学園都市
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学園都市(がくえんとし、英:college town, university town)とは、大学およびそれに関連する文化が町(または都市)の性格を支配的に規定する地方自治体を指す語である。多くの場合、学生人口が当該コミュニティ人口の20%を占めることを特徴とする。なお、大都市圏の一部を成すコミュニティ(しばしば「学生街」と呼ばれる)は含まない[1]。
当該大学が大規模である場合もあれば、リベラル・アーツ・カレッジなどの小規模な高等教育機関が複数集積する場合、あるいは定住人口が小さい場合もある。いずれにせよ教育機関の存在が経済・社会生活の隅々にまで浸透していることから、そのように呼称される。
地域住民の多くが大学に雇用され(大学がコミュニティ最大の雇用主となることが多い)、多くの事業者が主として大学を顧客とし、学生人口が地元住民の人口を上回る場合もある。
特徴
欧州において学園都市は、概して古い大学を有することを特徴とする。都市の経済は大学活動と密接に結びつき、大学病院・診療所、印刷所、図書館、研究所・実験施設、ビジネスインキュベーター、学生宿舎、食堂、学生組合、学生団体、学術的行事・祝祭など、大学の全体的な組織によって強く支えられる。
さらに、都市の歴史と大学の歴史はしばしば深く絡み合う。欧州の多くの学園都市は、科学と教育の重要拠点であるのみならず、何世紀にもわたり政治・文化・社会の影響力の中心として機能してきた[2]。オックスフォード、ケンブリッジ、セント・アンドルーズ、ダラムといった学園都市では、都心部が物理的にも機能的にも大学に支配され、その結果として町は大学と同一視されるに至っている。歴史的な学園都市の多くでは大学の周囲に町が成長したが、ダラムは大学が町の中心部を「植民地化」した例としてしばしば言及される[3]。
米国では、ランドグラント大学の多くが農業教育と研究を提供するという歴史的使命ゆえに学園都市に立地している。これらの町では、コミュニティに強い「スクール・プライド」の伝統が見られ、住民の多くが大学に勤務し、スクールカラーを身につけ、10万人以上の観客を集めることのある大学アメリカンフットボールの試合などの学校イベントに参加する。例として、ジョージア州アセンズ(ジョージア大学)やペンシルベニア州ユニバーシティ・パーク (ペンシルベニア州立大学)が挙げられる[要出典]。
高度教育を受けた流動性の高い人口に加え、典型的な学園都市には非伝統的なライフスタイルやサブカルチャーに属する人々が多く、一般に非慣習的な事柄への寛容度が高い。また音楽・文化が非常に活発である。技術研究や革新的ベンチャー企業の拠点となった町も多い。起業支援センターを備える大学は、ミュンヘン[4]やボストン[要出典]といった大都市にも、トリエステ[5]やノースカロライナ州ダーラム[要出典]といった小都市にも所在しうる。小規模な学園都市でも、大学とその資源によりスピンオフ企業が立ち上げられ、支援されることがしばしばある[要出典]。
発展
欧州の大半では、中世大学は学園都市ではなく主要な都市部で発展・創設された。もっとも、イタリアのシエナ、ドイツのテュービンゲン、イングランドのケンブリッジのような例外も存在する。
これに対し米国では、都市の成長に先立って大学の発展が進み、多くの大学創設者は(オックスフォードやケンブリッジのモデルに倣い)都市部から離れた場所に設置することを選んだ。ただし、ハーバード大学を擁するマサチューセッツ州ケンブリッジのように、その後の都市圏拡大によって学園都市が取り込まれた例もある。米国における学園都市の成長を促したもう一つの要因は、経済発展を望む町が大学誘致のために現金や土地の寄付を競ったことである[7]。
このような歴史的経緯の結果、古典的な欧州の学園都市では大学の建物が都心部の複数地点に分散して立地するのに対し、米国の大学町では大学の建物が都市とは区別されたキャンパスに集中的に配置される傾向がある[3][8]。したがって、オックスフォード、ケンブリッジ、ダラムなど歴史的な欧州の学園都市では学生居住区が都心部周辺に形成される一方、ニューヨーク州イサカなど米国の学園都市では都心部の外側、キャンパス近傍に形成される[6][9]。
学術研究の対象となった米国および英国の大学町の例として、ニューヨーク州イサカとイングランドのダラムが挙げられる。両市は規模が近く、2021年時点でダラムの連続市街地およびイサカの都市地域の人口はいずれも5万~6万人の範囲にある[10][11]。また、いずれも19世紀に創設された主要大学を擁し、学生数は2万人を超える。
