅香賞を受賞 2004年 特選 2005年 松濤賞を受賞
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書歴
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新興書道展 1981年 - 1982年 特選、二部審査会員となる。 1986年、1988年 一部審査員準推挙、一部審査会員となる。 清風書道展 1983年 宝紙賞を受賞 1986年 宝墨賞を受賞 1994年 書壇ニュース社賞を受賞 1997年 清風書人大賞を受賞 毎日書道展 1984年 - 1991年 入選(8年連続) 1992年 - 1993年 秀作賞を受賞 1994年 - 1995年 入選、会友となる。 1999年 秀作賞を受賞 2000年 毎日賞を受賞、会員となる。
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書歴
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小学校1年生のときに書道を始める。 10代で師範資格を取得し、インターネットショップ「筆字屋」を開店。筆文字ロゴなどの制作販売、パフォーマンス書道などを行う。また、パチンコ台・スロット台の演出用筆文字を多く手掛ける。 書道教室眞和会主宰。
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書歴
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18歳から本格的な書活動を開始。大字パフォーマンスでテレビなどに取り上げられ、現在に至る。
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書歴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/19 14:32 UTC 版)
1954(昭和29)年12月 日比野五鳳に師事する (近代日本における書の大家、昭和の三筆の一人。1983年文化功労者となる)。 1959(昭和34)年10月 日展初入選。 1968(昭和43)年05月「京展」市長賞受賞 (山桜)。 1972(昭和47)年08月 水穗書展五鳳賞受賞 (夕立)、毎年出品。 1979(昭和54)年01月 京都書作家協会(大丸展)に出品。 1981(昭和56)年10月 第13回日展 日展特選(書)受賞 (親どり)。 1982(昭和57)年01月 日本の書展に出品。 1982(昭和57)年05月 京展賞受賞 (山鳩)。 1982(昭和57)年07月 毎日書道展 日本書展賞受賞 (雀)。 1982(昭和57)年10月 日展無鑑査出品 (天の原)。 1982(昭和57)年10月 鳳交会主宰第1回社中展開催。 1983(昭和58)年05月 京展審査員(3回)。 1985(昭和60)年01月 雅誕会(東京)書展出品。 1985(昭和60)年01月 関西の書家100人展(産経新聞大阪)出展。 1989(平成01)年03月 京都書画院第9回日中書画合同展(陝西国画院)出品。 1990(平成02)年09月 かな二人展(吉川鳳春共催) 於:京都文化博物館。 1993(平成05)年01月 東京鳳交会主宰第1回社中展出品。 1993(平成06)年02月 東京水穗会書展第1回出品 (於 鳩居堂)。 1995(平成07)年10月 古稀記念書展 於:ギャラリー凌霽で開催。 1997(平成09)年01月 第1回 於:高島屋 墨壽展出品 以後9回展まで。 2003(平成15)年10月 京都書画院 第24回日中書画合同展(陝西国画院)出品。 2004(平成16)年04月 傘寿記念 書 堤雅鳳展 於:京都文化博物館。 2005(平成17)年10月 近現代の京都かな展出品 於:奈良市杉岡華邨書道美術館。
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書歴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/16 23:14 UTC 版)
元々書道の世界に行くことは全く考えていなかったためNTT東日本の営業部に就職。部内では字が上手いと評判だったが、ある女性社員の名前を代筆したところ、その筆跡を見た女性から「今までは自分の名前が嫌いだったけど、初めて自分の名前が好きになれた」と涙を流して感動され、それを機に翌日辞表を出して会社を退職、母・武田双葉の書道教室で1年間書を学び、その後ストリート書家としてスタート。路傍で道行く人の希望で即興で書くスタイルを披露、その後、墨を使った大字パフォーマンスでテレビなどに取り上げられ、NHKの大河ドラマのタイトル字などデザイン書の分野で注目される。 元来は左利きであり、書のときのみ右手を使う。ただし左手で書くことも可能。 スーパーコンピュータの京の字を書いた。 2019年6月、第38回ベスト・ファーザー イエローリボン賞 学術・文化部門を受賞。
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