建部政世とは? わかりやすく解説

建部政世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/04 18:51 UTC 版)

 
建部政世
時代 江戸時代後期 - 明治時代
生誕 安政元年12月10日1855年1月27日
死没 1877年明治10年)6月16日
改名 三二郎、政世
墓所 京都市北区紫野の大徳寺芳春院
官位 従五位下内匠頭
幕府 江戸幕府
主君 徳川家茂慶喜明治天皇
播磨林田藩
氏族 建部氏
父母 父:建部政和(名目上:建部政醇)、母:不詳
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建部 政世(たけべ まさよ)は、江戸時代後期の大名播磨国林田藩の第10代(最後)の藩主。官位従五位下内匠頭

略歴

第9代藩主建部政和の長男として誕生したが、祖父の8代藩主建部政醇の三男とされた。幼名は三二郎。旧暦文久3年4月18日(1863年)、父の死去により家督を相続。

王政復古から間もない慶応3年12月20日(1868年1月)に上洛。慶応4年1月15日(1868年)、新政府より華頂宮博経親王醍醐忠順の警衛を命じられる。戊辰戦争では新政府側に与して、姫路藩征伐に参加した。

明治2年6月24日(1869年)、版籍奉還により知藩事に就任後、明治4年8月18日(1871年)、廃藩置県により免官。明治5年7月3日(1872年)、叔父の揆に家督を譲った。

新暦1877年(明治10年)6月16日、数え24歳で死去。墓所は京都市北区紫野の大徳寺芳春院。なお、1884年(明治17年)の華族令制定による建部家の子爵位叙爵は、叔母婿の建部秀隆の代になされた。

当主
先代
建部政和
林田藩建部家
1863年 - 1872年
次代
建部揆




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