イサカは比較的新しい建設都市で、1790年にアメリカ独立戦争の退役軍人を対象として指定された「ミリタリー・トラクト」によって入植が始まった[12]。対照的に、ダラムは10世紀に成立した古い司教座都市である。同地の司教座によって1832年に大学が創設され、イングランドで3番目に古い大学となった。イサカのコーネル大学が市中心部の東にキャンパスを展開したのとは異なり、ダラム大学は20世紀半ばまでは主として市中心部、すなわちパレス・グリーンおよびザ・ベイリー周辺に所在し、その後、エルヴェット地区やその南方の丘陵地へ拡張した。
イサカにおいて学生居住の主要地区は、コーネル大学キャンパスの南西に位置するカレッジタウンと、キャンパス西側のギリシャ・ハウジング地区(フラタニティ・ソロリティ住宅街)である。これらの地区は、1868年の大学開学当時は未開発であった。
カレッジタウンは、米国における他の学生賃貸地区と同様に、学生需要に応じて発展し、19世紀末から20世紀初頭にかけて安価な下宿屋や民間寮が建設された。カレッジタウンは学生需要に特化した独自の中心商業地区も形成した。第二次世界大戦後、他の米国大学と同様にコーネル大学の学生数は急増し、1940年から1965年の間にほぼ倍増した。これによりカレッジタウンはさらに発展し、下宿屋はアパートへと転換し、キャンパスから最も離れた地区に建てられていた多くの家族住宅も学生向けに改装された。同地区は荒廃も進み、1969年には全面的な解体案を含む複数の再開発計画が提示された。しかし、実質的な変化が生じたのは、1980年代にコーネル大学がカレッジタウンの事業に投資してからであり、キャンパス近傍では旧来の住宅が「寮とアパートの中間のような」大型の学生向け集合住宅に置き換わった。他方、キャンパスから遠い地区では、大型住宅を区画分割してアパート化した形態が残り、学生数の継続的増加によって学生賃貸区域の外縁は拡大し、西はイサカ中心部へ、東はブライアント・パークへと広がった[9]。
ダラム大学では、1980年代まではほぼすべての学生が町中の賃貸ではなくカレッジに居住していたが、その後の大学の拡大がカレッジ宿泊施設の増加を上回り、多くの学生が周辺地区、特にエルヴェットおよび鉄道高架橋周辺のヴァイアダクト地区で民間賃貸に移行した[6]。
イサカのカレッジタウンが学生人口の受け皿として新たに造成されたのとは異なり、これらの地区はもともと長い歴史を持つ住宅地であった。エルヴェットは12世紀末から13世紀初頭にかけて勅許を受けた古代自治区であり[13]、学生向けに転用された住宅の多くは旧公営住宅(カウンシルハウス)であった[6]。一方、ヴァイアダクト地区は19世紀に形成されたヴィクトリア朝のテラスハウス街である[14]。
1990年代以降、これらの地区は学生入居が一段と進み、2022年までの25~30年の間に1,800戸超が学生向け賃貸へ転用され、通りによっては学生入居率が100%に達した。ダラムカウンティ評議会は2014年に学生住宅政策を導入し、2016年以降は一戸建てから複数入居者用住宅への転用に計画許可を義務づけたが、広く「遅きに失した不十分な措置」と受け止められた[6]。評議会はまた、市場の圧力緩和のため、市内における学生専用設計住宅の整備を促進し、民間による最初の学生専用設計住宅はユナイト・スチューデンツが建設した施設で、2012年にエルヴェットで開業した。市中心部の小売店舗も私設学生寮へ転用された。しかし、複数入居者用住宅に対する需要はなお増加を続け、市内の他地区でも学生居住が広がり、特にジャイルズゲートでは2014年から2022年にかけて学生向け賃料が大幅に上昇した[6]。
伝統的に学生が居住してこなかった地域に大規模な学生人口が流入し、地元住民が押し出される過程は、学生化として知られる。20世紀末から21世紀初頭にかけて、大学の入学者数がキャンパス内住宅の拡張能力を上回る速度で増加したため、学園都市や大都市の大学地区において顕著に見られる現象である。これはジェントリフィケーションの一形態と認識されうるが、一方で、学生の消費が多様な部門で地域経済を活性化し、学生人口の存在が自治体のマーケティングにおいて国際的・コスモポリタンなイメージの発信を可能にするなどの利益ももたらしうる[6]。
学生化は主として大都市における学生街の文脈で指摘されてきた語であり、その用語自体は2002年にイングランドのリーズに関して初めて用いられた。しかし、ダラムはより小規模な大学町における学生化の例を提供している[6]。
