山野愛子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/30 20:38 UTC 版)
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1950年代
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| 生誕 | 1909年1月20日 |
| 死没 | 1995年7月31日(86歳没) |
| 墓地 | 高徳寺 (中野区) |
| 職業 | 美容師 |
山野 愛子(やまの あいこ、1909年 <明治42年> 1月20日 - 1995年 <平成7年> 7月31日)は、日本の美容師。東京・向島出身。位階は従五位。
人物
実家は東京・向島で洋食食堂を経営していたが、父親は愛人のもとに入りびたり。そんな父の姿に、母親はことあるごとに「これからは女も自立する時代」と説いていた。
生涯をヤマノグループ創始者として、日本美容界のパイオニアとして献身した。ミス・インターナショナル、ミス・ワールドの審査員も務めた。
親族
- 夫・山野治一(じいち)は逓信省(郵政省、現:日本郵政株式会社)勤務。
- 長男・山野正義(学校法人山野学苑総長)
- 正義の娘の一人が後継者となった山野愛子ジェーンである。
- 次男・山野凱章(美容用品綜合商社株式会社ヤマノ社長)
略歴
- 関東大震災の女性被災者のみすぼらしい姿をみて、美容の大切さを痛感する。
- 1925年、山野結髪所を開業。日本初のパーマ指導技術者でもあり、日本にパーマ技術を普及させた。
- 1934年、東京・中野に山野美容講習所(現在の山野美容専門学校)を開設。
- 1954年、日本美容師総連合会会長に就任。
- 1961年、ロサンゼルスにヤマノ・ビューティカレッジを開設、校長に就任。
- 1967年、藍綬褒章を受章。
- 1977年、8月3日を「ハサミの日」とすることを提唱。以後毎年8月3日に東京・増上寺で「ハサミ供養」が行われている。
- 1980年、勲三等瑞宝章を受章。
- 1984年、2代目として山野愛子ジェーンに継がせる。
- 1992年、山野美容芸術短期大学を設立し、初代学長に就任。
- 1995年7月31日、死去。86歳没。死没日付をもって従五位に叙された[1]。
- 2006年、日本テレビ系列「火曜ドラマゴールド」で自伝番組『伝説の美容師 山野愛子物語』放送(主演:水野真紀)。
主な著書
- 親族・弟子の著書も含む
- 『愛チャンはいつも本日誕生』「女の自叙伝」婦人画報社、1985年
和装関係
- 『山野流 美しい着装のすべて』 主婦と生活社、1973年
- 『山野愛子のきもの着つけ入門』 主婦の友社、1972年
- 『山野愛子の帯結び入門』 主婦の友社、1982年
- 『山野愛子の着装と帯むすび : 婚礼衣装からおしゃれ着まで ヘア・メイク・装いのトータルビューティーブック』婦人画報社、1985年11月1日。NDLJP:12107629。
美容関係
テレビ番組
- ライオンのいただきます - 準レギュラー
脚注
- ^ 平成7年 1995年9月7日付 官報 本紙 第1726号 5頁
関連項目
外部リンク
固有名詞の分類
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