安見勝之とは? わかりやすく解説

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安見勝之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/20 17:30 UTC 版)

 
安見 勝之
時代 安土桃山時代 - 江戸時代
生誕 不明
死没 不明
別名 一之、通称:右近、隠岐[注釈 1]
主君 戸田勝隆豊臣秀吉前田利長
加賀藩
氏族 安見氏
父母 信国(交野城主安見右近?)
元勝、伊織[1]
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安見 勝之(やすみ かつゆき)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将砲術家戸田氏豊臣氏の家臣。のち加賀藩士。安見流砲術の祖・安見右近丞一之[2]と同一人物であると考えられる[3]

生涯

河内国交野郡の白壁城主、安見右近信国の子として生まれたとされる[4][5]。信国は松永久秀に誘殺されたとされており[4][5]、松永氏により奈良で自害させられた交野城主・安見右近を指すと考えられる[6]。右近には元亀2年(1571年)に生まれた男子がいるが[7]、勝之は文禄4年(1595年)には砲術家としての活動が確認でき[8]、また戸田家に仕官した時点で砲術家として知られていたとみられるため[9]、年齢からして元亀2年生まれの右近の子とは別人とみられる[9][10][注釈 2]

勝之は豊臣秀吉に背いて殺されそうになるところを砲術の腕を惜しまれ、天正15年(1587年)に伊予国に入部していた戸田勝隆へ預けられることになったという[11]。このとき秀吉から5,000、勝隆から3,000石を与えられ、伊予国宇和郡河後森城に入ったとされる(『清良記』『宇和旧記』)[11]。なお、伊予国浮穴郡久万山に残る記録[12]「古今見聞録」では、勝之は5,000石を領したとされている[9][12]

勝之は戸田家の重臣である九人衆に数えられ[9]、「古今見聞録」によるとその知行高は九人衆で最多だった[9][12]文禄3年(1594年)に戸田家が断絶すると、他の九人衆らとともに秀吉の旗本となる[9]。文禄5年(1596年)には同じ九人衆だった戸田又右衛門とともに、朝鮮半島に在番する島津忠恒への兵糧補給を寺沢広高の下で担っていた[9]。また、加賀に伝わる話では、勝之は秀吉に仕えて伊予国宇摩郡で一万石を領したとされている[4][13]

慶長3年(1598年)11月には、勝之と同一人物とみられる安見右近丞一之が、山内一豊へ安見流砲術の秘伝書を授けた[14]

この後、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで勝之は牢人となり[5]、加賀で前田利長に仕えて6,000石を与えられた[4][5]

勝之が没すると子の元勝が跡を継ぐ[4][5]。元勝は田付宗鑑稲富伊賀と並ぶ鉄砲の名人として知られ[15][13]与力を含め14,000石を知行するに至るが、のち配流されることとなった[16][17]

脚注

注釈

  1. ^ 森田 (1934, p. 40) は勝之の通称を右近とし、永山 (1899, 12巻30丁表) は隠岐とする。
  2. ^ 勝之が仕官のため安見氏出身と偽称した可能性もあるとみられる[10]

出典

  1. ^ 森田 1934, p. 41.
  2. ^ 宇田川武久『鉄砲と戦国合戦』吉川弘文館〈歴史文化ライブラリー146〉、2002年、59、173頁。ISBN 978-4-642-05546-8 
  3. ^ 馬部 2019, pp. 650–651.
  4. ^ a b c d e 永山 1899, 12巻30丁表.
  5. ^ a b c d e 森田 1934, p. 40.
  6. ^ 馬部 2019, pp. 636, 642–643, 650.
  7. ^ 馬部 2019, p. 650.
  8. ^ 馬部 2019, p. 670, 註99.
  9. ^ a b c d e f g 馬部隆弘「安見宗房による狭山池の用水普請 ―台頭の過程を探る前提として―」『中京大学文学部紀要』第60巻第1号、2025年、196頁、doi:10.18898/0002000954 
  10. ^ a b 馬部 2019, p. 651.
  11. ^ a b 長山源雄『南予史概説』三机村学事会、1935年、227頁。全国書誌番号: 20575441https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1080396/127 
  12. ^ a b c 愛媛県史編さん委員会 編『愛媛県史 近世上』愛媛県、1986年、24–25頁。全国書誌番号: 86052859 
  13. ^ a b 森田 1934, p. 42.
  14. ^ 宇田川武久 著「初期炮術秘伝書の武芸観」、宇田川武久 編『鉄砲伝来の日本史 火縄銃からライフル銃まで』吉川弘文館〈歴博フォーラム〉、2007年、136頁。 ISBN 978-4-642-07980-8 
  15. ^ 永山 1899, 12巻34丁表.
  16. ^ 永山 1899, 12巻30丁裏–31丁表.
  17. ^ 森田 1934, pp. 40–42.

参考文献

外部リンク




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