タウン・ガウン関係
企業城下町の場合と同様に、規模が大きくかつ流動性の高い学生人口は、他の住民と対立を生じさせうる。学生は域外から転入し、地元住民と異なる社会経済的階層に属する場合があり、緊張を高める要因となる。学生人口の人口学的特性の違いは学校の閉鎖を招くことがあり、一戸建ての複数入居者用住宅への転用は手頃な住宅の供給を減少させうる。
経済面では、大学および学生の総体としての購買力の高さが、地域水準を上回る生活費の高騰をもたらす可能性がある[15][16]。他方で、小規模な学園都市では、教職員が勤務外でも頻繁に交流することにより、より結束の強い学術コミュニティが形成され、ワーク・ライフ・バランスの向上につながる場合がある[17]。
日本の事例
- 「学園都市」の名を掲げる例
- あいの里(札幌ニュータウン) - 札幌市北区。大学等の教育施設が揃っていることから学園都市とも呼ばれる。
- 国立学園都市・小平学園都市・大泉学園都市(東京都練馬区) - 堤康次郎率いる箱根土地(後のコクド、西武グループの源流企業)により、「高等教育機関を擁する郊外高級住宅地」をコンセプトに開発された住宅地。
- 八王子学園都市 - 高度成長期からバブル時代にかけて、工学院大学を皮切りに、帝京大学、創価大学、中央大学、法政大学、東京薬科大学、東京都立大学などの大学のキャンパスが、広大な土地を求めて都心から移転してきた。また古くから多摩地域西部の中心都市であったこともあり、高校も密集している。日本有数の規模であり、学園都市としてのさらなる発展を計画しているが、大学に関しては都心回帰の影響を受けている。詳細は八王子市を参照。
- 賀茂学園都市 - 東広島市は広島大学を中心とした都市作りがされている。広島中央テクノポリスの指定を受けたことによって高度産業の集積が進んでおり、広島中央サイエンスパークが建設されている。このサイエンスパークは頭脳立地法に基き、整備されている。広島テクノプラザや広島県産業科学技術研究所、独立行政法人酒類総合研究所を始め民間の研究所が集結しており最先端の科学技術が集結しているため、世界各国からも学生や研究員が集まっている。
- 折尾 - 北九州市八幡西区。北九州学術研究都市である若松区ひびきのに隣接。その他、折尾駅周辺には複数の高校が集積している。
- 宮崎学園都市 - 宮崎市南部にある研究都市。筑波研究学園都市に続き日本で2番目の学園都市でもある[18]。宮崎大学を核として、宮崎大学のキャンパスが木花地区(学園木花台)と清武地区にそれぞれ所在する。また、「宮崎SUNテクノポリス」構想によりハイテクパーク、リサーチパーク等が立地している。宮崎学園都市周辺にも宮崎国際大学・宮崎学園短期大学・宮崎県立看護大学・宮崎産業経営大学などの各大学が集積している。
- 研究学園都市など"研究"を含む例
- 筑波研究学園都市 - 茨城県つくば市にある都市。筑波大学などを中心に造られたもので、法律上はつくば市全域が都市の範囲である。
- 関西文化学術研究都市 - 京都府(京田辺市、木津川市、精華町)、奈良県(奈良市、生駒市)、大阪府(四條畷市、枚方市、交野市)の丘陵地帯にまたがって立地する広域都市。通称「けいはんな学研都市」として知られる他、近畿地方では単に「けいはんな」や「学研都市」とも呼ばれる。
- 神戸研究学園都市 - 兵庫県神戸市西区にある都市。兵庫県立大学、神戸市外国語大学、流通科学大学、神戸市看護大学、神戸芸術工科大学など多数の大学が学園都市駅周辺に集積している。
- 北九州学術研究都市 - 福岡県北九州市にある都市。
- 「学園都市」の名を掲げないものの関係機関の集積がみられ学園都市とみなされうる例
- 文教地区
- 成城 - 東京都世田谷区。成城学園の学園建設を目指した小原國芳が不動産開発を駆使して開設した学園都市。東京でも屈指の高級住宅街として知られる。
- 大岡山#学園都市 - 東京都目黒区。東急が沿線の開発で、大岡山を学園都市として発展させようとし、東京工業大学(現東京科学大学)の蔵前の土地と大岡山の土地交換を行い実現した。
- 玉川学園 - 東京都町田市。学校法人玉川学園が立地している。成城と同様に、学校法人が宅地分譲を行い、街づくりを行った。現在も多くの文化人が住まう。
- 柏の葉 - 千葉県柏市。筑波研究学園都市とはまた違った未来の学園都市の姿を現出。まちづくりについては、産官学連携によって「国際学術研究都市」を目指した建設が続けられている。
- 市川市国府台 - 戦後学校が数多く立地するなど学園都市の様相を呈していく。
