恵運とは? わかりやすく解説

えうん〔ヱウン〕【恵運】

読み方:えうん

798〜869]平安前期真言宗の僧山城の人。承和9年(842)入唐し、青竜寺義真から灌頂(かんじょう)を受け、経典仏像などを請来(しょうらい)。のち、安祥寺開き安祥寺僧都(そうず)と称された。


恵運

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/23 05:21 UTC 版)

恵運(えうん、延暦17年(798年)- 貞観11年9月23日869年10月31日))は、平安時代前期の真言宗の僧。俗姓は安曇氏山城国の出身。入唐八家(最澄空海常暁円行円仁恵運円珍宗叡)の一人。慧運とも書く。

生涯

初め東大寺泰基・薬師寺仲継に法相教学を学んだが、受戒後の824年天長元年)真言宗の実恵の門下に入った。関東での一切経書写の検校や筑紫観世音寺講師などを歴任した後、842年承和9年)の商人李処人の船で唐に渡った。長安青龍寺義真灌頂を受け、五台山天台山を巡拝した。847年(承和14年)に帰国し、八家請来目録を呈上している。翌848年(承和15年)女御藤原順子の発願により京都安祥寺を開創した。その後僧都に任じられ、安祥寺僧都と称された。




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