たい‐い〔‐ヰ〕【大尉】
太尉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/12 21:07 UTC 版)
太尉(たいい)は、古代中国の官職である。国家の軍事を掌る。現代の防衛大臣などに相当する。秦と前漢ではそれぞれ丞相と太尉が最高行政長官および最高軍事長官とされ、品秩はいずれも一万石で、金印紫綬を帯びた。
歴史
「太尉」という名称が文献上最初に登場するのは『呂氏春秋』孟夏紀である。元は「国尉」と称され、『史記』には白起が国尉に任命されたことが記されている。春秋戦国時代後期になると、左庶長・左更・大良造などは二十等爵として爵位化し、将軍・上将軍が現場の軍事指揮官となり、国尉が中央の軍事長官へと変化した。
秦の中国統一後、国尉を改めて太尉と称し、秦朝の軍事を総管する最高官職とした。ただし、15年程度で滅んだ秦朝では太尉は実際には任命されず、事実上「空位」のまま終わったとされる。秦及び前漢では三公の一つとして重要な役職であったが、『史記』や『漢書』を見る限りでは、丞相や御史大夫と違い、常設されなかったようである。他の三公同様、自らの府を開いて(開府)属官を任命することが許されていた。
前漢の武帝の建元2年(紀元前139年)に廃止された。『漢書』百官公卿表上によれば、その後は大司馬を冠した将軍が太尉に相当したようである。また、『漢書』黄覇伝によれば、太尉を廃止した後、武を休め文を興すためにその職務は丞相が兼ねるようにした、とされている。
後漢の光武帝の建武27年(51年)、大司馬が太尉と改称され、太尉は再び三公の一つとなった。三国時代の魏もこれを継承し、賈詡・鍾繇らが就任した。
関連項目
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