- 千葉市美浜区 - 幕張新都心 文教地区のほか、附属幼稚園が多く、千葉県屈指の学園都市と呼ばれており、お受験の競争率も高い。千葉女子専門学校附属聖幼稚園#概要参照。
- おゆみ野 - 千葉市緑区のおゆみ野ニュータウン。学園前駅周辺に千葉明徳学園を形成。
- 泉野(東洋大学板倉キャンパス) - 群馬県邑楽郡板倉町板倉ニュータウン。研究学園都市というタウンコンセプトに共鳴した東洋大学が協力して進出。
- 尾張丘陵 - 豊田市・瀬戸市を始め「知の拠点あいち」など、産学官連携による共同研究開発拠点や学術研究拠点の整備が進められている。また、日進市・長久手市などのように大学が集中している名古屋市の北郊から東郊の丘陵地域(犬山市~岡崎市)にかけて、多くの学園都市が形成されている。
- 播磨科学公園都市
- 伏見 (奈良市)・学園前 (奈良市) - 戦中に帝塚山学園が開校し、直後に学園前駅も設置された。戦後になって駅周辺の住宅開発が進み、学園都市として発達した。21世紀に入っても、学研奈良登美ヶ丘駅近辺に奈良学園登美ヶ丘中学校・高等学校が開校したり、菖蒲池駅前に近畿大学附属小学校が移転するなど、動向は活発である。また、戦前には慶應義塾大学の分校設置構想があった(実現せず)。
- 生駒市(北部)- 前出の関西文化学術研究都市高山地区は市内の学研北生駒駅から約1km地点に立地し、官民の研究施設が集積する。
- 安佐南区 - 広島市の安佐南区は、市立大学、私立大学、市立高校、私立高校などが集中しており、学園都市と言われる。
- 七隈 - 福岡市城南区。概ね住宅街であるが、福岡大学を中心に学生街が形成されている。2005年に福岡市地下鉄七隈線が開業し、七隈駅及び福大前駅が設置された。中村学園大学から福岡大学に至る3.2kmの市道地行鳥飼七隈線には城南学園通りという福岡市道路愛称が制定されている。
- キャンパスタウンまなび野 - 宮崎市まなび野。宮崎県立看護大学を中心にニュータウン開発が進んでいる。
- 西原町 - 沖縄県。国立大学法人琉球大学や沖縄キリスト教学院大学などが所在、同町自身も「文教の町」としている。
「学園都市」構想
- 山形県米沢市 - 国立大学法人山形大学工学部と公立大学法人米沢女子短期大学の二つの高等教育機関が立地。人口規模が9万人ほどの都市に立地しているため、学園都市推進協議会を設置し、様々な事業を実施。
- 千葉県印西市 - 「INBA-HITEC」。旧印旛村地区で展開する日本医科大学印旛医療学園都市構想である。
- 千葉県成田市 - 国家戦略特区においての医学部新設。国際医療学園都市構想。
- 千葉県勝浦市 - 一環として国際武道大学を誘致し、市有地を提供。
- 愛媛県今治市 - 学校法人加計学園が運営する岡山理科大学獣医学部新設を誘致[19]。
類似概念
名称に「学園都市」もしくは「研究学園」を含むもの
- 駅
- 研究学園駅 - 首都圏新都市鉄道(つくばエクスプレス)の駅。学園駅との愛称もある。
- 学園都市駅 - 神戸市営地下鉄西神線の駅。
- 九大学研都市駅 ‐ 九州旅客鉄道(JR九州)筑肥線の駅。九州大学移転に伴い設置された。
- 札沼線 - 北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線で、「学園都市線」という愛称が付けられている。
- 片町線 - 西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線で、「学研都市線」という愛称が付けられている。
- 学校
- 公園
- 都市下水路
フィクション
- 『とある魔術の禁書目録』及び『とある科学の超電磁砲』に登場する学園都市
- 『魔法先生ネギま!』に登場する『麻帆良学園都市』
関連項目
- 学園
- 都市計画
- 地名
- アカデムゴロドク(アカデミータウン) - シベリヤの首都・ノボシビルスクにあり、40以上のロシア国立研究所が立ち並ぶ学術研究都市
- 芸術科学都市 - スペインのバレンシアにある科学教育と芸術のための複合施設
脚注
- ^ Blake Gumprecht (2009). The American College Town. University of Massachusetts Press. pp. 1,2. ISBN 978-1-55849-671-2
- ^ Christian Cwik, Michael Zeuske "Rettet die Unis und die Unistädte", In: science-ORF 14 June 2020.
- ^ a b John Goddard; David Charles; Andy Pike; Gareth Potts; David Bradley (April 1994). Universities and Communities (PDF) (Report). Committee of Vice Chancellors and Principles. p. 11. 2024年12月16日閲覧.
- ^ Uwe Marx "Die besten Gründer-Unis in Deutschland" In: FAZ 10 November 2018
- ^ Filippo Santelli: Start up, sono Trento e Trieste le capitali dell'innovazione. In: La Repubblica 25 April 2014.
- ^ a b c d e f g h Wilkinson, Christopher; Greenhalgh, Paul (2024). “Exploring Student Housing Demand, Supply Side and Planning Policy Responses in a Small University City: Studentification in Durham, UK”. Housing Policy Debate 34 (5): 746–768. doi:10.1080/10511482.2022.2137379.
- ^ Gumprecht, Blake (January 2003). “The American College Town”]. The Geographical Review 93 (1): 51–80. Bibcode: 2003GeoRv..93...51G. doi:10.1111/j.1931-0846.2003.tb00020.x. オリジナルの1 November 2006時点におけるアーカイブ。.
- ^ Edmund W. Gilbert (1961). The university town in England and West Germany. University of Chicago Press. pp. 66–67
- ^ a b Gumprecht, Blake (January 2006). “Fraternity Row, the Student Ghetto, and the Faculty Enclave”. Journal of Urban History 32 (2): 231–273. doi:10.1177/0096144205281664. オリジナルの1 November 2006時点におけるアーカイブ。.
- ^ “Towns and cities, characteristics of built-up areas, England and Wales: Census 2021”. Office for National Statistics (2023年8月2日). 2025年11月6日閲覧。
- ^ “DP05ACS DEMOGRAPHIC AND HOUSING ESTIMATES | Ithaca, NY Urbanized Area | 2021: ACS 5-Year Estimates Data Profiles”. US Census Bureau. 2025年2月23日閲覧。
- ^ “Facts & Trivia”. Visit Ithaca. 2025年2月23日閲覧。
- ^ “The city of Durham: Jurisdictions”. A History of the County of Durham. 3. Victoria County History, London. (1928)
- ^ Character Area 3: Crossgate (PDF) (Report). Durham City Conservation Area. Durham County Council. July 2016. pp. 15–16.
- ^ Brian Oliver (2018年9月23日). “Town v gown: is the student boom wrecking communities?”. The Guardian
- ^ Charlotte Austin (2020年11月18日). “Town and gown: old stereotypes revisited?”. Palatinate
- ^ Kim, Joshua. “Small College Towns and Work / Family Balance”. Inside Higher Ed. 2023年9月6日閲覧。
- ^ 平成写真(5) - 21世紀に残す広報写真展(宮崎県公式ウェブサイト内)
- ^ “日大総長「加計にろくな教育できっこない」 愛媛知事「じゃあ、あなた作ってくれるか?」”. 産経ニュース (産経新聞社). (2017年7月19日) 2017年7月25日閲覧。
外部リンク
大学都市
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「エバーハルト・カール大学テュービンゲン」の記事における「大学都市」の解説
テュービンゲンは、南西ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州の中央に位置する。中世の面影を残す旧市街、特徴のあるマルクト広場が特徴的で、中心部にはネッカー川が流れている。人口は約8万9千人で、そのうち2万8千人以上の学生が学んでいるため、ドイツ屈指の大学都市となっている。このため、街の公用表記はUnivetsitätsstadt Tübingen(大学都市テュービンゲン)とされ、街と大学の一体となって共生しているのが分かる。そして旧市街は、ドイツでは珍しく第二次世界大戦で破壊されなかったため、 美しい歴史的建築がそのまま保存されており、ドイツの街としてはかなり貴重である。 テュービンゲン大学の前身テュービンゲン神学校は、17世紀から19世紀を通じてルター派正統神学の拠点であった。近郊にベーベンハウゼン修道院をもつ。テュービンゲンで最も歴史のあるギムナジウムはヨハネス・ケプラーを記念して、ヨハネス・ケプラー・ギムナジウムと名づけられている。教会広場に面したヘッケンハウアー書店は、かつて無名時代のヘルマン・ヘッセが店員をしていたことで知られる。 また、ヘッヒンゲンの南の山に第一次世界大戦までのドイツ帝国皇帝ホーエンツォレルン家のホーエンツォレルン城がある。 アクセス シュトゥットガルト中央駅からドイツ鉄道で約1時間。シュトゥットガルト空港からバスで約40分。
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